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おっさんは、凶戦士と戦うようです。


 ーーーギルドの修練場。


 三重防御結界で囲まれた土のグラウンドで、クトーはジョカと対峙していた。

 観客はレヴィとむーちゃん、そして禿頭の重戦士ズメイだ。


 結界には不可視効果があり、外からは基本的に見えないようになっている。


「準備はいい? クトーちゃん」

 

 準備運動をしていたジョカが、首を回して問いかけてくる。

 クトーは銀縁メガネを押し上げながら、うなずいた。


 ムラクから手に入れた聖白竜の礼服が、どの程度の効果を持つのか試すいい機会である。


 外套は先ほど脱いでズメイに預けてあり、今は礼服だけを身につけていた。

 クトーがカバン玉から双銃を取り出すのを見ながら、ジョカは不敵な笑みを浮かべて腰に手を当てた。


「見慣れない得物ね」

「つい先日手に入れた【双竜の魔銃】だ。最初から全力でやるのか?」


 クトーの問いかけに、ジョカは手首をプラプラとさせながら首を横に振る。


「まさか。まずは準備運動からよん」

「わかった」


 了承した途端に、ジョカが軽く半身になりつつ滑るような足運びで近づいてくる。


 クトーは彼の接近を阻むために、双銃を連射した。

 が、飛来する複数の魔法の弾丸に臆した様子もなく、彼は軽く握った左拳を振るう。


 途端に、パパパパパン! と軽い音を立てながら空中で全ての弾丸が搔き消えた。


「へ?」


 クトーの目から見ても霞むようなジョカの拳の連打によるもので、それを見たレヴィが間の抜けた声を上げる。


「それ、飛び道具なのね。自前の魔法を連射した方が強いんじゃない?」

「速度が違う」

「いくら速くても、重いヤツじゃないとアタシは阻めないわよん」


 笑みのまま軽口を叩くジョカはレイドの仲間であり、当然近接型である。

 

 彼は血統固有スキル、と呼ばれる特殊な血統のみが使える技能を持ち、かつ《地》の加護を受けた高位の拳闘士なのだ。

 ギドラよりスピードは劣るが、パワーは桁が違う。


 ジョカは、こちらへの踏み込みと共に右の掌底を放った。

 魔銃の銃底短剣を添えてそれをいなしながら、クトーは後ろに軽く跳ねる。


 拳を放った直後に踏み落とされた足から、ズン、と大地を揺らすほどの衝撃が走って周りに広がった。


 驚いた顔のレヴィが不意の衝撃で姿勢を崩すのを、ズメイが支える。


「ふぇ!?」

「おっと、大丈夫スか?」

「な、なにこれ?」


 ズメイはすぐにレヴィから手を離して説明した。


「ジョカさんの【震脚】は高練度のスキルっスからね。意識的に使うと地震を起こせるんス」

「ウソでしょ……!?」

「いやガチっスよ。あれ本気で使ったら、地震だけでCランクくらいの魔物ならぶっ潰せるっす。地割れも起こるくらいなんで」


 ジョカがなぜ貴族院筆頭なのか。

 その理由の一つが、彼の腕前にある。


 元々、定められた一族の後継者ではない上に、奇妙な格好や言動の目立つ男だ。


 当然ながら保守層は反対した。

 しかしジョカは、生来の賢さと度胸、護衛兵がいなくとも身を守れる強さ、それらをもって、実力で貴族院筆頭と認めさせたのである。


 ジョカは片目をパチリと閉じて、楽しそうに言った。


「平和になっても、腕は鈍ってないみたいねん」

「最近、本気にならなければいけない出来事があったのでな」

「ブネの件ね。なら、次はもうちょっと速く行くわよぉ?」


 言った瞬間、ジョカの姿がかき消えた。


「〝吸え〟」


 身体強化魔法は間に合わない、と判断して、クトーは聖白竜の礼服に命じた。

 力在る(ことば)に応えて魔力を吸い上げた礼服が、防御力を増して淡く輝く。


 直後に、脇腹に突き刺さる拳の感触。

 そして、ポォオォン……とパイプオルガンの響きに似た、高く震える音が聞こえた。


「……ッ!」


 横に大きく吹き飛ばされたクトーは、体勢を崩さないように着地して軽く息を吐く。

 衝撃によるダメージはない。


 新たな装備は、想像以上に強固なようだ。


「へぇ、硬いわね」


 再び背後から聞こえた声と同時に頭を下げると、今度はジョカの足と腕が奏でる和音と共に、頭上を何かが行き過ぎた。


 おそらくはジョカの拳だ。

 音は、《地》の高練度スキルの一つ『破壊振動』によって空気が震える音なのだ。


 クトーは空中に高く二丁の魔銃を放ると、片足で地面を蹴って振り向きつつカバン玉に手を添えた。


 中から取り出したのは【ひゃくとんハンマー】だ。

 それを大きく回転の遠心力で振り回しながら、ジョカに叩きつける。


 視界に映った彼は、拳を横に振りぬいて大きく体を捻った姿勢だった。


 その回転に逆らわず、右膝を曲げてハンマーに向かって突き出す。


 膝に触れたハンマーヘッドが、振動や重低音と共に砕け散った。

 同時に、中に仕込んだ魔力水の混合炸薬が起爆する。


 周りに余韻を持って響く破壊振動の音をかき消す炸裂音と、爆発による暴風。

 這うように低い姿勢でそれを受け流しながら、クトーはさらにカバン玉からピアシング・ニードルを一本取り出した。


(みなぎ)れ」


 自分の太ももにその針先を押し付け、身体強化補助魔法を起動すると同時にニードルが崩れ落ちる。


 爆煙を裂いて姿を見せたジョカに、クトーはヘッドを失ってメイスになった獲物を、足元近くから両手で薙ぎ上げた。


 元々破砕用のヘッドを取り付けただけのメイス本体に、傷はない。

 顎を狙うその一撃を、ジョカは振り落とした鉄槌の拳で真っ向から受けた。


「フッ!!」


 拳は、いつの間にか黒く強固な装甲に似たもので覆われている。

 ダァン!! と低音の鍵盤を思い切り叩いたような音と共に、メイスが中程から折れ曲がった。


 クトーは、役立たずになったメイスから手を離し、放り上げた双銃を手に取った瞬間にゼロ距離でジョカを撃つ。


 その弾丸は、ジョカを貫いたーーーように見えたが。


 彼の拳同様、いつのまにか黒い装甲に覆われていた分厚い胸板によって完全に防がれた。

 再びクトーが距離を取ると、ジョカは追ってこない。


「いいわね。相変わらずあなたとやるのは楽しいわ」

「こっちは必死だがな」

「真竜の偃月刀も使ってないじゃない。全然本気じゃないでしょう」


 ジョカは口元に手を当ててクスクスと笑った。

 しかしそんな軽い様子でも、一切隙がない。


「そう言うが、装備の性能頼りでなければ身体能力で勝てる道理がないからな」

「あなたは不便よねぇ。強い力を発揮するのに道具が必要なんだもの」


 そう口にするジョカの黒い装甲は、血統固有スキル【人身創造】によって土が変質したものだ。


 彼は神話に語られる大地神のように、土をこねて様々なものを作り出せる。

 

 〝地の凶戦士〟ジョカ・ファン。


 味方にいればこれほど頼もしい相手もいないが、敵に回すと厄介極まる男だ。


「……そろそろ、本気で行くわよ?」


 笑みの種類を好戦的なものに変えたジョカは、その場で右拳を放った。


 普通では拳の届かない十数メートル……その距離を彼の伸びた腕が(・・・・・)無にする。

 目で追うのもギリギリの速度で放たれた変則的な攻撃を、クトーは勘だけで避けた。


 よく知ってはいるが、彼の最も厄介な能力だ。


 頬をかすめる腕は完全に黒い装甲で覆われており、攻撃はムダだと思われた。

 半身になったまま、伸びた腕を辿るようにクトーは前に向かって駆け出す。


「遅いわよん」


 今度は、ジョカの蹴り上げた足が伸びてムチのように迫ってくるのを、飛んで躱した。

 双銃で牽制して追撃を防ぐが、同時にジョカも体勢を立て直して両拳を構える。


「セッ!」


 伸縮自在の両腕が一息で十数発の連打を、嵐のように放った。


「〝吸え〟」


 避けられないと判断したクトーは、さらに礼服の防御力を増して、体の前にピッタリとつけた両腕でガードする。


 腕を叩く連撃。

 痛みはないが衝撃で体が押し戻され、縮めた距離をまた伸ばされた。


「このままじゃジリ貧よん?」


 溜めて放たれた単発の伸長する正拳突き。


 なんとか体を逸らして避けたが、それは罠だった。

 視界に迫る正拳の陰から、ふ、ともう一本腕が現れてフックの軌道で顔を狙って来る。


 背筋が伸びきった状態では避けられず、フック腕の内側に右腕を叩きつけて多少なりとも勢いを殺す。

 そのまま、殴られた威力に逆らわずに顔を背けて威力を殺した。


「……!」


 それでも、ぐらりと視界が揺れる。

 クトーは左手にグッと力を込めてから魔銃を離して、ピアシング・ニードルを4本引き抜いた。


「〝防げ〟」


 足元にニードルを打ち込むことで自分の周りに防御結界を張ると、ミシィ、と音を立ててすぐに砕け散った。


 その一瞬で姿勢を立て直すと、目の前にジョカがいた。

 即座に股下に潜り込むように体を丸めながら、残った右手の魔銃に備えられた銃底短剣を、ジョカの太ももに突き立てる。


 黒い装甲の表面にぶつかる硬い感触。

 だが、クトーはそのまま左手を開いて、その場で魔法を発動させた。


「〝散れ〟」


 風の魔法の一種……レヴィの毒牙のダガーが備える効果に似た、風化の魔法だ。

 こちらはダガーと違って人体に影響はないが、装備を一時的に脆くする。


 それを、自分自身も巻き込むように放った。

 顔を殴られた時に【五行竜の指輪】によって魔力の器を形成して放った初等魔法だが、魔力は可能な限り濃縮してある。


 属性魔法軽減の【九頭龍の籠手】と【聖白竜の礼服】が持つ常時聖結界の効果で、自分への影響はほぼない。


 しかし自爆に近い攻撃に巻き込まれたジョカの黒い装甲には影響があり、突き立てて力を込め続けていた剣先がそれを砕いた。


 太ももに深く突き刺さる、が、貫いた感触は人のものではなかった。


「……こんなものかしらね?」


 背後から首筋にピタリと添えられた感触に、クトーは動きを止める。


「土人形、か」

「ダグのゴーレムと違って自分では動かないけどねん」


 刃を突き立てた目の前のジョカが、ザラッと形を崩して土山になる。


「まぁ、クトーちゃんに真竜の偃月刀を抜かせた、ってところでやめとこうかしら。これ以上は命の取り合いだものね」


 笑みを含んだ声音とともに、首から感触が消える。

 クトーは土人形だと気づいた直後に、左手でカバン玉から偃月刀を引き抜いて背後に刃を向けていたのだ。


 剣先を動かさないように持ち替えながら振り向く。

 人狼のように黒いかぎ爪を形成した両手を掲げるジョカの首に、自分の刃が添えられていた。


 お互いに、少し力を込めれば命を奪える状態だった。


「少しは役に立ったか?」

「それはもう。久々にこれだけスキルを使ったしね。次はムーガーン王に暇つぶしがてら付き合ってもらおうかしら」

「せめて魔物相手にしておけ。お互いが本気になって死闘に発展したらどうする」


 クトーが偃月刀を下ろすと、ジョカは肩をすくめた。


「アタシがやめても、向こうがやめなかったら困るわねぇ。流石に怪我させずに無力化出来るとは思えないし」


 それでも勝つつもりでいそうな口調で言い、ジョカはニッコリと笑いながら肩をすくめた。


「やめておくわ」

「賢明な判断だ」


 言いながら、クトーはジョカの目を見て……真竜の偃月刀を跳ね上げた。

 同時に、ジョカが濃密な殺気を込めて黒いかぎ爪をこちらの心臓目掛けて突き出して来る。



 ーーーだが、お互いの一撃は相手に届かなかった。



「えっと。なんで終わったはずなのに、いきなり死合ってんスか?」


 間に割り込み、黒いかぎ爪を小手で、こちらの偃月刀を大楯で受けたズメイが何事もなかったかのように首を傾げながら尋ねてくる。


「え? 本気を出すっていう話だったでしょ。不意打ちのやり方も思い出さないといけないじゃない?」

「なぜ殺す気で来ないのかと、不思議に思っていた」


 二人で答えると、ズメイはそうスか、と納得したように頷いて腕を下ろした。


「って、なんで納得してんのよ!? どう考えてもおかしくない!?」

「「「何が?」」」


 ジョカの殺気のせいか、焦った顔をしてツッコんでくるレヴィに、全員で首をかしげる。

 

「えっと、でもこの二人、ジブンに気づいてから始めたっスから。これ止めろってことだったんスよね?」

「うん」

「意味が分かんないんだけど……」

「別に本気でジョカを殺るつもりはなかったということだ」


 ジョカもそのつもりだろうとは思っていた。

 勘を取り戻すのに付き合っていたのだ。


「それより、どうした?」

「ああ、二人が(じゃ)れてる時に連絡があったんス。クトーさんに伝言って、リュウさんから」


 リュウは、最初こちらの風の宝珠に連絡を入れたのだろう。

 戦っている最中なので気づかなかったのだ。


「内容は?」


 ズメイに問いかけると、彼はハゲ頭をポリポリ指で掻きながら答えた。


「なんか、王様がクトーさんを呼んでるみたいス」

 




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