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おっさんは、礼服を手に入れるようです。


「これだ」


 ナイルが新たな資材手配のために退席した後。

 荷置き場から、ムラクはいそいそと巻物のような荷物を持ってきた。


 高価な衣服を持ち運ぶのに使う布に包まれたそれを地面に広げて、彼は被せ布をめくる。


 その下から現れたのは、白い礼服だった。

 しかし目に眩しい色ものではなく、乳白色に近い色合いをしている。


 繊維の網目が一切ないのに柔らかい質感をしており、三つ揃いのものである。


「聖白竜の外皮か?」

「下地はな。鱗と骨も使った。残りは保管してある」


 クトーが尋ねると、ムラクは得意げに鼻を鳴らした。


「当然ながら効果付きだ。ま、俺の手にかかればどんな素材だろうと最高品質に仕上げるのは大した手間じゃねぇがな!」

「『こいつはミスれねぇ……』とか言って、今まで見たどんな物作りよりも真剣にやってましたけどねぇ」

「ぶっ殺すぞこのバカ弟子!」


 ルギーがあっさりバラすのに、ムラクが射殺しそうな目を向ける。

 が、人の良さげな顔をした青年は堪えた様子もなくヘラヘラしていた。


 相変わらず息のあった2人だ。


「この礼服の効果は? 属性持ち限定か?」

「いんや。攻撃系の効果付きに仕上げたらクトーじゃ持ち腐れだろ」


 手を振って否定したムラクは、何本か指を立てた。


「青龍の闘衣と同じく、常時型補助効果だ。内容は単体結界による闇属性攻撃の威力軽減、聖属性魔法使用時の効果増大に加えて、威力は低いが常時回復効果がついてる」


 ムラクが満足げに衣服を眺めながら、各種装飾を示した。


「腕のカフスボタンは骨から削り出し、左胸の竜の意匠は逆鱗(げきりん)を埋めて成形した。注いだ魔力量に応じて外皮に刷り込んだ竜鱗の破片が反応し、耐性と防御力が増す」


 余った外皮で試し撃ち、試し斬りした際には、魔力強化なしでもAランク武器に軽く傷つく程度だったらしい。


「どうだ?」


 再び布を被せて、どっこいせ、と立ち上がったムラクは、挑むような目をクトーに向けた。


「間違いなく最高の状態に仕上げたぜ?」

「お前の腕を疑ったことはない」


 これがどれだけの手間をかけて作られたものかなど、見るだけで分かる。

 クトーが礼服を受け取ると、ムラクは軽く肩の力を抜いた。


 なぜか緊張していたらしい。


「ギルドには【聖白竜の礼服】として登録しておきましたねぇ。まぎれもない一点モノですねぇ」

「俺が作ったんだから当然だろうが。クトーの魔力量なら、リュウの鎧にも負けねぇレベルの装備だぜ」


 揉み手をするルギーに、ムラクは腕を組んで胸を反らした。


 彼の目の下にうっすらとクマがあるところを見ると、おそらくは先ほどのルギーの発言の方が正解なのだろう。


 リュウの装備を仕立て直した時も、彼は同じような様子を見せていた。

 

「では、報酬は今日中に泊まっている場所に届けさせよう」


 流石にこのレベルの装備加工代金を、ここで渡すわけにはいかない。

 すると、ムラクが軽く首をかしげて妙なことを言い出した。


「半値でいいぞ」

「何……?」

「ちょ、親方!?」


 クトーは意味が分からず眉根が寄り、金勘定を担当しているルギーも目を剥く。

 しかし彼は、特にどちらも気にもかけずに言葉を続けた。


「工房を借りる金も、加工のための材料も全部クトー持ちだろうが。超特急で仕上げはしたが、提示された額じゃ貰いすぎだ」

「いやでも……」

「それによ」


 ムラクはニヤリと笑い、腕組みをしたまま闘技場の建設予定地に顔を向けた。


 未だ建っていないが、広大で優美なものになるだろうそれに想いを馳せているのか、ムラクは笑みのまま続ける。


「こんだけデカい仕事を任された上に、俺の腕を信頼して素材を預けてくれただろうが。俺はもう、それだけでも満足なんだよ」


 ムラクは、村一番と言われながらも気性の荒さとある行為から、クトーと出会った時には厄介もの扱いだった。


 彼はドワーフのはみ出し者だ。

 足の後遺症の原因は、その当時敵対していた人族の村の少年……ルギーを魔物から助けた時の怪我だった。


 ルギーはそれに恩義を感じて、温泉街に移住したムラクについてきて弟子になったのだ。


 元々、ムラクは職人気質が極まったような男であり、金には執着しない。

 より良いものを作ることだけが生き甲斐、と以前に言っていた。


「俺は、お前以上に信頼出来る職人を知らない」


 他者への要求も高いが、自分に対する理想も高いのがムラクという男だ。


 気に入れば誰彼構わずに全力を出す。

 商売人としての才能はないが、職人としては最高だ。


「でなければ、勇者の装備を預けたりはしない」


 クトーは、ムラクからルギーに目を向け直して告げた。


「報酬は約束通りに支払う」

「おい」

「俺が、お前の腕に対してつけた値段だ」


 口を挟もうとするムラクに被せるように言い、クトーは薄く笑みを浮かべた。


「その技術に敬意を払い、正当な対価を。払いを渋る者に、技術による恩恵を受ける資格はない……というのが、俺の信条だ」


 ムラクが、グッと口もとを引き締めた。

 その目がじわりと、軽く潤む。


「……キザなこと抜かしやがって」

「思ったことを言っただけだ」


 唸るようにそうとだけ言うムラクに、クトーは背を向けた。

 そして、軽く受け取った装備を掲げる。


「感謝する。お前が俺のような者と繋がり続けてくれていることに」


 それは、大した才能もなく他者の気持ちにも疎い自分に、誠実に付き合ってくれる多くの者たちに対する本心だ。


 自分が【ドラゴンズ・レイド】の雑用係として曲がりなりにもやって行けているのは、人に恵まれたからなのだ。


「毎度、ありがとうございます。これからもよしなに」


 押し黙ってしまったムラクの代わりに礼を述べるルギーの声を聞きながら、クトーは異空間を後にした。


※※※


 その日の夜。


 さっそく屋敷で受け取った礼服に着替え、『よく見せろ』と目の色を変えたフヴェルに辟易しながら仕事を終えたクトーは、大通りを歩いていた。


 貴族区画を仕切る門の閉門直前に通り抜けて、すでに日は落ちている。

 秋も近い時期のため、日暮れもすっかり早まっていた。


 もう、感じる風は涼しい。


「やぁ」


 不意に脇道から姿を見せ、建物の陰から出てきた人物に声をかけられて、クトーはカツン、と旅杖を鳴らして足を止めた。


 眉をひそめて目を向けた先にいた男の姿に、眉根を寄せる。


「カードゥー……では、ないな」


 即座にポケットのカバン玉に手を触れながら、呼びかける。


 皮で出来たボロボロの帽子。

 裾がほつれて破れかけた外套。


 だがヘラヘラとしたその顔は、彼が普段スラムに座り込む時に見せる浮浪者としての顔でもなく、また情報屋としての知性に満ちた顔でもなかった。


「ご名答! サマルエだよ♪」


 彼は、おどけるように大きく両手で○を作った。


「ノコノコと姿を見せるとはな……」

「ふふん。捉えた、とでも思ってるのかな? でもざーんねん! この肉体は空っぽさ☆」


 カードゥーという存在は、創造の女神ティアムと魔王サマルエの対話に使うために作られた存在だ、という話を、クトーは思い出した。


 今、カードゥーを殺してもサマルエの魂には何も影響がないのだろう。


「どうやって監視を抜けた」

「ネタばらしをいきなり望むなんて粋じゃないなぁ。でも、答えてあげよー」


 片目をパチリと閉じて指を立てたサマルエは、もったいぶるように間を空けた。


「元の場所には〝影〟を置いてある。その程度も見破れない相手じゃ、いくら監視につけてもムダさ」

「なるほどな」


 クトーがうなずくと、サマルエはニヤニヤと愉しげに笑いながら、目を細めた。

 瞳にぬらりと嫌な色を宿して、彼はさらに言葉を続ける。


「それに、この王都に沈めた『僕』はコイツ一つじゃない。……見破れるかな? クトー・オロチ」


 どうやら、本題に入ったようだ。

 クトーはカバン玉から指を離して、改めてサマルエに対峙した。


 彼からは微弱な魔力しか感じない。

 つまり本当にただの傀儡(くぐつ)であり、自分の方も手を出せない代わりに、こちらに対して害を成す手段もない、ということだ。


 ーーーその悪辣な趣味のために、人を嵌める頭脳以外は。


「何が目的だ」

「やだなぁ。僕の目的はずっと変わってないよ。言ってるだろ? 君に嫌がらせがしたいんだ。でもゲームはさ、ルールがないと面白くないだろう?」


 ヒュゥ、と冷たい風に乗って、魔王の悪意が吹き抜ける。


 おどけるような仕草をやめ、胸を張って軽く両手を広げたサマルエは夜の街中でなお暗く、その笑みを邪悪に染めていた。


「僕は今から、会談を潰すために動くーーー君にとってはきっと、懐かしい相手を用意したよ」


 それがろくでもない相手だと、はっきり分かる声音。

 聞きたくなくとも、聞かねばならない。


「会談が始まるまでに、僕とそいつを見破れたら君の勝ち。出来なければ僕の勝ちだ」


 帽子に片手を添えたサマルエは、腕と手のひらで顔を覆った。

 その口もとの、三日月に似た笑みの切れ端だけが、クトーの意識に残る。


「用意した相手は、チタツだよ。懐かしい名前だろう?」


 そう告げた魔王の姿がゆらりと揺らいで、闇に溶けるように消えた。


「……なるほど、確かに懐かしい名だ」


 クトーは、軽く杖を握る手に力を込めた。

 ゴリ、と押し付けられた杖先が石畳と擦れて音を立てる。


 よりにもよって、このタイミングで出てくる名前ではなかった。


 魔獣将チタツ。


 それは、かつてクトーらが倒した魔王軍四将の一人であり、魔王城へ通じる『第一の鍵』を守護していた者。

 また国王ホアンの伯父であり、ケイン元辺境伯の又甥である先王を乗っ取って、国を混乱に陥れた者。


 三ツ首の黒獅子の姿をした、残虐にして狡猾な魔族の名だった。


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