おっさんは、少しだけ足止めを食らいました。
「なんでお前たちがここに?」
クトーが尋ねると、相手は顔を見合わせた。
体がより筋骨隆々とし、表情も以前より引き締まったノリッジ。
元々小太りの男だったのに、見違えるように細くなったスナップ。
以前レヴィを見捨てたパーティーにいて、温泉街で悪魔と化したデストロに従っていた二人の小物。
彼らは、釈放の後にルーミィの手によって鍛えられていた。
「俺ら、ルーミィ様から伝言を預かってきたんです」
「クトーの兄貴に渡してくれって言われて……」
彼らはひどく緊張しているようだった。
鍛えられていた時も、以前に比べて随分と殊勝になったものだと思ったが……今の二人は怯えていない。
固い顔をしているが、初任務を与えられた新米兵のようだった。
クトーが質問の続きを口にするよりも先に、警戒した表情で口を開いたのはレヴィだった。
「どんな伝言なの?」
彼女の表情も険しいが、敵意のようなものは浮かんでいない。
ノリッジたちに荷物を奪われ、身一つで放り出された彼女を拾ったのはクトーだ。
「むーちゃんを奪った敵よね、ルーミィって」
目を細めて怒りをあらわにしてはいるが、以前のように噛み付いたり飛びかかったりする様子はない。
温泉街ではまだ遺恨がありそうな様子だったが、今は違うのだろう。
レヴィもまた、成長しているのだ。
「伝言の内容までは、俺らも知らねーです」
「ここに、書状があるんでお渡しします」
ノリッジの目線を受けて、スナップが懐から取り出したのは高価そうな封筒だった。
罠の魔導具を入れるには薄く、何がしかの魔力的な細工もなさそうだ。
「そこに置いて後ろに下がれ」
クトーが命じると、スナップは落ちていた石で封筒を挟んだ。
おとなしく従った二人が後ろに下がったのを見て、クトーは逆に歩を進める。
取り上げた封筒から書状を取り出して目を走らせてから、クトーは眉根を寄せた。
「何が書いてあるの?」
「興味深い話だ」
手紙を畳んでまた封筒にしまうと、クトーは何かを待っている二人に首をかしげた。
銀縁メガネのチェーンがシャラリと鳴る。
「どうした? 用は終わったんじゃないのか?」
「書状を渡した後は、好きにしろと言われたんです」
「だから、俺ら相談して、決めたんですよ」
「何をだ?」
クトーは尋ねながらも考えていた。
今はあまり時間がない。
この二人の行動と、書状の内容。
ーーーそれらが、時間稼ぎである可能性を。
「ルーミィ様は、言ってたんです」
「『私がおかしくなったり、姿を消したりしたらこの書状をクトーに渡せ』って」
その後、二人は目を見交わしてから、口ごもるように言った。
「だから、その」
「ルーミィ様になんか起こったなら、お、俺たちも……」
一緒に連れて行け、ということなのだろう。
クトーが黙っていると、2人はさらに言葉を続けた。
「あの人は、俺たちを鍛えてくれたんです」
「厳しい人でしたけど、その分、本気で。だから俺ら、ルーミィ様に何かあったんなら」
「た、助けになれること、ないかなって、思って」
クトーはケインを見た。
先代以前、狸ばかりの王国で皇太子として過ごし、辺境伯として不可侵のままに領土を維持した人物だ。
人を見る目は正直、クトーより数段上だろう。
「どう思われます?」
「嘘をついているようには見えんのう」
ケインはあっさり答えて、それきり黙った。
彼の目線はノリッジらを見ておらず、戦場が広がる森の向こうに据えられている。
仲間2人がそれぞれの理由で逸っているのを見て、クトーは静かに、しかし深く息を吸って吐いた。
自分も、攫われたむーちゃんや、戦う仲間たちを心配していないわけではない。
だが、戦地でほど冷静に過ごさなければいけない。
そう思いながら、ケインの言葉をクトーは信じることにした。
「一緒に連れて行くことはできない。だが、勝手に動く分には好きにしろ」
書状を元どおりに石の下に置いて2人を見る。
中身は一読で把握したので、もう必要ない。
「この書状をどう扱うかは、自由にしろ。読んでもいい。そして、その上で自分で判断して動け」
彼らは仲間ではない。
贖罪をし、心根を入れ替えていたとしても、目に見える実績はない。
「お前たちがレヴィにしたことを、咎めていないからといって許しているわけではない」
クトーがわずかに殺気を放って見せると、2人は身を強張らせたが逃げはしなかった。
それ以上の会話はかわさず、ファーコートの裾を翻して先に進もうとすると、ケインも即座に動き出した。
レヴィは少し迷うように立ち尽くすノリッジたちを見てから、遅れてついてくる。
「クトー」
「なんだ」
「えっと……ありがとう、だとおかしいかな。その……ちょっと嬉しかった」
「なにがだ?」
レヴィの言いたいことがよく分からずに、首を傾げて目を向ける。
彼女は微笑みを浮かべたまま、軽く首を横に振った。
「分かんないなら良いわよ。ちょっとそう思っただけ」
「?」
さらに首をかしげて見せると、横にいたケインがおかしげに喉を鳴らした。
「クト坊は、ほんに朴念仁よの」




