魔導士、入学する
綺麗だ。
沈んでいく太陽の放つオレンジ色の光を浴びながら、男は黒とオレンジの混ざる空を見上げ物思いにふける。
「隊長ー!こっちも終わりましたよー!」
元気な声がした方を見ると、人懐っこい笑みを浮かべた赤髪の男がこちらに駆け寄っていた。
「お疲れ、リュウ。無事で何よりだ。」
「もうあんな雑魚にやられるようなヘマはしないですよ。俺ももう1人前です!」
「へぇ、あの弱虫リュウが言うようになったじゃないか。」
「ちょっいつの話してるんですか⁉︎それは昔の話ですよ。」
「確かに、昔とは随分と見違えましたね。隊長、私の方も今片付いたところです。」
リュウと話している時に合流して来た彼女は、新雪のような真っ白な髪に透き通るような白磁の肌を持つ、雪の妖精というのが相応しい程の美しさだ。
「ユキもお疲れ。ケガは・・・ないようだな。うん、ならいい。」
そう言ってユキの頭を撫でる。共に行動するようになってからは、これが習慣となっていた。
「はい・・・。隊長もご無事で何よりです。」
若干頬を赤く染めながら、上目遣いでそう言う。この子はいったいこういうテクニックをどこで身につけたのか。年頃の男子にこの破壊力は凄まじい。
「・・・にしても隊長、明日大丈夫なんですか?もうだいぶ暗くなってますけど・・・」
話しているうちに、あたりはすっかり暗くなり、遠くに町の灯りがぽつぽつと見え始めていた。
「そうだな。もう帰るとするか。この辺りは掃討し終わったからな。」
そう言って、足元に無数に転がっている物体に目を移す。それから3人は帰路につくべく、歩き出す。
「あーあ、これからしばらくは隊長に会えなくなるなー。」
「なんだ、寂しいのか?」
「そりゃ寂しいですよ。今までずっと一緒だったんですから。」
「まぁ、一生会えなくなるわけでもないから、週末とかには会えるさ。その代わり、俺がいない間は任せたぞ、副隊長。」
「任せてください!隊長が不在の間、南関東は俺が責任を持って守ります!」
ビシッという効果音がつきそうなほど綺麗な敬礼を取りながら、リュウは意気込んでいた。
「フフフ、隊長がいなくなった途端に南関東壊滅、なんてことにはならないようにね?」
「ユキさん・・・カンバリマス。」
「ははは、やっぱお前ら仲良いな。」
「そりゃ、長い付き合いですからね。」
「はい、リュウがこういう時に張り切りすぎてミスをするのは十分知ってますから。」
「はは、そう責めてやるな。リュウ、頼んだぞ。」
「はい!」
ともかく、リュウがいる以上、隊の指揮は任せても大丈夫だな。
「さて、俺は早く帰ってさっさと寝るか。明日は大事な大事なーーー入学式だ。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
国立関東魔導学園。ここは日本でも屈指の規模を誇る魔導士のための学園だ。
数十年前、突如として世界に現れ、侵攻を開始した【アンノウン】と呼ばれる生命体に対抗するべく人類が編み出した兵器、魔法。
その魔法を駆使する才能を持った者を魔導士といい、各国は魔導士を育てるべく、教育機関を立ち上げた。
そして俺、藤堂叶はその学園に入学するわけだがーーー
「・・・なんでお前までいるんだ、ユキ。」
「それは私もここに入学するからです。隊長。」
朝、軍に支給された宿舎を出て学園に向かおうとする時に学園の制服を着たユキがいた時点でなんとなく想像はできたが、改めて告げられた真実に俺は眉間を押さえる。
「・・・リュウはどうした?」
「きっと今頃私がここにいるのを知ったと思います。」
「なるほど。あいつにも内緒にしていたと・・・」
「はい。サプライズをしようと思いまして。驚いていただけましたか?隊長。」
「ああ、驚いたよ。・・・リュウのやつが可哀想だな。」
小悪魔的な笑みを浮かべながら聞いてくるユキに、俺は苦笑いで返し、リュウのあたふたしている姿を思い浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
同時刻、関東支部軍事基地参謀室にて。
隊長が抜けた穴を他の人員でカバーするべく部隊の編制を行なっていたリュウは、来訪を告げるノックに意識を変更し、入ってきた部下の報告に唖然とした。
「え⁉︎ユキさんも学園に入るの?だから今日まだ来てなかったんだ・・・。どうしよう、隊長だけでなくユキさんまでなんて。・・・抜けた穴が大きすぎるよおおおお!!!!」
リュウは吠えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「入学するのはまぁ良しとして、呼び方、変えてくれないか?できれば学園では俺が軍の人間だということは隠しておきたいんだ。」
そう、俺は軍の人間としてではなく1人の魔導士としてこの学園に入るのだ。もちろん軍関係の理由が一切無いというわけではない。だがしかし、今までずっと軍にいた俺は学園生活に憧れていた。今まで何度も入学許可を軍の上層部に申請していたのだが、そのことごとくを却下されていた。だが先日やっと認められ、今こうして入学するというわけだ。
「でしたら、叶様で。」
「様もいらないんだが・・・」
「いえ、敬称をつけないのは私のプライドが許しません。ここは絶対に引けません。」
「わかったわかった。それでいいよ。くれぐれも学園内では隊長と呼ばないように。」
「はい。・・・ところで叶様、私の制服姿どうですか・・・?」
関東魔導学園の制服は男子は白Yシャツと黒長ズボンに赤ネクタイ、女子は同じく白Yシャツと赤スカートに赤リボン。そして男女共通で黒ブレザーだ。
そしてそれを着たユキは・・・黒ブレザーによって強調された髪と肌があたかも自ら発光しているような輝きを放ち、身内贔屓ナシでも可愛かった。
「うん。とてもよく似合っているよ。これは学園中の男子が放っておかないんじゃないかな。」
「・・・ありがとうございます。ですが、私は他の男性のものにはなりませんから。」
頬を赤らめながらも不満げにそんなことを言うユキは思わず抱きしめたくなるほど可憐だった。
「・・・確かにどこぞの馬の骨にユキは渡したくないな。」
「っ!それってどういう・・・⁉︎」
「さて!そろそろ会場の大講堂に向かうとするか!」
「〜〜〜っ‼︎‼︎」
恥じらって赤くなるユキ、ご馳走様です。できればこの顔は俺にだけ見せて欲しいと思うのは仕方ないことだと思う。うん。決して俺が独占欲が強いって訳じゃない・・・と思う。多分。きっと!
まぁ冗談はこれぐらいにして、そろそろ本気で時間がヤバいので大講堂に向かう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大講堂に入ると、もうほとんどの席が埋まっていて、空いている後ろの方の座席に座った。
「改めて見るとすごい人数ですね。」
「そうだな。魔導学園でこの規模は珍しいな。ん?」
「どうしましたか、叶様?」
「いや、これは・・・なるほど。ユキ、これから面白いことが起こるぞ。」
「?それってどういう・・・」
ユキが首を傾げながら俺の言葉の真意を聞こうとした時、俺たちの座席のすぐ近くの扉がバンッと開き、同時に魔導ライフルで武装した集団がなだれ込んできた。
すると、座っていた5人の生徒が立ち上がり、魔導拳銃を周りの生徒に向けていた。
「動くな!両手を頭の後ろで組め!抵抗したら順番に撃っていく!」
そう言っている間に扉から来た武装集団は大講堂を取り囲み、脅すように魔導ライフルを生徒の方に向けていた。
「叶様、ここは私がーー「まぁ、待てって」・・・はい。」
ユキが決意した表情で飛び出していきそうだったから、俺はユキの手を握り待機を促した。その際、ユキの頬が微妙に赤くなったのは緊張で興奮状態なんだろう。
「おいっお前らっ両手を頭の後ろで組め!聞こえなかったのか!」
「あなた、叶様になんて口をーー」
「ユキ、いいから従うんだ。」
「・・・はい。」
「それに、彼らが撃つなんてことはありえないさ。」
「・・・??」
訳がわからないというような表情をするユキに薄く笑いかけ、この場の状況を探る。
会場は突然現れた武装集団に騒然とし、魔導ライフル持ちでは分が悪いと判断したのか、抵抗するそぶりを見せる者は一見いないように見えたが、1人外部に連絡をとっている者を見つけた。それ以外の人たちは皆動揺し、入学式開催の時間は過ぎているのに一向に教師陣が来ないのを訝しんでいた。
すると突然ステージのスポットライトがバンッとつき、その中央には50代くらいのタキシードを着た男が立っていた。
「皆さん、ご苦労様です。もう戻って良いですよ。」
その言葉を皮切りに武装集団と魔導拳銃を保持していた生徒が会場から退出し、後に残ったのは何が起こったのかさっぱり理解できていない生徒と謎の男のみだった。
「いやはや、諸君には怖い思いをさせてしまいましたね。まずはそこを謝罪させてもらいます。改めまして、関東魔導学園学園長、如月廣太郎です。」
彼がそう言った途端、会場にどよめきが走った。なにせ正体不明の謎の人物が関東魔導学園を束ねる最高責任者だったのだから。
「さて、先ほどのデモンストレーションで諸君は何を思ったかな?暴動、はたまたテロかな?あの状況でまともに動けたのは数人しかいなかったようだね。」
そんなことを言う彼を観察していると、一瞬目があったような気がしたが、すぐに他の方に視線を移されたことから、気のせいだと思うことにした。
「諸君は魔導士としての自分をどう考えているだろうか。国を、世界を大きく発展させるための金の卵と考えているだろうか。だが、現状、そんな者は極僅かだ。諸君のほとんどはここを卒業してから軍部に入ると思う。ならば諸君は『何』なのか。・・・兵器だよ。【アンノウン】から国を守り、来るべき世界戦争の戦力としての。だからこそ、間違わないでほしい。兵器は使う者によって誰かを守ることも、何かを壊すことだってできる。だから、諸君は自分についてよく考えてほしい。自分が何を思い、何をしたいのか。それをしっかりと胸に刻んで欲しい。」
学園長の言葉は生徒たちの心に響いたのか、その後の式も皆神妙な面持ちで滞りなく進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
式が終わると皆割り振られたクラスに向かい、そこでHRをすることになっていた。
「ん、俺は1-Dか。ユキはどこだった?」
横を見ると満面の笑みを浮かべて配属クラスが書かれている合格証を見せてくるユキが。そこには『1-D』と書かれた文字が。
「そうか、それならこれからも一緒だな。」
「はい!ずっと一緒です!」
廊下の窓から差し込む光に照らされたユキは一段と輝いて見えた。
1-Dクラスに着き、扉を開けてユキと一緒に入ると、クラスの中から「おおっ」という歓声が聞こえてきた。それもそうだろう。ユキは超がつくほどの美人なのだから。男子からは嫉妬と羨望の眼差しを受け、女子からも憧れと対抗的な眼差しを受けながらせきにつく。程なくして再び教室の扉が開かれ、担任が入ってきた。
「えーこれから1年みんなの担任をすることになりました千代田花蓮だ。専攻系統は精神干渉系でランクはBだ。みんな宜しく。」
「あの、花蓮先生「花蓮って呼ぶな千代田先生だ・・・‼︎」あ・・・はい。千代田先生、ランクってなんですか?」
俺の左斜め前のオレンジ色の髪をポニーテールにした女子が尋ねる。
「あー、それな。あたしら教師陣はみんな軍から来てるからな。軍では入隊してからそいつの強さや有用性からランク分けされるんだ。つってもそれで差別されるわけでもないから安心しろ。まぁ、一部のバカを除いてだけど・・・」
「なるほど、わかりました。」
「んじゃ〜他になんか聞きたい奴はいるかー」
その後は生徒たちの質問コーナーが始まり、HRが終わったのは40分後だった。
「そんじゃ今日はここまで。遅くまでなければ別に残って見学しててもいいからなー。初日から遅刻なんてことにはならないように。」
そう言って千代田先生が退出すると、教室は一気に賑やかになった。
「なぁ!これからどっか行くとこある?」
俺の机に身を乗り出しながら聞いてきたのは前の席の金髪の男だ。がっしりとした体格と制服の上からでもわかる筋肉のつき方から見て身体強化系統の使い手だろう。
「いや、特に用事はないが。」
「なら今から一緒に学園を見学しにいかねぇか?俺は土門和弥。宜しく!1人だと寂しくてよー。」
「ああ、それなら構わないよ。俺は藤堂叶だ。ただ、もう1人付いて行っても構わないか?」
「ん?ああ、知り合いがいたのか。もちろんいいぜ。そいつとも仲良くなりてぇし。」
「よかった。ユキ。」
「はい。」
左隣の席の彼女を呼ぶと、すぐさまこちらに寄ってきた。
「藤堂雪です。クラスメイトとして仲良くしてくださいね。」
「ええ!知り合いって君のことだったの!俺は土門和弥。宜しく!・・・って藤堂⁉︎え!兄妹⁉︎」
「まぁ、そんなとこだ。」
「ふーん・・・なんかワケありって感じだな。ま、あまり深くは詮索しねぇよ。そっちの方がいいだろ?」
「ああ、そうしてくれると助かる。」
「え!天使ちゃん見学に行くの⁉︎だったらアタシたちも連れてってよ!」
「ちょっとミナちゃん急すぎるよ〜!」
「『天使ちゃん』・・・?」
「そ。だってこんなに綺麗なんだよ⁉︎天使っていうのが相応しいでしょ。アタシ、橋本美那。よろしくー。」
快活な物言いの彼女は先ほど先生に質問をしていたオレンジ髪の女子だ。彼女が言うように確かに妖精と見間違うほどにユキが綺麗なのはわかる。こいつとは気が合いそうだ。
「わっ私は木戸飛鳥っていいます!ひっ人見知りなので宜しくお願いします!」
「ちょっと飛鳥緊張しすぎー。ごめんねーこの子小さい頃からこうなのよ。」
「美那は飛鳥と昔からの付き合いなのか?」
「ええ、幼稚園からの付き合いよ。幼馴染ってやつね。」
美那の陰に隠れるようにしている彼女は水色の髪をストレートに伸ばしている。
先程から日本人にあるまじき髪の色が多発しているのは、染めているのではなく、魔法が関係している。魔法を使うには魔力が必要不可欠であり、人によって魔力の性質は大きく異なってくる。そのため、魔法を扱う者は魔力の影響で髪色や目の色が変わってくる。だが、俺は魔導士には珍しい黒髪だ。
「なぁ、そろそろいかねぇか?もう教室に残ってるの殆ど俺たちだけだぜ。」
「そうだな。じゃあ色々見て回るか。」
こうして俺は、新たな友達が3人出来た。