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悪戯魔王と時の巫女


「ふふふふふん♪」


 彼は上機嫌に鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていた。


 高級そうな絨毯が敷かれた長い廊下は、魔法の明かりが等間隔に灯されて壁の精緻な意匠を照らしている。

 非常に高貴な雰囲気の中を歩いているのは、場に似つかわしくない小太りな商人だった。


 だが、周りの景色との不調和だけでなく、彼自身にもどこかチグハグな印象を受ける。

 中年男性であるのに、纏う雰囲気がまるで悪戯小僧のようなのである。


 廊下の先にある両開きの扉。

 その先に兵士が2名立っており、槍を携えてピシリと立っていた。


「何者だ!?」


 見とがめた兵士の片割れが声を上げると、彼は指先を擦り合わせて楽しそうな笑みを浮かべる。


「さてさて」


 まったく気に止めた様子もなく、一瞬にして扉の前に移動した彼は、そっと両脇にいる兵士たちの兜に手を添えた。


 その瞬間、ぽん! と軽快な音を立てて、兵士たちの頭が吹き飛び、なぜか紙吹雪が舞い散る。

 綺麗に首から上を失った兵士が、血を吹き出すこともないまま、ぐらり、と倒れこみかけた。


 しかしすぐに動きを止めると、死体が足に力を込めて元の姿勢に戻る。

 そのまま、残った体が、槍を突き上げて奇妙な動きで踊り始めた。


「ふんふんふん♪」


 楽しげに踊りを眺めながら、ニコニコと指揮するように両手を振っていた彼は、すぐに飽きた。


 踊る死体をその場に放置したまま、目的の場所につながる両開きの扉を開ける。




 ーーー南西の帝国、謁見の間。




 そこで来客を相手にしていた帝王や側近、両脇にズラリと並んだ兵士たちがいた。

 一瞬、静まり返って彼を注視する。


「れでぃぃいいいいいす、あぁああああんど、じぇんとるめぇえええええん♪ ってあれ、女性はいないね」


 視線を集めて、明るく声を響かせると同時に、頭を伏せて帝王に何かを伝えていた来客も振り向く。


「まぁいいや。あ、何者! ってのはさっき聞いたからもう良いよ?」


 パチン、と彼が指を鳴らすとーーー間も置かずに、帝王以外の人間の頭が、兵士と同じように吹き飛んだ。


 色鮮やかな紙吹雪が一斉に舞い、彼の花道に様々な色を添えていく。


「ん〜、いい音色だね! ありがとうありがとう、そしてありがとう!」

「……は?」


 あくまでも陽気に振る舞う彼に、ぽかん、とした帝王が間の抜けた声を上げた。


 そして、首を失った者たちが踊り始める。

 そのあまりに異様な光景と、経験したこともないのだろう事態に、帝王は理解が追いつかないようだった。


「あれあれぇ? 北の王よりも反応が鈍いなぁ……昔同じことしたら、ミズガルズは即座に斬りかかってきたのに」

「……其方は、何者であるか」


 それなりの歳で美しい顔立ちをした、しかしどこか愚鈍そうな帝王が自ら彼に問いかける。


 彼は傀儡(かいらい)だ。

 怯えていないように見えるが、単純に今の状況がよく分かっていないのだろう。


 もしかしたら、異常事態に感覚が麻痺しているのかもしれない。


 帝国は、帝王ではなく貴族に支配されている。

 昔からそうで、魔王の脅威があった頃も変わらなかった。


 魔王領に隣接した辺境からは、遠く離れた帝都住まい。

 しかもお飾りで話を聞いているだけでは、魔物の危険性もイマイチ身近ではなかったに違いない。


「さっき聞いたって言ったのになぁ……僕は、サマルエだよ」


 やれやれ、と嘆かわしさを表現して頭を横に振った彼は、自らの名を口にした。

 続いて表情を笑みに戻すと、指を立てて軽く片目を閉じる。


「魔王、と言った方が通りがいいかな?」


 その言葉に、帝王は眉をひそめた。


「魔王……小国の勇者に倒されたという田舎者の名か」

「おやおや、言ってくれるね」


 彼は、ニコニコと頭に手を当てた。

 予想以上に面白い相手だ……あまりにも無知すぎて、だが。


「倒された者がこの場に現れはせんだろう。その程度のことも知らぬ者が、(ちん)に何用であるか」


 偉そうに話すこと以外に、何も知らないのはそっちだね、とサマルエは思った。

 彼には、知識はあっても智慧(ちえ)と経験がないのだ。


 子沢山のようなので、女性経験だけは豊富だろうが。


「倒されたフリをしただけって可能性もあるんじゃない?」

「小国の冒険者ごときが犯しそうな失態ではあるな。それで?」


 人を見下し、バカにする振る舞い。

 その実、帝王は先ほどから自分の頭でモノを考えた発言をしていない。


 今、自分がどういう状況にあるのか……それすらも分からないのだから。


「うん。まぁ正直、君の魂に用はないかなー」


 サマルエは、あっさりと判断を下した。

 瘴気に染め上げても、大して強くはならなそうな脆弱な魂だ。


 パン、と両手を打って、彼は笑顔のまま告げる。


「僕が用があるのは、この国で整えられた戦力の方だから」


 この国は今、戦争の準備をしている。

 それをサマルエは知っていた。


 たった今、自ら頭を吹き飛ばした実質最高権力者……貴族筆頭の老宰相が、画策していたのだ。


 攻める相手は、小国連。

 帝国は秘密裏に準備を整え、クトーたちの王国を含むあの地域を手にしようとしていた。


 帝国の国土の半分以下の地域ではあるが、温暖で作物が豊かに実る土地だ。

 戦力的にも、大したことがない、と判断していたのだろう。


 あそこには女神の勇者とクトー、そして彼らが鍛え上げた英傑達がいるというのに、全くバカげた浅慮だ。


 もっとも、そのお陰でサマルエの遊びは楽しくなる。


「準備が終わったみたいだから、僕がありがたく使わせてもらおうと思って」

「……?」


 帝王は表情を変えなかったが、何を言われているのか分からないのだろう。


 反応が鈍すぎる。

 さっき少しだけ面白いと思ったが、話し相手としては手応えがなくて飽きた。




「ーーーだから、君はもういいよ」




 するっと先ほどのように移動したサマルエは、その一言を帝王の耳元で囁いた。

 ついでに、目以外は動かせないように体を瘴気で縛る。


「……!!?」


 そこで、初めて帝王の目に怯えがよぎった。

 サマルエはまるで子どもが虫を踏み潰す瞬間のように、無邪気な楽しさを顔に浮かべて唇を舐めた。


 手を上げて、優しく帝王の頬を撫でる。


「この体はさ、クトーたちの近くに戻さないといけないから」


 歳はとっているが美しい顔を手でなぞりながら、魔王は嗤う。


「君の体、貰うね。……死出の苦痛を、思う存分楽しんでよ」


 そうしてサマルエは、帝王の魂を侵食し始めた。


「ーーーーーッッッッ!!!!」


 魂を直接なぶられる痛みは、ありとあらゆる拷問に匹敵する。

 それをじっくりじっくり、気を狂わすことも声を上げることも許さないまま、愚鈍の帝王に与えた。


 ほんの数分。

 しかし帝王には永劫にも感じられただろう。


 グルン、と白目を剥いて帝王が絶命する。

 魂の最後のカケラまで喰らい尽くす間、サマルエはその苦悶を存分に愉しんだ。


 そして、はぁ、と恍惚の息を吐く。


「ああ、やっぱりバカを痛ぶるのは堪らないなぁ……でも、クトーと遊んでる時のほうがやっぱり面白いや」


 ご馳走さま、と告げて、サマルエはクーロン王国の方角へと目を向ける。


「会談の準備は順調かな? 地下迷宮の書物、謎の卵、そして力の塊と神器……北の将軍に、仙人の秘宝……」


 うふふ、とサマルエは嗤う。


 幾つもの仕込み、幾つものヒント。

 クトーを困らせる準備は、着々と進んでいる。


 しかし、ただ困らせるだけでは飽きてしまうのだ。


 予定調和は、好きではない。

 彼の行動によって引き起こされる不測の事態こそ、サマルエは望んでいた。


「クトーは、子竜を狙う存在を疑ったかな? もっともっと困るといいよ!」


 子竜を狙う結界を張ったのは、単なる悪戯だ。

 警戒するべきことが増えれば増えるほど、クトーは忙しくなるだろう。


 狙い通りに罠にハマって欲しい。

 だが、ばら撒いたヒントからこちらの存在に気づいても欲しい。


 そんな矛盾した気持ちを抱えて、サマルエは届かない言葉を紡ぎ続ける。


「今は、力を蓄えるといい。僕と本気で遊ぶために……」


 サマルエは、楽しくて楽しくて仕方がない気持ちを抑えきれず、やがて嗤いを哄笑に変えた。


 そんな魔王の影が、ぐにゃりと歪む。

 やがて太っちょな商人から、多くの首を持つ巨竜のそれになり、赤くぼんやりとした光を放ち始めた。


 そのシルエットは。


 ーーー白竜のハラワタから血を啜った、予知夢の赤き竜に似ていた。


※※※


 その日、一人でギルドに居残っていたミズチは、不意に顔を跳ね上げた。


「……!!」


 どこかから、強制的にもたらされる強い警告。

 魔王を倒した後は久しくなかったそれが、痛みにも似た衝撃となって彼女の『眼』を襲う。


「…………ッ!」


 思わず両手で目元を覆うと、暗い視界の中に強制的に景色が映し出される。


 ーーーその中で彼女は、王都の正門前に立っていた。


 黒い闇が、津波のように王都を呑み込もうと南の空から湧き上がる。

 全てを覆い尽くすほどの悪意を放つそれの中に、赤い稲光が無数に走っていた。

 

 暴風のような咆哮と、愉悦に満ちた嗤い声。


 やがて赤き竜に形を変えたそれが、王都の近くまで迫った時。

 彼女の両脇に、無数の気配が現れた。


 女神の祝福を受けた人竜。

 五色の輝きを持つ英傑達。

 聖なる力を身に纏う夫婦。

 冷気を放つ強大な白巨人。

 命無き器に魂を持つ人形。

 雷迅の如く豪放な老剣聖。

 灰の忠誠を主に誓う従者。

 武勇と聡明を備える王君。

 神竜の力を纏う獣の少女。

 

 彼らを取り巻く人々と、人外の群れ。


 ……そんな中から足を踏み出し、前に進み出る者がいる。


 赤き多頭竜は動きを止め、対峙した者を見て愉悦の笑みを浮かべた。


 白い外套に、真竜の偃月刀。

 背は高いが細身な、銀髪の男。


 ーーー彼の掛けた銀縁眼鏡のチェーンが、風になびいてシャラリと鳴る。


 大して強くもなさそうに見える彼は、巨大な力を前に落ち着き払っているように見えた。




 〝ーーークトー・オロチ……〟




 その名を口にしたのは、自分なのか、景色を見せる何者かなのか、それとも赤き竜なのか。


 分からないまま、彼の背に手を伸ばし……その手が、誰かに掴まれた。


「……ミズチ」


 耳鳴りの向こうから、遠く聴こえてくる声。


 うっすらとミズチが目を開くと、目の前に真剣な顔が見えた。

 クトー……では、ない。


「リュウ、さん……?」

「大丈夫か?」


 問われて、ミズチは自分が彼の腕に抱えられていることを知った。


 いつのまにか、椅子から滑り落ちて倒れていたようだ。

 そこにいたのがクトーではなかったことに、少し残念さを覚えた……のが、顔に出てしまったのか。


「奴もそこにいるぜ?」


 少し皮肉げな笑みを浮かべてリュウが言うと、ふわり、とイリアスの花が香る。


 ……変わり者の彼が、好んで持っている香り袋の匂いが。


 その言葉とともに、リュウとは別の手で髪を撫でられた。

 視線を向けると、ミズチの横にリュウと同じように膝をついたクトーが見える。


「……何があった」


 ミズチは、軽く息を吐いた。


「どうして、2人がここに?」

「外出の報告書を、少しパーティーハウスに残って作成していた」

「その後、お前を呑みに誘おうと思ってな。コイツと一緒にこっちに向かってたら、モノスゲェ神気の波動が響いてきた」


 状況を理解して、ミズチはうなずいた。

 目の痛みは引いており、かすかな頭痛が残っている。


 強制的に見せられたあの景色は、時の神からのものだったのだろうが……いつもと、どこか違う気がした。


 未来視なのか、寓意の景色なのかは分からない。

 だが、起こりうる何かに対するメッセージだ。


 ミズチが見たものの内容を話す間、二人は黙って聞いていた。


「……俺が、か」


 説明を終えると、クトーはかすかに戸惑ったような顔をしていた。


「リュウではなく?」

「今の魔王の標的は、お前だからな」


 今代の勇者は苦笑して、ミズチに『立てるか?』と目で問いかけてくる。

 特に不調はなさそうなので、うなずいて立ち上がった。


「役目を終えた勇者は魔王様の眼中にねぇ、ときたもんだ。切ねー話だぜ」


 リュウは2人の他に誰もいないからか、気安い自嘲を口にした。

 幼馴染みであるクトーは、その言葉に慣れた調子で言い返す。


「幻視の中にお前もいたんだろう。俺一人で魔王を倒せるとも思えん」

「謙遜か? 常識外れのむっつりメガネ」

「ただの事実だろうが。無鉄砲の突撃馬鹿が」


 普段通りの二人のやりとりに、ミズチはふふ、と笑った。

 こちらの気を少しでも軽くしようと、いつも通りに振舞ってくれているのだ。


 ミズチは、今日の残業はやめにしようと思った。


 ひっつめ髪を解くと、緩く波打つ濃紺の髪を頭を振って広げ、最後に手櫛で整える。


「着替えてきます。少し待っていてもらえますか?」

「お? 呑みに行くのか?」

「当たり前です」


 意外そうにリュウが問いかけてくるのに、ミズチは軽く微笑みを浮かべる。

 多少の不調など、この珍しい機会を逃す理由にはならない。


 邪魔者(他の女)……特にレヴィがいない状態で、2人を独り占め出来る機会など、そうそうないのだ。


「休んだ方がいいんじゃないのか?」


 クトーが心配して問いかけてくるのに、ミズチは更衣室に向かいながら軽く目を細めた。


「そんなにヤワじゃありません。それよりレヴィさんはいいんですか?」

「報酬を減らさない代わりに、ヴルムに3バカの残りと一緒に泊まり込めと伝えた。……お前も働き詰めだろう。たまには息抜きも必要だ」


 いつも変わらない無表情のクトーだが、最近、少し柔らかくなったように感じる。

 それがレヴィのおかげなのかも知れない、と思うと癪に触る気もするが、ミズチはあえて考えなかった。


 そして、嬉しいと伝える代わりにこう言い返した。


「働き過ぎについては、クトーさんにだけは言われたくないです」

 

 

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