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52 囮とビャクガンと偽アンナ

「ここから逃げ出すぞ」


ゼノンがそう提案すると、アンナが気の毒そうな顔をする。


「ビャクガンから逃げることは出来ないと思います。速さが足りません。それに今ここにビャクガンが姿を現さないことが奇跡に近いです」

「誰かが足止めをすれば逃げることは可能か?」

「多分可能ですけど……誰が足止めをするんですか? 」


アンナが不安そうな声を出す。それはそうだ、あの魔物の足止めをしたら死ぬことは確実だからだろう。


「我がやる」


「えっ?」

「大丈夫なのか?」


アルサートが驚いたように声を出して、優吾が心配そうな声を出す。ここ最近優吾が変わっていたが、この言葉の調子に昔の優吾を一真に彷彿とさせた。


「心配するな、我も無策という訳ではない」


ゼノンがそう言うと笑みを浮かべたが、正直策なんて無い。真正面からぶつかって叩き潰すだけだ。こいつらと別れることが策と言えば策だが。あの程度の魔物はゼノンにとって、赤子同然だ。


一真が心の中で可笑しそうに笑っていると、優吾は疑問の声を掛けてくる。


「その策がどのような物か聞かせて貰っても良いか? 俺も協力出来ることがあるかもしれない」


優吾がゼノンの思考を読もうとするかのように、睨むように見つめてくる。正直それで思考が覗けるわけも無かった。適当な言い訳を一真が考えて、ゼノンに伝える。


「すまんな、秘密だ。どこにあの魔族の耳と目があるか分からない。それに逆に優吾が足でまといになるかも知れない。協力出来ることは無い」


ゼノンはそう突っぱねて、優吾の質問に答えなかった。一真は自分の言い訳の上手さを自画自賛していた。

優吾は質問に答えなかったことより、自分が足でまといと言われたことに驚いて、それ以上何も言えなかった。


「分かった」


優吾は足でまとい言われたショックから立ち直れないのか、少し放心状態で返事をする。アルサートとアンナは特には気にしていないようで、黙ってゼノンの話に耳を傾けていた。


「それにお前らには頼みたいことがある」


「何です?」

「馬車と奴隷を上の階層に持って行ってくれ。上の階層で我が来るのを待っていてくれ」

「それだけですか?」


アルサートが意外そうな声を上げる。アルサートはゼノンの言う策に、何らかの準備が必要で、その準備に協力を求められると思っていたからだ。


「ああ、それだけだ」


ゼノンの言葉に意外そうな顔を三人がする。流石にそれでは不信がられるかと思い、一真が一つアドバイスして、ゼノンは一つ頼むことにした。


「いや、一つだけある、あとビャクガンと言う魔物について知っている限り話してくれ」

「何だ?」

「それはー」





鋼鉄の壁に阻まれて、失敗作達を殺すことが出来なかった。ビャクガン改は鋼鉄の壁を壊そうと何度もぶつかるが、鋼鉄の壁が壊れることは無かった。そんな事をしているうちにあいつらには逃げられてしまった。


「クソクソクソクソッ!」


僕は目の前にある机に蹴りを入れて、八つ当たりしながらその映像を見ていた。ビャクガン改にはある程度命令は出来るけど、細かい命令は出来ない。なのであれを一緒につけておいたのだけど。最初はうまく機能して、ビャクガン改に張り付いた氷を溶かすことはしたけど、そこからはうまくビャクガン改を動かすことが出来ず、僕が新たに命令を下すまで、何回もビャクガン改に鋼鉄の壁に突進をさせていた。ビャクガン改の補助を命令したが、補助でしかなく、行動の主体はビャクガン改にあった。ビャクガン改が鋼鉄の扉を壊す手伝いをしても、鋼鉄の扉を避けるように命令することはしないのだ。


「全く融通が効かない」


確かに前回の失敗を踏まえて、自我を抑えて操り人形にしたけど、ここまで融通が効かないのは問題がある。


「動物程度の自我を付けるか? まあ、いいや~。実験は今度で」


僕はそう言って目の前に映像を注視する。失敗作どもが動き出せば、ビャクガン改達が直ぐに気づいて動き出すから。最悪階段の前に配置しておけばこの階層で飢え死にするだけだ。ここでビャクガン改に向かってきて殺されるもよし、飢え死で死んでもよし。


「くくくくく、あははは!」


それを想像して腹が捩れるくらい笑った。どっちをとっても死ぬ。これほど面白い結末は無いだろう。


「さてあいつらがどんな選択を取るかな?」


僕は映像を見るとビャクガン改が動き出していた。その方向は出口。


「そうか、あいつら出口に……」


静かに動けば、ばれないとでも思っているのか? だとしたらすごくおかしい。それくらいでビャクガン改の感覚を誤魔化せるとでも。ビャクガン改が出口で待ち構えていると、馬車がものすごい速さで出口に向かって走っていく。


「そのままぶつかっても馬車が粉々になるだけだぞ」


僕がニヤニヤと見ていると、どこからか黒い物体がビャクガン改に突進してくる黒い物体。だけどその大きさはビャクガン改より小さい。


「おいおい、そんな小さいもんが当たってビャクガン改をどうしよってー」


ガンッ!


そんな音と共にビャクガン改は階段の前から吹っ飛ばされた。僕はそんな映像を信じられない気持ちで見ていた。


「嘘だろう、おい! 僕のビャクガン改がどれくらい重いか知っているのか?! いくらスピードに自信があったとしても、いや、それよりもー」


僕はそれよりも別の事に気づく。あれだけのスピードで走って、ビャクガン改を吹っ飛ばしたことはまだ良いとしよう(全然良くないけど)。だけどあの金属の装甲で覆われた体に体当りして、ケロッとしているのは信じられない。あれだけの勢いでぶつかれば、骨が折れたっておかしくはない。なのに映像を見る限りその様子は無い。

僕は自分が興奮するのが分かった。久しぶりに実験のしがいがありそうな、肉体に会えたのだ。あの肉体は欲しい。あの肉体を使えば更に強い魔物やホムンクルスが作れるだろう。

僕は更なる実験とその成果に心を躍らせて、ビャクガン改とあれに指令を出した。


なんとしてもその黒いローブを着た奴を捕獲しろ!




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ゼノンが勢いにと力に任せて、ビャクガンを吹っ飛ばす。馬車を囮にしたことで、ビャクガン改が気を取られていたとは言え、本当に吹っ飛ばすとは驚きだった。ビャクガン改が階段からどいたことで、馬車が上の階層に移動出来るようになった。ゼノンはビャクガン改と馬車の間に立つ。ビャクガン改はまだゼノンに吹っ飛ばされた衝撃から立ち直っておらず、足をジタバタとさせている。


「我が奴を抑える早く行け!」



ゼノンはそう言うと更にビャクガンに追撃を加えるために近づく。拳を振り上げて、そのまま振り下ろす。ダンジョンに凄まじい音が響き渡る。


「我の拳でも砕けぬか」


ゼノンは自分の拳を眺めながら言う。ゼノンの拳は傷一つついてはいなかった。


(いや、ヒビが入る瞬間から瞬時に修復しているんではないか? 優吾が言っていたじゃないか、この金属は魔力で様々な形に変わるって)


ビャクガンの装甲は魔力を流し込むことで、自由自在に形を変えると言う事だった。今は優吾が持っている武器の一つがビャクガンの装甲で出来ている。白銀と名付けられた拳銃がそれだ。その拳銃には魔法陣を書き込まれて、魔力を込めると強力な磁力が発生して、磁石の反発で銃弾を発射している。だから銃声はしなかったみたいだ。


「なら我が魔力を流し込んだらどうなるかな?」


ゼノンが愉快そうに笑みを浮かべて、魔力を流し込む。するとビャクガンの装甲が歪んでいく。装甲を見るとビャクガンとゼノンの魔力のせめぎ合いが目に見える。圧倒的にゼノンの魔力が強くて、ビャクガンの装甲に丸い穴が空く。中は真っ赤なグロテスクな皮膚が蠢いているのが見えた。多分血液が皮膚のギリギリまで走っているのだろう。これなら拳で十分殺せるだろう。


「フンッ!」


ゼノンは拳を振り上げ、止めを刺そうとした時、氷の槍が飛んでくる。ゼノンに向かって攻撃を仕掛ける奴が現れたのだ。


(魔法!?)


ゼノンが驚いた声を上げて後ろに下がる。魔法の詠唱も聞こえなかった。それに今まで攻撃をしてこなかった。


(と言うかゼノンあれぐらいの魔法なら、態々よけなくても大丈夫だったんじゃ?)

(それもそうだな)


ゼノンはそう言うと、攻撃してきたそいつを見る。だがその姿に驚いて俺とゼノンは思わず口が空いてしまう。


(……え?)

「アンナ……だ…と?」


長い金髪の髪、赤色の瞳、その他諸々、服装以外はアンナの姿をしていた。だけどその服装でアンナではないと言う事が直ぐに分かる。それは事前にアンナがホムンクルスだと聞いていたからもしれない。ホムンクルスなら同じ顔でもおかしくは無いだろう。ゼノンと俺は同時にそこまで思考が至り、それと同時に偽アンナの右足から前蹴りをする。だけどそれはゼノンに届く距離では無かった。俺とゼノンは意味がわからなかったけど、直ぐに分かる。偽アンナが蹴った空間が一気に冷え、偽アンナの足が通った空間を境に、氷の槍が右に三本、左に三本出現して、ゼノンに向かって飛んでくる。ゼノンが俺に言った通り変に避けたりせず、拳で氷を砕く。だけどそれは悪手だった。砕けた氷がゼノンに張り付いて、ゼノンの拳を覆う。たぶん本来は、これに貫かれたらそこから体を凍りつかせるのだろう。


「グッ」


ゼノンの拳に寒い時特有の針に刺されるような痛みが微かに刺さる。それを理解するとゼノンは残りの氷の槍から逃げる。ゼノンは空いている拳で氷を砕くが、氷は更に成長して、ゼノンの右腕を凍りつかせる。


「くっそ、この氷普通じゃない」


ゼノンはそう言うと凍りつく氷を放置して、敵を倒すことに集中する。まずはビャクガンを殺すために距離を詰めた。ビャクガンの装甲は既に戻っていたが、装甲を壊さなくても倒せることに気づいた。


「鋼鉄の槍よ、地から飛び出て、我の敵を串刺しにせよ!」


ゼノンが鋼鉄の門の応用した呪文を唱え終わる、ビャクガンの下の地面から鋼鉄の槍が生え、ビャクガンを貫通する。ビャクガンは微かに震えるが、それだけだった。

ビャクガンの体の周りには装甲があるが、体の下側には装甲が無かった事に気づいた。そこをついたのだ。簡単に殺せてしまったので、ゼノンは拍子抜けだ。


あとは偽アンナだけだな。


そう思って偽アンナを見ると、いつの間にか姿を消していた。


「どこに行った?」


ゼノンがあたりをキョロキョロと見るが、姿を見ることどころか、気配すら無かった。


(転移魔法で逃げられたんじゃ?)


俺がそう言うとゼノンも納得したようだ。それにいないんだったこのまま地上に逃げれば良いだろう。ゼノンも俺も同意見でさっさと上の階層で待っている優吾たちと合流することにした。





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