50 生みの親と技名と中二病ドラゴン
「大切断」
優吾がワイバーンに向かって、剣を縦に振るった。この前壊れた剣は新しく新調したらしく、この前の剣よりいい剣だと何となく分かる。だが一真にとって、そんな事はどうでも良かった。優吾が使った技はあの時、ダンジョンで使った技だった。だがその時とは比べ物にならない威力だった。単純に優吾の技の練度が上がったと言うこともあるのだが、単純に魔力と肉体が強くなったのだ。いくら技の練度が上がったからといって、あそこまで桁違いな威力になるとは考えられなかった。一体優吾に何があったのだろうか。
「マジかよ」
アルサートが信じられないと言う風に呟いた。確かにワイバーンを真っ二つにする様は、誰もが目を疑う光景だった。
(我もあれぐらいして、そんな言葉をかけられたかった)
絶賛中二病のドラゴンがそんなことを言うが、一真は意図的に無視をして、優吾を観察する。あれだけの強さになったことには秘密があると思い、それをどうにか見つけたいと思ったが、そんなことをしてもわかる訳も無いので、一真は直ぐに観察をやめる。
「いや、ここには一回来ているからな。これくらいは余裕だ」
優吾はなんでも無いように不敵な笑みを浮かべる。アンナは慣れているようで、いつの間にかアリスがワイバーンの死体を凍らせて馬車に詰め込もうとしていた。真っ二つしたと言え、ワイバーンの大きさはそのまま馬車の中に入るわけも無く。奴隷が御者席から降りて、アンナにもう少し小さくしないと入らないことを言うと、アンナは氷を適当に砕いて馬車の中に入るようにしていた。
確かに優吾の話を聞くとここより更に深い階層から上がって来たのだ。ここら辺の魔物など赤子の手を捻るより楽に倒せるのも道理だろう。優吾がどれくらい強いのかは未知の領域だった。
「ユウゴさん、あれは魔法なんですか?」
いつの間にかアルサートは優吾に対して、尊敬の眼差しとさんを付けで呼んでいる。
「まあ、魔法の一種と言っても良いと思う」
優吾は剣を鞘に収めながら呟く。その表情とその行動は何かを懐かしむようだ。
「すごいですね、俺は初めて見ましたよ、その魔法」
その言葉を聞いて、困ったように笑って頬を優吾が掻く。
「いや、この技は俺が考えたものじゃない」
「え、そうなんですか?」
アルサートが意外そうな声を上げる。アルサートは優吾の技を見て、優吾独自のすごい技術だと思っていたのだ。
「ああ、これは元々俺の友人が教えてくれたものなんだ」
「そうなんですか……」
「ああ、そのおかげでどうにか、この下の階層でも生き残ることが出来た理由の一つだ」
優吾の言葉に一真は驚いていた。自分が作った技がそこまで通用するものだとは思っていなかったからだ。あれは小手先の技で、油断をしている奴にならどうにか通用する技だと一真は考えていた。一真の技は最初の一撃で決めなければ、負けが確定していたからだ。
「まあ、そう簡単に使えこなせるようになる技でも無いがな」
優吾はそう言うと馬車の中に戻って来た。だがそんな事は一真にはどうでも良かった。一真の心の中はある感情が渦巻いていた。
『悔しい』
今一真の精神が主体になっていたら、歯を食いしばり、拳を握り締め、爪が手のひらに喰い込むほど握り締めていただろう。それほどに悔しさを感じていた、自分が作った技を自分より上手く使う優吾に。あの技は凄まじい集中力とイメージが必要なのだ。この技を作った一真が一番それを自覚している。今の技を見て、攻撃を出すまでのイメージの時間は一秒にも満たなかっただろう。一真はどんなにイメージがうまくいっても二秒ぐらいは、集中していなければいけない。それも戦闘に入る前にだ。戦闘中ならもっと時間がかかるだろう。これでも闘技場で戦っていたときよりも短くはなっているのだ。だがそんな一真を優吾は安安と追い抜いた。これは優吾がダンジョンでの死闘の中で、走馬灯または死ぬ瞬間周り時間が遅くなる現象、一気に集中力が高まった状態を何度も体感していた。そのおかげか優吾は意識的にそれを発動出来るようになっていた。その集中力を利用して、優吾は一瞬で技を発動出来るようになっているのだが、一真がそのことを知っている訳も無かった。
一真達が次の階層に上がると、暗闇が広がっていた。真っ暗で何も見えない。階段だけが光っているが、そこから先には光が届かない。
「こ、これは……」
アルサートは恐る恐る暗闇に手を突っ込んでは引っ込めるを繰り返していた。ゼノンもその現象を興味津々で見ている。
「心配するな、こっちからの光が漏れないだけで、そちらを照らせばちゃんと明るくなる」
優吾はそう言うと、アンナの手から火の玉が闇に向かって放たれる。炎の玉は階段の領域を超えるまでは、闇を照らさなかったが、階段の領域を超えると向こう側をしっかりと明るく照らした。
「一応視界は確保出来るな」
ゼノンはそれを確認するように、優吾に聞く。優吾は頷くとアンナの方を見る。アンナはそれだけで優吾が何を言いたいか理解したのか、頷いて馬車の屋根によじ登る。
「私が視界を確保するからそのまま進んで」
「後ここはミノタウロスが出てくるから」
優吾はそう言って、馬車の中に戻った。一真の頭の中には牛の頭を持った身長三メートルはありそうな、人型の魔物が思い浮かんでいた。ゼノンも似たような物を思い浮かべていたので、一真は自分の認識が間違っていないことを確信した。二人の反応はそれだけだったが、アルサートは違った。
「ミ、ミノタウロスですか?! ユウゴさんやめましょう、ここは一旦引き返すべきですよ! 」
血相を変えて、アルサートは馬車の中にいる優吾に話しかける。
「どうしてだ?」
アルサートの慌てようとは対照的に、優吾はいたって冷静にアルサートに聞き返す。
「だってミノタウロスって身長二メートルを越える化物じゃないですか! そんな奴に勝てるんですか?」
「ここまで来るのに俺はあいつらを何匹も倒している。心配するな」
優吾はそう言うと持っている剣を掲げ、『大切断』と呟き無造作に振り下ろした。ダンジョンの壁に剣で斬られた跡が天井と床に刻まれる。
「大抵の魔物はこれで一発だ」
優吾はそう言うと、剣を鞘に収めて馬車の中に戻る。優吾のつけた天井と床の傷を、ゼノンに呼ばれるまで、放心したようにアルサートは見ていた。アルサートは観念したように、御者席に座ると俺たちは闇の中に踏み出していった。
「え~っと、闇を照らし、我らに道を示せ、ライト」
アンナが魔法を使う時に呪文らしい呪文を唱えたのを初めて聞いて、ゼノンが眉をひそめた。あれだけの氷魔法を呪文無しで使えたのに、ライトの魔法は呪文無しで使えないと言う事実に疑問を覚えていた。確かに凍らせたりするより、照らす魔法の方が簡単だ。まあ、人それぞれで慣れとか相性もあるので、一概に簡単とは言えないが、それでも不思議だった。
明かりを付けて少し経つと、ドシドシと足音を立てて巨大な生物が近づいてくるのが分かる。ゼノン達は馬車から顔を出して、あたりの様子を伺う。前方の曲がり角からミノタウロス顔を出して、こちらを見てくる。すると突然大きな声を上げて、襲いかかってくる。俺は思わず『え?』と戸惑ってしまう。その間にも ミノタウロスはその巨体をこちらに向かって突進してくる。だけど戸惑っているのは俺で、ゼノンは既に動いていた。
「龍の鉄槌!(ドラゴンジャッチメント!)」
ゼノンの拳がミノタウロスの鼻面を捉える。ミノタウロスの体は二メートルほど後ろに吹き飛ぶ。
(この前のドラゴンパンチと何が違うんだ?)
(威力とか心意気とか、そこら辺が違う)
ゼノンが何を根拠にか自信満々にそう言って、胸を張る。中二病もだんだんと進行して、レベルが上がりきっているようだ。『龍の鉄槌』とか、この前より少し捻りを聞かせてる。今はまだ攻撃の時に技名を叫ぶだけだけど、日常まで出てきたら嫌だな。
(と言うか魔徳発動していないのか?)
(発動はしている。たぶんレベルが足りないのだろう)
ミノタウロスは龍の鉄槌とやらを受けて、顔が平たくなっていた。どういう事かと言うと、鼻が顔にめり込んでいるのだ。その痛みは凄まじいようで、叫び声さえ上げられないようだ。床の上で鼻を押さえながのたうち回っていた。
「しっかり一撃で決めろ、大切断」
優吾が剣を振り下ろすと、のたうち回っていたミノタウロスが一刀両断される。ミノタウロスの動きが止まる、絶命したのだろう。
「すまなかった」
ゼノンがそう言って頭を掻いて謝罪をするが、助けなくても大丈夫だったので、謝罪の意は大して込められていなかった。
「そんなことよりどうしてこいつは襲いかかってきたんだ? 確かお前のスキルで魔物は敵意を抱かないじゃなかったか?」
優吾にそう指摘されてゼノンは一瞬思考が停止してしまった。それは一真も同様で一瞬何を言っているか分からなかった。なぜなら俺もゼノンもこのスキルについて、優吾に話した覚えが無いからだ。俺が答えに窮している、何に悩んでいるか気づいたようで、優吾が答えてくれる。
「あ~、お前のスキルの事はアルサートに聞いた」
あの野郎喋るなって言っただろう
俺は一瞬怒りを覚えて、アルサートを睨む。アルサート首をすくめて、御者の上ですまなそうに頭を下げる。ここで殴ることも考えたが、そんなことしても知られてしまった秘密は秘密に戻るわけが無いので、やめた。
「流石にあそこまで魔物が敵意を向けてこなかったら、何かあるのが普通だと考えるのが普通だ」
アルサートを庇うように優吾はそう言う。優吾の言うことも一理あるが、それでも俺に一言断りを入れるべきだろ思う。勝手に人のスキルを話されていい気分はしないのだから。
「はあ~、たぶんスキルのレベルが高いか、最初から敵意を持って襲いかかってきてるからだと思う」
俺は観念して正直に話した。と言っても話しているのはゼノンで、俺は全く口を動かしていないのだが。その言葉を聞いて、優吾は真剣な表情になる。
「なら、ここからは魔物が常に襲いかかって来ることを警戒しながら行くぞ。気を抜けるときは無いからな」
優吾は周りに釘を刺すように言うと、アルサートの隣の御者の席から屋根に座る。
「これからは交代で番をするからな、まずは俺からだ。次にゼノンでいいな」
「分かった」
ゼノンはそう言うと、馬車の中に戻る。馬車の中には自分しかいないことで仕事をしていないのが自分だけなので、若干の罪悪感を感じていた。だがそんな罪悪感も優吾の戦いぶりを見たら吹き飛んだ。ミノタウロス相手などの赤子の手の捻るより容易いようで、一真に返り血さえつけられないでいた。剣が届かない時は腰のホルスターにある拳銃で、近づけば剣で斬り殺す。こいつ一人居れば良いんじゃなかと言う気さえしていた。
ダンジョンの主が現れたら、優吾がゼノンに変わるように頼んできたのだ。ゼノンはそれを待ってましたとばかりに、ゼノンは外に飛び出す。ゼノンが腕をブンブンと振り回して、やる気十分だった。
(ゼノンあまり規格外の力を出すなよ)
俺はゼノンにそう釘を刺した。突然優吾が戦闘を変わってくれるように言ったのに、少し企みがありそうで、慎重になった。今までゼノンは余裕で戦ってきたのだ。それをダンジョンの主の前で変わると言うのは、少し俺は疑問を感じていた。
(分かっている、心配するな)
ゼノンがそう言うが、心配で仕方なかった。最近のゼノンは中二病を発症していて、妙にカッコつけたがるようになっていたからだ
外に出るとダンジョンの主の姿を見た。今までダンジョンの中で会ってきたミノタウロスに比べて、体の大きさは1.5倍あり、その片手にはバトルアックスが握られている。ゼノンが近づくと鼻息を荒くして、バトルアックスを構える。たぶん攻撃範囲に入った途端襲って来るだろう。
ゼノンが近づくとバトルアックスが、ミノタウロスの雄叫びと共に風を切る。ゼノンもこの体の扱いに慣れて、バトルアックスを紙一重で避ける。わざわざ紙一重で避けているのだ。それが出来るくらいにゼノンは、この体に慣れたと言うことなのだ。ゼノンは懐からナイフを取り出す。そのナイフはカンダーに渡されたものだ。ゼノンがそのままミノタウロスの喉をナイフで突き刺す。ナイフを引き抜くと、血が噴き出す。ゼノンはそれが自分に掛かる前に、ミノタウロスから離れる。ミノタウロスは自分の喉が切り裂かれたことに一瞬遅れて気づいて、自分の喉を抑える。だが、それで止められるような傷では無かった。だがミノタウロスもそのまま命を失っていくのを黙って、待っている訳も無く、傷から手を離してバトルアックスを滅茶苦茶に振り回す。ゼノンはそのまま避けて死ぬまで待っていようと思ったがー
「雷突(らいとつ」」
ミノタウロスの喉に大きな穴が開く、半透明な魔力の塊が突き刺さっていた。後ろを振り向くと背後から優吾が剣を突き出していた。どう頑張っても、剣の届く範囲から離れているのだが、魔法による剣技で距離を伸ばしたのだろう。名前と光景からして、突きの単発技なのだろう。
「しっかり止めは刺しておけよ」
優吾はそう言うと剣を鞘に収めた。たぶんゼノンが止めをしっかりさせなかったと思ったのだろう。ゼノンが力を隠していることを悟られている様子も無い。どうやら俺の企みは達成できたようだ。
(なあ、一真)
(何だ?)
(その魔法による剣技と呼び方はどうにかならないか? もう少しカッコ良い呼び名をつけたい)
(別にお前が勝手に名前をつけても構わないぞ)
(それはダメだ)
ゼノンは自分が名前を付けるのを強く拒否する。
(一真が生みの親なのだ、その生みの親を差し置いて、名前を付けるような事はしたくない)
(面倒だな~ じゃあ魔法剣技で)
(そんなカッコ悪い名前は嫌だぞ、もう少しひねって、カッコ良い名前をだな……)
正直面倒で仕方なかったが、ゼノンはどうも引く気が無い様なので、俺が適当に頭を捻って技名を考えた。
(魔技はどうだ?)
(ダサい)
ゼノンは一蹴すると、顎に手をやりながら、悩んでいる。俺は心の中でため息を付いた。
(これならだろうだ無限剣技)
俺は仕方なくゼノンの中二病心をくすぐりそうな名前を出した。ゼノンはそれを聞くと満足そうに頷くが、首を振る。
(何かダメだったか?)
(剣意外だと当てはまらん。無限技アンリミテッドスキルなら。ほかの格闘技でもいけるだろ)
ゼノンは満足そうに頷くと、何回もアンリミテッドスキルと繰り返し言う。正直長くて言いにくいと思うのだがー。
(やっぱりやめだ)
俺はあまりの言いにくさに名前を直ぐに変えることにした。
(魔法技にする、魔法技)




