おっさんは、ぷにぷにと会話をするようです。
「ふむ」
クトーは、最奥の間に目を走らせながらつぶやいた。
おそらくは、目の前の小竜が発した閃光に吹き飛ばされたと思しきチタツは、はるか向こうに吹き飛んで全身から煙を上げている。
ケインはレヴィの前に退いており、2人は油断なく武器を構えていた。
しかし、突然現れた小竜の姿にレヴィは戸惑っており、ケインはチタツに刃を向けながらも小竜を警戒している。
「では、お前は何だ?」
意思の疎通が出来るということは、高位竜なのだろう。
また、外見から正体不明の竜であるむーちゃんに関わりのありそうな存在であることもうかがわれる。
しかしこの場に現れた目的が分からなかった。
『ぷにぷにぃ」
小竜は、相変わらず尊大にも聞こえる口調で名乗った。
『かつて、この国の北西にある山脈の麓に存在した王国にて〝守護龍〟あるいは〝殺戮龍〟と呼ばれしモノ、である』
相反する物騒な異名を名乗った小竜……ぷにおは、愛らしく丸い瞳にどこか冷たい色を浮かべて、チタツに目を戻す。
『今は亡き我が主人との盟約により。汝らが崩れた均衡を取り戻す者足り得るか否か、その是非を問う』
宣言したぷにおは、ふわりと軽く羽を広げ、短い腕でぽん、と自分のお腹を叩いた。
『ーーー現世へ還れ、均衡の一旦を担うモノよ』
ゴゥ、とぷにおの体から発された風が吹きすさび、チタツを包み込む。
「ガァ……貴様、一体……!!」
半分滅しかけていたチタツの姿が、黒く染まってずぶりと影に沈み込むように消える。
「四将を、一撃で?」
『殺したわけではないのである。現世に戻したのみ』
ふい、とぷにおが、ケウスに対して目を向ける。
彼女は、笑みを浮かべながらも、かすかにぷにおを非難するように眉を小さく寄せて言葉を発した。
「ぷにお様。わたくしの苦労が台無しでございます」
『かつての約束を反故にしたのは、そちらの方だ。我が主人との盟約は『この世界に、できる限りの平和を」である』
ぷにおはどうやらケウスと顔見知りであるらしい。
『神を名乗る者たちが装置として在り続ければこそ、我は不干渉を貫いていたに過ぎぬ』
「それは分かりますが……このままでは、クトー側にあまりにも利がありません」
『知らせるべきことを知らせぬままに、与えるべきものを与えぬままに利用しようとするからである。この者たちは我が眷属に認められた。ゆえに、我は来た』
クトーは、お互いだけで会話を進める二人の言葉から、いくつかのことを読み取った。
神々と魔王が世界に均衡を保つための装置、という話は先ほどケウスから聞いた通りだろう。
ぷにおの主人というのが何者かは分からないが、おそらくは遥か昔に亡くなっている。
そしてケウスの対応から、この小竜は、神々と対等な存在か……あるいは、より上位の存在であることがうかがわれた。
「ほほ。どうやら、楽しい死闘は終わりかの?」
「お爺ちゃん……!」
空気を読まずに、肩に剣を担いで言うケインに、レヴィがシー! と指を立てる。
「会話に入らせてもらってもいいか?」
『構わぬのである』
「なぜチタツを殺さずに現世へ?」
均衡を保つ、というのが、人間に味方するという意味ではないのなら、ぷにおはまだ味方とは思えない。
質問に対して、ぷにおはふよん、とこちらに向き直ると、可愛らしく尻尾を揺らした。
……どうにも、話の深刻さと外見が見合わない。
このむーちゃんそっくりの小竜は、クトーのペースを乱す存在だった。
頭の中に意味は叩き込まれるが、ぷにおが発するのは『ぷにゅぷにぃ』とか『ぷにん、ぷにん』など愛らしさ極まる鳴き声なのである。
『簡単な話である。我が介入するのは不均衡な状況に対して、であり、争いそのものではないのである』
つまり、チタツとの決着は先延ばしになっただけだということだ。
もう少しで倒せそうではあったが、同時にクトー自身もやられそうになっていたので、痛み分け、といったところだろう。
クトーは頷きつつ、メガネのブリッジを押し上げた。
「では、次の質問だ。眷属というのは、むーちゃんの事か?」
『そのむーちゃんとやらが、我と同じ外見をした竜を意味するのならば、その通りである』
「我々がむーちゃんに認められた、というのは?」
『我が眷属の目覚めは、我が主人の装備品の解放を意味する。つまるところ、その籠手と宝珠、そして双銃である』
クトーは自分の腕に嵌った【九頭龍の籠手】を見下ろし、次に変化したレヴィの白装束に目を向けた。
『そしてそれらの装備品は、我が眷属が目覚めし後は、彼のものが認めぬ者には扱えぬ』
「ふむ」
むーちゃんに懐かれたから、ぷにおの主人の遺品であるこれらの装備はクトーらのものになったらしい。
「レヴィが竜気を扱えるようになったのも、その為か」
『是である。また、この場所に我が至れた理由も同様。特にあの娘は、我が眷属と魂の繋がりが深いのである。彼のものが手を貸しているのであろう』
それが宝珠を手にしたからなのか、あるいは他の要因があるのかはよく分からないが、理由はわかった。
やはりむーちゃんは、ただの竜ではなかったようだ。
「では、最後の質問だ」
クトーは、シャラン、とメガネのチェーンを鳴らしながら、首を傾げた。
「どうやって、均衡を取り戻すつもりだ?」
こちらの質問に……軽く目を細めたぷにおは初めて楽しそうな色を目に浮かべた。
同時に、少し不穏な気配を垣間見せる。
『ふふん。大昔から、主人公が力を得るのは試練を乗り越えた時と相場が決まっているのである』
「……主人公?」
クトーはその言葉の意味が分からず軽く眉をひそめた。
『おっと、口が滑ったのである。それは気にせずとも良い』
うっかりである、と言ったぷにおは、レヴィを手招きした。
そしてレヴィがこちらに近づいてくる間に、ケインとケウスに言う。
『悪いとは思うのであるが、そちらのご老体は今からの戦いへの介入は遠慮してほしいのである』
「た、戦い?」
レヴィがぷにおの発言を聞きとがめて、足を止める。
「結局、そういう話か」
チタツを退けたと思ったら、どうやら連戦しなければならないらしい。
しかしぷにおは、こちらをまるっと無視して今度は部屋の主に言葉を投げる。
『ケウス。汝はこの夢見の洞窟に彷徨う、魔王の手にした肉体の魂をこの場へ導くのである。報酬の一つである』
「……分かりました」
チタツをこの場で倒すことが出来なかったことの代わり、なのだろう。
どうやら、今の魔王に関するヒントをもらえるらしい。
レヴィの近くにこちらから近づいたクトーは、ぷにおを振り向いた。
「クトー……嫌な予感がするんだけど」
「多分当たっているだろうな」
『ふふん。試練に挑むには、体調が万全でないといけないのである』
ぷにおが再びぽん、とお腹を叩くと、クトーの体にのしかかっていた火傷の痛みと疲労感が消えた。
「あれ? 頭が軽くなった?」
「高位回復魔法だな。魔力まで回復しているようだ」
続けて、ぷにおはいくつかの宝珠を自分の周りに召喚した。
見覚えのあるそれは、トゥスの洞窟で聖白竜が操っていたものによく似ている。
あの聖白竜も、やはりぷにおの眷属だったのだろう。
『さて』
どうやら準備を整え切ったらしいぷにおが、まるで気負った様子もないまま、可愛らしく首を傾げた。
そして口調だけは厳かに、小竜は告げる。
『ーーー我と戦い、その力を認めさせよ。さすれば、我は汝らに『均衡を保つ者』として力を授けよう』




