おっさんは、商人と職人の仲裁をするようです。
翌日、クトーは異空間の入口へと赴いた。
【四角錐の宝柱】が置かれた場所で、国に雇われた建築職人らが忙しく立ち働いている。
その周りは、高い柵で覆われていた。
「今日も賑やかだな」
「ですね。大掛かりな事業ですから」
喧騒に対する感想を漏らすと、顔見知りになった警備の憲兵が軽く返事をしてくれる。
返された許可書を首から下げると、クトーは外套をふわりとなびかせながら再び歩き出した。
この場所は最終的には、宝柱そのものを石組の建物で覆う予定だ。
しかし今は、闘技場を建設する資材を搬入しているので利便性の面からまだ建造は始まっていない。
着々と運ばれてくる資材を荷受する者たちの喧騒と、職人たちのやり取り。
それらに、先王を倒した後の復興に似た空気を感じて懐かしく思いながら、クトーは異空間へと足を踏み入れた。
「だから、ここの建材は魔竜の骨じゃなきゃダメだっつってんだろ!」
いきなりムラクの怒号が響いてきてそちらに目を向けると、彼は眼鏡をかけた三つ編みの女性、ナイルと向き合っていた。
彼は手にした書類をバシッと叩いて、言葉を続ける。
「それも、最高等級の建材を準備しろっつったよなぁ!? なんでここが変更なんだよ!?」
「予算が圧迫され過ぎるからですよ。その巨獣のものでも代用可能なはずです」
いつもよりも顔が真っ赤なムラクと、普段は柔らかい面差しなのに今は眉根に筋を刻んでいるナイル。
どうやら何か問題が起こっているらしい。
ムラクはナイルの反論に、さらに言い返した。
「根っこの部分で手ェ抜いてどーすんだよ!! ガワだけ立派にしたとこで壊れたら意味ねーだろうが!」
「そもそも、そこまでの強度を持たせる必要があるのですか?」
「だからよぉ!!」
「何を言い争っている?」
クトーは彼らに近づくと、側で頭を掻いているルギーに問いかけた。
ムラクの弟子をしている人の良さそうな顔の男だ。
「早いですねぇ、クトーさん」
「これから仕事に向かうからな」
「相変わらず忙しくするのがお好きな感じですねぇ」
そんなつもりは微塵もない。
現状の立場は、むしろ上層部と敵によって忙しくさせられた、と言える状況だ。
それも手足になる有能な人材が多いので、別にそこまで忙しいとも感じていない。
割と好きに休暇も取っている。
「で、一体何があった?」
ルギーの軽口を流して尋ねると、少し困った顔をしながらも事情を話してくれた。
「基礎部分の建材で揉めてるんですよねぇ。親方は妥協しませんし、相手のナイルさんも引きませんから、あの状況ですねぇ」
「ふむ?」
彼が指差す先にいる2人を見て、クトーは銀縁眼鏡のチェーンをシャラリと鳴らしながら首をかしげた。
「少し聞こえたが、金の問題か」
「ですねぇ。いくら国の財産とはいえ、使うのは限度がありますからねぇ」
ルギーはムラクの頑固さをよく知っており、金の管理もしている。
ナイルの苦労が分かるからか、彼女に同情的なようだ。
「俺が口を挟んでも、親方は引かないでしょうしねぇ。クトーさんが来るまで待ってたんですよねぇ」
「分かった。……ムラク、ナイル」
クトーがうなずいて声をかけると、2人はようやくこちらに顔を向けた。
先に口を開いたのはナイルだ。
「クトー様。この頑固な方を説得して下さいませんか?」
「ふざけんなよ! 頑固なのはそっちだろうが!」
「2人とも落ち着け」
言いながら資料を要求すると、ナイルが歩み寄って胸元に抱えていた書類をこちらに差し出す。
一番上の資料に使う予定の資材が一覧になって並んでおり、赤インクで横線の引かれたものがある。
その内約は『○』と書かれたものと別の資材の名前が余白に書かれているものに分かれていた。
「闘技場の大きさから見たら、Aランククラスの素材で十分に家屋を支えられるはずなのに、彼は納得しないのです」
珍しく早口なナイルは、どうやら素が出ているようで少し語気が強い。
彼女は幼い頃、活発で男の子のような少女だったのだ。
ナイルがその白く細い指で問題の争点になっている建材を指差すと、彼女の後ろから吼えるようにムラクが言葉を続けた。
「そりゃ中で誰も暴れねぇならな!? リュウが暴れるかもしんねーんなら、これでも足りないくらいだぞ!?」
漏れ聞いた話の通り、それは基礎に関わる部分のようだった。
クトーは書類をめくって見つけた基礎部分の建築資料と、現在、異空間の大地に刺された『アテ』と呼ばれる杭と紐による立地の状況を見る。
まだ建物は立ち始めてもいない。
運び込まれている建材は、闘技場建設予定地から少し離れた場所に積み上げられていた。
「確かに、リュウが暴れるなら巨獣のものでは強度が足りない」
「そうだろ!?」
以前、魔物との戦いで悪くした右足を軽く引きずりながら近くに来た大男が、勢いづいてうなずく。
「ですが、リュウ様でも全力をもって戦うわけではないでしょう。仮にAランクの冒険者並みの者たちが集っても、建物を揺るがすほどの戦いにはならないはずです」
ナイルは明確に反論してきた。
彼女の示した巨獣型魔物の素材は既存の闘技場で使われる中でも、特に強い材質だ。
言いたいことはよくわかる。
ムラクの言う希少建材には劣るが、従来通りの節度ある戦闘が行われるなら十分耐えうるものなのだ。
しかし問題は。
「リュウにそんな信頼はねーーーーーんだよぉ!!! あの野郎は熱くなったら絶対手加減ミスる!! 基礎に手を抜くくらいなら外観の費用を削れ!」
「全く同感だ」
クトーは、再度ムラクを支持した。
リュウに節度を求めるなど、幼い子どもを信頼して武器を持たせるような愚行である。
「あのバカを信頼するな、ナイル。戦闘力と行動力以外はそこらのチンピラと変わらん」
「り、リュウ様はそこまで……?」
なぜかナイルが頬を引きつらせるが、最悪の予想の斜め上を走ったあげくに強引に事を収めるのがリュウという男なのだ。
するとナイルは今度、ふにゃりと困ったように表情を変えた。
「ですが、外観の素材を変えると、今度は来賓の方々に与える印象が……」
闘技場での見世物戦闘は、式典の一部だ。
諸国の王が集う場であり、強度だけを重視して質素、と感じられるようなものにしてしまっては意味がない。
「ふむ。なら、代案はないのか? ムラク」
「あん?」
外観にも基礎にも手を抜けない。
しかし予算には当然ながら限りがある。
ならば、どこか別の部分で妥協するしかない。
「外観に関しては華やかであるにこしたことはないが、最低ライン、見すぼらしいと思うようなものでなければいい。それくらいの妥協はして欲しい」
闘技場は、興行のメインではあっても式典のメインではない。
譲歩を要求すると、ナイルはすぐにうなずいた。
「分かりました」
「助かる。で、ムラク。それだけでは基礎に最高建材を使う分の予算は補えない。この仕事は出来る限り採算が取れるものでなければいけない事業だ」
クトーは基礎建材部分に、ナイルから借り受けた赤ペンで○を打つと、ムラクに資料を差し出した。
国威を示すために国庫を浪費し過ぎて、国力を削るのは愚の骨頂なのだ。
本末転倒である。
ゆえに闘技場建設における重要事項は2つ。
限られた予算の中で最上のものを作ること、その上で後々も利益を生むものであること、だ。
それが出来る相手だと思ったからこそ、クトーはムラクを呼び出したのである。
「基礎構造以外で、どこか妥協してもいい部分を提案しろ。あるいは、極力予算を抑えて同じ効果を確保できる建築方法でもいい。何かないか?」
ムラクは皮が厚く太い指で資料を受け取ると、真剣な顔で目を落とした。
この男は頑固な気質だが、人情に厚い。
ナイルが妥協したことで、自分も譲歩するくらい冷静になったのだろう。
もしかしたら内心では、彼女を多少認めているのかもしれなかった。
ざらりと指先でアゴヒゲを撫でたムラクは、少しの沈黙の後にこう告げた。
「……闘技場のステージ外周壁を固められるだけのオリハルコンを、確保できるか?」
「説明しろ」
「あの金属には自己修復能力がある」
こちらに挑むような目を向けて、ムラクは指を立てた。
「あれが使えりゃ、魔物素材をミスリル系の金属でコーティングするより多少安く上がる。魔法攻撃に対する強度は若干劣るが、そこさえどうにかなりゃ後は衝撃の吸収だ」
ムラクは、資料をめくって基礎構造の立体図を出すと、ナイルとクトーに掲げるように、魔竜主柱の露出部分を指差した。
「今、こいつの支えにゃダマスカス鋼を使うことになっちゃいるが、倍量のバウンティングスライム吸収剤で代用出来るんだ」
バウンティングスライム。
Aランクの中でもさほど強くない魔物だが、生息域がこの国から遠く、素材としても用途が狭い魔物である。
大掛かりな建物工事の際に、何層にも重ねることによって高い衝撃吸収性を確保出来るのだが、少量では通常の吸収剤に効果が劣るのである。
当然、値段も高くはない。
「これがありゃガワに使う魔物素材の費用を抑えられるが、そこまで大量に押さえれねぇ、とこの嬢ちゃんが抜かしやがった」
クトーが目を向けると、ナイルは淡々と説明してくれた。
「時間が足りません。精製可能なダマスカスと違い、バウンティングスライムは天然素材です」
「そうだな。各ギルドや商会連合の在庫も多くはないだろう」
「はい。また素材自体は安くとも、集めるとなればギルドや冒険者への依頼報酬、輸送のための費用も必要になります」
問題点を次々と口にする彼女だが、その表情は少々苦い。
ナイル自身も、可能なら最高のものを作りたいのだ。
苦言を呈しているのは、それが役割だからなのだろう。
「もう一つ副次的な要素として、流通量の低い素材を買い集めれば、商人たちは値上げをします。結果として、そちらの方が割高になるのです」
「ふむ」
クトーはアゴを指で挟んだ。
量の足りない天然素材と、各種費用の問題。
それらは、別に自分にとっては何も問題ではなかった。
「つまり、狩ってくればいいんだな」
「え?」
意味が理解出来ないのか、目をぱちくりさせるナイルに、クトーは解決策を口にした。
「【ドラゴンズ・レイド】は現在、王都に雇われている。つまり、期間内にどれだけ使おうと定額だ。奴らに狩ってこさせればいい」
「……よ、よろしいのですか?」
「安く上げるために、使えるものは全て使え。お前の仕事は、予算の中で最高のものを作ることだ」
ムラクにも、暗に伝えるためにクトーははっきりとそう口にした。
「すぐに手配する。それで構わないな?」
2人に確認を取ると、目をみかわした2人はすぐにうなずいた。
「今後も同じだ。レイドの人材を使うことで解決する問題は、言い争う前に俺に上げろ。自分たちで解決出来るのなら、裁量の範疇で依頼そのものを上げていい」
「分かりました」
「なんだよ、こき使っていいんなら最初からそう言えや」
それぞれに了承したことで問題が解決したと判断し、クトーは本来の要件を口にした。
「では、ムラク。俺の依頼の品をくれ。出来たんだろう?」
「おう。このデカブツに手を突っ込むのはまだ先だからな! 王都の加工屋は流石に良い道具を揃ってやがるぜ!」
「親方が仕事選ばなきゃ、うちも同じもの揃えれるんですけどねぇ」
「混ぜっかえすんじゃねぇ!」
ルギーの頭をはたこうとしてかわされ、そのまま追いかけっこを始めそうな2人に、クトーは軽いため息とともに告げた。
「こっちも仕事があるんだ。早くしてくれ」




