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おっさんは、右翼を薙ぎ払います。


 クトーは、魔力を練りこんで偃月刀へと流し込んだ。


 他の場所で戦っている仲間たちの位置どりは、おおよそ把握している。

 戦場となっている草原は広く、屋内でも、王都の中でもない。


「ふむ」


 もし仮に大規模な魔法を放っても、巻き込まれそうな場所にいるのはリュウとミズチだけだ。

 2人に直接連絡はつかないが、こちらの魔力波動は捉えているだろう。


 ーーー勝手に避けるか。


 そう思いつつ、ジグの合図で左右に割れながら後退したゴーレム達の姿を見て偃月刀を軽く構える。


「〝灼き払え〟」


 呪文を口にすると、地面に赤い光が走った。

 光は一条、敵がいるだろう丘に向かってまっすぐに走って行く。


 キィン、と丘に赤い光がぶつかるようなイメージと共に、耳の奥で幻聴が走り。




 ーーー直後に、右翼の大部分を包み込む、巨大な火柱が立ち上がった。




 赤い光を直径とする円柱型の炎は、ゴォオオオオ……と音を立てながら吹き上がり、余波で髪やメガネのチェーン、ファーコートの裾をなびかせる。


 クトーは、術者を守る防御結界越しに、チリチリとした熱を帯びるのを感じて目を細めた後。

 久々の感覚を思い出しながら、軽く顎に指を添えた。


「多少は加減が利くようになったな」


 今放ったのは、偃月刀を用いた炎の中級魔法である。

 以前は地平線を根こそぎ薙ぎ払うくらいしか出来なかったが、今回はそれなりに範囲を制御出来た。


 女神と契約した影響かもしれない。


 草木が焼き払われて土の色を晒す地面が白い煙を上げるのを無表情に眺めてから、クトーはレヴィとケインを振り向いた。


「行くぞ」


 効果範囲は、向かうべき丘の手前から自分たちのいる場所辺りまで。

 右翼の魔物は空を飛ぶモノも含めてほとんどが消し飛び、丘までの道が出来ていた。


 生き残った魔物たちは、突如起こったことに理解が追いついていないのか、動きを止めている。


「……ちょっと」

「む?」

 

 唖然とした顔をした後、レヴィが問いかけてくる。


「ど真ん中を突っ切る、って言わなかった?」

「言ったな」


 クトーが答えると、レヴィは茶色く広くなった行く先を見てから、またこちらに目を戻す。


「魔物、ほとんどいないんだけど」

「倒したからな。戦いながら進んだら、効率が悪いだろう」


 使える時に、最大限効果のある魔法を使っただけだ。

 

「時間は有限だぞ」

「最初っからこうしなさいよおおおおおおお!!」


 レヴィが怒鳴るのに、クトーは眉をひそめた。


「城壁を出たところでか? 味方を巻き込むだろうが」

「ほとんどいなくない!?」

「状況も読めなかったしな」

「じゃ、森を抜けたのはいいとして、何のためにわざわざバラウール直しにきたのよ!?」


 レヴィは、焼け野原をバッと腕で示して、さらに噛み付いてきた。


「これじゃ意味ないじゃない!」

「そんなことはない。バラウールが動けるようになるのは大事だろう。仲間を怪我したまま放っておくのか、お前は」

「こんな時だけ真人間みたいなことを……!」


 非常に失礼なことを言われたような気がしたが、とりあえずそれは流しておく。

 元々、ふざけた人間であった覚えはないが。


「それ以外の意味もある。右翼が壊滅すれば、ジグやバラウールが他の場所の援軍に向かえるだろう?」

「……まぁ、それはそうだけど」

「危険はなるべく減らしていくべきだ」


 それに、威力の大きすぎる最大魔力の火炎魔法はこんな時くらいしか使い道がない。


 以前、ビッグマウスの大侵攻の時に使ったのと同じ魔法で、基本的に使用条件が厳しすぎるのだ。

 役に立つ時に使わなければ宝の持ち腐れである。


「ホホ。レイレイは、クト坊の大規模魔法を見るのは初めてかの?」


 肩に槍を担いだケインが片目をつむりながらニヤニヤと話しかけると、レヴィは怒りの収まらない顔をしながら頷いた。


「クト坊は、本当の意味での規格外じゃ。実際、普通にこの規模の魔法を使おうと思ったら、数十人の魔導師と大規模な炎の魔法陣を事前に敷かねばならんじゃろう」

「ケイン元辺境伯にだけは、言われたくありませんが」


 この老人も、ムーガーンの体を使った魔王軍四将相手に渡り合う人外である。


「戦術規模で強い奴は、他にもごまんとおるじゃろう? が、クト坊ほどの冷静な思考を持ち、戦略級規模で強い者はさて、とんと見かけぬ」


 ケインは肩をすくめて、魔物の群れによって漂っていた瘴気も吹き散らされた焼け野原に向かって、さっさと歩き出した。


「ま、ワシは強い奴と戦えればそれで良いのでの。ザコ掃討をしてくれてありがたいくらいじゃよ、レイレイ」

「む〜……」


 レヴィは腰に手を当てて不満そうに唸ったが、それ以上は何も言わなかった。


「ヌフ。クトーちん。ボクちんたちはどこに向かったらいいのかな?」

「丘を回り込みながら残党を殲滅し、他の仲間と合流して背後の敵を相手にしてくれ」


 続いて問いかけてきたジグに、クトーは丘の右手側を示した。


 正面側は、多少右翼の攻撃に巻き込めている。

 同時にそちら側にはリュウたちがいて、その背後からニブルとユグドリアも向かっていた。


「背後の敵を相手にしている連中と合流しながら、左翼側のヴルムやズメイの方へと侵攻するのが最も効率が良い」

「ヌフ。でも、リュウちんの指示は『八方(はっぽう)から、正面の丘に向かって突っ切れ』だよぉ? あいつらボクちんの言うこと、聞くかなぁ?」

「丘を目指すのは、別に構わないが」


 変態ではあるが実は律儀なジグが伝えてきた命令に、クトーは目を細めながらメガネのブリッジを押し上げる。


「王都の外壁に一匹でも魔物をたどり着かせたら全員減給だ、と俺が言っていたと伝えておけ」

「なるほどぉ、一番効きそうだねぇ。分かったよぉ」


 ジグがゴーレムを引き連れて動き出すのを目線だけで見送ったクトーは、偃月刀を脇構えにしたまま、自分もケインの後を追った。


 小高い丘の上は本来ならば視認できるはずだが、魔物の群れなど相手にならないほど濃い瘴気によって闇の中に沈んでいた。


 少し進んだところで、リュウから通信が入る。

 どうやら風の宝珠が使えるようになったらしい。


「妨害は距離的な問題だったか?」


 特に気配は感じなかったが、外に向けて連絡を遮断する何がしかの結界でも張られていたのだろう。

 通信を受けると、いきなり怒鳴りつけられた。


『テメェこのムッツリ野郎ッ!! 俺ごと巻き込みやがったな!?』

「防げるだろうが」


 少しだけ考えていた通り、リュウのところまで魔法の威力が届いていたらしい。


『ミズチもいるんだぞ、このボケ! ちょっと考えやがれ!』

「それはすまない事をした、と伝えてくれ」

『俺にはねーのかよ!?』

「何故だ?」


 リュウが怒鳴る後ろで、時折重く鈍い音や爆発音が聞こえている。


 視界の隅にチカチカと瞬く光や魔力が炸裂する気配から察するに、戦闘中に連絡を入れてきているようだ。


「この程度でくたばるようなら、お前のような単細胞に他の連中がついて行かんだろう」

『褒めてんのかけなしてんのかどっちだよいやけなしてんな後でぶん殴る!』

「よく回る口だ。手元をおろそかにして、こちらが丘に着くのに遅れるな」


 クトーは一方的に通信を切り、再び偃月刀に魔力を込める。


「〝清めろ〟」


 聖属性の浄化魔法をクトーが放つと、背後から清浄な風が吹いて丘を包む瘴気に触れて吹き散らしていく。


 最上級聖魔法なら中の魔族たちにもダメージを与えられたかもしれないが、あれは血の契約による結界が必要だ。


 さすがに、敵もそこまで悠長に待ちはしないだろうし、レヴィたちに瘴気の影響が出なければそれで十分である。


 ーーーむーちゃんにも影響がなければいいが。


 歩調を早めてケインに並ぶと、老人は担いでいた槍を指で弾いて空中で縦回転させ、パシリと体の前で握り直す。


「行くかの?」

「ええ。……遅れるなよ、レヴィ」

「分かってるわよ」


 クトーは自分とケインに身体強化の魔法をかけ、丘に向けて駆け始めた。

 

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