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少女は、時の巫女に期待されるようです。


「正直、困ってます」

「え?」


 レヴィがミズチの横を歩いていると、彼女がポツリとつぶやいた。


 ほかの面々はギルドまでの道を先に進んでおり、昼の大通りが喧騒に包まれている中では声までは聞こえないだろう。

 もふもふのむーちゃんは、普段あまり人混みには連れ出さないので、興味津々に周りを見ている。


「何がですか?」


 自分以外に話しかけられている相手もいないので、レヴィは尋ねた。

 するとミズチは、ゾクリとするような流し目をくれる。


「レヴィさんとクトーさんの距離があまりにも早く近づいていることが、です」

「は!?」


 レヴィが思わず声を上げると、彼女は、ふふ、と笑みを漏らした。


 お仕着せのギルドの制服でも魅力的な彼女は、今日はバレッタで髪を止めており、紫のハイネックシャツを着てスカートを履いていた。

 腰に下げた短いロッド以外には武装もなく、見た目は冒険者ではなく街の綺麗なお姉さんだ。

 

 決して派手な服装ではないのに、胸元を押し上げる豊かな膨らみと立ち振る舞いは色気が匂い立つようで、正直羨ましさしかない美人である。


 そんなミズチが、口調こそ軽いもののまるでこちらを疎ましく思っているような言葉を口にしている。


 正直、レヴィは混乱していた。


「な、なんで困るんですか?」


 そもそも距離が近づいている、というのがよく分からない。

 ミズチは、柔らかく微笑んだまま前に目を戻した。


「そのうち、レヴィさんにクトーさんを取られてしまいそうで」


 ミズチが少し困ったように頬に手を添えて、クトーの背中に向けてアンニュイなため息を吐く。


「クトーさんが自分から拾ってきた女の子が、まさかクトーさんと同棲するようになるなんて……」


 あけすけな物言いに、レヴィは動揺した。

 

 ーーー薄々そうじゃないかとは思ってたけど、もしかしてミズチさんってクトーの事が好きなの?


 だったら、誤解は解いておかなければならない。


「どど、同棲ってあの、そそ、それは別にそういう理由じゃないですよ!?」

「あら、そういう理由ってどういう理由でしょう?」

「ーーーッ!」


 問い返されて、レヴィは逆に言葉に詰まった。


 同棲しているのはあくまでもむーちゃんのためであり、別にクトーと一緒に過ごすことが目的ではない。


 という意味だったのだが……別に恋愛感情がない、と口にするのは恥ずかしく、なぜかほんのちょっとだけ抵抗もあった。


 ーーーそりゃたまにクトーがなんかタラシみたいなこと言ってくるけど! なんか冗談なのか本気なのか理由も分かんないし!


 確かに夜とか二人で過ごす時間は増えてはいるが、クトーが自分をどう思っているのかなんてちっとも分からない。


 逆に、自分がクトーとどういう風になりたい、とか、そういうことも考えたことがなかった。

 今でもクトーに拾われた頃に比べれば十分に居心地がいいのだ。


 レヴィはほんのちょっとだけ考えてから、話をごまかすようなことを口にした。


「み、ミズチさんみたいな魅力的な人が、その……クトーのこと、好きなんですか……?」


 おずおずと、耳が熱くなるのを感じながら問いかけると、ミズチはニッコリとうなずく。


「好きですよ。いけませんか?」

「そ、そそ、そんなことはないですけど!」


 あまりにもあっさりと肯定されてしまい、レヴィはますます動揺した。


 同時に、なぜか胸の奥にモヤモヤとした感情を覚える。

 その理由を考える前に、ミズチはさらに言葉を重ねた。


「クトーさんは魅力的な人です。私を助けてくれましたし、紳士ですし、仕事も出来る……それに、誰よりも皆のことを考えている凄い人です。違いますか?」

「……鈍感ですけど」


 クトーはたまに突拍子もないことを言い出して、周りを戸惑わせる。


 最初は無表情過ぎてバカにされてるのか素なのかも分からなかったが、ズバッとした物言いに空気を読めと言いたくなることも多々あった。


 今では素だと理解しているけれど。

「で、でも、ミズチさんみたいな人に、あ、アプローチされてるなら、クトーも満更じゃないんじゃ?」


 そうなってくると、自分が入り込む余地もないような気がする。


 もし、もし仮に、自分がクトーのことを好きだったとしても、だ。

 そんな仮定もあり得ないのだが。


 などと心の中で思っていたら、ミズチが不意に前に出た。

 正面から向かってきた人がレヴィにぶつかりそうになったのだ。


 それとなく気を使ってぶつからないように動いてくれた、と理解したのは、前からきた商人らしき男の人が避けてからだった。


 その足運びは非常に慣れたもので、そんな些細なことすらも、彼女が【ドラゴンズ・レイド】の一角を担う冒険者であることを感じさせる。


 レヴィよりも遥かにクトーと長い時間を共に過ごし、彼が一番大切にしているパーティーの仲間である女性。


 ーーー私より、全然魅力的な人なのに。


「クトーさんは気づいてませんよ」


 前に出たミズチの表情は見えなかった。

 でもその華奢な背中越しに聞こえる声は、特に気にもしていなさそうで。


「気づいていないというより、クトーさんは自分に向けられる好意に種類があることを知らない、のでしょうね」

「種類があることを……?」


 レヴィが首をかしげると、ミズチは歩を緩めて、またレヴィの隣に並んだ。

 ちらりと見上げたその表情は、特にいつもと変わらない笑顔で。


「ええ。リュウさんの親愛も、仲間たちの尊敬も、私の感情も。それらは等しく、クトーさんの中では『好意』で……ちゃんと応えてはくれますけど、親しみ以上のものは返ってこないんです」


 その言葉に、また、チクリと胸が痛んだ。


 懐に受け入れた相手にはそれなりに気を許しても、身内に受け入れられた人たちとクトーの距離はほとんど同じ。


 『身内』という、距離。

 レヴィはその事実と、少し前を歩くクトーの背中に寂しさを覚えた。


「リュウさんだけは、ちょっと距離が近いですけど。あの人は、クトーさんに初めて親しみという感情を教えた人ですから」

「ああ……」


 クトーは歯に絹を着せない。


 でも、リュウに対してだけはクトーは子どものように怒りをぶつけたり、ぞんざいに扱ったりする。

 それだけ、彼にとってリュウは特別な存在なのだ。


「そして貴女もです。レヴィさん」

「え……」


 思いがけないところで出てきた自分の名前に、少しだけ頭の中が白く染まる。


「わ、私、ですか……?」

「そうです。貴女は、クトーさんが初めて自分から仲間に受け入れたんです。リュウさんや他の誰かではなく、自ら進んで、レヴィさんを望んだ」


 ミズチの口調は、あくまでも柔らかく、優しくて。

 でもこちらに向いた彼女の目は、強い光を宿していた。


 でもそれは、嫉妬などの暗い感情ではないように見えた。


「私にはそれがとても羨ましいし、期待しているんです。だから、貴女には知ってほしい」


 ミズチは、レヴィになにかを悟らせようとしているようだ。


 ーーーでも、一体何を?


「貴女は、自分が思うよりずっと聡い」


 言いながら、ミズチは前に目を戻した。

 ギルドがもうすぐそこに見えている。


「だから、クトーさんの心にも気づいているはずです。あの人の心は、大切なものが欠けています」


 それは、以前。

 むーちゃんの卵を拾った地下迷宮で、リュウにも言われたような気がした。


 重い何かが自分にのしかかっているように感じて、レヴィは思わず、むーちゃんを抱く腕に力がこもる。


「ぷにぃ……?」


 むーちゃんが不思議そうにこちらを見上げた。


「それを、貴女ならクトーさんに気づかせてあげられるかも知れません。そう、期待しているんです」

「……よく、分からないです」


 レヴィは素直にそう告げた。


 自分はいつも他の人に助けられてばかりで、役になんかほとんど立ったことがない。

 迷惑のかけ通しで、守ってもらってばかりだ。


 顔を伏せたレヴィの肩に、ミズチがそっと手を置いた。


「これは、私の勝手な期待です。あの人が自分の欠けているものに気づいたら、少しは私を見てくれるかもしれない、という、自分勝手な話。……自分が貴女をどう想っているかに、クトーさんが気づいたら……」


 そう囁いて、ミズチは手を離した。


「何を話していたんだ?」

「あらん、クトーちゃん。それを聞くのは野暮じゃなぁい? 女の子の秘密の会話よ」


 レヴィが目を上げると、ギルドの前で待っていたクトーの疑問にジョカが片目を閉じる。


「ね?」

「はい」


 ミズチが微笑みとともにうなずき、クトーがアゴを指で挟んだ。


 いつもどおりのオールバックの銀髪に、無表情。

 シャラリ、と銀縁眼鏡のチェーンがこすれる聞き慣れた音が鳴る。


 ちっとも強くはなさそうだが、文官としては有能そうな彼は。


「ふむ。そういうものか?」

「自分もよく分からないスね」


 同調して、うんうんとズメイがうなずく。

 しかしクトーは納得したのか興味がなくなったのか、外套のすそを翻してギルドの入り口に向かった。


「では行こう。時間も限られているしな」


 ーーークトーの心に欠けているもの。


 それがあることは教えてくれるのに、肝心の中身は知らされない。

 なのに、リュウもミズチも、自分がそれに気づくことを期待している。


 一体、何をどうすればいいのかさっぱり分からないまま、重たい荷物を背負わされた気持ち。


 気づけない自分に少しだけ落ち込みながら、レヴィは皆に続いてギルドの中に入った。

 

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