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おっさんは、少女を褒めるようです。


 レヴィの攻撃に、クトーは思わず目を見張った。


 彼女の放った一矢は、クトーが扱う風竜の弓の一撃よりも遥かに速く鋭かったのもそうだが、問題なのはそこではない。


「竜気、か……?」


 彼女の一撃には、確かに高密度の魔力特有の『圧』があったにも関わらず、全く魔力を感じなかったのだ。


 それは、リュウが攻撃する時によく似ていた。

 チラリと目を向けると、彼女は自分自身でもその矢の威力に驚いているようだ。


 が、気を取られている場合ではなかった。


「グゥウルウァアアアアアアッッッ!!!」 


 流石に命の危機を覚えたのか、チタツが全身を膨れ上がらせて咆哮した。


 上位魔族は頭を貫かれた程度では死なないが、それでも全く影響がないわけではないのだ。

 それまでにない量の瘴気が、魔族を中心に渦を巻き始める。


 魂を犯す魔霧を剣で斬り払いながら、ケインがチタツの側から離れた。

 チタツに剣を向けたまま後ろ向きに跳ねながら、すれ違いざまに呼びかけて来る。


「クト坊」

「分かっています」


 クトーが足を一歩踏み出すと、口の端が裂けそうなほど大きくアゴを開いた魔族が天井に向けて吼える。


「人間風情がァ……調子に乗ってんじゃねぇエエえええええヨォおおおおおお!!!」


 激怒の言葉とともに、その姿を覆い隠すほどに密度を増した瘴気が彼を覆った。

 クトーは即座に偃月刀の切っ先をチタツに向けて、呪文を唱えた。


「〝防げ〟」


 魔力を極限まで圧縮して発動した防御結界が、背後全てを守るように大きく広がった。

 巨大な竜巻と化した瘴気の渦が弾けるように暴風となって広がり、結界と衝突して弾け散る。


 チタツの放ったそれは《風》の上位炸裂魔法に似ているが、より禍々しいものだった。

 瘴気の風は結界の表面で激しく火花を散らしはしたが、音も衝撃も、中には一切届かない。


「捨て身かの?」

「いえ、恐らくは変身でしょう。上位魔族は、本性を持ちます。普段は人を操ったり擬態したりしていますが」


 クトーがメガネのブリッジを押し上げると、ケインは軽く笑う。


「便利であり、脅威じゃの。まだ強くなるか」


 どこまでも楽しげに言われて、クトーは軽くため息を吐いた。


「対抗しきれますか?」

「愚問じゃの。出来ずともやる。そういうものじゃろう?」

「リュウみたいなことを言いますね」


 瘴気が、徐々に収束していく。

 思った以上に手応えがなかったので、もしかしたら、この現象自体は変身の余波でしかないのかもしれなかった。


「レイレイを上手く使うことじゃ。ワシにはおそらく、余裕はなくなるじゃろう」

「承知しています」


 正直に言えば、レヴィが魔獣将チタツに対して、不意打ちではなく突破できる攻撃力を期待してはいなかった。

 それ自体は嬉しい誤算だ。


「レヴィは相変わらず、攻撃も性格も前のめりですね」

「慎重なおぬしにはちょうど良かろうて。リュウ坊といい、ああいう子らが好きじゃろい?」

「……そんなことはありません」


 あの手の連中を好ましく思うのは事実だ。

 が、ケインの口調は、まるで他人に振り回されるのが好きだ、と言っているように聞こえる。


「カカッ、素直じゃないのう」


 彼は、クトーの横に来た。


 剣を肩に担ぎながら足を広げ、身を低くする。

 瘴気の向こうを見る目こそ真剣だが、余裕がなくなる、と言った口元にはいまだに笑みがあった。


「しかし魔族とか瘴気っちゅーもんはズルいのう。ワシもあの力が欲しいもんじゃ」

「冗談でもやめていただきたい」


 当代最高峰の一人である剣聖が禁呪によって魔族と化すことを望むなど、実際笑い話にもならない。

 クトーの返しに、ケインは非常につまらなそうな声で言った。


「相変わらずシャレが通じんのう」

「シャレに聞こえませんので」

「ま、半分くらいは本気じゃがの」


 やはりか、と思いながらクトーは軽く眉根を寄せる。


「重ねて言いますが……」

「言わずとも良い。そんなクト坊は、アレがちっとも欲しいと思わんのかのう?」

「代償なくあの力を得られるのであれば、欲しいですね。ですが、私のような凡人には分不相応だとも感じます」


 しかしケインはそもそも〝破滅の剣ダインスレイヴ〟に主人と認められ、その剣の狂気に呑まれるどころか愉しんでしまうような老人である。


 肉体的にはともかく、精神的な部分においては下手をすると魔族以上である可能性もあった。 


「考えてみれば、魔族になってもケイン元辺境伯は変わらないかもしれませんね」

「ふむ。試してみる価値はありそうかの?」


 瘴気に侵されない魂などというものが、リュウ以外に存在するとすれば、ケインはさしづめ『魔人』などと呼べる存在になりそうだ。


 が、実行されても困るので釘を刺しておく。


「ホァンに迷惑をかけたいのであれば、どうぞ」

「むぅ」


 ケインが口を曲げて唸るが、当然の話だ。


 王族から2人も3人も魔族を輩出したとなれば、特に関係もないのに家系の王族としての資質、などという話に発展しかねない。


「クト坊は嫌なところを突いてくるのう。悔しいので、一つだけ訂正させてもらおうかの」

「なんです?」


 そこで、クトーは防御結界を解いた。

 話をしながらも完璧なタイミングで再び前に飛び出しながら、ケインが目線だけをこちらに向けてニヤリと笑う。


「お主は凡人ではない。超人じゃ」

「俺は、ただの雑用係です」

「嘘つきめが」


 即座に断じられたところで、自分の本質に変わりはない。


 彼もまた、こちらに期待しすぎている者の一人だ。

 自分はムーガーンの身体能力を持つチタツ相手に真正面から斬り合えるようなバケモノではない、と心の中で思いつつ、クトーは偃月刀に再び魔力を込める。


「〝貫け〟」


 槍をしごくように偃月刀を突き込むと、光の貫通魔法が発動した。

 が、レヴィの矢と違い、瘴気こそ払ったものの、その奥にあるはずの本体に命中したと思われた途端、霧散して全く影響がないままに消滅する。


「厄介だな」


 黒い繭のような瘴気の奥で、力が膨れ上がる気配がする。

 聖の魔法剣は通じたが、先ほどからチタツには直接攻撃を行う聖魔法が効かない。


「ムーガーン王に憑いているから、だろうな」


 チタツ自身は闇に属する存在だが、今、彼の操っているムーガーンは風の巨人族なのだ。

 

 巨人族には、弱点属性以外の魔法を無効化する特性がある。


 風の属性は光と親和するために、闇の魂でありながら聖属性が弱点ではなくなっているのだ。

 先ほど聖魔法剣が効いたのは、勇者の装備である偃月刀がつけた傷によって、魂に直接聖の影響が出ていたからだろう。


「それ以外の弱点属性魔法となると火の魔法だが……今は使えんな」


 クトーの扱えるその属性の魔法は威力が大きすぎて、ケインを巻き込んでしまう。

 この場所ごと焼き払うつもりで行かないと、逆に視界を遮られて相手に有利になる可能性もあった。


 となると、やはりレヴィの風の矢は魔力によるものではないのだろう。


 どういう理屈で彼女が竜気を扱えるのかは後で調べるにしても、今、それを利用しない手はなかった。


「レヴィ」

「な、何?」


 クトーは、黒い繭の中から腕を突き出してケインの刃を受けて姿を見せようとしているチタツから、ほんの少しだけレヴィに目を向けた。


 緊張しながらも、自信を取り戻した顔をしている彼女にかすかに笑みを浮かべる。


「よくやった。次も期待している」

「……!?」


 クトーの言葉に、目を丸くしてから。

 レヴィは不敵な笑みを浮かべて、親指で首を掻っ切る仕草を見せた。


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