すぴんおふ! [道化師になるジョーカー部]
「それではひのきさん、鏡子さんにお願いしますね」
「は、はい……」
私は重い足取りを引きずりながら学校を出る。手にはバッグとクラスメイトの書類。
映市 鏡子という子は知らないが、日直の担当の私の役目になってしまった。少し前に学校に来なくなった不登校だと聞く。
が、病気らしい。
重い病気で好きに外に出られない。
私は不憫に思った。
可哀想だなと思った。
「あー、考えるのやめ。とにかく行こう……」
私はこんな変な名前と生まれつきの背の小さい事で虐められている。
虐められていると言っても、別に構う事はないんだけど、やっぱつらい。
心が痛い。
それに慣れたのは、何時だっけ―――――――
「なんでこんな時に思い出すんだろ……… それより、重たいぃ………」
総合病院の前に着いた。自動販売機でアンパ○マンのジュースを買って、中に入る。
中は涼しい。外の炎天下とは全く違う。
ぷはぁ、やっぱりアン○ンマンジュース限るよぉ。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。お見舞いかえ?」
「はい?」
後ろから声をかけられる。私は振り返ると、そこには老いぼれたお爺ちゃんが優しい顔で立っていた。
私は中学三年だよウスラトンカチ。
などと言える訳も無く。
「は、はい!! お見舞いです!!」
「おお、そうかえそうかえ、小学生なのに偉いねぇ………どれ、おじちゃんがお菓子をあげよ」
「お菓子ぃ!? ……………いや、急いでるので!!」
あのお爺ちゃん、私の事小学生って言った………!!
お爺ちゃんがお菓子を出す前に、私は走り去る。
私はお菓子にめっぽう弱いのだ。
「おうい、何処行くのかえー? ……わかもんは元気じゃのぉ………ワシも後30若かったらのぉ」
「なぁに言ってんの末吉さん、ほら、病室はあっちだよー」
「おや、末信。来てたのかえ?」
「末典だよ親父」
「病室は~…………505か………」
505病室着く。私は505病室の引き扉に手をかけそーっと開いた。
そこには夏風を浴びる女の子が一人。
その子は少し、他の人とは違った。
「あれ? えぇっと………今日の日直さんかしら……?」
彼女はおどけた様子で此方を見て笑う。
その笑顔はなんともキレイで、可愛くて、美しくて、そしてなにより―――――
道化を被った笑顔だった。
「は、はい………日直の真樹乃ひのきです………!!」
彼女はまた笑い、ベッドから体を起こす。
なんというか、羨ましい。
良い体してる。
美しいボディライン。
すらっと長い脚。
取って付けた様な端正な顔立ち。
まるで天使だよ。
「あの、えぇっと…………それじゃ………」
「あ、待って。今お茶淹れるから」
「へ?」
彼女はすくっとベッドから立ち、棚に置いてあるポットを沸かす。
まってよ、別に書類届けるだけで………
「えぇ……そうよね。余計なお世話よね、私って。ごめんなさいね、つい何時もの癖………」
ぁ。彼女の表情がどんどん曇っていく。
いやいや何この罪悪感は。
彼女はポット電源を切り、先程とは全く違う笑顔を見せる。
本当に寂しそうな顔。
「あぁ、んじゃ、私はまだ居ますから!!」
私がそう言っても雲行きはどんどん曇っていくばかり。
めんどくさい人だなぁ。
「めんどくさい人だなぁって思ったでしょ?」
奴はエスパーですか!?
確かにめんどくさいけど、こういう人間は元々嫌いっていうか。
「何で作り笑いしてるの?」
私は思わずそう言う。
その言葉を受けて、彼女は一気に表情を崩す。
笑顔から驚愕へ。
驚愕から恐怖へ。
恐怖から疑いへ。
疑いから冷たい笑顔へ。
「な、なにを言ってるの? 私は楽しくて笑って――」
「今の何が楽しかったの?」
「え?」
意味が分からない。怖い。この子、凄い怖い。
自分で作り笑いをしていて自分で作り笑いをしていた事を忘れるなんて、本当に怖い。
彼女はフッと安堵したような顔を見せ、私に向き合いこう言った。
「ねぇ、ひのきちゃんは道化師になりたい?」