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Satanic express 666  作者: 七針ざくろ
さぶうぇい!
40/48

その3 ~セルリアン家メイド名簿 1 『シナモンロールとバニラプリン』~

―セルリアン家・庭園―


       これは、アナお嬢様が轍洞院姉妹と出会うちょっと前のお話。


       庭の中央に置かれたテーブルで紅茶を飲むアナとその傍らで静かに

       佇むジャルとイーグルの姿。

       アナはカップを受け皿に少し乱暴に戻すと不機嫌そうに髪を指先で

       捻り始めた。ため息をついた彼女の目の前には酷く荒れ果てた庭が

       広がっていた。

ア ナ 「こんな所でお茶しても苛立つだけね…」

       不意に出た言葉に反応したジャルがスッとテーブルの上に手を伸ば

       した。その手をアナはパシッと掴み彼女に鋭い視線を送った。

ア ナ 「この手は何?」

ジャル 「お茶を下げようとしたんすよ」

ア ナ 「下げろって言った?」

ジャル 「いいえ。でも、ムカつくならやめた方がいいっすよ」

       アナがジャルの手を放した。

ア ナ 「そうね。気分良くお茶したいから早く花壇の雑草を抜いて」

ジャル 「え~、手が汚れますよぉ」

       彼女が全く隠す素振りも無く草むしりを嫌がると、アナはイーグル

       にチラリと目を送った。

       彼はその視線を受け取ると、音も無くジャルの背後に回り込み彼女

       の尻を思いっきり蹴り上げた。

ジャル 「ぃでっ!」

       両手で尻を押さえながら座り込んだ彼女にアナは冷たい視線を送っ

       ていた。

ア ナ 「お茶下げて」

ジャル 「はい…」

       ジャルは顔をしかめながら中身の入ったカップとソーサーを持つと

       屋敷の方へとぼとぼ歩いて行った。

       彼女の後ろ姿を見送ったアナは再び雑草が蔓延る庭に目を向けた。

ア ナ 「アニスさん産休に入ってどんくらいだっけ?」

イーグル「今日で三日目でございます」

ア ナ 「えっ… 雑草って三日でこんなに生えてくんの……」

       彼女はガクッとテーブルに突っ伏した。

ア ナ 「あああああぁ、ジャルにお庭を任せるんじゃなかったぁ…」

イーグル「アイツでなくとも、アニスの代わりを務めるのはいささか酷でしょう。

     彼女はメイドと言うより庭師でしたから」

       諭すような彼の言葉を聞いたアナは顔を上げ、しばらく庭の雑草を

       眺めた後立ち上がった。

ア ナ 「しょうがないから私がやるよ」

       彼女はせかせかと雑草を抜き始めた。


       ―― 三分後


       そこには椅子に座りイーグルに肩を揉んでもらっている全身汗だく

       のアナの姿があった。

       花壇の隅だけ綺麗に土が見えたが他は雑草で覆い尽くされていた。

ア ナ 「コレ無理!」

       イーグルは黙ってうなずくだけだった。

ア ナ 「新しい人を雇おう! アニスさんが居ない間だけでいいからお庭担当の

     メイドを増やそう!」

イーグル「庭の手入れで… 庭師ではなくメイドですか?」

       彼の問いかけにアナは顔を曇らせた。

ア ナ 「まぁ、お庭以外にもいろいろとやってもらった方が便利でしょ?」

イーグル「…… 確かに、片手間でもアイツよりは役に立ちそうですね」

       アナは椅子から勢いよく立ち上がった。

ア ナ 「ヨシ、すぐに求人掛けるよ! 募集条件を詰めたいからAJも呼んで」

イーグル「かしこまりました」

       二人は屋敷に向かって歩き出した。




―セルリアン家・応接間―


―― 翌日


       長机に横に並んで座っているアナ、イーグル、白メッシュが入った

       長い茶髪のメイド長「AJ」ことアルテミシア・ジェードと大きな

       あくびをしているジャル。

       彼女たちの前に置かれた椅子には若い女性が座っていた。

ア ナ 「面接は以上、採用の時は連絡を入れるね」

女 性 「はい、ありがとうございました!」

       女性は深々と礼をすると応接室を後にした。

A J 「お嬢様、いかがですか?」

ア ナ 「ダメ。遊び感覚なのが見え見え」

A J 「私も同感です」

       アナは手元にある呼び鈴を押した。

ア ナ 「次の方、どうぞ」


       応接間の扉を静かに開けて入って来たのは、亜麻色のゆるい巻き毛

       を肩まで下ろした黒いスーツ姿の華奢な若い女性シナモン・ロウル

       だった。

シナモン「失礼いたします」

       彼女は静かに閉めた扉の前で向かい合う面接官たちに頭を下げた。

       その礼は浅すぎず深すぎず、謙虚ながらしっかりしたものだった。

A J (いいお辞儀ね、それなりに作法を知ってるみたい)

       AJが目を光らせる中、部屋に入ってきた彼女は椅子の後ろで立ち

       止まり再び頭を下げた。

シナモン「シナモン・ロウルと申します、よろしくお願いいたします」

ジャル 「へぇ、美味そうな名前」

       眠気が飛んだジャルの何気ない一言に、彼女は自然に微笑んだ。

シナモン「はい、よく言われます。ですが、私の姓はR a w l e、ロウルです。

     Cinnamon rollではありません」

ア ナ (凄く拘ってるな…)

       ジャルと名前の事で打ち解けたように話しながらも、彼女が一向に

       椅子に座る気配は無かった。

ア ナ 「立ってないで座っていいよ」

シナモン「はい、失礼します」

       その様子に慌てたアナが促して、やっと彼女は浅く椅子に座った。

ア ナ 「それで、シナモンさん。ウチのメイドに応募した理由は?」

       彼女は質問をしたアナの目を見た。

シナモン「はい、その前にウェットモア議員ご存じでしょうか」

ア ナ 「えっと… ウェットモアってこの前汚職で捕まった人?」

シナモン「はい、そうです。そこまでご存じでしたら話が早くなります。私は先生

     の元で秘書として務めていました」

ア ナ 「あっ… OK分かった」

シナモン「お察しいただきありがとうございます」

       彼女はアナに対して頭を下げた。


       ――数十分後


ア ナ 「じゃ、面接は以上。採用の時は連絡を入れるね」

シナモン「はい、本日はお時間を頂きありがとうございました」

       シナモンは頭を下げてから椅子から立ち上がった。

シナモン「ありがとうございました」

       椅子の横で再び礼をした彼女はまっすぐ扉へと向かい、再びその前

       で振り返った。

シナモン「失礼します」

       最後にそれまでよりやや深く頭を下げてから静かに部屋を出た。


A J 「彼女は候補でいいですか?」

ア ナ 「明日連絡すればいいんじゃない? 今のところは無職なんだし」

       静かに話す二人の横でジャルが席を立った。

ア ナ 「どこ行くの」

ジャル 「え? 終わったんじゃないっすか」

ア ナ 「ほぼ彼女で決まったけど、まだ終わってはないよ。来てくれた人は全員

     見るから座って」

ジャル 「は~い、了解っす」


       ―― 数時間後


       初老の女性がアナたちに丁寧にお辞儀をして部屋から出ていった。

ア ナ 「ベテランメイドさん… さっきの秘書の人といい勝負ね」

A J 「あの方は私より年上なので駄目です」

ジャル 「年上はダメって、AJ何歳よ?」

A J 「45ですが…」

       彼女の言葉にアナとジャルは驚き思わず立ち上がった。

ア ナ 「嘘! 30代だと思ってた」

ジャル 「妙に小じわが多いとは思ってたけど、そんなババアだったの…」

       AJは引きつった笑みを浮かべ指をポキポキ鳴らした。

A J 「ジャル、これが終わったら私の部屋へ来なさい」

イーグル(アイツ死んだな…)

ア ナ 「と、とにかく次で最後だから終わらせちゃおう」

       応接間に漂い始めた不穏な空気を振り払うようにアナは呼び鈴を鳴

       らした。

ア ナ 「次の方どうぞ~」


       アナが声を掛けると扉がバンと勢いよく開け放たれ、人影が大きな

       弧を描きながら飛び込んできた。

       唖然と見つめる面接官たちの前にプリン状態の長い金髪をした私服

       姿の少女バニラ・シーラ・チトセが床に片膝を付くヒーローの登場

       シーンのような着地をした。

ア ナ (変なの来たな…)

A J (とりあえず入室は論外)

イーグル(この子は付くべき職を間違えているな)

ジャル (眠い…)

       面接官それぞれの心象を知らず、バニラはスッと立ち上がり深々と

       頭を下げた。

バニラ 「バニラ・シーラ・チトセです。よろしくお願いします!」

アナ 「…… まあ、座って」

       アナに言われるがまま、彼女は椅子にチョコンと座った。

ア ナ 「えぇっと… バニラさん?」

バニラ 「ハイ!」

イーグル(今までの者に無い異常なほどの気迫だ。可哀想なものだな… 落とされ

     るとは知らずに)

ア ナ 「早速だけど、ウチのメイドに応募した理由は?」

       バニラは椅子から立ち上がり両手を大きく広げた。

バニラ 「夢です」

ア ナ 「はい?」

バニラ 「メイドさんになる事が私の夢なんです!」

       胸を張った彼女にアナは小さく手を下げ落ち着くように諭した。

ア ナ 「そう… とりあえず、座ろうか」

       再び彼女はスッと椅子に腰を下ろした。

ア ナ 「それで、メイドになるのが夢なの?」

       バニラはまた立ち上がろうとしたが、先に首を軽く横に振ったアナ

       に止められた。

バニラ 「そうなんです。私、ずぅぅっとメイドか魔法少女になりたくて」

ア ナ (ダメだコイツ、訳分からん)

バニラ 「だから、私この求人広告を見てすぐに仕事辞めました!」

       彼女が力強く放った言葉に面接官たちは目を点にした。

ア ナ 「えっ… 元々は何をやってたの」

バニラ 「公務員です。お役所で事務をしてました」

ア ナ 「意外とまともな仕事に就いてたんだ…」

       アナがチラリと周囲を見るとAJとイーグルは顔を曇らせ、ジャル

       はコックリと船を漕いでいた。

ア ナ 「えっと… とりあえず面接は以上で」

バニラ 「えっ? 早いですね」

       バニラの返しにアナは思わず目を泳がせた。

ア ナ 「あ、貴方の熱意は十分伝わったから」

バニラ 「そうですか」

ア ナ 「ええ、採用の時は連絡するね」

バニラ 「分かりました。ありがとうございます」

       彼女は椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。




―セルリアン家・アナの部屋(朝)―


       翌朝、眠っていたアナの耳にノックの音が飛び込んできた。

ア ナ 「んむぅ… ジャル? AJ? 空いてるから入っていいよ」

       アナがベッドに横になったまま答えると。バンと音を立て勢いよく

       扉が開け放たれた。

       驚き飛び起きた彼女の前には笑顔のバニラが立っていた。

ア ナ 「…… 貴方、何でここに居るの」

バニラ 「採用の連絡が待てなくて来ちゃいました」

       はにかみながら答えた彼女を見たアナは寝ぼけて忘れていた恐怖を

       思い出した。

       彼女が悲鳴を上げようとした瞬間、AJとジャルが部屋に飛び込ん

       できてバニラを取り押さえた。

       バニラがジャルに連れられて部屋を出て行くと、AJはアナに頭を

       下げた。

A J 「申し訳ございません。ご無事でしたか」

ア ナ 「うん… 怖かった……」


       その後もバニラは採用の返事欲しさに執拗にアナの前に現れた。


       ……


       ジャルと買い物に来ていたアナの前に隠れ身の術で店の壁に潜んで

       いたバニラが現れるが、ジャルに取り押さえられる。


       AJと庭を散歩していたアナの前に土の中からバニラが飛び出して

       くるが、AJに捕まり埋め戻される。


       AJが配達員から大きな段ボールを受け取るとその中からバニラが

       出て来るが、即座にAJに箱詰めされ受け取り拒否される。


       ……


       一日中付きまとわれたアナは布団にくるまって怯えていた、その横

       でジャルが周囲を警戒していた。

ア ナ 「アイツ何なの…」

ジャル 「おとなしく雇った方がいいんじゃないいすか?」

       ポツリと漏らしたジャルの言葉がアナに響いた。

ア ナ 「それしかないかな…」

ジャル 「変わり者ですけど、アタシはあの子嫌いじゃないですよ」

       彼女の言葉にアナは小さく息をつき考え込んだ。

       するとノックの音が部屋に響いた。

ア ナ 「誰っ!」

A J 「AJです。入ってよろしいですか」

ア ナ 「いいよ、ちょうど話したいことがあったの」

       AJが部屋に入りアナに頭を下げた。

A J 「失礼します」

ア ナ 「この前の新人採用の件なんだけど…」

A J 「私もその件で一つご提案があって参りました」




―セルリアン家・応接間―


       面接から三日後。腕を組み立っているAJ、彼女の前には一般用の

       メイド服を着たシナモンとバニラの姿があった。

       AJはシナモンに笑顔を向けた。

A J 「シナモンさん、おめでとう。貴方は採用よ」

シナモン「ありがとうございます」

バニラ 「私は?」

       AJはバニラに対して鋭い視線を送った。

A J 「見習いとして、その服に袖を通すことを認めるわ」

バニラ 「み、見習いですか…」

A J 「ええ、本物のメイドになれるかどうかは貴方次第ね」

       バニラは両手を強く握りしめた。

バニラ 「ハイ! 頑張ります!」

       彼女の返事にAJは満足そうにうなずいた。

A J 「では、早速だけど貴方たちには庭の手入れをお願いするわ」




―セルリアン家・廊下―


       AJを先頭にバニラとシナモンは一緒に庭へ向かって歩いていた。

シナモン「今日からよろしくお願いします。シナモン・ロウルです」

バニラ 「わ、私はバニラ。よろしく」

       柔らかな微笑みを浮かべるシナモンとは対照的にバニラの顔は緊張

       で強張っていた。

       二人の様子を背中越しに察したAJは少しだけ歩調を速めた。




―セルリアン家・庭園―


       目の前の光景に目を点にしたバニラと悲鳴を押さえ込むように口に

       手を当てたシナモン。そんな二人を平然と見つめるAJの三人が藪

       と化した庭に居た。

A J 「今日は天気が崩れるみたいだから、できる範囲でいいわ」

シナモン「はい、わかりました」

バニラ 「了解ですっ!」

       返事と共に藪へ飛び込んでいったバニラの元は小さな竜巻が起きた

       ように雑草が次々と巻き上げられていった。

       呆然と見つめるシナモンの肩をAJがポンと叩いた。

A J 「あっちに道具小屋があるからそこの物を使って」

シナモン「はい、ありがとうございます」


       それから1時間も経たないうちに小さな鎌を使って除草をしていた

       シナモンの頭に雨粒が落ちてきた。

       冷たい感触に気付いた彼女が空を見上げると、真っ黒な雲に覆われ

       た空から大量の雨が降り注いできた。

       土砂降りの雨に追い立てらるように彼女は小屋へと逃げ込んだ。

       雨の様子を見ようと外を見た彼女の目に草を抜き続けているバニラ

       の姿が映った。

シナモン「バニラさん、雨ですよやめましょう」

バニラ 「大丈夫! 気にしないでいいよ」

       シナモンに呼びかけられても彼女は全く手を止めなかった。

       そこに傘を差したAJがやってきた。

A J 「思ったよりも酷いわね… あら、バニラさんは?」

       シナモンは黙ってバニラを指さした。傘を閉じて彼女が指さす先を

       見たAJは驚き目を丸くした。

A J 「バニラさん、もういいわよ雨宿りして」

バニラ 「できる範囲ですよね、私はまだまだできます」

A J 「いいから、戻りなさい!」

       彼女の呼びかけにバニラは応えず豪雨の中に居た。

       しばらく静観していたAJは傘を差さずに雨の中へと歩き始めた。

       そして、バニラの前で脚を止め彼女の頬を強く叩いた。

A J 「命令に従わんか! バカタレ!」

       焼け付くような痛みに頬を押さえながらバニラは怯えた目でAJを

       見上げた。

A J 「我々はチームなの、それを分かってないで独りよがりする奴はこの屋敷

     には必要無いわ。この雨が止んだら去りなさい」

       バニラはゆっくりと頭を下げ泥に額を付けた。

バニラ 「(涙声)ごめんなさい… ごめんなさい… もうしませんから…」

       必死に謝る彼女にAJは背を向け小屋へと戻っていった。

A J 「先に戻るわ。一緒に彼女の身支度をさせて」

シナモン「はい…」

       AJは傘を差して屋敷へと歩いていった。




―セルリアン家・更衣室―


       力無く床に座り込んだ私服姿のバニラの前でシナモンが彼女の荷物

       を旅行鞄に詰め込んでいた。

シナモン「残念でしたね」

       重い空気を晴らそうとシナモンはバニラに声を掛けたが何も返事は

       帰ってこなかった。

シナモン「何故あんな雨なのに止めなかったんですか」

       彼女の声が聞こえていないようにバニラはボーッと天井近くの虚空

       を見つめていた。

       会話を促すだけ無駄だと悟ったシナモンは手早く残りの荷物を詰め

       込み始めた。

バニラ 「夢だから…」

       微かに聞こえた彼女の声にシナモンの手が止まった。

シナモン「はい? 夢ですか」

バニラ 「うん、メイドさんになるのが夢だったんだ… 魔法少女もなりたかった

     けど、あっちは無理だって分かったから」

シナモン「どうしてメイドなんかに?」

バニラ 「可愛いから」

       シナモンは思わず吹き出した。

シナモン「ごっ、ごめんなさい… そんな理由で……」

       彼女は堪えきらず声を上げて笑い始めた。

バニラ 「笑わないでよ!」

       バニラが少し怒っても彼女の笑い声は止まらなかった。

シナモン「ゴメン、ゴメン… いや、バカだねぇ~。こんなきつい仕事そんな理由

     でやりたいなんて……」

       急に口調が変わった彼女にバニラは驚いて夢を馬鹿にされた怒りを

       忘れてしまった。

シナモン「あ~ぁ、猫被るのもマジで疲れる…」

       溜まっていた物を吐き出すように一息つくと、彼女はタバコを吸う

       ジェスチャーをした。

       バニラがリアクションをとる前に彼女は自分のロッカーからタバコ

       を取り出し火を付けた。

バニラ 「き、急にどうしたの…」

       彼女の変貌ぶりにバニラは少し恐怖感すら感じていた。

シナモン「他に誰も居ないから。あと、バカ素直なあなたに無理に真面目ぶるのが

     馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

       彼女は吐き出した煙が散っていく様を眺めていた。

シナモン「ま、私なんか夢も何もないバカだから馬鹿馬鹿しいのなんて当然なんだ

     けど。夢かぁ… どこで落としちゃったんだろうな…」

       バニラは寂しそうな目をしたシナモンに声を掛けたかった、しかし

       何と言えばいいのか分からなかった。

シナモン「やっぱり夢ってあった方がいい?」

       彼女に問いかけられたバニラは小さくうなずいた。

シナモン「じゃあ、他の誰かが落とした夢でも拾っておくかな」

       シナモンが携帯灰皿へ灰を落とすとノックの音がした。

AJ声 「入っていいかしら」

       シナモンは手早くタバコを消し灰皿ごと隠した。

シナモン「はい、どうぞ」

       彼女の返答を受けAJが入ってきた。

A J 「バニラさんの荷物は片付いたかしら」

シナモン「はい」

       AJは更衣室内を見回した。

A J 「タバコ臭いわね… ジャルでも隠れてたのかしら」

シナモン「それは分かりませんが、私たちが来た頃には既に」

バニラ (えっ! 隠した)

       バニラは平然と微笑みながら嘘をついたシナモンが怖くなった。

A J 「それはいいとして、シナモンさんにちょっとお話があるから来てもらえ

     るかしら」

シナモン「はい」

A J 「じゃあ、応接間で待っているわ」

       AJは座り込んでるバニラをチラリと見てから部屋を出ていった。

シナモン「じゃあ、待ってて」

       シナモンも彼女に声を掛けて部屋を後にした。




―セルリアン家・応接間―


       応接間にノックの音が響いた。

シナモン「失礼します」

A J 「どうぞ」

       AJの声に続いてシナモンが静かに入ってきた。

シナモン「失礼します。それでお話というのは」

A J 「貴方も知っての通り一人居なくなるから、雇用条件の調整をしたいの」

シナモン「その件でしたら現状維持でお願いします」

       シナモンの返答にAJは顔を曇らせた。

A J 「人が減る分勤務時間は増やして欲しいんだけど…」

シナモン「バニラさん含め現状維持でお願いいたします」

A J 「どういう意味かしら」

シナモン「あの人を解雇するなら、私も辞めます!」

       AJとシナモンは互いに真っ直ぐ目と目を合わせていた。

       ピンと張り詰めた空気をAJの拍手の音が振り払った。

A J 「ありがとう、最高の条件だわ」

       彼女は満足げにシナモンにニヤリと笑いかけた。

A J 「ただね、ココを去ってもらうのは貴方だったのよ」

シナモン「えっ… 私が……」

A J 「そうよ。私たちはチーム、だから周りを蹴落とすのではなく手を貸す事

     を求めるの。今の話で自分の保身や利益を求めるようなら即解雇通告を

     したわ」

       シナモンは大きく息をついた。

シナモン「危なかった…」

       AJは彼女にニヤリと笑いかけた。

A J 「ええ、今の条件は得意の偽装や計算で出した物じゃない本心だと信じて

     いるわ」

       シナモンは降参したように小さく笑った。

シナモン「さすがですね、全てお見通しですか」

       その時、ノックではない扉を叩く音が聞こえた。

アナ声 「押さないでよ!」

ジャル声「ココじゃ聞こえないんすよ」

       廊下の方から騒ぎ声が聞こえ始めると、扉が開いてアナとジャル、

       そして多くのメイドたちがなだれ込んできた。

A J 「あらあら、盗み聞きが下手ね…」

       出入り口を塞いだ人の山の中からバニラが飛び出し呆れ返っている

       AJの元へ駆け寄った。

バニラ 「私からもお願いします! シナモンさんを辞めさせないでください!」

       彼女がAJに深く頭を下げたのを見たシナモンはすぐに同じように

       頭を下げた。

       



―セルリアン家・庭園(夕方)―


       バニラとシナモンは共にティーテーブルに着き、夕日に染まるまだ

       所々荒れた庭を見ていた。

シナモン「さっきはありがとう」

バニラ 「いいよ。それよりも騙しててゴメン」

       シナモンは静かに首を横に振った。

シナモン「それは私の方。あと、あなたの夢を笑ったことも謝らなきゃね」

バニラ 「いいよ、いつもの事だから慣れてるよ」

シナモン「私含め、バカばっかだね…… 拾ったから分かったけど、これは良い夢

     だよ。これはあなたに返して、私はココで自分の夢を探すよ」

       バニラは大きく首を横に振った。

バニラ 「それは叶ったからもういいよ。それより、私も一緒に次の夢を探すこと

     にする」

シナモン「一緒にか… 良い夢が見つかりそうな気がする」

バニラ 「あっ、そうだ! 世界一のメイドになるってどうかな?」

シナモン「いいね。ただ、一緒にって言うなら負けないよ」

       二人は笑顔で拳を付き合わせた。

       こうしてセルリアン家の最凶コンビが結成されたのだった。

                       〈サブストーリーその3 終〉

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