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少女は小柄な青年とともに山を登ります。


 レヴィは山に入ったので、白ニンジャ姿に変わっていた。


 どういう原理か全くわからないのだが、トゥス耳兜を被るだけで服装が変わり、腕に唐草模様が浮かび上がるのだ。


「ほー……」


 感心したようにそれを眺めてから、ギドラは不意ににやけた。


「エロいなおい」

「ほっといてよ!」

「特にガーターベル……」

「そ、それ以上言ったら殴るわよっ!!」

「おー、怖ぇ」


 恥ずかしさのあまり手を出したレヴィだが、ひょいっと簡単に避けられる。

 言いながらの不意打ちだったが、余裕で見切られていた。


「へっへ。少しは速くなったが、まだまだだな」

「……!!」


 ふてくされるレヴィの、ギドラは続いて感心したように言った。


「しかしすげーなそれ。全身まとめて『効果付き』か」

「全身?」

「おう。いくつ効果があるのか分かんねーけど、めっちゃ滑らかに天地の気を吸い上げてる」


 『効果付き』とは、職人が上手く素材を加工すると得られる特殊効果を持つ装備のことで、自分の持つ属性に合った効果であれば使える。

 とレヴィは聞いていたのだが、続くギドラの話は少し引っかかった。


「だけど、『無』属性の効果付きってのはそうそう見たことがねーなぁ。珍品中の珍品だな」

「『無』属性?」

「おう。リュウさんの勇者の装備みたいなもんだよ。ありゃ竜気を増幅するもんだが、竜気自体には属性ねーから」


 竜気によって肉体的にも魔法的にも万能な存在。

 それが女神の勇者という存在なのだ。


「いーなぁそれ。俺も欲しい」

「……装備できるなら喜んで譲るけど」


 レヴィは半眼でギドラを眺めながら、その幼顔に向かって言ってやった。


「クトーに可愛い可愛い言われて、無精髭剃らされるわよ」

「ぐぉ……!!」


 ギドラが、ダメージを受けたように顔を歪めて胸もとを押さえた。

 

 彼はヒゲを剃ると本当に少年にしか見えないくらいに可愛らしい顔をしており、それがコンプレックスなのだ。

 小さい頃から散々からかわれた上に、クトーに可愛いと言われたことがトドメになったと聞いている。


 そんな事情もあり、かなり親近感を抱いている相手なのだが、笑われた仕返しに告げてやった。


「……てめぇ、言ってくれるじゃねぇか」

「嫌なら、お互いにこの件に触れるのはもうナシよ」


 ヒクヒクと頬を引きつらせながら冗談交じりに睨んでくるギドラに、レヴィはわざとツンとした表情を作って顔を背けた。

 しばらく沈黙して、お互いにため息を吐く。


「クトーさん、あれさえなけりゃな……」

「うん。堅物で朴念仁だけど、素直に尊敬できるんじゃないかなって私も思う……」


 そのままお互い無言でしばらく進むと、山の中腹辺りで道が途切れていた。


「ありゃ、塞がってんな」


 ギドラが、行く手を見て頭を掻く。

 道を横切るように地滑りが起きていて、土と倒木で、向こう側の道とこちら側が分断されているのだ。


「昨日、雨が降ってたからかしら」

「だろうなぁ……」


 どこか遠い目をしたギドラが、右側の斜面を見上げながらポリポリとアゴを掻いてポケットを探る。

 

「えっと、どれだっけか」


 多分、中にカバン玉が入っているのだろう。

 しばらくゴソゴソしていた彼が中から取り出したのは、【火遁の序ファイアスクロール】に似た筒だった。


 装丁が青く、二種類の小さな玉が両端に付いている。


「それって……」

「【水遁の序アクアスクロール】だよ。魔導具だ」

「うん、魔導具なのは知ってるけど」


 レヴィは、最近は魔導具を見るのがちょっとした楽しみになっているのだ。


 時々、一人でメリュジーヌの店に足を運び、眺める。

 あの店の外観や不気味な雰囲気は相変わらず怖いが、店主の魔女はとても優しく、気が向けば色々教えてくれる。


「それは、ここでどう使うの?」


 【水遁の序】は、言うなれば水を呼び出す召喚魔法の魔導具らしい。


 メリュジーヌの教えを、レヴィは思い出す。


 水の召喚魔法は、実は水系統魔法の基礎なのだという。

 だが、生き物を呼び出す『召喚魔法』や、水を無から作り出したりするような『水の魔法』は中級以上に分類されている。


 なのに、水の魔法だけは基礎が召喚魔法であり、実は氷の魔法の方が扱いやすいと聞いて、レヴィは最初ちんぷんかんぷんだった。


『なんで水は難しいの?』

『水、という形でそこにないからだねぇ。冷やすのは熱するのと同じ原理で出来るが、水を生み出すのにはさらに一手間がかかる。……運ぶか、凝するか。それが理由になる』

『???』

『ふぇふぇふぇ。こう考えな、レヴィ。人に声をかけて、近くに来させるのは難しくない』

『そうね』

『だが、人を一から作り出したり、野生の獣を手なづけるのは面倒だ。腹の中で育てたり、信頼関係を築いて躾ける必要もあるよねぇ』


 レヴィはそう言われて、なるほどそんなものか、と納得した。

 魔法といっても万能ではなく、ちゃんと自然の法則に則っているもの。


 そう、メリュジーヌは教えてくれた。

 だから、水遁の序には粗悪ながら、魔法陣以外にも呪玉が嵌められているらしい。


 誰でも使える召喚魔法であり、主な用途は飲み水に困窮した時に精製すること。

 そんな平和な魔導具だと思っていたのだが。


「土砂を押し流そうかと思ってな。超えてっても良いが、塞いだままだとここ通る奴が困るだろ?」


 ギドラは事もなげにそう言い、クイっと親指で土砂を指差した。

 それから次に、土砂が流れる方向……山の下に指の向きを変える。


「この下にあんのは、この『竜飼いの山』から平野に向かう川の下流だけだ。崖がキツくて人の通る道はねーし、多分問題ないだろ」

「……本当に大丈夫?」


 レヴィは経験を経て、それなりに疑い深くなっていた。

 

 常に最悪の事態を想定しろ、とクトーに言われているからだ。

 まだまだ甘いとは言われるが、本当に下流がそういう状態なのかは分からない。


「後で行ってみろよ。飛べる奴かよほどの腕利きじゃねーと降りれねーから。あっこ降りれるくらいなら、土石流くらいじゃ死なねーだろうし、そもそも降りたってめぼしいもんとかないからよ」

「ふーん……」


 しかし、もう一つ疑問が浮かぶ。

 レヴィはそれを素直にぶつけてみた。


「でも、アクアスクロールくらいで、この土を押し流せるの?」

「おう。俺はな」


 ギドラはニヤリと笑って種明かしをしてくれる。

 青い筒を振りながら、逆の手で拳を握った。


「天地の気を操る方法は教えてやっただろ?」

「うん」


 属性持ちは、魔導師が魔力を操るのと同様に、天地の気を操れる。

 レヴィも感覚的には最初から溜まっている気を使う方は割と理解していたのだが、集める、という方面がイマイチだった。


 効果付き装備に関して言えば、わざわざ集めなくても自然に溜め込んでくれるのだが、そうなると連続で効果を使える回数に限りがある。


 だから、ギドラに聞いてみた。

 臍下丹田法(せいかたんでんほう)、というものがあるそうで、自分の体に吸い上げた気を巡らせて腹のあたりに溜め込み、それを自在に放出するという修練法だ。


 当然、練習してもなかなか上手くはいかなかったが、少しは出来るようになっていた。


「ちょっと見せてみろよ。お前、真面目だしな」


 不真面目を自認するギドラに真面目と言われると、なんかバカにされている気しかしない。

 が、レヴィはやってみた。


 両手を腹の前で交差し、ふー、と呼吸を吐く。


 この呼吸法が重要で、全ての息を吐き出した後に鼻から深くゆっくりと吸い、下腹部を意識しながら力を込めて、息を止める。

 吸った息に混ざる『力』を下腹部に留めるように意識しながら、また息を吐き切る。


 息を吸って貯める間に、光の点を頭の上から背筋を巡らせて、股下から上がる流れをイメージし、さらに体の中心線を上がって息を吐く、この長さが重要らしい。


 『力』、すなわち天地の気を意識出来るようになってから、徐々に体内に貯めることが出来るようになっていた。


 この気を体に貯めたままにすれば肉体が強くなる。

 そして両手で『効果付き』武器を持って、光の点をそちらに移すように意識すると、武器に天地の気を貯められるのだ。


「良いな。習得が早い」


 たった数呼吸で、ギドラはそう判断を下した。

 気のなさそうな顔で小指で耳の中を掻いているが、目が笑っている。


 褒められたので、レヴィは少し嬉しくなった。


「で、この呼吸がなんなの?」

「ん? 魔導具でも同じことができるってだけだよ」


 ギドラが、たった一呼吸、臍下丹田法で右手に無造作に握った筒に力を込める。

 すると、はたから見ているレヴィにも分かるくらい、アクアスクロールの中で天地の気が膨れ上がった。


 レヴィが一日かけても貯められないほどの力が、そこに込められている。


「え!?」

「ふふん」


 その気が徐々に静まると、ギドラはさらに得意げな顔で説明を続けた。


「最初は、言われてやってみたんだけどよ。実際、魔力や竜気ってのは何種類もある天地の気を混ぜて、扱いやすいように変えたもんらしいんだよな」


 だから魔力を持たない存在でも、対応する天地の気を選り分けて込めれば、魔導具に魔力を込められるらしい。


「メリュジーヌの婆さんが作った魔導具の中には、元々貯められた魔力以外に、天地の気を魔力に変換する術式が組み込まれてんだってよ」


 ギドラが言うには、貯められた時間が経つと自然に消えてしまうらしい。


 だから魔導具は、基本的に使い捨ての消耗品なのだ。

 だから、それを補填できるメリュジーヌの魔導具はとても長持ちするのだという。


「ま、全部クトーさんの受け売りだけどな」

 

 肩をすくめて最後にあっさりと種明かしをするギドラだが、魔導具に込められた気の量は本物だ。

 知識的な部分以外では、彼自身も紛れもなく達人なのである。

 

「……こういうの見たり聞いたりするたびに、皆ありえないレベルなのよね。メリュジーヌさんも本当に何者?」

「さぁ。あの婆さんの正体とか興味ねーよ。クトーさんの知り合いだと思えば超納得」

「それで全部済ませて良いのかしら……」


 確かに、本来なら竜気を操る勇者にしか反応しない装備を使える時点で、クトーが一番常識外れなのは間違いないのだが。

 だからって、周りまでそうであっていい理由にはならない気がするレヴィだ。


 でも、少し面白そうだった。

 レヴィは、ギドラの持つ魔導具を指差して尋ねる。

 

「それさ。私もやってみて良い?」

「あん? 別に構わねーけど」

「ちゃんと使う分のお金払うから」

「別にいらねーよ。面白そうだからやってみろよ」


 ギドラは、新しい筒を取り出してこちらに放り投げた。

 レヴィはそれを受け取り、再び臍下丹田法で気を集め始める。


「……ん?」


 ギドラの声が聞こえて、目を閉じていたレヴィは集中が途切れた。

 目を開けると、筒にギドラの時にはなかった変化が起こっているようだ。


「何?」


 アクアスクロールが、ぼんやりと青く光っている。


「見たことねー変化だな」


 なぜか、少し曇っていた呪玉が透明な青色になり、それが淡く輝いているのだ。

 ギドラが少し真剣な表情になるが、すぐに彼は考えるのをやめたようだった。


「とりあえずやってみろよ」

「い、いいの? だって見たことない変化なんでしょ?」

「いーからいーから」


 ギドラは面白いと思っているようなワクワクとした表情で、レヴィを促す。


「右側の斜面登って、下流の方に向かって突き刺して発動させてみろよ。『湧け』と念じるんだ」

「う、うん……」


 本当に大丈夫なのだろうか。


 ためらいながらも、レヴィは崖を回り込むように登った。

 湿って柔らかい土で足を滑らせないように慎重に土砂に近づいていく。


 ズボッとハマって足が埋まってしまったりすると、間抜けそのものだ。


「失敗するかもしれねーから、ちゃんと離れろよー」

「分かってる!」


 言われた通りに筒を刺した後に、それを両手の指でつまんでレヴィは言葉を口にした。


「〝湧け〟」


 そして、言われた通りにすぐに後ろに下がる。

 数秒が経って魔導具が発動した。




 ドグォオオオオオオオンッ!!!!! と、凄まじい轟音が空気を震わせる。




「へ?」


 土砂を押し流す……程度・・の威力ではない。


 まるでそこに新たに川が現れたような勢いで、土砂を吹き飛ばしながら水が筒から溢れ出していた。

 レヴィは頬を引きつらせる。


「嘘……でしょ?」

「うぉあ!?」

「ギドラ!?」


 土砂を押し流した水が、それでも飽き足らずに道になだれ込んだようだ。

 しかしギドラが声を上げた後に、すぐにグッと拳を握りしめる。


「土よ! 我が意に答えよ!」


 ギュア、と天地の気がギドラを中心に渦巻き、拳に向かって濃縮する。

 その拳を、彼は即座に地面に叩きつけた。


「烈!!」


 瞬間、レヴィの近くにあった水遁の序が、バチン! と音を立てて粉々に砕け散る。


 媒体が壊れて、水の勢いがピタッと止んだ。

 後には綺麗に押し流された土砂と、水に削られて少し窪んだ山道、そして土砂があった時よりも荒れた道が残っている。


「……おお、予想外にスゲェな」


 感心するギドラが放ったのは、得意とする拳法における技の一つだ。

 離れた所に発勁の衝撃を伝える遠距離攻撃用のもので、以前魔物退治に同行した時に見たことがあった。


 呆れたように状況を見ながらぽりぽりと頭を掻くギドラのそばに、我に還ったレヴィは慌てて駆け降りる。


「だだ、大丈夫!?」

「ああ、別に怪我とかはねーけど。道が削れちまったなぁ」

「う……」


 自分でもなんでこんな事になったのか分からなくて肩を落とすが、ギドラがちらっとこっちを見て笑みを浮かべた。


「やっちゃった……」

「落ち込んでんじゃねーよ。めっちゃ使えるから、スクロール買っといたら良いんじゃね?」


 元はと言えばあなたがやれって言ったんでしょ!? と言いかけて、こらえた。

 言われたのはその通りだが、躊躇しながらも従ったのはレヴィ自身である。


 ギドラはさっさと凹んだ道の前に行くと、【土遁の序グランドスクロール】を取り出してサクッと地面に刺した。

 凹んだ地面がゴゴゴ、と軽く隆起し、平らとは言えないまでも、ある程度歩けそうな状態に戻る。


「おら、行くぞ」

「うん……」


 いつまでも落ち込んでいても仕方がない。

 後で怒られたら謝ろう。


 そう思っていると、ギドラが頭の後ろで手を組んで笑いながら言った。


「それも装備の力かもなー」

「これ?」


 レヴィが白装束を指差すと、ギドラはうなずいた。


「お前がスクロール握って臍下丹田法使ったら、腕の模様が光ってたからな。ダガー変化させてニンジャ刀にしてるみたいな変化が起こったんだろ。多分」

「……アクアスクロール以外にも妙なことが起こってたなら、さすがにそれは言ってよ!!!!」

「んー? ま、土砂は吹き飛んだし良いだろ」


 ギドラには、特にそう言う事に頓着する気がないらしい。

 面白そうならやって、結果がどうなろうと楽しめるタイプなのだろう。


『ギドラに一人で物事を任せると、結果は成功だが被害が大きくなる』とクトーが言っていたのはこういう意味だったのだ。


 そのまま、道を先に進もうと歩き出しかけた時。

 ゴギャァン! と遠くから怒り声に似た鳴き声が聞こえた。


 そして、バサリ、と大きく何かが羽ばたく音がする。


「ん?」

「今度は何!?」


 すごく嫌な予感がする。

 そしてこういう感覚は当たるのだ。


 案の定……レヴィたちが見ている前で、遥か向こうの崖下から巨大な赤い鳥が現れて空に舞った。


 その後、ふた回りくらい小さい鳥が3羽。

 魔物だ。


 それらが飛び立ったのは、ちょうど、水が流れていった方向だった。


「あれ、何?」

「ヒステリック・バードだな。もしかして巣でも流しちまったか?」

「どういう事!?」

「あの魔物、崖に巣を作るんだよ。そういや生息地だったか」


 ギドラののんびりした声に、反応したのかどうか。

 鳥たちは、ぎろりとこちらを睨みつけて、一直線に急降下してきた。

 


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