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キスから始まる物理系女神様の世界更生伝説  作者: 朝月ゆき
【第一章】
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〜恋雨(6)〜嗤う赤と怒りの緑

ーー冷酷な言葉を発し、鮮やかに輝いていたその身に、彼は闇をまとう。



ーー全てを制するのは夜の闇なのだろうか。



***



静かに、しかし、確かに強大な力と絶望を感じさせる瘴気が美耶の長い髪を(もてあそ)ぶ。


呆然とする美耶を抱える樹峯は、暗闇の中からこちらを冷酷に、そして、甘く目元を歪めて見つめてくる赤髪の男ーー闇神から視線を離さない。


樹峯の厳しい瞳には、隠しきれない焦燥(しょうそう)があった。


彼の様子から、自身を森神と称した樹峯よりこの闇神と名乗る男が樹峯よりも超越した存在だと、頭のかたすみで、理解する。


「ーー命神。お前は自分から望んで、俺のもとへ舞い降りてきた。それが、どういう意味かわかるか?」


一人、この状況に、ついていけない美耶を甘く見つめながら、闇神が優しい声で問いかける。


「ーー命神は、十裏神達を裏切り、陽と反する闇と生きるのを選んだと言うことだ」


甘く、しかしどこか嗜虐(しぎゃく)的に呟き、こちらへむかって闇と同化した長い腕をのばす。


途端、 剣を構えていた樹峯がその綺麗な目に憤怒を宿した。


ーー気のせいだったのだろうか。

彼の優しい茶色の長い髪の毛先が黒みを帯びた気がした。

その安らぎの色の瞳も。


樹峯が突如、剣を荒っぽく投げ捨てた。


ガシャン、と古びた床に乱暴に打ち付けられた剣が音を立てる。


ーーそれは、静寂を破る抑えきれない激情の音だった。


「ーー命神様、私の後ろに隠れていてください。」


静かに懇願され、一瞬動揺した。

状況も状況だ。混乱するのは当然だった。なぜなら、自分は平和に生きてきたただの女子高生なのだから。こんな非現実的な場面に出くわしたらもう、気絶して当然なのだ。


ーーでも、違うのだ。

この状況ーー闇神という男の出現や平成の世では起こり得ない自分達を浸食するような謎の力。

そんな事に混乱を極めーーそして、恐怖を覚えているわけではない。


ーー樹峯が怖いのだ。


彼の穏やかな雰囲気は消え失せ、彼の懇願は、有無を言わせない命令だった。


(ーーどうしたの?樹峯……)


彼はもう、美耶を見ようとしなかった。

ただ、闇神以上の冷酷な顔をして闇神を無慈悲に見据える。


突如、闇神が愉しそうに低い笑い声を発した。


「ああ、もはやこれは苛立ちを通り越して面白いな。まさか、お前もこちら側の神だとはな。

ーーだから、お前も命神を欲するだろう?」


愉快、と笑みを浮かべ、闇神がこちらへ向けていた黒い瘴気をまとった腕を軽く振った。


あまりにも、一瞬の出来事で、頭が追いつくのに時間が必要だった。


「ほう……?」


闇神が口元を歪めた。


呆然とした顔も浮かべられなかった一瞬で、闇神が放った瘴気を凝縮した黒弾(こくだん)をな樹峯に投げ放ち、それをーー。


「まさか、その身に取り込むとはな」


どこまでも愉しそうに言う闇神を無情に一瞥する樹峯の右腕は微かに黒く染まっていた。


「ーー森神がまさかな。こういう展開があるとはーー命神が現れた事と同じくらい驚いたな」


笑い、闇神がひたすら放心する美耶を不気味なくらい優しく見つめた。


「ーー始まりの神が最初に選んだのが予想外の力を持つ神だとはな。

ーー神の世がさらに混沌を深めていくぞ」


そう言い放つなり、闇神が美耶の方へ歩を進め、彼女の細い手を摑みーー否、摑もうとしたが、樹峯に阻まれた。


「ーー汚れた闇神ごときがこの方に触れられるとでも?」


凍てつく声が間近できこえた。


「闇の力を取り込んだお前も汚れたはずだが?」


「お前と一緒にするな。おぞましい。」


美耶の前で繰り広げられる神達の冷たい舌戦。


我を忘れていた美耶は彼等のなにか深みのある会話に、はっと意識を正した。


「樹峯……」


ーーお願いだから、今何が起きているのか細かくそして丁寧に教えて欲しい。


そう聞く事しか、きっと自分には出来ない。


そんな美耶に強い反応を見せたのは樹峯ではなくーー。


「命神、お前ーー」


闇神が思わず、といった様子で美耶を凝視してきた。


「ーーな、なに…っ!?」


彼の反応の意味がわからず、咄嗟に身を引いた。


そんな美耶の体を冷然とした態度を崩さない樹峯が引き寄せた。

いきなり力強く抱き込まれ、やっとの思いで取り戻した我を再び忘れてしまいそうになる。


「ーー森神、邪魔をするな。今度は本当に殺すぞ」


闇神の瞳に苛立ちが現れる。

彼の放つ威圧的なものに美耶は怯んでしまった。

その一方で、樹峯の表情は少しも変化しなかった。


だが、次の瞬間、樹峯が薄く笑った。


「命神様は渡さない。ーーそして、お前はここで大人しく果てるがいい」


ーー闇に支配されていた小屋に、一条の光が差し込んだ。

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