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おっさんは、魔王と対話するようです。


「来たね、クトー・オロチ」


 丘を登った先。


 北の王、ミズガルズ・オルムの姿をした誰かは、決して中身が本人であれば浮かべないであろう満面の笑みで、こちらを出迎えた。

 

 周りには、不穏な空気を纏う者たちがいる。


 胡散臭い、ニコニコとした笑みを浮かべる商人風の小太りの男。

 冷酷な目をした、髭を長く伸ばした豪奢(ごうしゃ)な服装の老人。

 そして黒い鎧を身につけ、自信に満ちた笑みを浮かべる元・北の女将軍ルーミィ。

 その従者である、表情の読めない灰色の髪を持つ双刀の麗人、センカだ。


 夢見の洞窟で聞いたケウスの話と、ミズガルズの今の口調や表情を頭の中で照らし合わせながら、クトーは最初に声を上げた人物に疑問を投げかけた。


あれ・・には一体、どういう意図がある? 魔王サマルエ」

「何の話かな?」


 名前を呼ぶと、彼は否定せずに首を傾げた。

 正体に間違いはないようだ。


 彼は何を言われているのか理解できなかったのか、不思議そうな表情を浮かべていた。

 クトーはそんな魔王に対して、丘から見下ろせる焼け野原を示してみせる。


「軍勢が、帝国の軍旗を立てていただろう?」

「ああ」


 魔王は、ポン、と手を叩いてから、口元に笑みを戻すと横にいる冷酷な目の老人を親指で指した。


「ふふん。ハイドラの使っているこの体は、南西にある帝国を支配者してた奴の体なんだ。名前知らないけど」


 老人の肩に馴れ馴れしく肘をついて、サマルエは自慢げに顎をあげた。

 流し目に、愉しそうな嗜虐の色が滲んでいる。


 クトーはその態度よりも、サマルエがあっさり口にした事実に対してかすかに眉根を寄せた。


「帝王だと……?」


 南西の帝国を支配していた人物に、クトーは会ったことがなかった。

 対魔王の先鋒として謁見した際には、勇者本人であるリュウと聖女のミズチだけが対面を認められたのだ。


「そうだよー。で、辺境伯に命令して集めた戦力を魔物化したんだ。旗はゾンビの素材に使った奴らが持ってたの」

「素材、って……人間を!?」


 レヴィが声を上げるのに、サマルエはうんうんと頷く。


「そうだよ。ただ魔物をけしかけるよりも、そっちの方が君たちの楽しい反応が見られるかと思ってね」


 クトーは、仲間たちの顔に目を向けた。


「なんて事を……!」

「ほほ、冷酷非道な魔王らしい所業じゃの」


 衝撃を受けた様子で息を飲んだ後、レヴィは怒りに頬を紅潮させている。

 ケインは内心で何を感じているかはともかく、表面的には笑みも崩さずに冷静な様子を見せていた。


 ーーーサマルエの言葉が真実ならば、状況は非常に不味い方向に転がっている。


 南西の帝国が落とされたことが事実なら、こちらは戦力を大幅に削られ、逆に敵側が巨大な戦力を手に入れたことになる。


 しかも首脳部への急襲によって、消耗することも外部に気づかせることもなく。

 それは以前、魔王が北の国を落とそうとした時と同じ方法ーーーというところまで考えて、クトーは気づいた。


「……なるほど。ミズガルズ王の肉体を奪ったのも同じやり方か。北の不穏な動きの理由も」

「相変わらずご明察だね、クトー。ま、誰かが逃したミズガルズと違って、帝王は死んだけどね」


 サマルエはパチリと片目を閉じると、そのまま言葉を続ける。


「でも逆に、この段まで気づかなかった、という意味では遅すぎたとも言えるかな?」


 確かに、それは魔王のいう通りだった。

 帝国という人類最大の防衛線が気づかない間に崩されていたのだ。


 自分が狙いである、という魔王の言葉は真実でも、それは他に手を出さない、という意味ではない。


 しかし、嫌がらせのためだけに帝国を落とすところまで行くとは思わなかった。


 かつて魔王と戦っていた時は、帝国が、南にある魔の森から魔物が西へと侵入するのを防いでいたのだ。

 そのおかげで西の地域は安定した農業を行っており、各国が魔王に対抗する戦力を維持する兵糧の一部を賄ってもいた。


 今、魔王側と総力戦を行えば圧倒的に不利になるのは自明だった。


「やってくれる」

「元々、やろうと思えばいつでもやれたのさ。でも、前に君たちと対峙するまでは興味がなかったからね」


 サマルエは、老人の肩に置いていた腕を上げて大きく左右に広げる。


「言っただろう? 今の僕は、困る君を見るのが愉しいのさ」

「なるほど、有効な手段であることは認めよう」

「素直だね」

「別に強がりを言うつもりはない」


 そこでレヴィが、押し殺した声を発した。


「……クトー」

「なんだ」

「今までもそうだったけど。話を聞いて、より一層、思ったことがあるの」

「聞こう」


 クトーがレヴィに目をやると、彼女はサマルエにニンジャ刀の刃を向けて、はっきりと告げた。


「あいつは最悪よ。絶対に倒す」

「はは、威勢がいいなぁ。そういう態度は嫌いじゃないよ?」


 レヴィの殺気に、魔王は面白がるようにまばらな拍手を返す。


 クトーにも、レヴィのような怒りがないわけではなかった。

 それでもなるべく冷静に状況に思いを巡らせる。


 ーーー魔王も、この短時間の間に帝国内部を全て掌握したわけではないだろう。


 その内心は、口にせずに飲み込んだ。

 言うことで逆にそこに意識を向けられては困るのだ。


 今後、魔王の勢力を排するために帝国を攻めることも、ありえる。

 その時に人が残っていれば、説得することも可能だろう。


 仮に中枢の乗っ取りが完了していたとしても、有能な領主や隊長格はそう易々とは取り込まれていないはずだ。

 命令に背くことはできなくても、何かがおかしいと感じれば警戒する。

 

 そうした連中を、一人一人傀儡にしていくことはサマルエにも容易いだろう。

 が、ここまで情報が漏れていないということは、相手も多少は慎重に動いているに違いない。


 クトーは、さらに情報を引き出す機会を伺いつつ老人のほうに目を向けた。


「そしてハイドラ……か。死んだと思っていたがな」


 サマルエに近しい上位魔族の中で、その名前を持つ者は四将の一人……悪鬼将である。

 魔王城へと至る、最後の鍵を守護していた存在だ。


「地獄より舞い戻ったのだ、クトーよ」


 老人の肉体を乗っ取ったハイドラは、しわがれた声で初めて口を開く。


 知る限り、この高位魔族はただ忠誠を誓っているだけではなく、魔王の熱狂的な信奉者だった。

 それに変わりはないようで、先ほど、レヴィが魔王に刃を向けた時から身に纏う圧を強めている。


「貴様には、借りを返さねばならん。そこの不敬な小娘もくびり殺す」

「借りを返す必要はない」


 クトーも偃月刀を構えながら言い返した。


「レヴィを殺させもしない。……お前に渡したのは、地獄行きの片道切符だけだったはずだ。今から渡すものも、それ以外にはない」


 ブネ……魔王軍四将の一人であるエティア・ブネゴは元々直接対峙したわけでもないので生き延びていたが、ハイドラは完全に死を確認したはずなのだ。


 なぜ今、目の前にいるかの答えは一つしかない。


「禁忌を犯してこの世に舞い戻った死者の魂など、自然の理に反する」

「おや、君がそれを言うのかい? クトー・オロチ」


 サマルエが口を挟んだ。


「僕は君の真似をしただけだよ」

「どういう意味だ?」

「武具に掛けられた、本来勇者しか扱えないという女神の掟を破り、仲間を蘇らせたのは君だろう?」

「俺は死者を呼び戻した覚えはない」


 正確には、ミズチは蘇らせたのではなく傷を癒しただけだ。

 元々、呪玉さえあれば回復可能だったのだ。


 しかしサマルエは、首を横に振る。


「似たようなものさ。死すべき者が、死すべき時に死ななかったという意味ではね」

「お前が存在しなければ死なずに済んだ者たちも多くいただろう」


 死者を呼び戻す方法に関しては、魂の再構築や、死後に輪廻に取り込まれる前の封印などがあるが。

 どの方法も、神の奇跡の領域であったり禁呪扱いで伝承が失われていたりする。


「僕がいなければ、ね。さて、それはどうかな?」

「……」


 含みのある物言いに、クトーは沈黙を返した。

 ケウスの言っていた『世界の均衡を保つために魔王としてサマルエは存在している』という話に関する含みだろう。


 だが、それと快楽のために兵の犠牲を強いたことの間には何の関係もない。

 まして今のサマルエは、その均衡を自ら破った真の魔王なのである。


「そもそも僕には、人や神の定めた禁忌など守るべき理由も意味もないよ」

「言われてみればその通りだな。失言だったようだ」

「好ましい態度だね、クトー・オロチ。で、どう? ゲームが面白くなっただろう?」


 魔王は舌なめずりをして、天を仰ぐ。


「巨大な帝国対勇者パーティーを擁する王国の総力戦。ワクワクするよね?」

「全くしないな。それを行うためには、今、お前がここで生き延びる必要がある」


 クトーはサマルエに応えながら、軽く右に体を移動した。


 直後に、ドン、と非常に重い音を立てて、先ほどまで自分がいた場所に、誰かが着地する。

 その風圧でシャラシャラとメガネのチェーンが鳴った。


「遅かったな」


 降りてきた相手に声をかけると、不機嫌そうな返答があった。


「何避けてんだテメェ。殴らせろっつっただろうが」

「承諾した覚えはない」


 それに今のは明らかに殺意のある踏み下ろしであり、拳ですらなかった。


 現れたのは、やんちゃそうな顔に浅黒い肌をした二十代半ばにしか見えない男。

 赤地に白の差し色を入れた、竜の姿を模した鎧を着込み、肩に大剣を担いでいる。


「リュウ。俺はあいつを生かして返す気はない」

「おお、そこに関しては気ィ合うな。他は微塵も合わねーけどな」

「一言余計だ」


 そんなやり取りに、サマルエがおかしそうに笑みを浮かべる。


「アハハ。相変わらずだねぇ、君たちは」


 ゆっくりとサマルエが腕を振り上げると、ハイドラとラードーンが後ろに下がり、代わりにルーミィとセンカが前に出た。


「ハイドラ。ラードーン。余興はおしまいだ。君たちはどっか行っといて」

(うけたまわ)りました」

「御意」


 二匹の高位魔族はうやうやしく頭を下げて、姿を消す。


「三人でやろうってのか? ナメられたもんだな、オイ」

「ナメてるかどうか、試してみようよ」


 サマルエの気配が変わり、風に生ぬるさが混じった。


 ーーー来る。


 そう、クトーが思うと同時に。

 魔王は、ニィ、と笑みの種類を変えて、腕を振り下ろした。


「奴らを殺せ」


 魔王の合図と同時に、ルーミィとセンカが地面を蹴った。

 

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