〜恋雨〜始まりを告げる雨
──運命の歯車はいつか狂いだす。
それは突然に。自分達の威光の輝きを謳う人間の意思なんておかまいなしに。
全ては、彼らによって決められる。
光り輝く世界の影。
──十裏神によって。
「あー。明日のテスト、だるいよ…」
呟きと共に空を仰げば、そこは、曇天と化していた。
嫌な予感が頭を覆い尽くす。
少女は、天からの攻撃に備えるため、最大の防具を掲げた。そして、それを溜まっていた全ての鬱憤をはらす様に勢いよく、バサッと開いた。
「ふんっ、降るならとっとと降ればいいのよ!」
まさか、彼女の怒号が聞こえたのではあるまい。
「 ………まじですか。」
洪水のごとく、全生命の恵みがーー否、今は彼女の敵でしかない雨が容赦なく、彼女を襲った。
「ぎゃーっ!スマホが、私の命がぬれるーっ!」
彼女のスマホには、愛すべき彼女の弟ーー類斗の写真がたくさんあるのだ。
学校の教科書やかわいい濃紺の制服がぬれようが知ったことじゃない。
平成の乙女は何よりもまず、スマホを守るのだ。スマホには、大切なものが収められているものだ。
(類斗、あなたは私が守るからね!)
揺るがぬ決意、そして、傘と共に彼女は焦げ茶の長い髪をなびかせながら、全力で天使な弟が待つ家を目指した。
──温かな家に帰るまでもう少しという時だった。
「え……?」
暗い視界の中に、不審な影がはいってきた。
無意識に足をとめていた。傘を握る手からも力が抜ける。
彼女の黒の目が見開く。
──目の前に、全身が血だらけの男の人がいた。
雨の中で、小柄な女子高生は、呆然と立ち尽くしてしまった。指一本動かすことすら叶わない。
激しさを増す雨の音が、ひどく遠い。
──放心している少女の前に、満身創痍で、血だらけな男が立っている。
「……やっと、見つけた。我らの希望」
目の前の男が、苦しそうに喘ぎながら、言葉を零した。
そして、気のせいだったのだろうか、どこか愛おしげに、彼女を見つめ、微笑んだ。
そこで、ようやく口が割れた。
「あ…、あぁ……」
言葉にならない声が、知らず、彼女の口から漏れる。思考すらも、起動しない。
そんな彼女に、男が優しく笑んだ。
「嘆くな、おまえの涙は私には痛い。
──美耶。」
少女は──美耶は思わず、え…?、と彼の銀色の瞳を凝視した。
そこで、ようやく彼の容貌を認識する事が出来た。
知らず、息を呑んでいた。
淡い金色の短髪を持つ美貌の男だった。
歳は二十代前半くらいだ。 外国人なのだろうかだが、それにしても異風だ。
全身を、華やかな色合いの和服で包んでいる。そして、左腰には長い刀を装備されていた。
物騒な姿に、美耶は悲鳴をあげそうになり──息を止めた。
( なんで、この人こんなに怪我しているの…? )
あまりの光景に、狂いそうだった。
「あなたは誰…?どうしてこんなに血だらけなの?
あぁ…はやく、とにかく病院…っ、救急車!」
「ーー私の名を聞くのか。変わらぬ…、乙女。幾百幾千の時を越えようとも。乙女いや、我が主。」
何を言っているのだろう。
「私の名を、いつの日か呼んでくれぬか。愛する我が主。私の名は──」
理央。
「──美耶。尊き始まりの乙女。
混沌に陥った我らの世界を、どうか…」
視界から雨が消えた。体が光に包まれる。
意識がなくなっていく──
その日、確かに美耶の運命は狂った。