54 魔法陣の刺青とクリスタルと指名手配
「私が魔法を呪文無しで唱えられるのはこれのおかげです」
袖をまくってアンナは自分の腕を見せる。だけどゼノンにも優吾それ以外にもそこに何があるのかは分からなかった。アンナもそれが分かっていたので、腕に力を込めると、何かが浮き上がってきた。
「これは……刺青じゃないな、魔法陣か!」
ゼノンが興奮したようで、思わず叫んでいた。体に魔法陣が刻まれているのだった。この魔法陣で魔力を流し込むだけで、魔法を発動することが出来る。
「だけど皮膚に魔法陣を描くと、歪んだり消えたりするんじゃ」
アルサートが呟くようにして、アンナの腕を見る。それを見つめると気づいたように呟く。
「これは皮膚の下に?!」
アルサートが驚いたように叫ぶ。アンナの皮膚の下に魔法陣が書き込まれていた。皮膚の下なら魔法陣は消えることも無い。素早く魔法を使うことが出来るし、更に魔力の消費も少なく、尚且つ詠唱もする必要がない。
「でもどうやって?」
「私はホムンクルスだから生まれた時から、この魔法陣は書き込まれるの。これで私は魔法を使っている。私と同じように魔法が使えるとしたら、右足が氷魔法、左足が土魔法、左手が火魔法、右手には風魔法の魔法陣が刻まれている」
「それは貴重な情報だ。感謝する」
ゼノンは頭を下げた。これで攻撃してくる体の部位で魔法が分かる。少なくてもその魔法を打ち消す魔法を直ぐに打てる。これでかなり戦いやすくはなるだろう。前もって使ってくる魔法が分かるなら、対処もしやすいのだ。
「我が聞きたいことはこれだけだ。じゃあ、食事を続けよう」
ゼノンがそう言った時に、ローブの内側が光りだした。ゼノンはそれを見て少し慌てた。音が無いが、それでもこの点滅は少し心臓に悪かった。ゼノンは光が漏れないように、マントの上から更に手のひらで包み、 光が出来るだけ漏れないようにして、席を立った。
「すまない少し席を外す」
ゼノンは短くそう言うと素早く席を立ち、外の路地に姿を隠した。周りに人がいないか確認してから、クリスタル取り出して、魔王からの電話に出ようとした時。
「ゼノンさん、それは何ですか?」
背後からアンナの声がして振り返った。だがそこにアンナの姿は見えなった。だけど何かが自分の体を掴む感覚があった。ゼノンはこのままではまずいと考えて、自分を掴んでいる手を掴んで、その場から思いっきり飛び上がった。ゼノンが驚きのあまり渾身の力を込めて飛び上がったことで、雲が目の前に見えるまで飛び上がってしまった。
「嘘!?」
アンナの驚いた声が聞こえるが、ゼノンも一真も驚いていた。まさかここまで飛び上がってしまうとは二人共思っていなかったのだ。
(まずい、このまま落ちたら流石に……)
(翼を出すぞ)
ゼノンは空を飛ぶことに慣れていたから、直ぐに冷静さを取り戻して、背中から翼を広げた。アンナがそれに驚いて、暴れ始めた。
「ば、馬鹿! 暴れるなら、ここから落ちたら死ぬぞ!」
ゼノンは暴れたアンナの体を掴んでいる手を伝って、両腕で抱える。アンナはゼノンの言葉を聞いてひとまず暴れるのはやめたが、いつでも攻撃出来るように、魔法を使う準備をしていた。
「おい、どうしたんだ? 騒がしい」
突然の魔王の声でゼノンは一緒自分が持っているクリスタルを見つめる。クリスタルは既に点滅をやめて、通話可能になっていた。
「いや、ちょっとな色々あって、今空を飛んでいるのだ。もう少しで地上だから、少しの間通話を切らないでくれ」
「分かった」
ゼノンはそう言うとクリスタルをローブの中にしまう。これで多少は声が聞こえにくくなる。
「あなたやっぱり魔族の仲間だったんですね!」
「違う! いや違わないのか?」
アンナの激高した声がゼノンの鼓膜を激しく叩く。 一応魔王とは協力関係だから、仲間と言っても過言では無いだろう。だが別段仲間になったつもりは無いが……
(ゼノン取り敢えず、仲間じゃないって言っておけ! 訳は後から話せば良いだろう!)
(そ、そうだな)
「仲間じゃない!」
「ならなんで、そのクリスタル持っているのよ! それは魔族しか持っていない」
「少し静かにするのだ、小娘!」
ゼノンの対応を見かねて、一真が表に出て思い切り怒鳴りつける。ドラゴンの顔と声の怒鳴り声には流石にびびったのだろう。アンナはそれ以上何も言ってこなかった。
アンナの口が塞ぐのと同時に地面に着地する。クリスタルを取り出して、魔王と会話することが出来た。
「で話は何だ?」
魔王の少し不機嫌声がクリスタルの向こう側から聞こえてくる。
「いや、ある魔族と戦うことになりそうなんだけど、どうすればいい?」
「名前は?」
「フルネームは分からないけど、アガレスとか言って、幹部を名乗っていたけど……」
「アガレスだと?」
一真がアガレスと言う名を出すと声色が険しくなった。それはもう一真が今までに聞いたことがないくらいに険しいのだ。
「そいつの声は少年のような声だったか?」
「え、ああ、少年のような声だったけど」
暫くの間魔王は沈黙する。正直そのアガレスと言う奴が仲間ではないのかもしれない。同じ魔族で敵対することもあるのだろうか? 一真は魔王の返答に間そのようなことを考えていた。
アンナは黙って情報を集めようと会話に耳を傾けている。ゼノンが魔族の仲間であるのか見極めようとしているのだった。
「貴様に一つ依頼がある。金は払う、確か金に困っていなかったか?」
「お金はもう大丈夫だが、依頼は何?」
「アガレスの捕縛だ、生死は問わない。それとやつの研究成果の回収だ」
「そもそもアガレスはどう言うやつなんだ? 仲間じゃないのか? 幹部とか言っていたし……」
「身内の恥だが正直話したくはないのだが、まあ訳を話してやろう」
諦めたようにため息をついて、魔王の口が開かれた。
「奴の名前はアガレレス・ゾーン・ゾロ、元幹部だ」
「元と言うことは、今は幹部では無いんだな」
「そうだ、幹部どころか今は魔族の国で指名手配中の極悪人だ」
「何をしたんだ、そいつは?」
魔王はひと呼吸置いて、話を続けた。
「あいつは同胞を誘拐し、人体実験の材料にした」
一真とゼノンはそれで全てが全部繋がった。ここにいるアンナも魔族を材料にして作られたのだろう。アンナは十三号と呼ばれていた。つまり少なくても十三人近くの魔族が犠牲になっているのではないかと。
「一体何人が犠牲になったんだ?」
「そうだな……人間、エルフ、獣人などの種族の区別が無ければ千人以上。魔族だけなら百人以上だ」
一真とゼノンはその数に息を飲んだ。文字通り桁が違ったのだ。他の種族も誘拐してきて、問題になかったのだろうか。
「そんなに犠牲者が出るまで気付かなかったのか?」
「他の種族も人体実験に使っていた。数多くの死体を見ても不信には思わなかったのだ」
「と言うか他の種族はどうやって誘拐したんだよ! かなりの人数になっているだろう」
「他の種族は人間の国で奴隷を買っていた」
「……だから隠れる場所をここに選んだのか? 生き慣れている場所に」
「おそらく」
一真たちにとって強さは問題無いが、正直その魔族の所に行くのが億劫になる情報だった。行った先で何百体の死体を回収しなければいけないかもしれないからだ
「で俺達はどうすればいい?」
「そうだな、数日後にそちらに人を送る。そいつと協力してくれ。それと実験試料を送ってくれ。ホムンクルスなんかを送ってくれても構わない」
優吾はそれでアンナに視線を向ける。アンナと目が合う。お互いに何を考えているか分からなかったが、そのまま見つめ合っても仕方ないので、クリスタルに視線を戻す。
「分かった。その依頼は受ける」
「そうか、じゃあ切る」
それと同時にクリスタルから光が消える。
「ねえ、あなたもしかして私を売るつもりですか?」
アンナは数歩下がって一真達を睨みつけるように見てくる。
「いや、そんなことはしない。それと説明をしなければならないな」
「説明?」
「魔王との関係だ。色々説明しなきゃいけないことがあるが、話が長くなるから今はやめておこう。そろそろ帰んなかったら、流石に不信に思われる」
「そ、それもそうですね」
「今日の夜でも話そう」
「分かりました」
ゼノンとアンナはそう約束すると、直ぐに宿へと戻った。




