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おっさんは、ちくりと白い巨人をやり込めるようです。


「時間だ。帰宅する」


 普段はフヴェルと二人きりの事務室の中。

 クトーが定時きっちりに立ち上がったのを見て、その日は部屋にいたユグドリアとナイルが驚いた顔をした。


「どうしたの、クトーくん。仕事まだ終わってないんじゃないの?」


 普段と違うクトーの様子に気づいたのか、ギルド総長の妻であり警備計画の主任を担っているユグドリアが、面白そうに首をかしげる。

 紫のアイラインを引いた熟した美貌の流し目は、愛らしさと色気が同居していた。


「例の異空間魔法陣に関しては、そろそろ期限が迫っておられるのでは?」


 逆に、興行の盛り上げと交通網の強化に尽力している豪商の娘、ナイアは心配そうに頬に手を添えた。

 茶色の三つ編みに、仕事中はレンズの薄い丸メガネをかけた顔は、清楚で奥ゆかしい可憐さを感じさせる。


「異空間魔法陣に関する問題は、解消する手段をいくつか構築したが、納得がいかなくてな」


 建設資材の調達に関しては、ナイルの手腕で順調に進んでいた。

 交通網の増強についても、父親のファフニールが街を出て根回しを行なっている。

 

 旅行客輸送手段である飛獣と、ユグドリアの担当する警備計画に必要な外部人材は、すでに集まり始めていた。

 最初はコロシアム建設の手助けに回ってもらう手はずで、二人と話を詰めていたのだ。


 壁掛けのコートを手に取って帰り支度をしながら、クトーはさらに言葉を続ける。


「1つ面白いことを思いついたので、2、3日欲しい」

「面白いこと?」

「ああ」


 ユグドリアが興味を持ったように軽く目を輝かせるのに、クトーはうなずいた。

 しかしそこに、フヴェルが口を挟む。


「本当に思いついたんだろうな?」

「どういう意味だ?」

「今、貴様は腑抜けているだろうが。ムッツリ野郎」


 フヴェルに顔を向けると、ピリピリとした雰囲気を放ちながら、そう吐き捨てた。

 彼は書類に向かって動かしていた手を止め、持っていた羽ペンの鋭い先端を向けてくる。


「ドラゴンのガキを手に入れて、女と同棲して浮かれてる奴が、仕事サボる言い訳しているようにしか聞こえんぞ」

「……クトーくんが?」

「え!?」


 ユグドリアが目を丸くして、ナイルが驚いたように両手を口もとに当てた。

 その三者の発言に、クトーは眉根を寄せる。


「……語弊のある言い方をするな、フヴェル」

「事実だろうが」

「一緒に暮らしているのは、むーちゃんがレヴィに懐いていて離れようとしないからだ。未知のドラゴンを王都の街中で放置するわけにもいかんだろう」


 一緒に暮らしていることは事実だが。

 そんなクトーに、ナイルがさらに戸惑った顔で言う。


「むーちゃん、というのは……?」

「多分、ドラゴンの名前?」

「そうだ。バハムートと名付けた」


 むーちゃんは愛称だ。


「可愛すぎるので、本当であれば一時もそばを離れたくない」

「どんだけ入れ込んでるんだ……」


 フヴェルの呻きを無視して卵を拾ってからの一連を説明すると、2人は納得したようだった。


「あ、そういう事情でしたか……」

「面白くないわねぇ」


 豊かな胸元に手を当ててホッと息を吐くナイルと対照的に、ユグドリアは残念そうだ。


「ようやくクトーくんにも春が来たかと思ったら、いつも通りのお花畑なのね」


 どういう意味だろうか。

 少し考えたが特に意味がつかめない間に、フヴェルが大きく息を吐く。


「仕事よりも趣味を優先。いい身分だ。が、間に合わなければどうなるか分かっているだろうな?」

「子育ては趣味ではないが……仕事を間に合わせるのは当然のことだ。しかし、これはむーちゃんのお陰で思いついたアイデアだぞ」


 反論すると、フヴェルはピクリと眉を動かした。


「何?」

「最初は、あの子の遊び相手を作ろうと思ってな」


 ドラゴン種はある程度育った状態で殻を破るため、むーちゃんはもう元気に飛び回っている。

 体力面はさほどでもないのですぐにバテはするが、ずっと室内に閉じ込めていては退屈だろう。


 間にあった二回の休みで『竜飼いの広場』に連れ出して遊ばせてはいたが、普段でも遊べるものを作ろうと思ったのだ。


「ドラゴンの相手を出来る頑丈なものがいい、と考えていた時に、トロル・ミスリルゴーレムが使えないかと思った」


 いい素材なのだが、基幹魔法陣の解析をした後は手をつけていなかったのだ。

 フヴェルはその説明にいぶかしげな顔をする。


「どう使う気だ? あのサイズでは家には入らんだろう」


 全長3メートル以上なので、その通り、家の中では使えない。

 が、ゴーレムには色々と出来ることがある。


「あれの、サテライトボディを作成する。素材に関してはストックがあるからな」


 サテライトというのは、ゴーレム作成技術の1つだ。


 それぞれに単独で動かすのではなく、1つの基幹魔法陣でゴーレム群を動かすという技術である。

 同一規格のボディを複数使用して『蜘蛛の巣(ネット)』と呼ばれる連携状態にする他、別規格のゴーレムを動かす時には指揮官(コマンダー)と呼ばれるゴーレムを作って、部隊のように運用する。


 そのコマンダーが動かすゴーレムのことを異型同体(サテライトボディ)と呼ぶのである。


「トロル型の元となっているのは、ミスリルゴーレムだ。完全に同一の素材でボディを作らなくとも、部品を一部拝借すれば、サテライトを作ることは可能だと判断した」


 解体(バラ)して換金するよりも、この思いつきを実行する方が技術面でも有用に思える。

 古代文明が使用する非常に精密な魔法陣に関しては、解析を進めておいて損もない。


「そしてコマンダーに据えたトロル・ミスリルゴーレムを、異空間魔法陣と聖結界の管理者にする。そうすれば、俺や宮廷魔術師がいなくとも魔法陣のメンテナンスが可能だろう?」


 さらに、却下された魔力同源案も採用可能になる。

 人間と違って、カバン玉の作成術を応用して魔力キャパシティを拡張できるのがゴーレムだ。


 トロル型は、迷宮の遺産でもある。


 もっとも、術者以上のキャパシティを持たせることは出来ないので、その拡張作業はクトーが担当することになるだろう。

 最上級魔法を数発撃てる程度のキャパシティは与えられるはずだ。


「……再起動出来るのか?」


 疑わしげなフヴェルの質問に、クトーはうなずいた。


 トロル・ミスリルゴーレムの基幹魔法陣の破壊に関しては最小限に留めていたため、修復自体は可能だ。

 少なくとも、現状の第5案よりは効果の高い聖結界と異空間構築が可能になるだろう。


「時間短縮のために、【ドラゴンズ・レイド】から1人出す。ゴーレム作りそのものは『人形師(ドールマスター)』の職についている者の得意分野だ。うちに一人、最適な人材がいるだろう?」


 クトーの問い返しに、フヴェルが渋面を浮かべた。


「……変態野郎のダクか」

「そうだ」


 ダク・ラージャ。

 大陸東部出身の、【ドラゴンズ・レイド】の中でも変わり種な男だ。


「あの変態に頼るのね……」

「私、会ったことがないですね」


 ユグドリアも微妙な顔をして、ナイルが首をかしげた。


「ダクは自身の戦闘力は皆無に等しいが、ゴーレム作りの名手として知られている」


 ナイルに顔を向けて、クトーは彼のことを説明した。

 それに、フヴェルが表情の苦さを変えないままに、カツン、と羽ペンをペン立てに戻して背もたれに体を預けた。


「名手か……下級の人形創造魔法で作ったゴーレムで、Aランクモンスターを吹き飛ばしている光景しか見たことがないが」

「奴は変わっているが、ゴーレム作りに関する知識は並大抵ではない」


 普通のゴーレムも作れるし、高位創造魔法も扱える。


「奴のゴーレムであるルーを見れば分かるだろう?」

「あの無表情人形か。欠陥品だろう」

「特にそう感じたことはないな」


 ルーも素晴らしいゴーレムだ。

 フヴェルはそもそも【ドラゴンズ・レイド】の仲間にも好意的ではないので欠陥品に見えるのだろうが。


 ダクはここ10年ほど『一発で最強の戦闘ゴーレムを作り出す!』を合言葉にしている。

 その為に、戦場で粗悪な泥人形を作り出すだけの『人形創造』の魔法を誰も届かない領域まで極めたほどの男なのだ。


「あいつにゴーレムを触らせたら、見境なしに人を殴り始める古代文明のゴーレムが出来る気がするが」

「触らせはしない。知恵だけ借りて俺がやる」


 そんな危ない賭けをする気はない。

 今回のアイデアは、メンテナンスゴーレムにも応用するが、元々の目的はむーちゃんの遊び相手を作ることなのだ。


「どんな方なのです?」


 フヴェルの危惧に不安を感じたのか、ナイルが形の良い細い眉をハの字に曲げる。

 

「彼の作るゴーレムは、基本的に『殴る』という命令を最優先に行動するように術式を組まれる。なので、奴にやらせるととりあえず殴りたがるゴーレムが出来上がる」

「……聞けば聞くほど、不安しかありませんが」

「しかもその理由がね……」


 常からあまり動じないユグドリアも吐息を漏らしながら、髪を掻き上げた。

 そして呆れ混じりの表情で、忠告してくれる。


「クトーくん。本当に、触らせちゃダメよ?」

「当然だ。むーちゃんに危害を加えるようなゴーレムになったら、真竜の偃月刀で跡形もなく吹き飛ばす自信がある」

「やめろこのアホンダラ。王都ごと吹き飛ぶだろうが」


 額に青筋を浮かべて却下されるが、もちろん本気で言ったわけではない。

 そうならないために自分でやるのだ。


「奴が任せた依頼から帰ってくるのは、明日だ。それから取り掛かるので、今日は帰る」


 少し話し込んでしまったので、クトーは外套の裾を翻しながら足早にドアに向かった。

 むーちゃんの夕飯作りは、今日はクトーの仕事なのだ。


 だが、さらに引き止めようとするかのように、ナイルの声がクトーの背にかかる。


「あの! こ、今度の休みにむーちゃんに会いに行かせていただいてもいいですか!?」

「休みの昼ならば、いつでもいいぞ」

「おい! ゴーレム起動には我も立ち会うからな!」

「フヴェル……結局興味があるんじゃない……」

「誰もないなどと言っていない」


 クトーはドアをくぐり、横目に銀縁メガネのフチにかぶっているフヴェルを見た。

 彼は半分身を乗り出すようにこちらを見ていたが、その顔に言ってやる。


「別に構わないが、その前に手元にある、一週間後の資材置き場の手配を早急に終わらせておけ」

「……っ!」


 クトーのその一言だけで、何が言いたいのか分かったのだろう。

 言葉を詰まらせるフヴェルに、クトーはさらに言葉を重ねた。


「研究にかまけて仕事が遅れているのは、俺よりもお前の方だろう」


 そのまま、返事を待たずにバタンとドアを閉めた。

 

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