十一話 [羽ばたきたいジョーカー部]
その柔らかな体は、小さいけど、ちゃんとした暖かさがあった。
突然の抱擁に思考がついていけない。
「……………………私の事………ずっと好きだったの?」
抱きついたまま部長は徐に口を開く。俺は腕を部長抱きつくようにして。
「当たり前じゃないっすか………こんな完璧人間、恋しない奴なんて居ませんよ」
「ふふ、そうだよね。私って完璧だから、だよね。罪だなぁ、私って」
「そうですよ。部長は罪深いです」
部長は絡んでいた腕を徐々に、緩やかにほどき、冬空の下、俺を見据える。
部長の顔はいつもより火照っているようで、頬が赤い。
「そう言えば、まだ返事まだだった………よね?」
「はい。いきなり抱きついちゃうから…………」
まだ温もりが残っている。
ヤバい、思い出すと此方も恥ずかしくなる。
「答えは、NOだよ」
部長は、そう言い放った。
だけど、部長は笑っていて、気付けば俺も笑っていた。
「…………ごめんね、赤司は私が卒業しちゃうからだったんでしょ?」
「まぁ、嘘とは言えませんね………」
「あははー。…………だけどさ、何か隠してるでしょ……? 分かるよ、今日の赤司はおかしいもん」
どうやら全てがお見通しの様だ。部長はイタズラっぽく笑い、心配そうに目を向けた。
全く、毎度毎度部長は鋭い。
「俺、今年で玄園から出ます」
「うん」
部長は驚きもせず、笑いもせず、怒りもせず、何の感情も持たない微妙な表情でそれを答えた。
顔は笑ってるが、目は泣いている。
ここだけ分かってしまう俺が情けなく見える。いや、情けない。
好きになった人を泣かせるなんて、クソ人間だ。
部長は表情を変えず、一歩、一歩と近付き、俺の目の前に立つ。
「そうだったんだ………けど、真剣そうだから安心したよ。いつもちゃらんぽらんであほあほの赤司が何を言うと思ったら、そんなカッコいい事だったんだ」
「あほあほって…………。いつも俺は真剣ですよ」
「なははー、ごめんごめん。だけどさ、今日の赤司はカッコ良く見えるなー。そんな赤司が大好きです」
「…………うっ」
思わず泣きそうになる。
感じてしまったんだ。ずっと隠そうとしていた感情。
もう部長達と会えないんだと。
もう楽しくジョーカー部が出来ないんだと。
涙が止まらない。拭っても拭っても溢れだして来る涙は止まらない。
そしてまた柔らかな抱擁。
「まったく、まだまだだね、赤司は………私が居ないと何も出来ないんだからぁ…………うぅ………まだ離れたくないよぉ…………まだ一緒に居たいよぉ…………赤司ぃぃいいいいいい………」
俺はその暖かさを消さない様に。
「俺もっすよ…………俺もまだ部長と一緒にいたいっすよ………まだまだ話足りないっすよぉ………!! 皆と………まだまだ会いたいっすよぉ………っ!!!」
壊れないようにそっと、だけど、離れないようにしっかり。
部長と泣いた。
時は流れ。
卒業式。
来ないように思っていたけど、やっぱり来てしまう、嫌な日。
俺は徐にジョーカー部、改め。
[新演劇部]の目の前に立っていた。
先生から予め貰っていた鍵で、中に入る。中はそのままキレイなジョーカー部。
一つだけ違うのは、部屋の名前が違うだけ。
俺は旧ジョーカー部の表札を手に取る。
「道化師の様に笑顔を絶やさないで………か。……果たせたかな、俺達」
いつの日か、部長が言っていた言葉を思いだし、口に出して言ってしまう。
俺はジョーカー部の表札を机の上、部長の席の前に置き、足を動かす。
「遅れたな、先はお前だったか」
手にかけていた扉が向こうから開き、外から声がする。
「なんだ、美智か。もうすぐだから行かないとな」
「ああ。私も拓と部長さんと居るのが最後だから、記念撮影でもしようと思ってな、後で来いよ」
「是非是非来るですっ!!! 多分良いことがありますから………」
隠れていたが、冬美ちゃんも居た。
俺は美智たちと一旦別れて、もう一度あの場所へ向かう。
初恋が実った、あの場所へ。
次回、最終回。