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おっさんは、『主』の目的を正確に理解したようです。


「そういう話なのだろう? ケウス」


 クトーの確認に対して彼女が答える前に、レヴィが口を挟んできた。


「女神が、邪魔者……?」

「そうだ」


 『神と魔』ではなく、『魔と竜の力』が対であるというのなら、神とはそこに介入した第三者の立ち位置になる。


「魔を生むモノと、竜の勇者の戦い。それが神の意志に拠らないものだというのなら、『神は何らかの理由によって、本来あるべき勇者と魔王の在り方の形を捻じ曲げている』のだろう」


 勇者の力と魔王の力。

 それら力そのものには、意思はないのだ。


 天地の気がそこにただ在るのと同じで、定められた規律によって動くだけ。


 魔力などの形で、それを癒すことや傷つけることに使うのは、意思あるモノであって力そのものではない。


「で、そうした事実にどんな意味がある?」


 クトーは自分の理解した事柄を述べた後、ケウスから目を逸らさずに言葉を続ける。


「この話は、今、ここに俺たちが呼ばれたことに何か関係があるのだろう?」


 でなければ、こんな話をし続ける意味がない。


 どんな真実が世界の裏側にあろうと、クトーにとっては割とどうでも良かった。

 自分にとっては『今、仲間たちが己の望むままに生きているかどうか』の方が遥かに重要だからだ。


 女神や魔王にどんな思惑があったとしても、それが世界の理を捻じ曲げていたとしても、世界や己の周りが平和であるのなら特に問題視する気はない。


 その話をしたがっているのは、ケウスの方なのである。


「我が主人たちは」


 ケウスは、クトーの問いかけに応えるために静かに口を開いた。

 軽く目を伏せると、長い睫毛が瞳の半分を覆い、憂いに似た色を見せる。


「竜の勇者から力を奪い、魔王の力を抑え込む為にそこに存在していました。この世界を保ち続けるために」

「……」


 争いが世界を保つ。

 その言葉の真意は、すぐにケウス自身の口によって語られた。


「力を与えられた者同士の争いは、この世界に定められた(ことわり)……ですがかつてのそれは、決して、世界に確実な安定を約束するものではありませんでした」


 ケウスは言う。


 【竜の勇者】は世界に活力を与える者。

 そして【魔王】は勇者が存在する限り増大する天地の気を、制御する為に在るモノだ、と。


「世界に活力を与えることが、まるで問題であるように聞こえるが」

「実際に、問題なのです。勇者が世界に活力を与え過ぎれば、やがて満ち過ぎた天地の気が、世界の器を砕いてしまうのです」


 クトーは、魔王が倒されてからの10年間を思い返していた。


 ここ最近、世界に大きな天災や地震は起こっていない。

 むしろ、天地の在りようは魔王を倒した後に人に恵みをもたらすように変わっていた。


 大きな災害といえば、ビッグマウスの異常繁殖による大侵攻があったが……その後の復興においては、むしろ年々豊作だったのだ。

 そしてビッグマウスの異常繁殖そのものも、生命の恵みとして天地の気が増大したことに由来する、のだとすれば。


「魔王のみが存在すると、世界はどうなる?」

「勇者なく魔王が存在すれば、天地の気はやがて全て吸われ、枯渇して世界が滅びます」


 ケウスの言葉には迷いがなかった。

 クトーはメガネのブリッジを押し上げながら、その答えに切り込む。


「どちらにせよ、片方だけが存在する世界は滅ぶのか?」

「そうです。その不安定な世界の在り様に対する枷として、最初の四柱……私の主人たちは生まれました」


 誰も口を挟んでこないのは、ケウスの語る内容が理解できないからなのか、あるいは何を喋ったらいいか分からないからなのか。


 クトーは、そのままケウスとの対話を続けた。


「最初の四柱。光と創造の女神の他にも、同時に生まれた神がいるのか」

「神話とは、人によって語られたものです。それは真実の一面ではありますが、決して真実そのものではありません」


 ケウスは顔を上げて、クトーに向けて微笑む。


「主人らの、真の名を教えましょう」


 そうして、彼女はそれぞれの名と、その別名を口にした。


 剥奪の女神、ティアム。

 厳戒の死神、ウーラヴォス。

 支配の神仙、クロノトゥース。

 虚構の神魔、サマルエ。


 それはどれも、本来神と呼ばれる存在にはあり得ないような、禍々しい響きを帯びた異名だった。


「剥奪……か」

「はい。女神は、竜の勇者が生まれ落ちるたびにその力の半分を奪うために在ります。死神は、死後の勇者と魔王の魂を操り、己に都合の良い輪廻の道筋を辿らせる」


 ケウスは声音も口調も、そして表情すらも変えなかった。


「神仙の役目は、女神の奪った力を時の彼方に封じること。そして魔王の力の半分を封じ続けること」


 最後に、と彼女はクトーの周りで暗躍するサマルエのことに言及した。


「残り半分の魔王の力は、神魔が己の魂に縛り続ける。そうすることで、世界に与えられる変化を緩やかにし、彼らは安定を保っていたのです」


 ケウスの独白にいくつかの疑問が浮かび、クトーは即座に自分の頭で解決した。


 勇者と魔王、どちらも存在させ続けることで安定を保つ、のは無理なのだろう。


 神族は、竜の魂を持たないからだ。

 竜の勇者は外から選ぶ必要があり、そして神ならざる身に永遠は長い。


 人よりは強靭だろうが、永き時のどこかで勇者の心が壊れる可能性もあった。


 だからこそ、幾度も産み落とす必要がある。

 そして魔王もまた、存在させ続けることは出来ない。


 勇者を産み落とす輪廻を早めても、倒されない魔王が天地の気を吸収し続けるのなら、やがて勇者では対抗できない力を蓄える。


 最後には、魔王そのものが世界の器を破壊するほどの天地の気を蓄えてしまうだろう。




 ーーー世界の安定。




 その為に、意図的に用意した魔王と勇者を殺し合わせる。

 女神も魔王自身も、そして名を挙げられた残りの神も、その為に動いていた、というのなら、その話自体は納得できる。


 しかしクトーは、一つだけ解消されない疑問をケウスに投げかけた。


「なぜ、過去形で語る?」


 神々はその為に『在った』と。

 ケウスの語り口は、まるで今は違うと言いたげだ。


 彼女は、こちらの面々を見回した。

 クトー、レヴィ、ケイン、そしてムーガーン。


「虚構の神魔サマルエ様は、【魔王】として定められた役目を放棄しました」


 ケウスは、ついに話の核心に触れた。

 それがおそらくは、クトーらをここに呼び寄せた理由なのだ。


「クトー。貴方と本気で争うために。……竜の勇者が己の真理を取り戻したとしても、もう、安定には戻らないでしょう」


 サマルエは、与えられた魔王という役割を捨て、世界を崩壊させかねない真なる魔王になったのだ。

 

 ーーーその事実を以て、再びこの世界は『揺らぐ世界』に戻る。


 ケウスは、瞳に憂いを秘めたまま言葉を続けた。


「ゆえにこそ、貴方を……そしてカードゥーに(・・・・・・)接した者たちを、ここに呼び寄せたのです」


 ケウスは、『全知の宝珠』と呼ばれる至宝に両手を伸ばし、淡く輝かせる。


「この宝珠の力の源は、竜の勇者から奪ったものです。女神は神仙と共に、その力を消費するために宝珠を作り出しました」


 神仙と同等の力で、世界を見続けることの出来る宝珠。

 確かに、膨大な力を必要とする代物だ。


「今代の勇者から奪った力は、すでに多く失われています。……今のリュウ様だけでは、本来の力を取り戻した魔王には対抗しきれません」


 宝珠から手を離し、ケウスは再び体の前で両手を揃えた。


「安定のために在るのは、わたくしとカードゥーも同じ……その為に、動きました」


 そう告げて、ケウスはクトーを見た。

 何かを期待するような目で見つめられて、彼女の思惑を察する。


 先ほどから、含みのある言動を繰り返しながら、直接それに関しては触れない。

 その理由を察せという意味なのだろう。


 クトーは、頭の中でこの使者が伝えたいことを探り続ける。

 その言葉の内から、謎かけの意図を。


「クトー・オロチ。貴方様は女神の戒律すらも打ち破り、竜の魂すら持たぬままに、勇者の武具を振るう者。ーーー理から外れた貴方こそが、この状況を打開する鍵となる」


 クトーがカバン玉に手を伸ばすと、全知の使者は淡く微笑んだ。


「見せてくださいますか、貴方様が自ら得た力を」

「良いだろう」


 クトーはカバン玉から、【真竜の偃月刀】を取り出した。

 自分をただの『魔力の大きな人間』から、力を不足なく振るえるようにしてくれる一振り。


「今、これが必要か?」

「はい」


 こちらの主語のない問いかけに、ケウスははっきりとうなずき。




 ーーー直後に身を翻したクトーは、その刃をムーガーンに向けて振るった。




 首を斬り飛ばそうとした一撃は、大きく後退った巨人王の首筋を薄皮一枚削いだだけで避けられる。


「……不敬な振る舞いである」

「ちょっとクトー!?」


 ムーガーンの苦言と、レヴィの焦ったような声音。

 しかしクトーは、戦意を放ちながら偃月刀を構え直した。


「ケイン元辺境伯」

「なんじゃ?」


 唯一、今のやり取りに動じていない老剣聖は、平然と問いかえしてきた。


「彼を伴ってこの国に向かった理由は?」

「ふむ」


 横目に見たケインは、槍を持つのとは逆の手で顎を撫でて、軽く告げる。


「リュウ坊に呼ばれて、旅立つという話を旧知の商人としての。そやつが巨人の在所(ヘイム)に届け物があると言うたので、ついでにムーガーンを誘おうと荷運びを引き受けたのじゃ」

「それは、無精髭にみすぼらしい身なりの男、ですか?」


 ムーガーンから目を離さないままの問いかけに、ケインは沈黙を返した。


 それは、如実な肯定だ。

 都合の悪いことがある時、この老剣聖は子どものように黙る。


「本当の意味で軽率だったと、猛省をお願いしたい」

「誠にの。……まさかムーガーンが、ワシと会う前にすでに魔王の眷属に体を乗っ取られていたとはの。……ワシも耄碌(もうろく)したもんじゃ」

「え? ……え?」

「レヴィ。別に難しい話ではない。刀を抜け」


 ケウスがあえて、真実を口にしなかったのは、この為だ。

 ムーガーンはクトーらの背後にいた。


 真実に気づくことで、彼に先手を打たせることを防いだのだろう。


「カードゥーが見聞きした物事は、わたくしも知り得るのです。たとえサマルエ様にその肉体を使われていても、意識がなくなっているわけではない……」


 この洞窟に呼べたのが四人だった理由。

 恐らくは導くために、魔王に乗っ取られたカードゥーとの接触が必要だったのだろう。


 レヴィとクトーは、四将の一人であるブネを倒した時に接触した。

 恐らくはあの時点で、真の力を取り戻していたであろう魔王を。


 同じように接触したトゥスは眠りのいらない体であり、真の意味では眠らない。


 ならば同時に呼ばれた二人は、いつ接触したのか。

 その答えが、今の状況だ。


「魔王の示唆した間者はお前だ。……そうだろう」


 クトーは黙したまま渋面を浮かべるムーガーンを冷たく見据え、はっきりとその名を口にした。


「魔王軍四将が一人ーーー魔獣将チタツ」

 

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