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おっさんは、貴族院筆頭を呼び戻します。


「クトーさん」

「待たせたか?」


 パーティーハウスに戻ると、入ってすぐの大部屋でミズチとリュウが待っていた。

 クトーの問いかけに、ミズチが柔和な笑みを浮かべて首を横に振る。


「大丈夫です。終わったら業務の引き継ぎには戻りますが、元々私がいなくとも回るように指導はしていますから」


 そこに声を聞きつけたのか、ケインのいる部屋からひょこっとレヴィが顔を覗かせた。

 むーちゃんをぬいぐるみのように抱えている。


 この少女と子竜の組み合わせは、いつ眺めてもいいものだ。


「クトーまで……? 今から何かあるの?」


 ミズチがこの場にいることと重ねて、レヴィが怪訝そうな顔をした。

 元々、リュウはケインに張り付いているのでハウスに詰めている。


 クトーは、彼女の疑問に短く答えた。


「ジョカを呼び戻すのに、転移魔法を使う」

「え?」


 レヴィが目を丸くするが、ジョカは今諸国巡りの最中なのだ。

 会談の微調整を行う使節団に同行している彼は今、国外にいる。


 あくまでもオブザーバーの立場なので呼び戻すのに支障はないが、ムーガーンの護衛兼監視ということでホアンの判断を求め、最優先の措置を取ることになったのだ。


 クトーは風の宝珠を取り出し、待っているジョカに繋いだ。


「クトーだ。準備ができた」

『こっちも平気よん』


 いつも通りのジョカの返事があり、現在地を告げたのでミズチに目配せをする。

 彼女が一度目を閉じて開くと、青い瞳が薄く輝いた。

 

「捕捉しました」

「リュウ」

「おう」


クトーはニードルを自分の周りに投げて、簡易の六芒星に見立てた。


「ミズチ、位置を特定しろ。やるぞ、リュウ」

『おう』

『繋ぎます』


 クトーは、カバン玉からピアシング・ニードルを複数引き抜き、自身を中心とした六芒星の頂点に当たる位置に投げた。


 ミズチの千里眼と共有視覚によってジョカの姿を捉え、手を伸ばしたリュウに魔力を流し込む。

 女神の勇者たる男が、静かに呪文を呟いた。


「彼方より此方へ。魂の絆をもって招来せよ」


 距離を無視して人を運ぶ太古の魔法【絆移動(バンドテレポート)】が、ジョカという存在をこの場に呼び寄せる。

 軽く風が巻き起こり、すぐに止んだ。


「何度経験しても慣れない感覚よねぇ。めまいがするわ」


 まるで不調を感じさせない様子で立つジョカは、旅装束を身に纏っていた。

 筋骨隆々とした体を包むマントと、軽装ではあるが豪奢な意匠の鎧と剣を身につけている。


 そうしていると貴族院筆頭の歴戦の騎士、と呼ぶに相応しい出で立ちだが、柔らかく頬に手を当てる仕草はいつも通りだった。


「楽でいいけどねん」


 背負っていた重そうな荷物をドサっと床に落として、ジョカは首を回した。


「呼び戻してすまなかったな」

「別に構わないわよぉ。退屈で飽きてきてたところだから」


 ジョカは本来一匹オオカミであり、本来後継になるはずだった姉の代わりに実家の現当主を務めているのだ。


「ムーガーン王に面会する前に、身だしなみを整えてもいいかしら?」


 首をかしげるジョカに、クトーは軽く眉根を寄せた。


「十分に整っていると思うが」

「パーティーのお仕事なんでしょう? なら普段どおりでいいし……こんなすっぴんのまま、色気のカケラもない服装でいたくないじゃない」


 パチリと片目を閉じて、ジョカは奥へ引っ込み……しばらく待って出てきた時には、いつもの化粧と開襟シャツ姿に変わっていた。


「……なんか凄く残念な気持ちになるのは私だけかしら?」

「レヴィ。失礼なことを言うな」


 クトーは、微妙そうな表情をしたレヴィを軽くたしなめる。

 誰がどんな格好をし、何を好もうと個人の自由なのだ。


「う……ごめんなさい」

「あら、別に良いわよレヴィちゃん。しょっちゅう言われるし、変わっている自覚はあるわ」


 ジョカはニッコリと笑みを浮かべながら、レヴィに流し目をくれる。

 奇異であるように映るのに、そうした仕草が非常にサマになり、彼らしいとクトーは思う。


 シュンとしたレヴィに、ジョカは言葉を続けた。


「他と違うっていうのは個性的でしょ? アタシは、お仕着せよりも自分らしさが大事だと思うわ。あなたもそうでしょう?」

「え……?」


 顔を上げたレヴィに、彼は自分の胸に手をあてて、うふふ、と笑う。


「開拓民の生活よりも、反対されても冒険者になることを選んだんじゃなかったの?」

「あ……」

「好きに生きるというのは、何よりも素晴らしいことよ。ここ(レイド)ではアタシがアタシのままでいられるからこそ、アタシは向こう(貴族)の生活を続けていられる」

 

 ジョカは貴族の長としての立場を、望んだわけではない。


 だが、彼ほどの人材は他にいなかったのだ。

 先王の圧政に腐敗した多くの高位貴族たちを排し、それでもなお、貴族の中でも弱い立場の者たちを粛清の嵐から守れたのは、彼だけだった。


「だから、出来るだけワガママは聞くの。その代わりに、アタシのワガママにも付き合ってもらうけどね」


 あくまでも自分は【ドラゴンズ・レイド】のジョカ、なのだと、ドアに向かって歩を進めた彼の背中は雄弁に語っていた。


「クトーちゃん」

「なんだ」


 ジョカは、クトーに呼びかけながら大きく伸びをして、ひどく気軽な口調で言う。


「最近、本気を出してないから、多分ちょっと鈍っているのよねぇ。護衛の任務につく前に、少しだけカンを取り戻すのに付き合ってくれない?」


 そう言って、肩越しにチラリと覗く笑みを見て、クトーは確信する。


 ーーージョカの本性は変わっていない、と。


「長くは付き合えないが、いいぞ。どこでやる?」

「そうねぇ……ギルドで良いんじゃないかしら。言えばニブルちゃんが場所を貸してくれるでしょう」


 職権濫用を宣言してから、ジョカが出て行った。

 おそらくは、ニブルに許可を取りに行ったのだろう。


 あまり好ましくはない、が、街中で暴れられる場所は少ない。


 異空間が使えれば一番良いのだが、今は闘技場の建造中だ。

 もっともAランクランク以上の冒険者には割と特権が認められているので、さほどひどい横車でもなかった。


 多分、昇格試験のスキル試しの試験場を押さえるつもりだろう。


「ジョカの本気か。久々だなぁ」


 リュウが口笛を吹いて楽しそうな笑みを浮かべる。


「面白がっているな」

「そりゃな」

「ジョカさんは、そんなに凄いんですか?」


 キョトン、とレヴィが問いかけるのに、リュウは大きくうなずいた。


「ああ、色々スゲェぜ?」

「煽るのはいいが、お前は連れて行かんぞ」

「あん!? 何でだよ!?」


 リュウが抗議してくるのに、クトーは軽く息を吐いた。


「お前の任務は、ケイン元辺境伯の護衛だろうが」

「じゃ、爺さんも連れて……」

「連れて行くなら、レヴィだ。後学のためにな。お前とケイン元辺境伯は留守番だ」

「ふざけんなよこの朴念仁! レイドのリーダーは俺だろうが! なんでお前が決めんだよ!?」


 こんな時ばかり権力を振りかざして、ガルル、と噛み付いて来るリュウを冷たく見返して、クトーはごく当然の話を口にした。


「あいにくと今、俺は国王から国賓の護衛に関する権限を与えられている。現状国に雇われているうちのパーティーは『対象の安全確保』の任を受けた。これに関しては俺の指示が最優先だ」


 ぐぐぐ、と喉を鳴らすリュウを無視して、クトーはレヴィに呼びかけた。


「来るか?」

「……行って良いの?」


 胸元のむーちゃんを見下ろしてから、上目遣いにこちらを見る。

 その目には、期待と好奇心が宿っていた。


「良いから問いかけている」

「ジョカさんが強いなら、見てみたいわね……」


 クトーは、頭の中のスケジュールをさらった。


「今日の事務当番は、ヴルムとズメイだったな。ズメイを呼んでこい」

「分かった!」


 跳ねるような足取りでパタパタと奥に向かうレヴィを見て、ミズチが微笑む。


「相変わらず可愛らしいですね。少し素直になったみたいですし」

「そんな事もない気がするが」


 相変わらず噛みつかれることも多い。

 ミズチはそれには答えずに軽く肩をすくめた。


「お前も付き合うのか?」


 ミズチに問いかけるが、彼女は切れ長の目を軽く閉じて残念そうな微笑みを浮かべた。


「ギルドには一緒に向かいますけど、仕事に戻ります。……壊さないでくださいね?」

「善処しよう」


 五行竜の指輪や真竜の偃月刀を使わなければ、ギルドの結界を破るほどの攻撃を放てるわけでもないし、ジョカは大規模な攻撃魔法は使わない。


 レヴィがズメイを連れて戻ってきたので、ふてくされたリュウを置いてクトーたちはパーティーハウスを出た。

 

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