〜恋雨(9)〜捕らえられた彼女
はっ、と目を開けた途端、視界いっぱいに広がったのは見たことのない所だった。
「どこ?ここ……」
真っ先に美耶の目に映ったのは、パチパチと音を立ててオレンジ色に燃える炎だった。
その辺りには、穏やかに流れる小川が一つ。そして
、見渡す限りの森が広がる中に石造りのーー
「神殿?」
白亜に輝く、真新しい建物。かの有名なパルテノン神殿を思い起こさせる。
だから、やはりこれも神殿に違いない。
(夢だな、これは)
うん、随分とロマンチックではないか自分。と一つ頷き、しかし美耶は、こんな地味にシビアな夢ではなく可愛い弟の夢でも見たいと率直に思い、再び瞼を閉じようとした。
だが。
「起きたのか?命神」
突如、頭上から男の声が降ってきた。
なんだか、どこか甘さを含ませた声だなぁ、と口元を緩ませた。
何か、命神だとか変な事を言った気がしたけど。
(ーーうん?)
命神?
「おい?起きたんだろう?」
もう一度、男の声。
やっと理解した。
「あああっ!!これは、夢じゃなーいっ!!」
ガバリ、と伏せていた上半身を全力で起こし、美耶は今度こそ確信した。
これは、決して夢という幻ではないと。
なぜならば、自分を呼んだ確かな声、そしてーー
「ーーぎゃぁぁああ!!」
自身の体に、他の熱を感じたからだ。
美耶が咄嗟に体を仰け反らせ、品のない声を発してしまったのも仕方なかった。
「……かわいくない悲鳴だな。ったく、耳がもげたぞ」
顔を上げると、そこには闇神がいて、そして、ありえない事に、守るように逞しい彼の腕が美耶の体を包んでいたのだ。
口をパクパクさせ、動揺をあらわにする美耶に、闇神は色気さえ感じる笑みを口元にたたえた。
「せっかく、あの弱神からお前を奪ってきたというのに、そんな風にされるのは心外だな」
そう言葉をこぼすと、闇神はいきなり彼女の片腕を掴んだ。強い力で。しかし、彼女の細い腕を折らないよう、加減をしている。
彼の大きな手を振り解こうとするものの、ちっとも闇神の力に抗う事が叶わない。むしろ、彼に反抗しようとすると、さらに強く腕を握りしめられる。
彼が、羞恥と苦渋に顔をしかめさせる美耶の腕を面白そうに、そして、艶みを帯びた目で見据えた。
「どうやら、契約は結ばれたようだな。確認はしたぞ」
彼が特に見つめたのは、美耶の左手首の裏に刻まれていた赤い模様だった。
(なに、これ………)
刻まれていたもの、それは、赤い月だった。燃えさかる炎のような。
いや、血のようなーー。
知らず、手首に刻まれていたどこか残酷なものに、鳥肌がたってしまった。
こんな印、自分は知らない。
言葉を失い、茫然とする彼女に、闇神は。
「これで、お前は俺のものだ。命神ーーいや、美耶」
甘い微笑みを浮かべた。