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おっさんは少女に、装備を譲るようです。


 ーーー深い闇の中で『それ』は目覚めた。


 目を開けた『それ』の眼下には、無数の時の流れが星の運河のように無数に流れている。

 運河の1つに目を向けて、目を細める。


『始まった……』


 リィン、と響く音は本物の声ではなく、心意。

 ほんの砂つぶほどの生命の輝きを『それ』は正確に察する。


 『それ』は守護者だった。


 だが、守るべきものは今はもう人ではない。

 時の流れの円環を、ただ保つために『それ』は存在していた。


 深く息を吐き、『それ』は動き出す。

 遙か過去の置き土産は、まだ時の流れに縛られた自らが遺したもの。


『滅びか、生存か。ーーー定められた運命に、逆らう者はいるか?』


 答える者もない問いかけを残して。

 『それ』は、自らを産み落とした時の流れの中に、ゆっくりと降りて行った。


※※※


「風竜の長弓?」

「そうだ」


 夜、自宅のリビングでくつろいでいたクトーは、レヴィに話を振った。


 床にぺたんと座って首をかしげる彼女の膝の上で、愛らしい子竜がぷにぃぷにぃと幸せそうに喉を鳴らしている。


「お前に譲ろうかと思ってな」


 褐色の手がむーちゃんのふわふわの白毛を撫でるのに和みながら、クトーは手にしたカフェオレに口をつけた。


「そ、それは嬉しいけど……でも、青竜の闘衣も貰ったし……」


 レヴィがためらうようにそう口にして、眉をへの字に曲げる。


 そろそろ秋になろうかという季節だ。

 闘技場の建設や交通網の整備は今のところ順調に進んでおり、来年の春ごろには会談そのものが実現するだろうと思われた。

 

「うん……最近、パーティーの仕事もしてないし……」


 今、【ドラゴンズ・レイド】の過半数はこの国での小国連首脳会談を成功させるための依頼に、従事している。


 魔王サマルエが狙っているのは、この首脳会談を失敗に終わらせる事だろう。

 北の王国までもが参列する以上重要な会談になることは疑いがない。


 そんな中、1人働いていないことに後ろめたさを感じているようだ。


「なんか、優遇されてる気が……」

「ふむ」


 クトーは、カップを置いてアゴを指で挟んだ。


 レヴィの仕事は、今は基本的にむーちゃんの護衛だ。

 彼女になついていて、離れようとしない。


 そんなむーちゃんは最初に比べれば一回りほど大きくなってはいるものの、さほど巨大な竜になりそうにはなかった。


 可愛らしいままでいてくれるなら良いことだ、と思いながら、クトーはレヴィとの話に意識を戻した。


「では、買うか?」

「いくらくらい?」


 クトーが金額を口にすると、レヴィは呻いた。

 本来的にはBランクの装備であり、現状Dランクのレヴィでは高すぎるものではあるだろう。


 彼女が初期にクトーから借り受けていた装備代金などの金額は完済しているものの、温泉旅館を破壊した分の半分背負わせた借金はまだ少々残っていた。


 が。


「……らしくないな」

「え?」


 クトーの言葉に、レヴィは綺麗な緑の瞳をまたたかせた。


「その遠慮やためらいは、誰のためのものだ?」


 不思議に思って問いかけると、レヴィはますます理解できていないような顔をした。


「どういう意味?」

「お前はもっと図々しいくらいだったと思ったが」


 最初に出会った時には、クトーのカバン玉を狙うくらいの強かさを持っていたはずだ。

 発揮する方向性は間違っていたと本人も認めているが、その本質に関しては変わりないと思っていたのだが。


「大切なものを守るために、力を求めているんじゃなかったのか?」


 クトーはアゴから指を離して、むーちゃんを指差した。

 子竜はレヴィに甘えているうちに眠ってしまったようで、ぷゅぷゅと寝息を立てている。


 それを見下ろして、彼女は軽く口を開いた。


「あ……」

「金は、大切なものだ。分を弁えるということも相応にな。……だが、目的を見失っていては話にならない」


 何のために金がいるのかと言えば、生きるためだ。

 分を弁えるということは、不要な危険に身を晒さず、うまく世間を渡るということ。


 処世術とも呼ばれる。

 何が重要なのかといえば、そうすることによって余計な危機を回避出来るから、なのだ。


「お前は、むーちゃんを、そして王都で知り合った人々を魔王から守りたい、とは思わないのか?」

「思うに決まってるでしょ!」


 反射とも言えるような速度で、レヴィが答えた。

 その目に、勝気な色が滲んでいる。


 いい兆候だ。


「では、なぜ風竜の長弓をもらうのをためらった?」

「そ、それは……」


 レヴィがうろたえているのは、おそらくは図星だからだろう。

 

 むーちゃんを撫でるのをやめて指先を擦り合わせている。

 彼女が、何かを考えるときのクセだが、それは主に、自分に分が悪い時に出るクセだ。


「相変わらず、遠距離攻撃手段は好ましくないか」

「……とっくにそんな拘り、捨ててるわよ」


 一度うつむいてから、レヴィは開き直ったように顔を上げた。


「性格悪いわね!! 嫌味ったらしい言い方しなくてもいいでしょ!?」

「ごく普段どおりだが」


 嫌味ったらしく聞こえるのなら、それはレヴィに嫌味を言われていると思われるだけの何かがあるからだ。


 怒ったような顔で慎ましやかな胸を張っている様は、ごく普段のレヴィに見える。

 むーちゃんの相手をしているうちに、柔らかさを覚えたのは良いことだと思うが、今はいらないのだ。


「では、受け取るか?」

「良いわよ。でも、扱い方教えなさないよ!? って、あれ?」

「どうした?」


 レヴィがふと、何かに気づいた顔をした。


「でも、風竜の長弓って魔導具よね? 私使えないんじゃ?」

「それか」


 クトーは彼女の着眼に感心した。

 むしろ気づくとは思わなかったのだが。


「……なんか失礼なこと考えてない?」

「感心していただけだ」


 魔導具と、効果付き武具の差というのは、『魔力』を使用するか『天地の気』を使用するか、という部分に加えて、効果付きはその属性に使用者が沿っているか、という部分がある。


「その問題は、これで解決する」


 クトーはポケットのカバン玉を探って取り出したのは、赤い筒だ。


「……火遁の序(ファイアスクロール)?」

「そうだ」


 汎用魔導具と呼ばれるもので、一度限りの使い捨てだが、誰でも魔法を扱えるようにする道具である。


「魔力水に溜めた魔力を使用するのが一般的だが、メリュジーヌ製の魔導具には天地の気を魔力に変換する性質があることは、以前説明しただろう?」


 懇意にしている魔導具店の店主の名前に、レヴィはうなずいた。


「聞いたけど、風竜の長弓って確か矢がないのよね?」

「ああ。風の魔力によって形成するからな」

「だったら、メリュジーヌさんの風の魔導具を、例えば矢として使うなら、風竜の長弓でなくてもいいんじゃ?」

「それでは矢筒の持ち運びが不便だろう」


 クトーが次に取り出したのは、妙な形をした1つの道具だった。


 本来なら、矢をつがえる場所に添えて固定するものだが、そこに1つの、呪玉の嵌った細長い箱を備え付けていた。


「何それ?」

「異空間魔法陣とバラウールを作って得た知識とメリュジーヌの技術によって完成した、媒介となる魔力を一時的に貯蔵する魔導具だ。試作品だから名前はまだない」


 天地の気を吸い上げて魔力に変換し、それを貯めるという技術は古代文明の技術だ。

 普通は、魔力水にするためには、すでに生成した魔力を込める。


「この装置は、お前が《風》に属する天地の気を貯めて注入すると、それを魔力に変換してくれる。これを風竜の長弓に取り付ければ、お前が魔力を貯めた分だけ矢を放てるようになる」


 クトーの言葉に、レヴィは軽く目を細めた。

 心なしか冷たい。


「どうした?」

「……もしかして、それの実験台にするためにわざわざ長弓を渡そうとしてた?」

「そういう気持ちも、ないことはないが」


 作ったものは使ってみたい、それが人情だ。

 しかしクトーにはもう双銃があるので、使う機会がなかった。

 

「持ち腐れているくらいなら、お前やむーちゃんの身を守る手段が少しでも増えるほうが喜ばしい」


 そちらも、本心だ。

 クトーは薄く笑みを浮かべながら、テーブルに道具を置いた。


「そうだろう? お前たちは、俺にとって大切な存在だからな」


 笑みを浮かべたままそう告げると、レヴィは大きく目を見開いて固まった。

 見ているうちに、徐々に耳から顔まで真っ赤になる。


「……?」


 クトーが軽く首をかしげると、レヴィは我に返ってから、噛み付くように怒鳴った。


「そそそそ、そういう事、不意打ちで言うんじゃないわよ!!!」

「ぷにぃ!?」


 むーちゃんが驚いて飛び起きると、レヴィは慌ててその背中を撫でた。


「ああ、ごご、ごめんね! な、何でもないのよ!?」

「ぷにぃ……」


 眠りを邪魔されたからか、涙目になっているむーちゃんをなだめるレヴィに、クトーは眉根を寄せた。


「何をしてるんだ」

「あんたのせいでしょうが!!」


 なぜ怒鳴られるのかよく分からない。

 むーちゃんを落ち着かせたレヴィは、クトーがカフェオレを飲み干して席を立つと、背後で小さく何かをつぶやいた。


「…………でも、ありがと…………」

「何か言ったか?」

「ううん」


 首を横に振ったレヴィは、もうごく普段通りだった。

 

 

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