8 湯船
「全く、高坂は何なんだ?」
優香は魔法でお湯を出現させて、湯船を満たして、汗を流している所だ。
優香は正直30分前まで一真の事が嫌いだと言ってもいい。正しくは真人たち弱いものを、いじめを楽しんでいる人間が嫌いだ。たが、ある時気づいた、一真は優吾を苛めているのを楽しんでいないことに。普段、真人たちと冗談を言い合って楽しんでいる時の笑いと優吾を苛めているときに笑顔が違うことに。苛めているときの笑顔が、どこかぎこちなかった。多分これに気づいたのは自分だけだろと、優香は思った。
だが実際の所一真はいじめるのが嫌なのではなくて、騒ぎや面倒なことに巻き込まれることが嫌なだけだと言う事を優香は知らなかった。
だけど優香は何かしようとは思わなかった。別に優香は一真とは別段親しい仲では無かったからだ。それと高坂は優吾を苛めていた。嫌ならやめれば良いのに、それをしなかった。そんな人間を優香は自分から助ける気にならなかった。
そうして今日、突然高坂から頼みごとをしてきた。
あたしは適当にやって、帰るつもりだったが、一真が余りにも真剣な目をしていたので、こんなに長い時間付き合うことになってしまった。途中から、一真も一緒に体を一生懸命動かしていた。その真剣さには嘘は無かった。自分もその真剣さに当てられて、教えるのに熱が入った。
その中でやはり、高坂と言う人間は他人を虐げて喜ぶ人間では無いと確信した。
たが……
「女性の風呂を覗くような人間なら考え直さなければ」
優香はそう呟くと、鼻下までお湯に浸かる。気持ち良さそうに目を細めて、ブクブクと口から空気を吐き出す。
これは優香が風呂に入るときの癖だ。空気と共に自分の中の歪んだ物を吐き出すようにだ。
優香は湯船から出ると体を洗いながら、ここから出る方法に頭を使っていた。
最悪ドアを壊せば外には出れる。だけど出来るだけ物は壊さないで出るのに越したことは無い。だけどこの部屋の出入り口は一つしかない。別に緊急事態な訳ではないし、いや、男性と二人きりと言うのは緊急事態なのか?けど、あたしはこちらに来てから成人男性にも負けないほど強いだろう。いや、ちょっと待て、高坂もこちらに来てから、強くなったはず。噂によるとエクストラスキルを3つ所持してると言う話だった。それに訓練中に見た真人たちはあたしたち並みに強い、高坂もそれと同じくらい強くてもおかしくない。
優香がその考えに至ったとき、一真に対する警戒レベルが一気に上がった。
もし、ここで高坂が襲ってきたら、あたしは勝てるだろうか?得物はない。魔法と自分の拳だけで勝てる?その疑問を優香は自分自身に投げ掛けた。結果は確実に勝てるとは言えなかった。
優香はその答えにたどり着くと、直ぐに湯船から出た。詮を抜いて、水が流れる音共に、脱衣室に素早く入ると、用意してあった服に体も録に拭かずに袖を通す。優香はドアまで歩くと、ドアに耳を当てて部屋の様子を伺った。
特に妙な物音が聞こえないが、用心することに越したことは無いでしょう。
優香はゆっくりと扉を開けて、隙間から部屋の様子を覗き見る。
部屋の中では一真がベッドに座っているだけで、特に異常が見られなかった。確認がすむと、優香はドアを開けて、部屋の中に入る。
「意外に早かったな。それじゃあ、俺は入って来るわ」
一真はそう言って、服を持って、脱衣室に入っていた。
「ハァー」
優香は自分の取り越し苦労と分かったことで、溜め息をついた。
「うそだろー!」
脱衣所から、一真の悲鳴調子の声が聞こえる。
優香は驚いて、脱衣所の扉を開ける。
「どうした、高坂?!」
そこには、バスタオル一枚で突っ立っている一真の姿が。
「野喜美さん!」
「はい!」
「何でお風呂の水を抜いちゃうんだよ!」
その発言を聞いた途端、優香は引いた。
「高坂、お前はあたしが入ったお湯が目的だったの?!」
しかし、その考えは一真の次の発言で、打ち消される。
「は?!ちげーよ。俺の魔力量だと湯船を一杯になるだけのお湯を出すのも苦労するんだよ。だから、お前が入った後に入ろうと思ってだな、あっ…」
一真は咄嗟に本当のことを話してしまう。一真の狙いでは、優香に自分の魔力量が少ないことを悟られないように、と考えた策だった。だが、女子が入ったお湯を求めるような変態には一真も思われたくなかったので、本音を漏らしてしまう。
「え?」
その話を聞いた優香が間抜けな声を出す。一真は自分の間抜けさと優香の間抜けな声を聞いて、気まずそうに視線を逸らす。
「くくく、アハハハ」
突然優香が腹を抱えて笑いだした。一真は自分の企みが、間抜けな失敗でバレたことを笑われていると思い、視線を上げることが出来なかった。
しかし、実際は優香が笑っていた理由は違った。
何だ、あたしバカみたい。
優香は自分の考えていた事と違い。一真が警戒する必要が無いことが分かったのだ。自分の取り越し苦労だと。
何だ、高坂は魔力量が少ないと言う自分の弱さを隠そう必死だっただけなんだ。そう、考えると優香は高坂が可愛く思える。自分の弱さを必死に隠そうする様が。
「言ってくれれば良いのに、お湯ぐらい出してあげる」
優香はそう言うと、湯槽に手を向けて、魔法を使って湯船をお湯で満たす。
一真は急に声色を変えた優香を不振に思いながら、頭を下げて、お礼を言って湯船に浸かった。
本日二回目の入浴だが、正直幸せな気持ちになる。
「これで、この部屋から出る方法さえ分かればな~万事解決何だけど」
一真はそう呟くと同時に、思考を切り替える。
この部屋に外に通じる所は、窓がいくつかと入ってきた扉が一つ。扉は何らかの細工がしてあって、開かない。窓は開くがここは地上から何メートルも離れた場所だ。飛び降りることは不可能。
さてさてどうすれば良い。
一真は湯船から出すと体を洗い始めた。
一番最悪な状況は、俺が野喜美さんとこの部屋で一晩過ごした事が、クラスメイトに知られる事だ。それさえ無ければ、ここで一晩過ごしても良い。
体を洗い終わった一真は、頭を洗い始める。
だけどそれは難しいだろ。ティファナがいつドアを開けに来るかと言う事もある。ドアを壊して出るわけにもいかない。そんなことをしたら、人が来てしまう。
一真は頭の泡を流し、また湯船に浸かる。
骨折覚悟で飛び降りて、魔法で治療する。たがこの高さだと死ぬこと覚悟で飛び降りる事になりかねない。
一真はお風呂の中で手のひらを広げる。
「沸き上がれ」
一真は呪文から温泉が沸き上がるのを想像しながら、呪文を唱えた。そうすると手のひらから、お湯が沸き上がる。
一真は体などを洗ったことで、減った分のお湯を湯船に足しているのだ。一真は魔力量が少ないが、使った分のお湯ぐらいは、出すことができる。
……魔法なら出来るかもしれない
もちろん一真は自分が出来るとは思っていない。だか優香なら出来るかも知れないと思ったのだ。一真と優香の魔力量の差は湯船を入れると言うだけでも現れている。一真は今まで、自分を基準にして考えていた。野喜美さんなら空ぐらい余裕で飛べるだろう。一真はその考えに至った所で湯船を出た。