49 徹夜とリザードマンとダンジョン
俺が目を覚ますと既に晩ご飯の時間を過ぎていた。今から食堂に行っても、俺の分の食事は片付けられているだろう。俺は頭を掻き毟って、後悔した。奴隷はお菓子を食べ尽くして、隣で気持ちよさそうに寝ている。こいつも俺も気持ちよくて寝て、誰も晩ご飯の時間に起きれなかったようだ。俺は起きなかった奴隷に八つ当たり的に怒りを感じながら、たいしてお腹が空いていないので、そこまで怒っていなかった。
俺は窓を開けて涼しい空気を部屋の中に招き入れた。窓を開けると同時に、体に風が当たる。寝ている間に多少汗を掻いたようで、体が思った以上に涼しくなる。そのせいか少しあった眠気が吹き飛んでしまった。元々今日は一日中寝ているような感じだったから、これ以上眠れるような気がしなかった。俺は窓枠に座り込んで、風を体で受けながら空を眺めた。この世界に来て意識して夜空を眺めた気がした。日本で見た夜空よりも綺麗で、だけどなんか寂しい気がした。最初はそれが何だか分からなかったが、空に月が無かったからだ。一番輝くはずの月がない空と言うものは、何となく寂しいものだった。空でたくさんの星が輝いているのに、月が無かった。それがなんだか寂しく感じた。そんな夜空を眺めながら朝日が昇るのを窓に腰掛けて待っていた。
朝日が昇ると共に、奴隷が目を覚ます。目をこすりながら起き上がって、一真を見るとびっくりしたように飛び上がり、早足で部屋の外へ出て行った。何を慌てているのかと思えば、部屋に顔を洗うタオルと、水を入れた桶を持ってきていた。一真は不思議そう思ったが、直ぐに理解した。奴隷が主人より遅く起きるのは、たぶん罰を受けるのだろう。たぶん、前の主人である狂犬か奴隷商人、どちらが仕込んだのかは分からないが、朝は主人より早く起きて、桶と顔を洗うためにタオルを用意するように教えられていたのだろう。一真は別段そんなことで怒ろうと思わないし、何より今日は一晩中起きていたのだ。それで主人より早く起きろと言うのは酷いと言う物だろう。一真は何も言わずに、顔を洗って、タオルで拭いて、奴隷に返した。奴隷は一真に何か折檻を受けるのでは無いかと、ビクビクしていたが、何も言わなかったので、ゆっくりと部屋を出て、片付けに出て行った。一真はその間に服を整えて、朝ごはんを食べる準備をした。昨日晩ご飯を食べなかったことで、今はお腹がペコペコなのだ。
一真は奴隷が戻ってくる前に食堂まで降りて、席について食事が来るのを待っていた。待っている時に丁度奴隷が階段を上がって、部屋に戻ろうとしようとしていたのを見つけた。一真は声をかけて手招きをして、こちらに呼び寄せた。奴隷は一真に気づくと、ゆっくりと近づいて床に座り込む。俺はそんな奴隷にテーブルの上に置いてあったパンを投げる。奴隷を受け取ると早速食べ始める。
一真も椅子に座りながら、パンを食べながら料理が出るのを待っていた。料理は二分と待たずに出てきてくれる。朝は肉と野菜それとスープの三品目が出てきた。肉は軽く茹でて味付けをした、あっさりとした肉だった。パンと一緒に食べるより、野菜で包んで食べた方が美味しくなるだろう。一真は肉とパンその後野菜と食べて、適当に奴隷に分け与えた。
(我も食べたい)
いつの間にか起きたゼノンが、一真にそう訴えて、スープが入っているお皿に顔を突っ込んで飲み、お皿を空っぽにする。
「ゼノン、ばれるし。お行儀が悪い」
ゼノンの行動を一真が注意すると、一真の体の中に引っ込ませる。正直こんな所でドラゴンの頭なんて生やしたら、とんでもない騒ぎになることは間違いない。幸い誰も見られてなかったから良かった。一真の中にいるゼノンが少し寝ぼけている状態だと分かる。たぶん料理の匂いにつられて起きたのだろう。
(こんな所で出てくるんじゃない!)
一真はゼノンを目を覚ませるついでに、そう怒鳴った。一真が起きている状態だったから、ゼノンも直ぐに目を覚ました状態になる。精神世界のゼノンが軽く目を擦って、欠伸をして意識を覚醒する。正直精神世界だから、このようなことをしなくてもいいのだが、やはり習慣のようなもので、出てしまうのだ。
(目が覚めたか?)
(ああ)
一真が問いかけると、短く答えて、無言でご飯を要求する。一真もそれに無言に応じて、服の影に隠してゼノンの口にご飯を放り込むともごもごと食べる。一真も自分の口の中に、食べ物を入れる。ゼノンも何日も人間の食べ物を食べて、ある程度慣れたのだろう、美味しいと騒がなくなっていた。
食事を終えるといつもの日課のように、冒険者ギルドに向かった。これを始めたのはまだ数日ぐらいなのだが、長い期間こう言う生活をしているように一真は感じていた。ギルドに着くといつも通り座って、三人を待つ。奴隷は一真の背後で気配を殺して立っている。それから直ぐにほかの三人が集まる。この時には既に一真の姿はゼノンになっていて、表の精神もゼノンに変わる。ゼノンが眉間にこの世の苦悩を全て背負ったシみたいな渋い顔をしているが、頭の中はハチミツ菓子をどう一真買わせるが、悩んで眉間にシワを寄せてるだけだった。
「相変わらず早いですね」
いつの間にかアルサートがギルドの中にいたようで、アルサートの手にはクエスト用紙を持って、ゼノンの前に来ていた。だがアルサートは沢山の紙を持っていた。
「どんな依頼を持ってきたんだ?」
「これ」
アルサートがゼノンに見せた依頼の内容はワイバーンの牙、鱗、爪エトセトラ、エトセトラとワイバーンに関するクエストばかりだった。
「50層のワイバーンは倒さなきゃいけないから、ついでに」
そう言うアルサートにゼノンはギルドカードを渡す。
「我のギルドカードも頼む」
「分かった」
ゼノンはギルドカードを出すことで、その依頼を受けてもいい事を伝えた。アルサートはギルドカードを受け取って、そのまま受付でクエストを受けようとしたので、ゼノンが止める。
「優吾達がまだ来てない」
「あ、確かに」
アルサートはゼノンの言葉を聞いて、受付に向けた体をこちらに戻して、椅子に腰掛ける。それと入れ違いにゼノンが立ち上がり、クエストボートを眺めに行く。
「?」
「我もクエストを受けてくる」
アルサートに疑問の視線を投げかけられ、ゼノンがクエストボートに向かいながら答えた。ゼノンがハチミツ菓子を食べるために出した答えがこれだった。もっとクエストを受けてお金を稼ぐと言うものだった。一真もそれでハチミツ菓子を買いたいと言うなら、別に止めないが、ゼノンに一日で食べきれない以上に買うなと忠告はしておいた。ゼノンはクエストボートを眺めて、ゼノンはギルドカードの評価を見ると。
ランク0 評価F
ゼノンは少しの間沈黙して、黙って食堂の席に座り込んだ。
「どうしたんです? クエストは?」
アルサートは何も持ってこないで、こちらに戻ってきたゼノンに聞いてくる。
「我の評価はF」
「あ……それだけ討伐系のクエストは無理でしたねって、俺のギルドカードで受けるから受けられる」
「あ、そう言えばそうだな」
アルサートの言う通り討伐系統のクエストはランクFからでしか受けられないのだ。それまでは採取クエスト・お使いクエストしか出来ないのだ。だがアルサートのギルドカードでやればクエストを受けることは可能だ。ゼノンが改めてクエスト用紙を持ってきた時、優吾とアンナが顔を出した。いつも通りイチャイチャとしながら、ここまで来たのだ、優吾は仏頂面だが、嫌がっている様子は無かった。逆にアンナは鼻歌を全身で歌うような、超ご機嫌状態だった。直ぐにゼノン達の所には向かわずに、クエストボードを眺めて、適当なクエスト用紙を取って、こちらに戻ってきた。
「よう」
「おはようございます」
二人揃って挨拶をしてくる。ゼノン達の前だとイチャイチャするのをやめて、普通に挨拶してくる。意外に天然っぽいところがあるようだが、ここら辺はしっかりしているのだった。ゼノンと優吾はアルサートにギルドカードとクエスト用紙を渡して、受付に行かせた。
「そう言えば、ゼノンとか言っていたな」
突然優吾が話しかけてきた、正直お互いに必要以上に話しかける事はないで、ゼノンも一真も驚いていた。
「お前は本当に普通のリザードマンなのか?」
優吾の質問に一真とゼノンの心臓が激しく鼓動し、動揺する。その動揺は誤魔化しようのないものになっていた。
「ああ、普通のリザードマンではないぞ、我は」
ゼノンはそう言うと自分の金色のウロコで覆われている腕を見せる。世の中で金色のウロコを持っているリザードマンを普通とは言わないだろう。下手に隠して疑われるよりはマシだ。
「まあ、確かにそうだな」
優吾は納得してなさそうだったが、そう言うとそれ以上追求しようとせず、ゼノンから視線をずらす、ゼノンも一真も内心冷や汗を拭っていた。正直これで誤魔化しきれたかは、分からなかった。
結局、ゼノン達が受けたクエストはワイバーンのいくつかのクエストとダンジョンにいる魔物の素材回収だった。四層の火鼠と四十九層のペルーダの素材だった。火鼠は拳程度のネズミで体が炎で覆われている魔物だ。その燃えた体でぶつかって行き、ダメージを与えてくる。炎による火傷より、その数と炎で恐慌状態に陥るのが一番の攻撃なのだ。初心者に取って、このねずみに殺される事は少なくは無い。冷静に対処すればそこまでの強敵ではない。ペルーダは蛇の頭部と尻尾を持ち、四本の足、そして亀の甲羅、体はライオンのような長い毛で覆われている。背中には毒のある刺が背骨に沿って、生えている。火鼠の革は耐熱性が非常に優れていて、鍋つかみなどを作るのに使われたりしている。鎧にも多少使われたりするが、ねずみ自体の体が小さいので、小物などに使われるものである。ペルーダは今回トゲを回収してくる依頼だ。
ゼノン達はいつも通り馬車に乗り込み、ダンジョンの中に入る。四層で火鼠を確保した後、転移魔法で五十層に転移してから、四十九層に戻ってペルーダのトゲを回収する。そこから五十層に戻るって、ワイバーンと戦うことになった。
「ワイバーンは我がやっても構わないだろうか?」
ゼノンは拳を握って周りに聞く。ゼノンは久しぶりにドラゴンの端くれみたいなのと言え、ドラゴン種には違いない。久しぶりにドラゴンと戦うと思うと体がウズウズとしていた。この体でどれくらい戦えるかも確かめる意図もあったが、正直それはついでだ。ゼノンは戦いたいから戦うのである。そんな状態を全員が察して、ゼノンが戦うことを許可してくれるだろう。だが一人だけ止める人間がいた。
(ゼノン、ダメだ。目立つからダメだ!)
一真は待ったをかけた。いくら三人だけとは言え、人を一人殴り倒すぐらいなら、リザードマンの身体能力と言うことで、誤魔化せるけどこんな大きさのワイバーンをワンパンで倒したら、誤魔化しようが無いんだ。ゼノンにそう言うと、ゼノンは不満をブツブツと言いながらも、一真も言い分を聞いて戦うのを優吾に譲ってくれた。




