おっさんはパーティーメンバーに囲まれる。【書影あり】
クトーは、男たちに囲まれていた。
呼び出しを受けて訪れた部屋の中にいた彼らは、自分の所属する冒険者パーティーの面々だ。
銀縁メガネの奥から、クトーはその顔を見回した。
パーティーの奴らは屈強な体でこちらを囲む壁を作りながら、鋭い目で睨みつけてくる。
「クトー」
冷え切った沈黙を破ってクトーに呼びかけたのは、一人だけ足を組んで正面のイスに座っているパーティーのリーダー。
普段は呑気にヘラヘラと笑っている彼が、今は真剣な顔をしていた。
「……何だ、リュウ」
クトーは呼びかけに対して、静かに問い返す。
長年、ここで金の管理を含む雑用をしているが、こんな事は初めてだった。
このパーティーはかなりの大所帯であり、現在はトップクラスの実力者集団でもある。
そんな男たちを従えるリュウが、さらに言葉を重ねた。
「お前に、休暇を命じる」
クトーは、その命令の意味を考えながら銀縁メガネのブリッジを指で押し上げる。
メガネを首にかける為のチェーンが、シャラリと鳴った。
「……それは、解雇という意味か?」
クトーが淡々と口にした答えに、リュウが少しだけ眉をひそめた。
「いやちげーよ。なんでそうなるんだよ」
「他にどういう意味に取れるんだ?」
「どういう意味もクソも、俺はお前にそのまんまの意味で『休暇を取れ』って言ってんだよ」
呆れを顔に浮かべるリュウに対して、クトーは首をかしげた。
リュウは見た目だけなら、引き締まった体をしている黒髪に勝気な目の青年だ。
が、実際のところ彼は田舎の村でクトーと一緒に育った幼馴染であり、実年齢は30代前半。
つまりクトー自身と同じく、立派なオッサンである。
お互いに家を継ぐわけでもないから、若い頃に二人で村を出た。
一緒に冒険者になって以来、ずっと二人三脚でやってきた仲だ。
気心は知れている。
だからこそ、解雇される、という話に違和感は覚えたのだが……。
クトーはアゴに指を添えると、再び考えた。
休暇を取れ。
そんな事が言いたいだけなら、なんでわざわざ囲む必要があるのか、と思いながら口を開く。
「別に、休みなんかいらんが……」
特に疲れているわけでもないのに、休む理由がないしな。
しかしそんなクトーの返事に、リュウはますます顔をしかめた。
「いいから休め」
「いらんと言ってるだろうが」
いきなり何を言いだすかと思ったら。
そう思っていると、他の連中が口々にわめき始める。
「お願いっす、クトーさん!」
「いやもう、本気で休んでくださいよ!」
「俺ら、何年も年初め以外でクトーさんが休んでるの見たことないんですよ!?」
「だから何だ?」
こいつら、給料を前借りしたいだの、急に休みが欲しいだのと言ってくる時と、同じ顔してるな。
ちょっと怯えたような、必死な顔だ。
クトーよりも遥かに屈強な連中がなんでそんな顔をするのか、よく分からないが。
現在、リュウとクトーが二人で立ち上げた冒険者パーティー【ドラゴンズ・レイド】の所属人数は、のべ20人を超える。
冒険者ギルドに登録している中では、実力だけでなく規模も最大だ。
ちなみに冒険者ギルドというのは、いわゆる『何でも屋』である冒険者のサポートを行う団体である。
魔物退治などの依頼受付、報酬の支払い、あるいは手に入れた素材の買い取り。
そうした手間を代わりに引き受けてくれる場所であり、最初は引退した冒険者たちによって立ち上げられた互助組織だった。
今はたいていの街に支部がある。
そしてクトー自身は現状、あまり街から出ることはない。
今は主に、冒険者ギルドから受けた依頼をパーティーメンバーに振り分ける仕事をしていた。
「だってクトーさんも、そろそろ無茶がきくトシじゃなくなって来てるっすし!」
「いやホント、クトーさんがもし倒れたら、誰がリュウさんの無謀を止めるんですか!」
「逆もです! 鬼のクトーを止めるのもリュウさんしかいないし、どっちがいなくなっても俺ら凄く迷惑なんです!」
「「おい」」
リュウがメンバーを睨み付け、クトーが冷たい目を向けながら声をハモらせると、周りの連中が一斉に背筋を伸ばした。
引き締まった肉体と威圧感を持つリュウと違い、クトー自身は長身ではあるが細身だ。
パーティーの一員と名乗ると、疑われる事も多い。
服装は、ギルドのお偉いさんや貴族などとも接触する事が多いため、常に正式な場に相応しい礼服。
タイもきっちりと締め、銀髪はオールバックで、数本の前髪以外は丁寧に整えてある。
さらにクトーは『表情に乏しい』と、幼い頃から言われていた。
そのせいで、別に気取ったりしている訳でもないのだがそう見られる事もある。
メンバーが静かになったので言葉の意味を考えてみた。
無鉄砲なリュウがいつも無茶を言うのも、クトーの話だけはまともに聞くのも事実だ。
そしてリュウの言い草が理不尽でない限りは、自分もリーダーとして認めているリュウに従う。
だが、それがなぜ『休みを取れ』などという話につながるのか。
無理が利くトシでなくなって来ているのはその通りかも知れないが、そもそも、最近はまるで無理をしていないのだ。
つまり、無理をしているから休め、というのは強引な理屈だと言える。
クトーはそう結論づけた。
これはなにか裏がある……クトーは自分の疑いが事実であるかを確認するために、口を開く。
「……一体、何をたくらんでいる?」
「何もたくらんでねぇ」
「どこかの依頼で、想定以上の被害を出したか?」
「出してねぇ」
「依頼主とトラブルを起こして、いない間にもみ消そうとしてるんじゃないだろうな」
「そんなわけねーだろ!」
「……まさかとは思うが、村でも襲ってボーナスなどを得ようとしているのならやめておけ」
「お前は自分が休めって言われて、人疑うのやめろよ! しかも疑り深すぎるだろ!」
当然のことだ。
このノーテンキどもが、人のことを気にする時は何か裏があるに決まっている。
リュウが、今までの重苦しい物言いとは一転して、体を起こしながらいつもの調子で声を上げはじめた。
何かを隠そうとして、似合いもしない顔をしていたに違いない。
「どんなミスをやらかした」
「何もねーよ!」
「怒らんから言え」
「だからなんもねーって!」
いつもより強情だな。
これは、本格的にやらかしたのかもしれん。
「裏を取るか……」
「ああもうお前はあああああ! 苦情が出てんだよ! 休みがないから!」
「何だと?」
リュウが頭を掻きむしるのに、クトーは内心、少し戸惑った。
「メンバーの休みはきちんと振り分けているだろう。苦情を言われるようなスケジュール管理をした覚えはない」
「そうだな! お前のスケジュール管理と、実務内容は常に完璧だよ! お前自身の休みがないこと以外はな!」
「だから、無理をしていないのに休む理由がないだろう」
「そういう問題じゃねぇんだよ! 皆心配してんの! 分かれよこの仕事バカが!」
噛みつくような調子でリュウが言い返してくるが、納得がいかない。
リュウにはカリスマがある。
感情の起伏は激しいが、基本的に快活で度量が大きく、率先して皆の先頭に立つ男だ。
彼について行こう、と思わせる雰囲気があるのだ。
クトーは他人の気持ちなどには疎いので、リュウには散々助けられているが……リュウの言うメンバーの心配、とはなんなのか。
メンバーが増えてからは、パーティーをまとめて指揮するのはリュウ、雑務やスケジュール管理は俺。
自然とそんな風に役割が分かれた。
俺には、リュウのような優れた部分がない。
ギルドに顔を出すと、他の冒険者からは『インテリメガネ』『最強パーティーの雑用係』などと言われる。
彼自身が、それを気にすることはない。
事実だからだ。
適材適所。
それは、クトーの一番好きな言葉でもあった。
自分が出来る事務処理ばかりをやらせてもらい、最前線に立つのは常にリュウや他のメンバーだ。
「……これほど楽をしているというのに、何を心配する必要があるんだ?」
そう問いかけると、リュウを含むパーティーメンバーがなぜか絶句した。
呆れながら、続きもきちんと口に出して伝える。
「いつもモンスターと戦って周りを飛び回ってるお前らと違って、俺は普通に街で暮らしてるだけだ。つまりお前らより楽してるんだから、休みが少ないのは当然だろう」
少しの間、場を沈黙が支配して、それからメンバーがヒソヒソと囁き出した。
『全員分の依頼の処理とスケジュールの管理が、楽……? いや確かに、夜通し仕事とかしてんの見たことないけどさ……』
『ばっかお前、俺らが自分の分だけでもヒーヒー言う事務作業一人でこなして、あの時間で終わってんのがおかしいんだって……』
『それにクトーさんの家、パーティーハウスの横じゃん。急ぎで夜中に帰ってきても、別に嫌な顔せずに起きてきて対応してくれてるだろ……』
ひそひそ声で何か言ってるが、丸聞こえだぞ。
「それくらい普通だろう」
クトーがそう言うと。
リュウが右手で目を覆って天井を仰ぎ、メンバーたちが声を揃えて吼えた。
「「「自分は普通だと思ってるかも知れないですが、全然普通じゃないし楽してないですから! 何で自覚ないんすか!!」」」
「自覚があるから、そんな心配はいらんとさっきからずっと言ってるんだが……」
昔から、風邪ひとつひいたこともない身だ。
疲労がたまっている感覚もない。
「いやクトーさん、俺ら、ホントにただ休んで欲しいだけなんすよ!」
「ほら、ちょっと先にある温泉街クサッツとかでゆっくりするのとか、良いと思いませんか!」
「クトーさんの代わりとかマジいないんですから!」
誰かが言ったクサッツ行きという言葉に、クトーは心あたりがあった。
この間、たまたま溶岩魔獣が出現した時に温泉を好むと聞き、クサッツから調査資料を取り寄せたのだ。
それをこいつらは、クトーが休暇を取りたいだの、温泉に行きたいんだのとでも勘違いして、リュウに伝えたに違いない。
そこで、天井を仰ぐのをやめたリュウがガシガシと頭を掻いた。
「あー、つまりあれだ。お前は、楽をしてるのに自分の休みを増やすのが嫌だってことだな?」
「理由がないからな」
何か考えているようなリュウの言葉を、クトーは肯定した。
さほど贅沢をしているわけではないが、冒険食よりははるかに質の良い食事に、毎日ベッドで寝れる生活。
それだけで十分すぎる。
「用は済んだか? なら、仕事に戻るぞ。お前らも書類がある奴らはさっさと提出しろ。休みの奴らは、休むときはきっちり休むんだ。無駄な時間を使ってるヒマがあったら、女と酒でも飲みに行って疲れを癒せ」
くだらんことで時間使ったせいで、仕事や体に支障が出たらどうするんだ、まったく。
自分自身より、クトーはよほどメンバーの体調の方が心配だった。
そう思いながら部屋を出て。
10日ほど、そのまま普段通りに仕事をこなした。
ある日、家から直接冒険者ギルドへ向かい、定期交渉を窓口に伝えると。
「クトーさん? 一週間くらい前にリュウさんが来て『一ヶ月間全員で遠征することになったから、その間依頼は受け付けない』って言われて受理してますけど……聞いてないんですか?」
ギルド依頼課課長である女性、ミズチが何故か笑みを含んで告げた言葉に、嫌な予感がしてパーティーハウスに帰る。
すると、予感は的中した。
「……あいつら」
パーティーハウスには誰もおらず、倉庫にあった予備の装備品までご丁寧に全てカラになっていた。
予備の装備置場にまでメンテナンスの張り紙がしてあり、その中身の整備を行っている工房の名前が張り紙に小さく書かれている。
昨日まで少しだけ残っていた自分のデスクの書類が片付けられていて。
その上に手紙とクサッツまでの通行手形、そして大量の旅費が置かれていた。
手紙を開け、中に目を走らせる。
『全員、一ヶ月休暇! お前にはその間、クサッツの温泉旅館でのんびりする任務を与える! リュウ』
「……あの野郎、帰ってきたら説教だ」
クトーは、手紙を握り潰しながら呻いた。
休暇など必要ないと言っただろうに。
口では勝てないから、こんな強硬手段に出たに違いない。
ため息を吐いたクトーは首に巻いたタイをゆるめながら、テーブルの上のものを持ってハウスを出る。
人がいなければ仕事がない。
仕事がないなら、仕方がない。
「俺も含めて全員、一ヶ月減俸だな」
おせっかいな奴らだ。
本当に休暇など必要ないというのに。
だがメンバーの気遣いだけは、少し嬉しかった。
かすかに笑みを浮かべたクトーは、ハウスに唯一残った依頼をこなす事にした。
与えられた任務は『一ヶ月の間に、温泉旅館でのんびりする事』だ。
無事に依頼を達成して戻らなければならない。
何故なら、【ドラゴンズ・レイド】の依頼達成率は100%。
メンバーの努力で保たれているそれらの数字を、クトー自身が下げるわけにはいかなかった。