おっさんと少女は、褒美を受け取るようです。
「見事って、あなたに傷をつけたこと?」
クトーに近づいてきたレヴィは、ぷにおに問いかけながら首を軽くかしげた。
小竜は、氷盾を破壊した時と今と、二回レヴィに向けてその言葉を口にしたのだ。
疑問に答えたのは、クトー自身だった。
「それもあるだろうが、おそらくは彼に体を使わせたことだろうな」
話し方と名前の響きから、おそらくはオスだろうと当たりをつけてクトーは言う。
すると、ぷにおは降りてきながら軽くうなずいた。
『うむ。動くつもりはなかったのだが、動かされたのである』
「少しは驚かせることが出来たようだ」
『うむ。風の竜玉に関しては、破壊されるとも思っていなかったのでな』
レヴィが白装束姿に戻ると、二本の曲刀も元の元どおりにニンジャ刀と投げナイフに姿を変える。
「そもそも、ぷにおは本気じゃなかったのよね?」
「一貫して竜気を使わず、魔力のみで対応していたからな。それに炎の鎧を再び纏うこともなかった」
最初から最後まで、手加減されていたことに疑いはない。
『うむ。力を見定めたら戦闘を終えるつもりで、本当に一発もらってしまったのである』
「一発って……かすり傷じゃない」
『実に数百年振りである』
「へー」
レヴィは軽い調子だが、あれだけの力を持つ竜に対してかすり傷でも与えるのは十分すぎるほどの戦果だろう、とクトーは思った。
以前ダメになった【黒龍の外套】の元になったドラゴンすら、及びもつかない練度の相手だ。
見た目の可愛らしさに反して、底知れない力を秘めている。
「ほっほ、なかなか楽しそうじゃったの。混じれずに残念じゃ」
終わったのを見計らって、ケインが近づいてきた。
心底うずうずした様子の老剣聖に、元気なことだ、と少し呆れを覚える。
彼は、そもそもチタツとの死闘を演じ、その疲れも癒やされていないはずなのだが、この上まだ戦いたいという精神性はさっぱり理解出来ない。
「それにしてもレイレイの白装束は、どんどん姿が変わるのう。一体どういう代物なのじゃ?」
興味津々な様子でレヴィを眺めるケインに、答えたのはぷにおだった。
『彼女の装備の元になった白の宝珠は、もともと我輩の力の一部である。所持する竜玉の力を、ほんの少しずつ集めたものであるゆえな』
「さっきの三つの竜玉?」
『いや。使ったもの以外にも、全属性の力が秘められているのである。使用者に反応して、最も適した形状を取るようになっている』
レヴィの望みや武器に反応して、さまざまな形状を取るのはそれが理由らしい。
「害はないのか?」
クトーの質問に、ぷにおはコクリとうなずいた。
『むしろ、適応者には力を与えるのである』
「そうか」
作り手の保証があるのなら問題ないだろう。
そもそも副作用自体は、分析した人間からは『ない』と判断されていた。
偶然とはいえ、やはり途方もなく有用なものを手に入れたらしい。
竜の勇者でもないのに竜気を扱う存在。
平凡な自分の周りになぜこうも規格外の傑物ばかりが集まるのか、さっぱり分からないが。
『他に、特に質問はなさそうか?』
「むーちゃんの扱いはどうすればいい?」
彼の眷属となれば、いずれ強大な力を持つ竜になる。
一体どう扱えばいいのか、という問いかけだったが、レヴィが不安そうな表情を見せた。
「む、むーちゃん連れて行っちゃうの?」
「それが彼の望みなら、俺たちには抵抗する術もないとは思うが」
手加減されてこの有様なのである。
しかし、レヴィの心配は杞憂だった。
『あの世界で、これ以上我輩が干渉することはないのである。眷属とはいえ、我輩の一族も元はといえば世界をめぐる輪廻の中に存在している』
天然自然のままに……と言葉を締めたぷにおに、レヴィはあまり自信のなさそうな顔で問い返した。
「えっと。つまりむーちゃんは連れていかない、ってことで合ってる……?」
『うむ。自ら主人を定めた眷属に、その側を離れろなどと野暮を言うつもりはないのである。我輩もかつて主人を持っていた身ゆえ』
「そのご主人様は?」
レヴィの問いかけに、ぷにおはジッと彼女の顔を見た。
そして、ぽつりとつぶやく。
『……人として、その一生を全うしたであるよ』
そして、どこか懐かしそうに目を細めたぷにおは、ケウスに目を向けた。
『では、褒美を与えるのである。準備は出来ているか?』
「滞りなく」
成り行きを見守っていた部屋の主が軽く手を掲げると、部屋がゆらりと揺らいで元の広さに戻った。
そのまま、手招きを始めたケウスからこちらに目を戻したぷにおがお腹を叩くと、床に散った白毛のうちの二本が、ふわりとクトーらの前に浮かぶ。
『ではまずは、装備である』
ぷにおがさらにお腹を叩いた。
いちいち可愛らしさに身悶えしそうなのだが、あいにくとそのたびに放たれる龍気の気配はちっとも可愛らしくない。
『受け取れ』
ぷにおの言葉とともに、光の粒に変わった二本の白毛が大きく膨らみ、それぞれにクトーとレヴィにまとわりつく。
やがて光が収まると、それは2人の体躯に合わせて真っ白なファーコートに姿を変えていた。
「これ……」
「竜の毛皮で出来た外套か」
ふわっふわの可愛らしいファーが、首周りから前を開いた外套の合わせ目に伸びている。
大変、好みの一品だった。
ちらりとレヴィに目を向けると、白装束にもしっくりと合い、レヴィの褐色の肌やトゥス耳との対比で、彼女の外見が非常に尊いことになっている。
『大体の魔法への耐性と武具での攻撃による軽減効果がある。また限定的ながら、着ている限りは魂への加護もな。……魔王との対峙には必要であろう』
なにもかも見透かしたようにそう告げて、ぷにおは次いで部屋の入り口に目を向けた。
『来たようである』
その言葉を受けて小竜の目線を追うと、入り口の向こうからフラフラと魂がやってくるのが見えた。
丸い球体のようなそれは、部屋に入る直前に形を変えて、人の姿を取る。
大柄な体に、漆黒の鎧。
短く刈った黒髪と、顎と口元を覆う整った髭。
その壮年の男に、クトーは見覚えがあった。
しっかりとした足取りで部屋の中に足を踏み入れた男が、傲然と中にいる自分たちを見回すのに、クトーは少し驚きながら声をかける。
「まさか……」
『クトー、か?』
低い声音とともに自分の名を口にして。
彼は、少し不愉快そうに目を細めた。
『それに、中央の国の辺境伯か』
「ほほ。今は元、じゃよ。たしかにこれは意外な相手じゃの」
『ふん。無様な姿を晒したくはない相手が2人か』
顎を撫でて面白がるケインに、威圧感のある相手とこちらを交互に見比べたレヴィが小さく質問した。
「……知り合い?」
「ああ」
たしかに、彼は魔王の肉体に相応しい相手ではあった。
その名を、クトーはも口にする。
「ーーーミズガルズ・オルム王、だ」
そこにいたのは、苛烈な北の大地を支配していた覇王の魂だった。




