おっさんが目覚めない理由を、仲間たちが探るようです。
「目覚めない、だと」
ミズチを伴って現れたフヴェルに事情を説明すると、彼は眉をひそめた。
リュウは、頭を掻きながらうなずく。
「ああ。覚醒の魔法も効果がねぇ」
「予定の時刻を過ぎても現れないと思ったら、次から次へと厄介ごとを引き起こしやがってこのムッツリ野郎……!」
フヴェルは、クトーを睨みつけた。
当然ながら反応せず、ベッドの上で着ぐるみ毛布姿で眠っている。
今日、持ち回りでレヴィの護衛当番だったギドラとともにベッドをリビングに運び、ケインと3人並べて寝かせてあった。
白髪赤目の霜の巨人が悪態をつくのを放っておいて、リュウはミズチに目を向ける。
わざわざフヴェルに伝令を出したのは、ミズチをこの場に呼び寄せるためだったのだ。
「お前の目で、何か分かるか?」
「魂が、どこか別の場所を向いているように感じられます」
ミズチは、時の巫女として与えられた目でクトーたちを凝視した後、どこか遠くを眺めるように目を上げた。
「おそらく、夢見の洞窟かと」
深い青色を瞳を持つ美貌に真剣な表情を浮かべて、両手を揃えて重ねたミズチが告げる。
「自らの意思ではありません。誰かに呼ばれたのでしょう」
「目覚めさせる方法は?」
「『主』に会えば自然と目覚めるかとは思いますが……」
ミズチは、ふ、と目線を上げて、言葉を濁した。
彼女の危惧は分かっていた。
眠り始めてまだ一日も経っていないが、夢見の洞窟は時間の流れが違う。
迷えば、このまま目覚めずに死ぬ可能性もあった。
「問題は、誰が呼んだのか、だな」
「どーするんすか?」
腕組みをしたリュウに、ギドラが静かな顔で問いかけてくる。
「夢見の洞窟って、あの妙な窓があるとこっすよね?」
「ああ。正式に招かれているか、『主』の意思で取り込まれたなら問題ないが」
「もし魔王や眷属の仕業であれば、厄介ですね」
ミズチが、リュウの言葉を引き継いだ。
夢に遊んで戻れなくなった神話は数多くあり、その伝説の元になったのが夢見の洞窟だ。
「俺たちが入って探し出せる、とも限らねーしな」
「王都の戦力が手薄になります。行くのなら私が」
リュウは少し考えた。
面倒くさいことは嫌いなのだが、現状を考えるとうかつには動けないのだ。
まして今は、普段なら後を任せるクトーがいない。
以前夢見の洞窟に入った時は、ミズチの目を頼りに用があった『主』を探し出したのだ。
「その、『主』というのは?」
「夢見の洞窟に住み着いた相手だよ。あの場所とこっちを自由に行き来出来る奴でな」
地底世界へ向かうためには、夢見の洞窟に安置された秘宝に頼る必要があった。
その持ち主が『主』だったのだ。
「そいつがクトーを取り込んだとして、何の用がある?」
「馴染みの相手なんだが、理由までは知らねーな。大方、こっちで動けない理由でもあるんじゃねーか?」
魔王の現在の動きを考えて、リュウはそう答えた。
「馴染みだと? 夢見の洞窟に住んでいるのに、か?」
「リュウさん。事情を知らないフヴェルさんでは、その説明では要領をえません」
フヴェルの焦れた様子にミズチが口を挟み、リュウはああ、と気づいた。
そして、笑みを浮かべる。
「あそこの主の名前は、ケウス。奴が普段俺たちに接触する時はまた別の魂で現れるが、馴染みっちゃ馴染みなんだよ」
からかい含みに言うと、フヴェルがついにリュウを睨みつけた。
「貴様、まじめに話す気があるのか?」
「リュウさん……」
ミズチが頭が痛んだように額に手を添えたので、リュウは肩をすくめた。
「まじめにしてたっていい案が浮かぶわけじゃねーだろ?」
「いや、ふざける場所間違え過ぎっす」
ギドラにまでそう言われてしまい、リュウは少しふてくされながら視線を逸らした。
すると、レヴィにピッタリと張り付いて、『ぷにぃ……』と心配そうな様子で涙目になっている子竜が目に入る。
「……わーったよ、ったく」
なぜか罪悪感を感じたリュウは、大きく息を吐いてバラした。
「あそこの『主』は、情報屋のカードゥーの片割れだよ」
双子の魂を持つ情報屋。
彼の広く大きな目の秘密が、夢見の洞窟にいる片割れの存在だったのだ。
未来を見ることは叶わないが、現在を広く視る力に関してはミズチ以上の存在である。
洞窟の中心には全てを見通す宝玉が備えられており、常に移動する地底世界の入り口も探し出せるのだ。
入口はブラックワームと呼ばれる巨大なSランクモンスターの中……そこに転移魔法陣があるので、一度魔物に呑まれないとたどり着けない。
常に広大な砂漠の地中を移動し続ける魔物を捉えるのに、宝玉の力が必要だった。
目覚めた瞬間に転移の魔法を使用して、ようやく出会うことが出来たのだ。
「今は、カードゥーの体を魔王が使ってるから、こっちに出てこれなくて仕方なく呼び寄せたか……あるいは、魔王に知られないように接触する必要があったか」
「その可能性が一番高い、のですか?」
「俺はそう踏んでるがな」
リュウの言葉に、ミズチとギドラが目を見かわした。
「では、待ちましょう」
ミズチがそう言うと、フヴェルが反応する。
「それで良いのか?」
「リュウさんのカンは、当たるんです」
「クトーさんもいないっすし、俺はリュウさんとミズチの判断に従うっすよ」
微笑むミズチと、思考放棄に近いギドラの反応に、フヴェルは大きく鼻から息を吐いた。
「楽観的なことだ」
「待つのは丸一日だ。いつ取り込まれたかは知らねーが、それ以上になると衰弱が心配だからな。一日経ったら、ミズチ連れてギドラが行け」
「「はい」」
決断すると、二人が返事をする。
待つことを決めたので、リビングのイスにどかっとリュウが腰を下ろすと、フヴェルが踵を返した。
「どこ行くんだ?」
「雁首そろえて待っていても、仕方がないだろう。俺は仕事に戻る。あのムッツリ野郎の分も、ここで待つそこの女の分もあるからな」
「すみません」
「貴様らがそれを最善と判断したのなら、我は関与する気は無い」
そう言い捨てて、フヴェルはさっさと出て行った。




