おっさんは、来賓に護衛をつけるようです。
「む、ムーガーン王!? なんでここに!?」
書類仕事をしていたフヴェルが、顔色を変えてガタッとイスから立ち上がった。
心なしか、頬が引きつっている。
「久しぶりだな、フヴェルの小僧」
ズモモモモモ、と背後から何か妙な気配を立ち上らせながら腕組みをしたムーガーンが、巌のごとき顔でうなずいた。
彼は、巨人語で話している。
「面構えも少しはマシになったようで僥倖」
「……答えになっていないが……」
同じく巨人語で話すフヴェルは敬語を使っていないが、そもそも彼らの言葉にはそうした概念がないのだ。
あの後クトーは、とりあえず出会った2人を連れて王都の中に入った。
するとケインが国王に会いに行くと言い始めたので、乗り合い馬車をチップを弾んで借り切った。
まずはパーティーハウスに向かい、詰めていたズメイを付けて送り出したのだ。
レヴィはむーちゃん共々、老剣聖について行っている。
『王城に上がるのは嫌だ』と拒否したのだが、ケインにヘソを曲げられては困るのでクトーが後押しした。
どうせ正面から入るわけではない。
とりあえずタイハクに連絡を入れ、今度はムーガーンの要望を聞いて、クトーはフヴェルがいるこの屋敷に赴いた。
国賓が2人、伴も連絡もなしに王都に入ったという情報に、今ごろ王城はざわめき立っているだろう。
そんな事に思いを馳せていると、フヴェルが吼えた。
「会談は、まだ先のはずだ! 何も聞いてないぞ!?」
そんな彼に、ムーガーンは特に動じた風もなく言い返す。
「来ることは決まっていたであろう。早くとも問題はあるまい」
「問題あり過ぎだ! そこらをうろつかれたら困る!」
フヴェルが、こちらに目で問いかけてきた。
『どういう事だ。何か知ってるのか』という意図を読み取って、クトーは軽く眉をしかめる。
「リュウのバカが、な……」
また問題を起こした、とはムーガーン本人の前で口には出来ない。
「ムーガーン王だけでなく、ケイン元辺境伯もいる」
「……!?」
「かの類稀なる戦士と我は、旧知である」
クトーの言葉を肯定したムーガーンに、フヴェルはグラッと頭を揺らした後、脱力したように執務机に手を置いてうなだれた。
そのまま、肩を震わせて呻く。
「貴様らパーティーはいつもいつも……」
「今回のことは俺には関係ない」
「きちんと人員のコントロールくらいしておいたらどうだ!!」
「俺はパーティーのリーダーではなく、雑用係だ」
「そのリーダーを押さえつけるのが貴様の仕事だろうが!」
「出来るならそうしたいところではあるな」
しかし、リュウと一緒にされるのも、保護者扱いされるのも心外である。
ムーガーン来訪の遠因となったのは、あくまでもあの無責任男が、勝手にケインに声をかけたことなのだから。
知っていれば止めただろうが、別に逐一リュウの行動を監視しているわけでもない。
肝心のバカはと言えば、連絡を入れた時の声音で何かを察したのか、要件を言う間もなく早々に通信を切った。
ーーー後で会ったら、制裁だ。
固くそう決意しながら、クトーは目線を向けてムーガーンに声をかける。
「ムーガーン王。今日に限っていえば、出来ればこの屋敷の中で過ごしていただきたい。寝所と夕食は用意いたしますので」
「なぜであろうか」
「仮にも国賓ゆえに、諸手続きをすっ飛ばしてしまっている事に問題があるのです。警備の準備も整わないままですが、外出に関しての制限は受け入れては下さらないでしょう。ですので、一晩だけお願いしたい」
少し思案するそぶりを見せてから、ムーガーン王は頷いた。
「いた仕方なし。夕食に豪勢な肉が出るのなら承諾しよう」
「すぐに手配させましょう。部屋に後ほど案内させますので、屋敷の中であれば庭まではご自由に」
「そうさせてもらう。フヴェルの小僧。晩酌に付き合え」
「なぜ我が……!?」
「では、手合わせに付き合え」
「……………晩酌でいい」
フヴェルが苦渋を滲ませた口調で承諾すると、ムーガーンも特に気にした様子もなく腕組みを解いて出て行った。
ドスン、とイスに腰を落として、氷の巨人は両手で顔を覆いながら天井を仰ぐ。
「頭が痛いな……」
「病気か? 体調管理には気をつけろ」
「そういう意味じゃないんだよムッツリ野郎!」
体を戻す勢いのまま、フヴェルがバン! と机を両手で叩いた。
心配したというのに、八つ当たりはやめてほしいものだ。
どこか疲れた顔をしたまま、フヴェルがさらに問いかけてくる。
「それで、どうする気だ? あの野生のジジイは、絶対に大人しくしていないぞ。魔王にでも襲撃されたら、在所の連中が報復に押しかけてきてもおかしくない」
「ケイン元辺境伯もだな。聖結界で守られているとはいえ、単独行動は危険だ」
クトーは、魔王を侮ってはいなかった。
サマルエが自由に体を使える、というカードゥーの動向には監視をつけているが、今のところ動きはないらしい。
聖結界に関していえば、強化前に入り込んでいる魔族がいた場合には無意味だ。
いかに聖気とはいえ、あまりに結界内を満たしすぎてはアテられる者が出るだろう。
聖気がいかに人に恵みを与えるとはいえ、元々の体力そのものが弱っている老人や、あるいは未成熟な子どもが過剰に浴びれば、影響がないとは言えないからだ。
「動きに関しては制限できなくとも、行動を共にする者がいるほうがいい」
出来れば、彼らの戦力に劣らないレベルの戦力であることが一番望ましい話だ。
護衛につけて足手まといでは話にならない。
「ニブルに伝えて、ギルドの隠密部隊を護衛につけるか?」
ギルド総長の名前を口にするフヴェルに、クトーは目を細めた。
「一番無難だろう。が、生半可な腕では尾行に気づかれるな」
「先に伝えておけばいい。護衛がつくと」
「煩わしいことを嫌う2人にか? 撒かれてしまえばどうしようもないな」
巨人族は元来気性が荒く、ケインは悪戯小僧のような爺様だ。
「ではどうする?」
こんな風にすぐに苛立つフヴェルや、一方的に要求をして好き勝手に振る舞うムーガーンですらも、巨人族の中では温厚で対話の通じる相手なのだ。
彼らの種族は、言葉より先に手が出る者も決して少なくない。
「隠密に関しては手配はしておいてくれ。が、それ以外にもリュウをケイン元辺境伯に、バラウール3号をムーガーン王につける」
「【ドラゴンズ・レイド】の戦力を使うのか……いやちょっと待て。バラウール3号?」
その名前を聞きとがめるフヴェルに、クトーは軽くうなずいた。
「ああ。2体目のサテライト・ゴーレムを作成してな。二号と同時に動かすことは出来ないが、自由に意識を切り替えられる」
まだ、同時起動するには色々と不足があるのだ。
元が古代文明の遺産であるトロル・マテリアルゴーレムのため、同期させる上でクリアするべき問題が多い。
「二号は自宅に置いておき、ケイン元辺境伯が外出する際には3号を起動して一緒に行かせる。視覚だけは共鳴して常時監視することが可能だ」
バラウールがむーちゃんと遊べる時間は少なくなるが、この状況で構っている場合ではない。
「我が王でなく、ケインという爺さんの方に最強戦力を振り向ける理由は?」
「ムーガーン王が本気を出す状況なら、バラウールを介して連絡さえもらえればすぐにどこからでも駆けつけられるだろう」
巨人族の王が本性を顕わしたところは、以前一度見ている。
その体躯は30メートル……Aランクの巨龍にすら劣らない巨大さだ。
さらに、彼が全開の時に放つ魔力は、王都内にいてくれさえすればどこからでも察知出来る。
「ケイン元辺境伯は、魔力を持たない。だが代わりに、武技のみでリュウの人竜形態とやり合えるだけ技量がある」
「……この王国はバケモノの巣窟か?」
「今更だな」
ケインの勇名は、かつてのものなのでフヴェルが知らなくとも無理はなかった。
ちなみに人竜形態とは、勇者の装備をまとったリュウが竜気によって肉体を変質させた状態のことだ。
全力ではないが、それでも3バカが全員でかかってようやく有利、というくらいには常識外れな状態である。
「【ドラゴンズ・レイド】は全員がSランクだ。お情けで末席にいる俺と違ってな」
「黙れ一番規格外れのムッツリ野郎」
数秒の間すら置かずに罵られて、クトーは眉をひそめた。
「何の話だ」
「やはり、貴様の無自覚さが一番腹が立つな……」
呻くようにフヴェルが言い、おざなりに手を振った。
「もういい。隠密部隊の手配はしておく。王宮にツケるぞ」
「構わないだろう。国の戦力でムーガーン王の戦闘についていける人間は、将軍か近衛隊長くらいのものだろうしな」
クトーは頷いて、ムーガーンの食事の準備を言いつけた後に、今後の方針をタイハクと詰めるために王城に向かうことにした。
が、ふと言い忘れていたことに気づく。
「ああ、明日は少し来るのが遅くなる。留意しておいてくれ」
「何かあるのか?」
苛立ちが抜けきらない顔で傍らに置いた宝珠を手に取るフヴェルに、クトーは遅刻の内容を告げた。
「ムラクに頼んでいた聖白竜の加工装備が出来たらしい。それを受け取りに行く」




