〜恋雨(14)〜過去を映す
案内された所は、思わず目を疑うような神秘的な所だった。
「うわぁ……!」
神殿の天井に取り付けられた白銀の竜の石像の口元から、ザアっと激しい音をたてて澄んだ水が滝をつくっており、それは、縁を無色系の花で飾っている透き通った色をした小さな湖に流れ落ちていた。
その滝の周りには、白で統一された丸いテーブル、繊細な模様が細工された四つの椅子が置かれていた。
「相変わらず、神聖だな。ここは。俺にはあわない」
「文句言わないー。まあ、確かに君にはもっとよどんだところがお似合いだけどね」
時神の、顔をしかめさせている闇神にむけた言葉は、嫌味に聞こえるが、闇神にまったく気にしたようすはなく。
「ふん、そのとおりだな。俺には血と闇がふさわしい」
不敵に笑い、闇神は抱えていた美耶を椅子の一つにすわらせ、その隣に腰を下ろした。
「じゃあ、楽しく語り合おう。あ、その前に」
時神が、美耶の前の席に座ると同時に、彼は親指をならした。
ーー途端、時神の背後に、背の高い男が現れた。
「霧詠、お茶の準備をしてくれる?」
「ーーはい。時神」
霧詠、と時神に呼ばれた男は、ゆっくりと下げていた頭を上げた。
銀髪の時神よりも白い髪は、肩まであるかないかくらいの長さだが、首元で黒の紐で緩く括られており、翡翠色の瞳は柔らかさを感じる。
顔立ちは、闇神や時神ほどとはいかないが、整っていると言っていい。
淡い灰色のローブの裾を風に揺らしながら、霧詠はその場をはなれていった。
突然すぎる、見知らぬ男の登場にぼう、としていた美耶に時神は優しく笑いかけた。
「彼は、霧神です。僕と主従の契約を結び、僕の忠実な従者ーーいや、従神になった神なんです。本来は、霧神だから霧として姿を消しているのですけど、用がある時はこうして呼び出すことができるのです」
(霧神……)
あの男の人も、神だというのか。
一体、自分は何人の神と出会っているのか。
(樹峯……)
この異世界と呼ばれる所にきて、初めて出会った神。
(死んだりしてないよね。絶対……)
闇神が、何かしらの企みを抱いて、自分に樹峯が死んだという嘘をついたに違いない。
そう思わないとーー。
「美耶」
気がつくと、美耶は闇神の太腿の上にのせられていた。
そして、再び手首を黒い瘴気により作られた黒の鎖に拘束された。
「な…っ」
なにすんのよっ!?、と発することはできなかった。
闇神に、角ばった大きな右手が美耶の口を覆ったのだ。
腰には、彼の逞しい左腕がまわり、ぎゅと抱き込まれて身動きも出来なくなってしまった。
「始めていいぞ」
「りょーかい。それにしても、闇神。少しも離さないとばかりにしちゃって。ほんとうに命神にご執心だね。あの闇神がね……」
時神がニヤニヤした顔をしながら、人指し指で、石造りのテーブルの上に小さく弧を描いた。
すると、そこから淡い光が天井に向かって放たれた。
闇神の口元を覆う手を噛もうと試みていた美耶は、天井に映った光景に、一瞬にして目を奪われてしまった。
映し出されたのは、見目麗しい六人の男女だった。
黒の長髪を高く後頭部で結いあげた細身の青年。
藍色の短髪を撫でつけた背の高い青年。
セルリアンブルーの短髪のまだあどけなさを残した少年。
銀髪と紫水晶の瞳の背丈の低いかわいらしい少年。
「銀髪に紫の……あれは、時神?」
目の前にいる人物が映っていることに気がついた美耶に、時神が柔和に微笑む。
「あちらを見てください」
再び、視線が天井に戻された。
そこにはーー。
「え……?」
真っ赤な髪に灰色の鋭い瞳の青年。
闇神。
そしてーー
「私……?」
焦げ茶の長い髪と黒の瞳を持った小柄な少女がいた。
時神が、真摯な目をして美耶を見据えた。
「よく覚えていて下さい。ここに映されているあなたを囲む五人の男を。ーー彼等は、この世界においてのあなたの唯一の味方で信用できるもの達です。いずれ、みなと出会うことができるでしょう」
先刻までのあどけなさが消えた時神の整った顔には、今は理知的なものがあった。
「この五人以外は、何者も信じてはなりません。絶対にです」
知らず、手が震えた。