おっさんと少女は、闘争を開始するようです。
『試練ゆえ、殺しはしないのである』
ぷにぃ、とぷにおが羽をはためかせると、滑らかな動きで三つの球が輝きながら小竜の周りを回り始めた。
『使う宝玉も3つのみ。炎を操る赤の竜玉、水を支配する青の竜玉、肉体を強化する緑の竜玉である』
「律儀だな」
クトーはつぶやきながら、偃月刀をシャキリと鳴らして持ち上げた。
『別に隠し立てに意味はないのである』
自分の力に対する自信からか、あるいは試練とやらだからなのか、ぷにおは平然と答えた。
クトーは足を軽く開いた。
そのまま腰を落として刺突を構えを取ると、横でレヴィが戸惑ったように問いかけてくる。
「く、クトー。本当にやるの?」
「逃してくれる様子はないが」
そもそも殺さないと言うのなら、特に尻込みすることもないだろう、とクトーが思っていると、ぷにおがレヴィに目を向けた。
『別にやらなくとも構わないのである。我は盟約に則って動いているに過ぎぬ』
「その盟約って、その、あなたのご主人様と?」
『先ほど告げたが。シーたんの望みならば、我は全力で応えようと思う。が、他人にまでそれを強要しようとは思わぬのである』
「怖気付いたなら、俺もお前が参戦せずとも構わないが」
クトーがぷにおに賛同すると、レヴィはポニーテールを揺らして首を横に振った。
彼女は、小竜をチラチラと見ながら、指先を擦り合わせる。
「そ、そうじゃなくて! ……その、むーちゃんそっくりの子を殴るのは……」
『「む?」』
クトーとぷにおの声がハモり、二人(?)で顔を見合わせる。
「ならば、弓で射ればいい」
『で、あるな』
「そういう問題じゃないわよ! ……あんた達、なんか似てるわね」
『「?」』
また同じように首をかしげると、ぷにおがふと思いついたように言った。
『眷属と、外観が似ているのが気になるのであるか?』
「そうよ! なんかむーちゃんと戦うみたいでイヤなの!」
『ワガママであるな。であれば』
ゆらん、とぷにおが尾を振ると赤い竜玉が輝いた。
玉は光に近い輝きを持つ炎を放ち、小竜に向かって放つ。
「うぇ!?」
『心配には及ばぬのである』
炎はぷにおを焼かずに全身にまとわりつき、そのまま炎の鎧と化した。
元の姿は変わらないものの、両肩から伸びた炎の帯が凶悪な竜の頭を象る。
「う……」
強烈な重圧と双頭の威嚇を受けて、レヴィの頬が引きつった。
「確かに、やりやすくなったけど……」
「余計に怖気付いたか?」
外観は変わったが、同時にチタツを超える強大な気配がぷにおから発されている。
レヴィは、クトーの言葉にムッとした顔をした。
「ふん、そんなわけないでしょ!?」
彼女は、クトーよりも一歩前に出てぷにおと対峙する。
「レヴィ?」
「……私が前衛をやるわ」
振り向いた彼女の目は、負けん気に満ちていた。
こちらを見て、何を考えているのか読めない色をそこに浮かべてから、片頬を上げてみせる。
クトーは、眉をひそめた。
「だが、荷が重いだろう」
「でも、それが役目だと思ったの。さっき、クトーとお爺ちゃんとの連携見てて、分かったから」
「何がだ?」
「あなたが、前にいるより後ろにいるほうが力を発揮するタイプだってことが」
レヴィは笑みを浮かべたまま、軽く首をかしげる。
「それに、大丈夫じゃない? 外では無理かもしれないけど……想いが力になる場所なら」
レヴィは、親指で自分の心臓のあたりをトントン、と叩いた。
「ーーー〝ここ〟の強さだけなら、私、誰にも負けるつもりないもの」
その、静かな言葉に。
クトーは軽く目を細めて……構えを解いた。
「……相変わらずの自信過剰だな」
「褒めてないわよね、それ」
「そうだな。だが、いいだろう」
クトーは改めて偃月刀を構えた。
前衛突貫の姿勢ではなく、脇に刃先を下ろす、魔法による補助を第一としたものに。
「この件が上手く片付いて手が空いたら、Cランク試験を受けろ」
力が伴い始めたことで、頼もしくなってきた跳ね返り娘の姿に嬉しさを覚えながら、クトーは告げる。
「もし今、あの竜に認められる力を示せるなら、受かるのは余裕だろう」
「悪くない報酬ね。燃えてくるわ」
レヴィは、トントン、とつま先で地面を叩いてから軽く足を開いた。
当然弓で前衛は出来ないので、カバン玉にそれを仕舞うと普段の白装束姿に戻る。
そして、腰から屠殺ニンジャ刀を抜き放って逆手に構えると、気合いの入った声を上げた。
「さぁ、やるわよ!」
※※※
ーーー前衛だ。
レヴィは、不思議な高揚感とともにそう思った。
今までクトーと一緒にこなした仕事で……本当に危険な前線に立ったのは二回だけ。
温泉街クサッツでのドラゴンとの戦闘と、街に入り込んだ魔族化した宰相に操られた浮浪者との戦い。
一度は負け、一度はトゥスの助けを借りて勝ったけど。
どちらもクトーはその場にいなかった。
それ以外でも、何度も彼と一緒に戦ったけど、いつも前にいたのは自分以外の誰か。
今日が初めてなのだ。
本気のクトーと一緒に、強い相手と戦うのは。
ーーー無様な姿は、見せられないわよね。
レヴィは唇を舐めると、イメージした。
先ほど弓の力を得た時と同じように、集中する。
ーーー私は勝てる。
誰よりも疾く戦場を駆け抜けられる。
そして、刃を振るえる。
リュウのように荒々しく。
ケインのように強く鋭く。
ーーー私は勝てる。
【ドラゴンズ・レイド】の一員に加えてもらってから、ずっと。
皆の活躍を見てきた。
ギドラも、ヴルムも、ズメイも。
最初は弱かったって言ってた。
クトーに鍛えられて、強くなったって。
私だって、同じように指導を受けた。
今、この瞬間。
なりたかった自分に、なるのだ。
クトーのように……じゃない。
ーーー彼の横に並び立てる自分に。
心の底からふつふつと湧き上がる決意に、手に入れた宝珠の力が呼応する。
体を包む白いタトゥーが、燃えるように熱くなった。
同時に、力がみなぎる。
白装束が色を変えないままに、光の反射で鱗のように見える光沢に変わる。
ーーー私は、やれる。
レヴィは、無言のまま影のように走り出した。
体を前に大きくかがめ、地を這うように。
『まずは小手調べである』
ぷにおがお腹を叩くと、水の竜玉が青い光を纏って猛烈な吹雪を吐き出した。
名前は知らないが、上位の氷系魔法だろう。
しかしレヴィは、足を緩めなかった。
「〝防げ〟」
案の定、クトーの声とともにレヴィの周りに防御結界が構築される。
吹雪が視界を真っ白に染め上げ、防御結界を押す風圧で体が押しとどめられそうになったが……レヴィは、強引に足を踏み込んで突き進んだ。
普段なら無理だ。
でも今は、宝珠の力で脚力も強化されている。
カンでぷにおのいる場所に向けて走っていくが、吹雪を引き裂いて現れた風の竜玉が、正面から結界にぶつかった。
緑の螺旋光を纏ったそれの威力は凄まじく、レヴィは防御結界が砕かれた瞬間に上に向かって全力で跳ぶ。
足元を竜玉が行き過ぎ、吹雪が余波で吹き散らされるのを視界に捉えながら、レヴィはカバン玉から短い青の筒を引き抜いた。
魔導具の一つ、【水遁の序】だ。
竜玉は三つある。
ほとんど確信に近い気持ちでアクアスクロールに気を流し込んだレヴィに向けて、火の竜玉が巨大な炎弾を放った。
ーーー動きが読めた!
初見の相手に、初見の武器。
それでも今までの経験や、クトーに教えられた様々な戦術から答えが導き出せる。
「〝湧けぇ〟!!」
レヴィの呪に反応して、炎弾に向けて撃ち放ったスクロールが起動した。
ギドラのそそのかされて山で使った時よりもさらに圧縮され、竜に似た形状で顕在化した水流が炎弾にぶつかって相殺する。
『なかなかやるのである』
「余裕を見せていていいのか?」
爆音の隙間から、ぷにおとクトーの声が聞こえた。
「〝薙ぎ払え〟」
クトーの呪文と共に、3連撃で竜玉を散らしているぷにおに向けて風の魔法が放たれる。
指先程度の、ほんの小さな緑の光球が。
レヴィの背後から前に真っ直ぐに飛んで、ぷにおの纏う炎の鎧に触れた瞬間に炸裂した。
まるで竜巻のように渦を巻いた風は、小竜を守る炎を引き裂き、喰い散らしてゆく。
レヴィは着地と同時に、今度は赤い筒を引き抜いた。
ーーーアクアスクロールが効いたなら、ファイアスクロールも同じ要領でイケるはず。
目を凝らしたレヴィは、風を視た。
『風』の適性も強化されているので、はっきりと風の動きがわかる。
ぷにおの周りで起こっている炎と風のせめぎ合い。
その隙間を縫うように、ぷにおの白い毛並みに向けてファイアスクロールを解き放つ。
「ーーー〝爆ぜろ〟」
炎の魔導具は、狙い違わずぷにおに向けて飛んでいく。
が。
『甘いのである』
旋回して戻ってきた風の竜玉によって、ファイアスクロールを打ち返された。
「ッ!」
レヴィはとっさに後ろに跳ぼうとしたが、その足元に向けて水の竜玉から細い光が放たれ、ブーツと地面を凍りつかせて動きを止められた。
『こういう真似も出来るのである』
足を解放するのは、間に合わない。
ファイアスクロールが迫る勢いが、緩やかに感じられた。
くるくると回りながら自分の胸元に向けて落ちてくるそれ。
ニンジャ刀で斬れば、その瞬間に炸裂する。
弾き飛ばしても同じ。
投げナイフを引き抜く時間はない。
白装束の防護に対する信頼は……試したことがないので、分からない。
死、の気配に。
心がかすかに揺らぐ。
揺らげば、防げない。
せめてダメージを少しでも減らそうと、両手の顔の前に持ち上げるレヴィの横から。
緩やかな視界の中で、なお速いクトーの刺突がスクロールを弾き飛ばした。
偃月刀の柄尻側で弾き飛ばされた魔導具が、空中で炸裂する。
弾けるように加速する時間。
そこでようやく、ニンジャ刀の腹を使えばよかった、とレヴィは気づく。
「ーーー殺さないんじゃなかったのか?」
『この程度で死ぬのなら、それまでである』
クトーはぷにおに問いかけた後、ファイアスクロールの爆風によって礼服の裾をとメガネのチェーンをシャラシャラと鳴らしながら、こちらを見た。
「〝燃やせ〟」
いつも通りに冷静な目をしたまま、軽くメガネのブリッジに触れると、初級の炎魔法でレヴィの足を拘束する氷を溶かす。
「跳べ、レヴィ」
言われて、思考を挟む隙間もないまま反射的に従った。
どこに向けて跳ぶかなど、考えていなかったが。
それでもレヴィは、前に跳んだ。
その直後に、ぷにおの声がする。
『〝潰せ〟』
初めて耳にする、小竜の呪文。
そして今までの比ではない、魔力圧とでも言いたくなる奇妙な重圧を感じた直後に。
ーーー背後でドン、と何かが潰れるような音がした。




