〜恋雨(12)〜新たな神
荒々しく重ねられたもの。
それが、闇神の熱を帯びた唇だということに気づくまで、長い時間がかかった。
やがて、絡んでいた吐息がほどけたと気付いたとき、やっとなにがおこったのか理解した。
瞠目したまま、目の前の神を見つめーーそして。
「っ!?……っ!!!!?」
言葉にならない声をもらし、美耶は思わず両手で自身の口元を抑えた。無意識に彼から全力で身を引き、美耶は小刻みにふるえた。
(な、何がおきたの……っ!?)
闇神がした行為の意味がわからず、美耶は悠然と、しかし、仄暗い炎が瞳にちらついている闇神を凝視した。
頬に朱を散らした美耶が、真意を問いただそうと闇神にむかって、震える唇を開こうとする前に彼が先に開口した。
「……今のはただお前がうるさかったからしたまでだ。口付けのひとつくらいで騒ぐな」
「はぁ……っ!?」
なんて自己中心的で不埒なやつなんだと、内心で、口汚くののしった。
彼の今の言葉で、羞恥心が一瞬でふきとばされてしまった。
(む、むかつく……っ!)
いや、怒りはそんなものじゃない。
なにしろ、ファーストキスを奪ったのだ。
騒がしいから、とそんな小さな理由で。
ありえない。
だから、無理やり美耶を拘束していた鎖をはずし、思わず拳をふりあげてしまったのも、仕方がなかったのだ。
「この、変態、スケベ、くそったれやろーっ!私のファーストキスかえせーーっ!!」
めいいっぱい怒号を散らしながら、渾身の一撃を闇神にくらわせようとした。
ーーが。
「遅いな」
「……っ!?」
溢れて止まらない恨みを込めた全力の一撃は、あっけなく闇神の右手によって、受けとめられてしまった。
あまりにも簡単に拳を奪われてしまい、茫然とする美耶に。
「格闘術のひとつも習ったことのない攻撃だ。武器とも疎遠の手をしてるな。まあ、命神なら理解できるが……」
己がつくりだした神に自身を守らせればいいからな。
どこか皮肉げに笑い、闇神は美耶を見据えた。
「俺の力で生み出した鎖をよく、外したものだ。さすがは、命神といったところだな」
別に言っているほどたいした感心を抱いてない目で、解かれて地面に粉々の状態でころがっている鎖を一瞥し、闇神は美耶の細い腕をつかむ。
「なっ、はなしてよ!」
「嫌だ」
「いいから、はなしてーーはなせっ!!」
「お前、口調がかわるんだな。神聖のかけらもない神だ」
馬鹿にするように笑う闇神に、再び怒りが爆発した。
「くそうっ、まじでなんなのっ!?神聖がないのはあんたもでしょっ!?てか、私は神なんかじゃない!勝手にきめつけないでよっ!」
「なにを言っている。お前は、れっきとした神だ。それも、全ての神の頂点にたつべきはずだった神。……命神。お前、本当に自分がなんなのか知らないのか?」
「知らないにきまってるでしょ!」
「………お前が異界から来たということは知っていたが、まさか自分のことさえわかっていなかったとはな。森神は、なにも教えなかったのか?」
あいつは、やっぱり無情だな。
と、どこか遠い目をした闇神は、ついてこいといって美耶を片手で抱き上げた。
闇神の多彩な装飾品の揺れる音がきこえたときには、すでに、彼の右腕に抱えられていた。
真っ赤な彼の髪が、すぐ側にあった。
「ちょ…っ!?おろして!」
「なんだ?高いのが苦手なのか?」
「ちがうからっ!」
揶揄するように笑い、闇神は抵抗する美耶を抱き上げたまま、森の中で厳かにたっている白亜の神殿がある方へ歩を進めた。
「急ぐぞ、しっかり俺につかまっていろ」
はい?、と口にする事はできなかった。
闇神が突然、疾風のごとく走りだしたからだ。
彼は、走りの邪魔になっている真っ直ぐ空にむかってのびている幾数もの木々を時々蹴っては走りつづけた。
悲鳴もあげられぬまま、やがて、神殿にたどり着いた。
闇神が、死んだ顔をしたままの美耶を腕に抱いたまま、躊躇いもなく白亜の神殿に踏みこむ。
途端、奥から静かな足音がこだました。
「ひさしぶりだな、時神」
「そうだね、闇神。そろそろ君がくる頃だとわかっていたけど、会えて嬉しいよ」
かわいらしく、しかしどこか、大人びた声と共に美耶と闇神の前に、小柄な少年が現れた。
銀髪に紫水晶の瞳。美耶と同じくらいの背丈だが、顔は非常に整っていた。
銀髪の美少年が、闇神に言葉をかえしながらも彼を見る事なく、柔らかな目で美耶だけを見据えた。
「会いたかったよ、命神。ーー誰よりも」