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貴族院筆頭は、巨人の王を追い詰めるようです。


 ジョカは、ムーガーンを追って森の中を駆けていた。


「一体、何がどうなっているのかしらね?」


 護衛として同行した巨人の王は自由な人物で、丸一日を王都近くの森の中で体を鍛えることに使っていた。


 そんな男が、翌日になっても目覚めなかったのだ。

 リュウに報告すると、クトーたち3人も同じ状態だと言われ、夢見の洞窟の話を聞いた。

 

 『そのまま待機しろ』と言われて、動かさずに周りを警戒したままほぼ一日。

 動き出したムーガーンは瞳を赤く染め、こちらの呼びかけに応えずに一撃でバラウールを破壊した。


「乗っ取られてるのか、夢見の洞窟で何かあったのか……」


 先ほどから何度か仕掛けてはいるものの、相手は逃げの一手だ。


 バラウールが、破壊される直前に魔物が現れたから向こうに意識を移せと言われていたので、こちらの状況は多分伝わっているだろう。


「でも、とりあえず捕まえないことにはね」


 ヒュ、と短く呼吸を吐いたジョカは、気配と草を掻き分ける音だけでムーガーンの位置を特定して、血系固有スキルを発動した。


 両腕を大きく左右に伸ばして、両側から相手を巻き込むように森林の奥に手を伸ばす。


 交差した腕に、感触はなかった。

 本当に厄介ね、と心の中で毒づいた、その時。


 別の気配が膨れ上がり、腕の不意打ちから逃げた相手に迫るのが感じられた。


「……?」


 ジョカは、大きく上に跳ねた。

 木の枝を蹴りながら上空へ突き抜けて、気配を感じた辺りに着地する。


「あら、ギドラじゃない」


 ジョカは、クトーのそばにいたはずの幼顔に似合わない無精髭を生やした拳闘士が、ムーガーンと対峙しているのを見て声をかけた。


「ジョカの兄貴、無事で良かったっす」


 ギドラが、ムーガーンから目を離さないまま返答する。


「何でこっちに?」

「リュウさんっす。俺が適任だろってことで来たんすけど」


 ジョカは、その理由を考えた。


 ギドラは風を読むのに長けている。

 こちらのいる位置を把握したのも、ムーガーンに不意打ちを放つまで気配を感じなかったのもそれが理由だろう。


 ーーーいつもの直観かしらね。


「リュウたちは?」

「王都に魔物の軍勢が侵攻してるらしいんで、そっちの排除に向かったっす」


 つまり、今以上の援軍は期待できないということだろう。

 ジョカが思考する間に、ムーガーンは地に伏すように上半身を曲げたまま、グルル、と喉を鳴らした。

 

「……これほどに腕前を上げているとはなァ」


 大きく見開いた目でこちらに視線を走らせたムーガーンは、忌々しそうに呻いた。


「【ドラゴンズ・レイド】の連中は、本当にシャクに触るぜェ……!」

「あらん。アタシたちを知っていそうな口ぶりね?」


 放ち始めた瘴気の濃さから、おそらくは上位魔族だろうと当たりをつけたが。


「知ってるに決まってるだろうが。そっちのクソガキもなァ?」


 続けてムーガーンの口にした言葉に、ジョカは自分の心の芯が冷えるのを感じた。




「忘れるわきゃねェーーーなんせ、俺をぶっ殺してくれやがったんだからなァ」




「ぶっ殺した?」


 いぶかしげにギドラが問い返すのを聞きながら、ジョカは目を細めた。


「その口調……もしかして、チタツかしら?」

「チタツ!?」


 ジョカの推測に、ムーガーンが片頬を釣り上げながら喉を鳴らした。


「そうともォ! カッ、また苦しめてやるよォ!」

「魔王の力で蘇ったワケね……よくもノコノコとアタシの前に顔を出せたこと」


 殺意を放ちながら、ジョカは自分の全身に魔法を施した。

 全身を覆った黒い装甲は、ただの鉱物からぞわりと変質し、毛並みに変わる。


 血統固有スキルの最上位変異魔法【人身創造】によって黒い人狼と化したジョカは、ムーガーンと同じように身をかがめた。


 チタツは王国を荒廃させ、後継者であった姉が死んだ原因となった魔族だ。

 ジョカから家族を奪ったいくら殺しても殺し足りない相手である。


「今度こそ、魂まで喰らい尽くして地獄の底に押し込めてやるわ」

「見飽きた景色だなァ。……代わりにテメェが、行ってこいよォ!」


 チタツは、大きく口を開いて咆哮した。


「〝奏でよ〟」


 強烈な金縛り効果のあるそれに対して、ジョカは腕を振るった。

 土の振動魔法によって全身の毛を一本一本震わせて、音を相殺しつつ左に大きく跳ねた。


 ギドラも同様に右に回り込みながら、風の気を身に纏っている。


 どうやら、ギドラが適任だというのはこの金縛りへの対抗手段だったようだ。

 リュウがそこまで深く考えていたわけではないのだろうが、彼の直観はおそらく女神の加護によって未来視とさほど変わりない領域にある。


 ギドラは現状で、助っ人に来ても足手まといにならない人材だった。


「捕らえるわよ。情報を吐かせてから殺すわ!」

「マジすか!?」


 再び逃げの一手を打って木立に紛れたチタツを追いながら、ジョカはギドラに話しかける。

 全力を解放した自分に、ギドラのサポートがあるならば可能だと判断した。


「魔王を倒したのに、今さら四将くらいでビビるんじゃないわよ!」

「別にビビってねーっすよ!」


 ジョカとギドラは、お互いに手を変えながらムーガーンを追い詰めていく。


 片方が相手をしている隙に、片方が相手の進路だと思われる方向に回り込んで動きを止める。

 相談せずともその程度の意図を汲み合える程度には、ジョカとギドラは仲間だった。


「ガァ! 鬱陶しいクソどもだなァ!!」


 それでも流石に、上位魔族は強い。

 二人を相手に逃げ回ることに徹されて、ジョカは攻めあぐねていた。


 決して、真正面から戦わないようにしているのは、まだ手を隠しているように見えたからだ。

 一撃を加えては距離を取り、相手を森の中から逃がさないように動く。


 相手の消耗を誘うための持久戦。


 しかし、元が魔獣なだけあってチタツはタフだった。

 まるで動きが衰えないまま、ジリジリと移動を続け、ついにジョカは森の切れ目を目にする。


 ーーー広い場所ね。


 森の向こうに見えた街道に、ジョカは少し奇妙な感覚を覚えたが……すぐにチタツに意識を戻した。


 おそらくは魔物の群れ、なのだろうが、そちらに意識を取られてチタツを逃すわけにはいかない。

 森の切れ目の向こうに広がった草原にムーガーンの体を使う魔族を追い出し、広さと速さを生かして二人で拘束するのだ。


「ギドラ!」


 名前だけを呼んで、ジョカはもう何度目になるか分からないチタツへの攻撃を行う。


 それまでよりも強い蹴り足で飛び出したジョカは、敵に肉薄して懐に深く踏み込んだ。

 震脚を併用した最大威力の掌底でチタツのみぞおちを狙うが、相手は後ろに飛んで威力を逃がそうとする。


 が、今度の攻撃は牽制ではない。


 ーーー〝伸びろ〟!


 心の中で念じるだけで発動する血統固有スキルによって、掌底を放つ腕が伸びる。

 体の芯を捉えた攻撃によって、チタツは狙い通りに森の外に押し出された。


 全力の震脚が周囲の木々を揺らし、間近のものは地震に似た振動によって根を掘られていくつかが横倒しになる。


 少し開けた視界の中で、人狼と化したジョカはチタツを追ってさらに地面を蹴った。

 こちらの狙いを正確に察していたギドラが、すでに吹き飛ばした魔族に飛びかかっている。


「……!!」


 草原に出て周りの状況を把握するために目を走らせたジョカは、そこに現れた光景に目を見開いた。


 ーーー軍勢、とは聞いていたけれど。


 ゾロゾロと王都に向かう魔物の群れは、予想以上の規模だった。


 中にはチラホラとBランクの魔物の姿も見える。

 もしリュウたちがいなければ、そしてここが王都でなければ、冒険者ギルドで最速の緊急依頼が発令されるだろう。


魔王(まおう)麾下(きか)、ってわけね。ーーー上等じゃない」


 本格的に仕掛けてきたというのなら、遠慮もいらない。


「作戦変更よ、ギドラ! ここで殺すわ!」

「なら最初からそのつもりなら話が早かったじゃないっすか!」


 律儀に言い返してきたギドラが、殺気を膨れ上がらせる。


「どいつもこいつも……ナメてんじゃねぇぞォ!?」


 グァ、と瘴気の濃度を増したチタツも、目的の場所に近づいたからか逃げるのをやめて、両腕を獣の剛腕に変質させた。


 軍勢をチタツが率いているわけではないだろう。


 ならば、敵将は他にもいる。

 ギドラは文句を言うが、ジョカは軍勢を見て敵将の一人であるチタツを討ち取ることにしたのだ。


 素早く首を取れば、その分だけリュウたちが有利になる。

 魔物の侵攻を食い止める作戦に参加するために、一刻も早く。


 王国を守護し、安寧を保つのは貴族院筆頭としてのジョカの責務の一つだ。


 ーーーたとえその立場が、望まぬものだったとしても。

 


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