〜恋雨(10)〜黒の拘束
弟に会いたい。家族に会いたい。友達に会いたい。
普段の生活で、こんなに誰かを強く求めることはなかった。だって、彼らとはいつでも会えたから。
携帯を使って会話もできた。簡単に意思の疎通がはかれた。
そう、あちらの世界では。
今は、こちらの世界。完全な異世界。当たり前の日常がない。
あるのは、とても理解しがたい摩訶不思議な事や危な事ばかり。
ーーああ、当たり前の日々に帰りたい。
***
「美耶、これを食え」
闇神が、美耶に焼き魚をわたす。
「いらない」
冷たくそう言い放ち、美耶は彼から離れたところに座り直した。
闇神がかたを竦め、一つ息を吐く。だが、次にその端正な顔に浮かんだのは、こちらを凍てつかせるものだった。
「俺に逆らうのか。契約をしたというのに」
契約……?、と問い返す暇はなかった。
突如、知らず、美耶の手首に刻まれていた赤い刺青のような物が黒い瘴気のような物をはなった。闇神の声にしたがうように。
「な……っ!?」
黒い瘴気は、鎖の形をした物に変化し、美耶の細い両手首を拘束した。そして、脚までも。
脚や手首を一瞬にして囚われた事により、体のバランスがとれなくなりーー
「おっと…」
倒れそうになった美耶の体を、すかさず闇神が受け止めた。そして、そのまま、彼女を抱きしめた。
(な、なんでよ!なんでこんなはめに…っ!!)
なぜ、出会ったばかりの男にいきなり拘束され、捕らわれなければならない。
それに、この男は美耶と樹峯に突然、攻撃をしかけてきた男だ。自分は闇神だと、どう考えても中二病としか思えないことを言っていた(それなら、樹峯も同じだが)。
(ーーそうだ、樹峯!)
あの美貌の青年は、どこに行ったのか。
穏やかで優しい笑顔、そして、闇神と対峙した時に見せた冷酷無慈悲な顔、樹峯の様々な表情が脳裏をよぎった。
「樹峯はどこっ!?」
切羽詰まった顔で闇神の胸ぐらを躊躇なくつかみ、強い口調で問い詰める。
だが、帰ってきたのは氷の微笑だった。