少女は、おっさんと合流するようです。
「っ何なのよコレェ!!」
「ぷにぃい!」
むーちゃんを抱えたレヴィは、魔物の群れから逃げ回っていた。
先ほどまでむーちゃんの遊んでいた荷置き場の地面から、ボコ、ボコ、と這い出して来るのは、以前戦ったフライング・ワームに酷似した魔物だ。
レヴィの3倍近い体躯を持つ、毒牙が口の中に幾重にも連なっている蛇竜。
が、今回の魔物はフライング・ワームと違って翼がなく、赤茶けた色のウロコを持っていた。
「なんで、里の中に、Cランクの魔物がこんなにいるのよ!?」
「分かりません! こ、こんな事は初めてです!!」
里の入口を守っていた僧兵が、青ざめた顔で槍を構えながら言い返してくる。
しかし、彼の方には一切魔物がいない。
むーちゃんを遊ばせている時に突然出現したワームは、何故か全て腕の中の子竜を狙っていた。
里の門番や、他の仲間には目もくれないのだ。
どう考えても様子がおかしい。
「里の方に引き連れてく訳にもいかないし……!」
敵の体は大きいが、今のレヴィよりは動きが遅かった。
攻撃は楽に避けれるし、そもそも逃げていると言っても動きを誘導するために駆け回っているだけで、魔物はあまりにこちらにたどり着いていない。
理由は、レヴィとむーちゃんをかばうように、バラウール2号が拳を振るっているからだ。
「ぬぅ……りゃあ!」
丸まっちぃ体に似合わない速度で、戦闘状態になったゴーレムがワームを殴ると、ボン! と魔物の頭が吹き飛ぶ。
そのバラウールが、振り向かないままレヴィに話しかけてきた。
「嬢ちゃん。こいつはCランクじゃなくてDランクだぜ? クリップルド・ワームってぇ名前の、竜に似ちゃいるが違う魔物さ」
「どっちでもいいわよ! 里の中に魔物が現れるのと、むーちゃんばっか狙うのはなんでなのよ!?」
「そんなことまでは知らねーな」
肩を竦めたバラウールは、次に襲って来た魔物を器用に短い腕で投げ飛ばした。
「しっかし動きづれぇね。でっかくなりてーもんだ」
元々巨大なトロル・マテリアルゴーレムだったからなのか、バラウールは不満そうにプラプラ手を振る。
「まぁでも、体の動きは悪くねーな!」
しかし文句を言いながらも楽しそうな様子で、ぬいぐるみもどきは次々にワームを屠って行った。
一方、レヴィの間近にいるヴルムは剣も抜かずにため息を吐いている。
「めんどくせぇ……何事もなく終わりゃ良かったのに……」
「って、あなたも戦いなさいよ!」
バラウールの防衛を抜けたワームが迫って来るのに、腰からニンジャ刀を引き抜いたレヴィは怒鳴る。
そうして逆手に持った刃を振るい、元々は毒牙のダガーであるそれのスキルを発動させた。
腐蝕と痺れ、二つの効果を合わせて強化された猛毒のスキルだ。
斬り付けたワームは即座に毒に侵され、苦悶の声を上げて痙攣した後、泡を吹いて横倒しになった。
「んだよレヴィ。別にアイツで間に合ってんだからいいじゃねぇか。めんどくせぇしよ」
「護衛で来たんでしょうが! クトーとリュウさんに言いつけるわよ!?」
クリップルドワームは、バラウールが倒すのと同じくらいの速度で新たに地面から湧いて来ている。
Dランクだからか大して強くはないが、数が減らないのだ。
レヴィの言葉に、ダルさ極まる仕草で天を仰いだヴルムが首に手を当て、ゴキッと鳴らした。
「あー……それのほうがめんどくせぇな……まぁ、クトーさんにくっついて来たにしちゃ、今まで平穏だったのがおかしいくらい、かぁ」
愚痴のように、あるいは自分を納得させるように言いながら、ヴルムはノロノロと剣を抜いて前に出た。
次に来たワームが、ちょうど剣をダラリと下げた彼の真正面からむーちゃんを狙ってくる。
そして、進路上の邪魔者を頭から噛み砕こうと鎌首をもたげた。
が。
ーーーヴルムに食いかかろうとしたそのワームの頭が、いきなり炎に包まれる。
「1匹目〜……」
動きすらレヴィの目に映すことなく魔物を始末したヴルムは、無造作にその場で剣を横薙ぎにした。
その瞬間、バラウールの頭上ギリギリをかすめるように半円の剣閃が走り、触れたワームが一斉に燃え上がる。
「にーい、さーん、しーい……」
「あぶね! 合図くらいしろよ!?」
振り向いて文句を言うバラウール2号に、倒した魔物を数えていたヴルムはめんどくさそうに手を振った。
「当たらねぇようにしただろ。……数えんの、めんどくせぇな。いっぱいだいっぱい。全部殺してカバン玉に突っ込めるだけ突っ込むか」
くぁあ、とアクビをしてから、ヴルムはレヴィをチラッと振り向く。
「根元抑えっから、残りはどーにかしろ」
「は?」
「……あー、めんどくせぇ」
コンコン、と担いだ剣の腹で自分の頭を叩いたヴルムが、不意に宙に跳ねた。
バラウールが防いでいるクリップルドワームの頭上を飛び越え、今正に、地面から湧き出しているモノたちに向かって落下していく。
「せーのー……せぇ」
やる気のない声音と共に、上空でヴルムが刺突の形に構えたかと思ったら、その腕がかき消える。
直後に、ズドドドドド! と連続で突きの音が聞こえ、半分体を出していたワームたちが雨のような剣閃に串刺しになり、あるいは燃えて黒く焦げていった。
一瞬にして半分になったクリップルドワームのど真ん中に着地したヴルムは、風切り音を立てながら小刻みに剣を振るう。
剣閃が幾つか飛び、難を逃れた魔物も軒並み首を刎ねられていく。
「めんどくせぇ……ちまちま動きたくねーから、さっさと湧けよ……」
ヴルムは、次のワームが湧きだすのを眺めながらぼーっとしていたが、数が揃ったところでまた剣を振るった。
圧倒的すぎる。
あまりにも一気に状況が好転して、レヴィは思わずまじまじとヴルムを見つめてしまった。
《三殺》、という冒険者たちの間での彼らのあだ名が、レヴィの頭をよぎる。
仲間内では3バカとしか呼ばれないのだが、ヴルムたちには物騒な異名がある。
普段があんまりにもアレなので、ついつい忘れてしまうのだが……3バカは、リュウに次ぐ知名度を誇る、れっきとした魔王退治の英雄なのだ。
《風》の申し子、暴威の拳聖ーーー虐殺のギドラ。
《地》の護り人、泰山の豪傑ーーー活殺のズメイ。
そして、《火》の狩り手、苛烈の戦鬼ーーー瞬殺のヴルム。
しかしそんな《三殺》の一人である彼は、残りをバラウールが始末している間に何度か魔物を薙ぎ払った後、首を傾げて動きを止めた。
「ん……? てか、燃やしたら金にならねーんじゃねーか? あ、報酬は貰えるのか……えーと、Dランク何体でAランク報酬くらいだったっけ?」
剣を足にもたせかけて、いーち、にーい、と数えだすヴルム。
どれだけ強くても、やっぱり3バカはバカだった。
「どぉおおおおおでも良いから、やっつけなさいよぉおおおおおお!!!」
レヴィが渾身の叫びを上げると同時に。
カッ、とクリップルドワームの湧き出している辺りの地面が輝いた。
「え?」
白い光の柱が上がり、次に解けるように広がって辺り一帯を呑み込んでいく。
「ちょっ、とぉ!?」
「ぷにぃ!」
避ける間も無く光に呑まれたレヴィは、胸にしがみついてくるむーちゃんを抱きしめて目を閉じる。
まぶたの向こうが明るくなるが、特に何も感じなかった。
「……?」
光が途絶えると、レヴィはむーちゃんを庇うように抱きしめて体をひねった姿勢のまま、恐る恐る片目を開ける。
すると、何事もなかったかのようにクリップルドワームの姿が消えていた。
掘り返されるように抉れていた地面も元どおりに草原になり、さわさわと風に揺れている。
「ーーー全員無事か?」
声とともに現れたのは、長と一緒に里に向かったクトーだった。
左手の黒いグローブの上に見慣れない指輪が嵌っている。
軽く払うように手を振ったクトーは、その指輪を見つめた。
「ふむ。最上級魔法を撃てる『器』を形成するのは、大体3分、というところか」
『どうだい?』
「戦局に即座に対応するには向かんな。時間がある時なら、威力が多少調節できる指輪の方が偃月刀より有用かもしれん」
クトーはいつもの無表情で横に浮いているトゥスに答えてから、両手で指折り報酬を数えていたヴルムを見る。
「お前は、戦闘の最中に何をしている」
「あれ……? クトーさん、俺の金ヅルはどこっすか?」
誤魔化す気もなさそうなノロノロとした動きで、ヴルムは周りを見回した。
クトーが軽く眉を上げて、その疑問に答える。
「クリップルドワームか? 聖魔法で結界を破壊したと同時に消えたな」
先ほどの光は聖魔法だったらしい。
「結界って?」
「地下迷宮でゴーストの湧く部屋があっただろう。あれと似たようなものだ。瘴気結界に見えたので、新しい装備を試した」
その言葉に、レヴィは思い出した。
部屋湧きの魔物は無限に現れ、攻撃する時には実体も伴っているが、元々幻影のようなものらしい。
闇の魔法の一つなのだという。
「一体、どこの誰がーーー」
「なんてこった……! じゃあ、骨折り損じゃねぇか……!!」
わなわなと震えるヴルムが、クトーの言葉を遮って声を上げる。
「諦めろ。無限湧きだと見抜けなかったお前の責任だ」
しかし彼は、気分を害した様子もないままピシャリと言った。
「それに護衛の仕事に手を抜いたな。減点だ。報酬は差っ引く」
「いや、竜もレヴィも傷一つねーっすよ!?」
こんな時だけ眠たそうな表情をやめて本気の抗議をするヴルム。
が、クトーは彼に冷たい目を向けるだけだった。
「低位の魔物相手なら気を抜いてもいい、と教えたか?」
「ぐ……」
3バカは、街のチンピラだった頃にクトーに絡んでリュウに叩きのめされ、その後、生き残るために実戦スパルタで技を叩き込まれたという経緯があるらしい。
レヴィ同様、戦い方を習った相手であるクトーに、油断した姿を見られていたのだから当然の結末とも言える。
「め、めんどくさ過ぎる……!」
ガクリとヴルムが膝を落とすと、レヴィの手の中から飛び出したむーちゃんが一直線にクトーに向かって飛んだ。
「ぷにーぃ!」
「どうした、むーちゃん」
飛んできた毛玉を受け止めて、クトーが柔らかく微笑む。
そのまま彼が毛並みを撫でると、むーちゃんが気持ちよさそうに目を細めて顔をすり寄せた。
「ぷにぃ……♡」
「……マズいな。可愛らし過ぎて頭に血がのぼる」
「アクアスクロールで冷やしてあげましょうか?」
顔色すら変わっていないのに鼻血でも出しそうな雰囲気を出すクトーに、レヴィは冷たく言った。
むーちゃんが可愛らしいのは疑う余地もないが、人間相手にはほっとんど見せないような顔をするクトーになぜかモヤモヤする。
が、歩み寄ろうとして、レヴィはふと別のことに気づいた。
「バ、バラウール?」
なぜかぬいぐみるもどきのゴーレムが、地面に倒れていた。
ピクリとも動かないその様子にレヴィが眉根を寄せると、だらっと力を抜いたむーちゃんを肩に乗せたクトーも近づいてくる。
隙のない動作で膝をついた彼は、ゴーレムの様子を調べて少し表情を引き締めた。
何かあったのだろうか、と少し不安を覚えながら、レヴィもしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「手の表面を覆っている毛皮がボロボロだ。戦闘は想定していなかった訳ではないが、もっと柔軟な素材が必要だな」
「心配するとこ、そこなの!?」
「む?」
思わず突っ込むが、クトーは不思議そうに首を傾げただけでバラウールに目を戻した。
その体を起こして、話を続ける。
「別に問題はない。思念のオーブが少々聖魔法の影響を受けただけで、すぐに再起動する」
言っている間に、キュィィ……とかすかな音がして、ゴーレムが動き始めた。
どこかぎこちない仕草でクトーの手を離れて数歩歩き、くるりと振り向く。
「ビビ……ゴシュジンサマ、ゴメイレイヲ」
どう考えても、たどたどしさの増した口調でバラウールが言った。
「む?」
「ちょっとぉおおおおおおお!! なんかおかしいじゃないのよ! どーするの!?」
「ナンデモ、ゴメイレイニ、シタガイマス」
まるで意思のないオートマタのように直立不動でそうのたまうバラウールに、レヴィはどうしようもない違和感を覚える。
トゥスも、ふよん、とゴーレムの前に行って呆れたようにその顔を覗き込んだ。
『聖魔法の影響、ねぇ……害がねーって言っても、やっぱモロに影響受ける相手は巻き込むもんじゃねぇね』
「ふむ」
クトーはアゴを指で挟んで、少し何事か考えていたが、顔を上げて一つうなずいた。
「むしろ、今までの方が壊れていたんじゃないのか? ゴーレムとしては逆にこちらの方が正常だろう?」
「ワタシハ、セイジョウデス」
「元に戻しなさい! 今すぐ!!」
レヴィは立ち上がって、ビシィ! とクトーに指を突きつけた。
「今さら礼儀正しいバラウールとか、逆に気色悪いのよぉッ!!!」
『そいつは、ちょっと同感だねぇ』
「ぷにぃ……」
むーちゃんまでもが、同意を示すようにペシペシと尾で彼の肩を叩く。
「むぅ……仕方がないな」
なぜか納得のいかなさそうな雰囲気をにじませながら、クトーは大人しくバラウールの整備を始めた。




