竜の勇者と雑用係は、お互いを信頼しているようです。
ーーージョカが草原に姿を見せる少し前。
リュウは城壁の上から、街道を眺めて短く口笛を吹いた。
「壮観だな」
広く均された草原の中を走る道の向こうに、黒々とした魔物の群れが見えている。
放つ瘴気の濃さから、明らかに上位の魔物を含む軍勢だ。
リュウは、相変わらずのツナギ姿だった。
黒シャツに、上半身を脱いだ袖を腰に巻き、タオルを頭に巻いたドカタのような格好。
しかし肩に担いでいるのは、いつもの二束三文の剣ではなく、最初から【勇者の大剣】である。
「楽しそうですね」
「おう」
ミズチが、こちらも笑みを浮かべながら困ったような顔をするのに、リュウは二十代前半にしか見えない顔を生き生きと輝かせながら片眉を上げる。
「状況は悪い」
リュウは、軽く肩をすくめてミズチの顔を見た。
3バカの次に仲間になった少女……初めて会った時、こんなに長い付き合いになるとは思わなかった。
彼女が、クトーがいない時にこれほど頼りになる存在に成長するとも、思っていなかった。
「クトーは寝てるし、ジョカの方もヤバそうだーーーが、関係ねぇ」
言いながら、リュウは吹き抜ける生臭さを運んできた風に目を細めて、城壁の縁から飛び降りる。
ミズチもそれに続き、手にした世界樹の杖で浮遊魔法を行使してふわりと着地した。
「ここは、王都だぜ。俺たちがいて、ホァンが再建した……世界最強の戦力が集う場所だ」
地面に軽くめり込んだブーツをベリッと剥がして、足を踏み出す。
リュウには自負があった。
『自分が』一番強い、などと驕るつもりはさらさらない。
しかし、ここには仲間がいる。
クトーと共に、旅をする内に絆を深めた多くの仲間がいるのだ。
パーティーの連中以外にも。
中には、気に入らない奴もいる。
正直戦力としては役に立たない奴もいる。
それでもーーー彼らが、自分の背にした王都に暮らしている、という事実が、リュウの力になる。
守るのだ。
取り戻した平和を。
共に笑いあい、憎まれ口を叩きあえる場所を。
そう思えることが、何よりもリュウの心に覇気をくれる。
ーーー俺たちは、誰よりも強ぇ。そうだろ、クトー。
「作戦はどうしますか?」
今はたった二人しかこの場にいないが、彼女の手にした風の宝珠によって王都を守護する仲間たちとは繋がっていた。
「愚問だな、ミズチ。アイツががいねー時は、小難しく考えねぇ」
目が覚めれば、クトーは勝手に来るだろう。
それまでにやるべき事など、単純明快だった。
「正々堂々、真っ向から叩きのめす以外に、やることなんかあるか?」
そのままリュウは、返事を待たずに大きく息を吸い込んだ。
そして、吼えるように声を上げる。
「総員、好き勝手に暴れ回れ! 一匹でも多く殺せ!」
ビリビリと空気が震え、その声の大きさに城壁の上の見張りが肩を震わせて目を丸くする。
「俺たちは【ドラゴンズ・レイド】! 世界最強のパーティーだ!」
多少芝居も含んで、リュウは言葉を続ける。
普段の業務がクトーの仕事なら、こういう有事に士気を鼓舞して先頭に立つのがリュウの仕事だ。
「いいかテメェら、クトーが来た時にケツ蹴られるような無様な真似、するんじゃねーぞぉ!?」
「……久しぶりに聞きましたね、それ」
ミズチの苦笑に重なるように、風の宝珠から各々の返答があった。
「進撃開始!!」
リュウは、そうして担いだ大剣をだらりと下げて、真っ先に駆け出した。
遅かれ早かれ、王都からもホァンが準備を整えて兵が出てくるだろう。
自分たちの身上は、少数による身軽さで活路を切り開くこと。
本隊が現れるまでにより多く叩き潰せば、それだけ後続が楽になる。
ーーー誰よりも前へ。誰よりも多く。
瞳を竜のそれに変化させ、全身に鎧を纏いながら、リュウは先陣を切った。
「全員、俺に続けぇ!!」
※※※
クトーらは、王都の外に向かうために裏通りを駆け抜けていた。
大通りは、動き始めた兵士たちによって埋まっている。
またその状況を不安がる民衆によって、周りの道も人で溢れていた。
家屋内で待機しろと宙を舞う竜に乗った伝令が声を張り上げているが、ノロノロとしか従わないので効果が薄い。
軍も、突然の侵攻でそこまで人員を割り当てることが出来ていないのだろう。
「まどろっこしいわね!」
「リュウにもミズチにも連絡がつかんのだから仕方がないだろう」
走りながら悪態をつくレヴィに答えながらも、風の宝珠で連絡がつかないことがクトーは気になっていた。
戦闘に突入して宝珠に応えられない、という雰囲気ではない。
どちらかというと、リュウらに対して魔力が通じていないような違和感だった。
縦一列にならないと通り抜けられない、左右が背の高い建物の狭い裏通りを抜けて、クトーらは少し広い三番通りに飛び出た。
クトーらを、伝令の警告が聞こえない場所にいる住民たちが驚いた目で見てくるが、無視する。
リュウたちに連絡がつかないことの違和感は。
「妨害されている、か?」
『妨害?』
小脇に抱えたバラウールが、疑問の声を上げる。
手足を繋いでいた魔力導線がぶらんぶらんと揺れているのはまるで壊れた人形のようだが、意識そのものはしっかりしているのだ。
バラウールの本体であるトロル・マテリアルゴーレムを動かしたいところだったが、魔王の狙いが王都にある以上、守護の聖結界に何か不具合が起こるのは避けたい。
最外壁の内部まで突入されれば動かさざるを得ないだろうが、今はまだそこまでギリギリの状況ではないだろう。
「どういう方法を使っているのかは分からないが、宝珠による連絡がつかないのはおそらく魔王の仕業だろう」
「ふむ。どういう意図かの?」
槍を小脇に抱えて走りながら横に並んだケインの言葉に、クトーは目の前に見える外壁に沿って伸びる道の右側へ向かうように腕を振った。
「近くの通用門から出ます。……転移魔法が厄介だと思われているのかもしれませんね」
絆転移魔法は、連絡がつかなければそもそも使用できない。
連絡がついてもお手軽に使えるわけではないが、【ドラゴンズ・レイド】のメンバーを敵陣の脇に飛ばしたり、リュウ自身を敵陣の奥深くに送り込むことも出来る。
「あるいは、こちらが合流するまでの時間を稼ぎたい理由があるのか」
「ありそうじゃの。クト坊を苦しめるのが目的ならば」
実際、身体強化で駆け抜けるしかない今の状況は少し焦りを覚えるものだ。
通用門にたどり着き、普段は封じている解錠の魔法でこじ開けたクトーは、壁の内部に駆け込んだ。
『便利だねぇ』
「外に出るには、使えんがな。ケイン元辺境伯に同行してもらった理由だ」
通用門の最外壁側には、封じの魔法がかかっている。
これも開錠出来ないわけではないが、時間がかかるのだ。
城壁を超える方法もないではなかったが。
「ここが、王族専用の脱出門です」
「王族であったワシよりも、クト坊のほうが詳しいのは問題じゃの」
「以前、チタツを殺した突入の際に使ったんです」
薄暗く狭い、ひんやりとした空気の城壁の中、ケインが示した石壁に手を当てる。
「〝王族の権限において〟」
声と魂の波長に反応した隠し門が、ゴン、と音を立ててゆっくりと開いていく。
外から漏れてくる光に目を細めつつ、クトーは全員に言った。
「外にはすでに魔物がいて、リュウは交戦しているだろう。出たらすぐに閉める」
最初に飛び出したクトーは周りを警戒したが、戦場はまだ遠いようだ。
門を閉める重い音が響いた後は、周りが静けさに覆われた。
遠方から騒がしい魔物の鳴き声や魔法が炸裂する音は聞こえるが、自然に住む動植物や虫も、息を潜めているような気配がある。
「何あの、大きな気配……ドラゴン?」
戦場の方に目を向けたレヴィが頬を引きつらせるのに、クトーは淡々と答える。
「リュウだな。なるほど、竜気がはっきりするとより化け物じみてるな」
ぷにおのファーコートの効果なのか、クトーにもはっきりとその気配が判別できた。
今まではただの圧でしかなかったものが魔力のように鮮明に感じられる。
「征くのかの?」
「当然です」
『オレは置いていけよ。この体じゃ戦場に連れてっても足手まといだろ?』
バラウールが言うのに、クトーは首を横に振る。
「ジグのところへ向かえばどうにかなるかもしれんからな」
今は少しでも戦力が欲しい状況だ。
きちんとした修理はしなければならないが、ジグのゴーレム生成魔法ならば、応急的に手足をつけられるかもしれない。
「先に、3号の体も拾っていく。パーツは多い方がいいからな。いた場所は覚えているか?」
『さっきの今で忘れやしねぇさ』
クトーは、戦場に向かう前にバラウールのいる森へ向かおうとしたが。
「ワシは先に戦場へ行くぞ」
「私も、おじいちゃんについていくわ」
「ダメだ」
二人の提案を、クトーは拒否した。
「なんでよ?」
「戦局がわからない状況では、追加戦力の意味がない。ケイン元辺境伯が戦うのは止められないが、大事な方だ。せめてサポートが欲しい。そしてお前自身は、まだ大規模な戦場を経験していない」
何より一番の理由は、この場で戦力を分けるのは愚策だという部分だった。
「さほど時間はかけない。まずはジグとの合流だ」
レイドの仲間たちは……リュウは、自分などいなくても戦線を支えてくれる。
クトーはそう信じて、二人を連れて森へと入った。




