表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

137/365

少女は、自分の魂の強さを信じるようです。


 レヴィは、クトーたちの攻防の中に入っていくことが出来なかった。


「カカカッ!」


 普段と全く違う、濃密な殺気を身に纏って跳ねるケイン。

 彼が刃を振るうたびに、空中に黒閃と血の軌跡が走ってチタツが傷ついていく。


「グルゥ……ジジィ……ッ!!」


 魔獣将と呼ばれ、高位魔族であるはずのチタツは両腕を振るっているにも関わらず、片手剣のケインに対して手数で負けていた。


 ーーーあれが、お爺ちゃんの力……。


 今の姿が、剣聖とまで呼ばれたケインの本来の姿、なのだろう。

 別に普段見せてくれる優しい顔が嘘だとは思わないが、やっぱり彼も、世界に名を轟かせる腕前を持つ人物の一人なのだ。


 生ける伝説、とクトーが呼ぶくらいに。 

 でも、その彼も。


「そちらにばかり気を取られていていいのか?」


 偃月刀を手に死闘を行う二名の周囲を動き回り、チタツが隙を見せるたびに的確に斬撃を加えていた。

 

 至近戦闘で彼が戦うのを見るのは、これが初めてではない。

 だが、ザコや温泉街でのブネとの戦い以外では、基本的に優位に立っているのを見たことがなかった。


 戦闘は苦手だと、常に彼は言っていた。

 レヴィはその言葉を、頂上に近い力を持つ人々の間では、という意味だと思っていた。


 だが、今。

 クトーはケインらの凄まじい動きにあっさりと対応し、戦闘について行っている。

 

 レヴィはここに来て、自分の力のなさを痛感していた。


 離れた場所で弓を引いているだけなのに、その一矢を放つことすら出来ず、戦況を見守ることしか出来ない自分の弱さを。


 動いてもいないのに、頬からアゴへと汗が滴る。


 自分の認識は間違っていた。


「クトーは……今までは、主体、だったから……」

 

 レヴィは、本当に強い敵が相手の時、彼の代わりに前衛を務めることが出来ない。


 前に出るのは、彼自身が後ろにいても、レヴィを守れるという確信のある相手との戦いだけ。


 先代の宰相にレヴィが操られて、ブネと再戦した時。

 クトーが苦戦してたのは、単に『自分しかいない』状況だったからだ。


 そして偃月刀もなかった。


 突出した魔力を使えなければ、ただ器用なだけの冒険者だと。

 そう言っていた彼はある意味では正しく、ある意味では間違っている。


 クトーも、超一流の戦士だ。


 だって、リュウと一緒に古代遺跡に挑んだ時も。

 今、ケインという前衛を得て戦っているこの状況においても。


 彼の動きは、あれほどに正確で、精密。


 優美さすら感じさせる動きで戦場を舞うクトーは、本質的に遊撃、あるいは後衛といった補佐に向く資質を持っているのだ。


 戦闘が苦手なのではなく、前衛が不得手なだけ。


 だから、本来の力を発揮できる今のような状況では、連携による補助の力は絶大だった。


 ーーーたった一人、信頼できる前衛がいる、ただそれだけのことで。


 レヴィには出来ないことを出来る人が、ただ一人いるだけで。


「なんで、私は……」


 闇雲に一矢を放っても、クトーたちは避けるだろう。

 

 それはチタツも同じだろうが、レヴィの放った矢を利用するためにクトーが動きを誘導するかもしれない。

 今だって、ほら。


「〝欺け〟」


 クトーの補助魔法の効果なのだろう、霧が発生して斬りかかるケインの姿が揺らぎ、続いて同じくらいの気配を伴った5人のケインが現れる。


 真正面から来る一人をチタツが引き裂いたが、それは幻影。

 脇腹を深く裂かれて、それでも魔族は動きを止めない。


 全身から血を撒き散らしながら、両腕に瘴気を纏って幻影の霧を風圧で払う。


 『ケインの戦闘』を優位に進めるために、クトーはあらゆる全てを利用する。

 レヴィの矢だって利用するだろう。


 でもそれは、助けにはなるが、レヴィ自身の力は全く関係のない、ただの道具と変わらないような状態だ。


「ーーーッ!」


 自分は役に立たないのだ。

 それが、とても悔しくて、歯がゆい。


 どれだけ良い装備を得たって、結局は。


 カッコ悪くて嫌いだった遠距離武器を使えるようになったって……結局、使えるだけ、だ。


 投げナイフも、弓も。

 それらを使うようになってから、レヴィは成長した。


 今はカッコ悪いなんて思わない。

 でも、その武器すらも、目の前の二人と一匹の魔族の領域には届かないのだ。


「集中、しなくちゃ……」


 役に立てないのなら、道具に徹するしかない。

 そんなことは分かっているのに、弦を引く指は、自分のものではないかのように硬かった。


 だが今のような心持ちでは、その道具にすらなれない。


「落ち着いて……」


 レヴィは、自分の揺らぐ心を棚上げするために数度、深い呼吸をして。




 ーーーふと、クトーの言葉を思い出す。




「イメージが……現実を超える場所……」


 彼は、夢見の洞窟をそういう場所だと言った。


「そうです」


 後ろから、まるでレヴィの心の動きを読んだようにケウスの肯定が聞こえた。


「この場所で、何よりも強いのは。力でも、技術でもなく……心や、魂という類いのものです」

「魂……」


 ケウスの助言を聞きつつも、後ろを振り向かないまま。

 レヴィは何かヒントをもらった気がして、乾いていた唇を舐めた。


 それが本当なら。

 根性がある奴が、この場所では一番強いのだ。


「私は、力も、技術も、ないけど」


 レヴィはイメージする。


「自信過剰って言われるくらい、根性はあるつもりなのよね……」


 そう。今必要なのは自信だ。

 勘違いだろうとなんだろうと、思い込むのだ。


 ーーー自分は、弓をもっと上手く扱えるのだと。


「目はいいのよ……戦闘の動きだって、きっちり見えるんだから」


 そう、ケインたちの動きを、はっきりと見れるのだ。

 正確に、チタツだけを射ぬけるのだ。


 ここでは、出来ると思えば、なんだって出来る。


「私は、出来る……!」


 目をこらせ。

 もっと集中しろ。


「たかが魔族程度、一発で射抜いてやるわよ……!!」


 不意に、音が遠ざかった。

 激しい戦闘が、徐々にゆっくりとした動きで見えるようになる。



 ーーーこれなら、私でも、やれる!!


 ピィン、と張り詰めた静寂の中で、弦を弾いたような音が響き渡る。


 うるさい沈黙、とでもいうような、空気が震える小さな動きまで肌で捉えられそうなほどに、集中が極限に達した時。


 白装束と風竜の長弓が、緑の燐光によってポウ、と淡く輝いた。


「……」


 驚きはない。

 なぜか、そうして白装束と弓が変化し始めるのを、レヴィは当たり前みたいに眺めた。


 風竜の長弓に備えられた【練気の矢筒】が変化して、咆哮する竜の頭を象った意匠に。

 そこから、両翼の骨のように伸びていた長弓の持ち手以外の部分が変化していく。


 むーちゃんの翼のような白い翼に似た形が芯骨から生えて、優美な形状に変化する。


 白装束も、弓を握る左手から光が体を覆い、腕のタトゥに似た模様を持つ、緑の小手や肩当て、左の胸当てに変化した。


 トゥス耳兜の形状も変化して左目を覆う何かが現れると、視界の中央に十字が浮かんだ。


 ーーー変わった。


 弦を引く右手も、指先に滑り止めのついた白い皮帯に覆われて。

 視界の十字に、ケインの一撃を避けたチタツの頭がゆっくりと近づいて来る。


 3、2、1、と心の中でリズムを取りながら、完全に頭が十字に被さったタイミングで……レヴィは、弦を離した。


 弓に備えられた竜頭の両目が白く光り、ヒュッ、と空気を鋭く吸い込むような音の後に、一瞬で生成された風の矢が放たれる。


 そこで、遮断されていた音が、怒涛のように押し寄せた。


「ッ!」


 放たれた矢の余波が風となって広がり、全身が後ろに押される。

 ざり、と地面と靴底をこすり合わせながら踏ん張り、矢の行方を追った。


 まるで、一本の長大な針のように細く、鋭く圧縮された風の矢が、螺旋を描きながら狙い違わずチタツの頭に命中し……。

 

 キュン、と音を立てて、チタツの頭をすり抜けた。


「え?」


 一瞬、全く影響がなかったのかと思ったレヴィが声をあげるのとほぼ同時に、キュボァ! と音を立てて、チタツの背後にあった石柱に大きな穿痕が刻まれる。


 あまりの鋭さに矢が頭を突き抜けたのだ、とレヴィが理解したのは。


 チタツの絶叫が、辺りに響き渡った時だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ