〜恋雨(11)〜色づき始めた感情
「あいつは俺が殺した」
冷淡な声と残酷な言葉が美耶をおそった。
彼が発した事に、怒りや悲しみを感じる前に、純粋な驚きを感じた。
「は?」
思わず小首をかしげる。
「お前が気絶した後、この俺が片付けた。あっけなく死んでいったな、あいつは」
冷たい表情を崩し、闇神は本当に愉快そうに笑う。
ただ、その瞳は苛立ちを宿していた。
「見事に手こずらせてくれたが、所詮は弱神たる森神。最高位の俺にかなうはずがない」
たとえ、光神の加護を受けていようと。
そう、独白し、彼は笑んだまま、鎖に拘束されたままの美耶の髪を長い指で梳く。
闇神の無情な告白に、驚きを浮かべていた美耶が彼の行動になにもできずにいた事をよいことに、彼女の華奢な腕をつかむ。そして、そのまま自然な動きで、赤い刻印の刻まれた腕を口元にもっていく。
妖艶な微笑みをうかべ、闇の神は、少女の手首に口付けをした。
突然で不埒な行動であるのに、彼女はまったく反応を示さなかった。
理由は明確。
「そんなに衝撃的だったのか?」
と、相手の激情を煽るような言葉に。
とうとう、少女が抑えきれない感情を爆発させた。
「樹峯はどこなのよっ!?どこいったのっ!?教えなさいよ!!私を置いて……っ!!」
「あいつは死んだといっているだろう」
「どこっ?どこにいったのっ!ねぇ!!」
「だから、あいつは俺が殺したと……」
苛烈な目をした美耶が咄嗟に彼の腕を振り払い、躊躇なく彼につかみかかってきた。
現実を認めようとしない美耶に闇神は、どうしようものかと内心でため息をつく。
「さっきから変なことばかり言って!真面目に答えてよ!どこなのよ、樹峯はっ!」
「………」
これは、なにを言っても決して信じないだろう。
闇神はそう確信した。
だから。
「もう、黙れ」
闇神は、美耶の顎を一瞬でつかみ、彼女のぷっくりとした唇を奪った。
角度を変えて、何度も何度も、相手の淡い桃色の唇を貪った。
美耶が自分がなにをされているのかやっと理解し、愕然とした表情をうかべた。
やがて、艶やかな色を瞳に宿した闇神が名残惜しく思いながらも彼女の口元から顔をはなした。
彼女の唇の熱を奪った自身の唇を舌でなめ、闇神が開口する。
「やっと、正常に戻ったな」
(まあ、こんどは違った意味でお前をおかしくさせてしまったようだが)
自分がした行動に少しの反省をしめさないまま。
「やっぱり、神としてすでに存在している俺に、その唇が持つ能力はきかないな」
そんな事は重々承知している。
だから、わざわざ彼女に口付ける意味はない。
けれども。
(うるさかっただけだ)
それ以外の理由はない。
あくまで、相手を大人しくさせるためだ。
(だが……)
取り乱す美耶に、何か仄暗い感情を抱いた事を実感した。
目の前にいたはずの闇神に、問いかけを繰り返していたのにもかかわらず、彼を映していなかったその瞳に。
恐ろしい力をもつ闇神だというのに、樹峯の行方を吐かせようと、臆せず彼の胸ぐらをつかんだその白い手に。
一心に樹峯だけを求め続けるその姿に。
そして、気づけば、手を出していた。
「……………」
彼女は、誰よりも貴重で価値のある神。
この少女神しか、自分が抱く野望を叶えることはできない。
だから、彼女を得ようとした。だから、森神から奪った。
だから、邪魔な森神は死んだという嘘をついた。
それだけだったのだーー。
この時おかしたあやまちは、彼の運命を確かにかえた。