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おっさんたちは、老剣聖と少し話をするようです。


「クト坊。少し話せるかの?」


 王城にて、ケインとムーガーンに関する話を宰相たちと終えた後。


 クトーが日も沈みかけた頃合いに裏門に向かっていると、当のケインが待っていた。

 門近くの屋根のあるベンチに腰掛けて、裏庭を眺めていたようだ。


「どうされました」


 クトーが足を止めて問いかけると、ケインは笑みを浮かべたまま軽く目を細めた。


「なに、ちょっとした雑談じゃ」


 軽く空に目を向けると、日は赤くなっているが、風が涼しくなるにはまだ少し早い時間である。

 日陰で手招きをするケインのそばには槍と茶器が置いてあり、側付きと思しき女性が控えていた。


 その様子を見ると、無事にホァンとは会えたらしい。


「分かりました」


 クトーがケインに歩み寄ると、側付きの女性が静々と茶を淹れ始める。


 ケインは、周辺国からの使者の来訪でもない限り最優先にすべき相手だ。

 が、それにしても謁見したにしては動きが早い。

 

「相変わらずですね」

「何がかの?」

「腰が軽いご様子が、です」

「クト坊ほどではないがの?」

「……そんなに動き回っているつもりはありませんが」


 結界のことも落ち着き、メインの仕事は闘技場計画くらいのものだ。


 それも、ムラクや建設に関わる者たちとの窓口は、交通網を把握して資材調達を担当している、ファフニールの娘……ナイルである。


 現状はほかに、ユグドリアの担当する警備計画の手伝いくらいしかやることがない。

 この一件がなければのんびりしたものだ、という内心は口には出さなかった。


「自覚のなさも、相変わらずかの」

「雑用は慣れていますので」


 というより、それ以外に出来ることもない。

 クトーはふと思い出して、首をかしげた。


「レヴィとむーちゃんはどうなさいました?」


 一緒に王城に連れてきていたはずだが、姿が見えない。


「レイレイは、もう帰ったのう。もう少し喋っていたかったが、子竜がおねむでな。馬車を手配させた」

「なるほど」


 その辺りの手抜かりはないとは思っていたので、クトーは肩をすくめた。

 ズメイも付いていることだし、そうそう危険ではないだろう。


「代わりに、リュウ坊がおるぞ」

「……なんですと?」

「ば、ジジイ!」


 茶目っ気たっぷりに片目を閉じたケインが近くの草むらを指差すと、ガサリと音が鳴って聞き覚えのあるバカの声がした。

 軽く手にした旅杖をカツン、と鳴らして、クトーは冷たく告げる。


「出てこい」


 草むらの陰に隠れたバカはしばらく抵抗するように沈黙していたが、やがてガサリと立ち上がった。

 王城に赴いたというのに、相変わらずツナギの上半身を脱いでタオルを頭に巻いた姿である。


「なぜ通信を切った」

「なんかイヤな予感がしたからだよ」


 下唇を突き出してふてくされたような顔でリュウが近づいてくると、側付きが特に反応も示さずにティーカップを1つ増やした。

 プロの仕事ぶりに好ましさを感じていると、ベリー系の果物に似た香りがふんわりと漂ってくる。


「ゲッケイリンか」

「そうじゃの」


 砂糖を固めた一口大の菓子をつまみつつ、ケインがうなずいた。


 紅茶の名称の一種で、高山地帯であるゲッケイリン地方で取れることからそう呼ばれる高級紅茶だ。

 セカンドフラッシュと呼ばれる2番摘みの茶葉を使用している。


 色は金色に近いくらいの淡さで、さわやかな香りとほどよい苦味が甘い菓子に合う逸品である。


「口にするのが楽しみだ、が」


 クトーはケインの横に座る前に、「(みなぎ)れ」とこっそり取り出したピアシングニードルで肉体強化の魔法を使った。

 そのまま、間髪入れずに横に立ったリュウの無防備な腹に横薙ぎの鉄槌を叩き込む。


「ごぶぁ!!」


 腹を押さえて前のめりにうずくまったリュウの後頭部に、クトーは冷たく問いかけた。


「何を怒られているか分かるか?」

「てめ……いきなり……」

「質問に答えろこのバカが。大方、王城に出入りできる強い奴だと安直な考えだろうが」

「分かってんなら、殴るんじゃねーよ!!」


 超回復によってダメージから復帰したリュウが、声を荒げながら立ち上がった。


「いいだろうが、爺さんどうせ暇なんだからよ!」

「そういう問題か。いくら強いといっても、逆に陛下自身と同じくらいに身を危険に晒すことが許されない相手を呼び寄せてどうする」

「おぬしらは相変わらずじゃの。それに、クト坊は過保護じゃ」


 こちらのやり取りに動じた様子もなく、肩をすくめるケイン。

 彼に向き直って、クトーはこちらにも告げる。


「ケイン元辺境伯も。ムーガーン王まで連れてくるなど、軽率な行動は慎んでいただきたい」

「ほほ、怒られてしもうたわい。ま、良いではないか。退屈しとったでの」

「だろ? 最近暇だったからな」


 ニヤニヤと笑みを交わす二人に、クトーは大きく息を吐きそうになるのをこらえた。

 

 この二人は気が合う。

 レヴィが以前にそっくりだと言っていたが、まさにそんな感じだ。


「周りの迷惑も、少しは考慮に入れられてはどうでしょう」

「遠慮していて事が終わってしまっては、以前の二の舞になるでの」


 あっさりと言われ、クトーは口をつぐんだ。


 彼の言う以前の出来事とは、先王の話だろう。

 魔王軍四将の一人に乗っ取られ、リュウに殺されて命を散らした男は、ケイン自身の甥の一人だ。


「そうじゃろう? クト坊。ワシはホァンの坊主を気に入っとる」


 笑みのままに、目だけを挑発的に輝かせる老剣聖は、芯を感じさせる声音で告げた。


「それにおぬしもじゃよ、クト坊」

「俺が?」


 言葉の意味が分からずに眉根を寄せるこちらに、老剣聖は座るように促しながら話を続ける。


「復活した魔王とやらの遊び相手に選ばれ、狙われておるという話を耳に挟んだ。それもこの王都での」


 座ったクトーが色の淡い紅茶を口に含むと、リュウもティーカップの持ち手ではなく本体を掴んでそれをあおる。


「今は亡き弟に遠慮して、辺境に引きこもっていても仕方がないとは思わんかの? であれば、そう。別に老い先短く死んで憂いもない身であれば、戦地に座すほうが有益じゃ」


 しみじみと、まるで自己犠牲にも似た本心を語っている……ように見えるが、クトーは砂糖菓子をつまみながら言い返した。


「先ほど、退屈していたとおっしゃっておられたように思いますが? 国の一大事を楽しまないでいただきたい」


 別に殊勝な言葉が本心に含まれていないとは思わないが、この爺様はそんな生易しい相手ではないのだ。


「ほほ、クト坊は騙せぬのう」


 ニヤリと表情を一転させて、ケインは槍を持ち上げた。


「そういえば、剣ではなく槍をお持ちなのはどういう理由でしょう」

「相棒も持っておるよ。が、最近長モノがちっとばかし面白くての」


 ひょい、とそれなりに重量のありそうな槍を片手で軽く振って、ケインはあっさりと本音を明かした。


「魔王とやらを相手にどれだけ通じるか、試してみるのも一興かと思い、修行仲間を連れて赴いた次第じゃ」

「……他国の王と気安く会っている事実のほうが、一大事に感じますね」

「よく辺境に遊びに来るがの?」

「…………聞かなかったことにします。魔王と遊ぶという言葉も、その発言も」


 下手をすれば外交問題だ。

 国家機密級の情報を、一介の冒険者にあっさりと明かすのはやめて欲しいところだった。


「相変わらずお堅いのう」

「俺もそう思う」


 お前らが軽すぎるんだ……という一言を、クトーはなんとかこらえた。

 それぞれに台風の目のような連中が問題のある場所で揃っている、という事実に、嫌な予感しか覚えなかったが。

 

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