47 高速と怪力とテレポート
30層にいたムカデの魔物の牙を回収した。正直帰りに回収すればいいと考えていたのだが、いつの間にか行きに魔物を回収してしまったので、その流れで今も来てしまったのだ。最初に気づいて言えば良かったが、俺もゼノンも忘れてしまったのだ。まあ、荷物になるからと言うことで、この前は帰りにしたけど、今は馬車があるから、荷物を持つことは負担にはならないから問題無いけど。
そんな風に一真が思っていると、いつの間にか33層から40層まで移動していた。
「怖くなるな」
アルサートが呟く。アルサートも長いことダンジョンに入ったりしているが、こんなにダンジョンをスムーズに進めた事が無かった。嵐の前の静けさと言うものだろうか、そう言う類のものをアルサートは感じて、不安に思っていた。しかし、魔物にあっても攻撃されず、無視されるので特に問題になることは起きるとは思えない。あるとすれば何らかのトラップで大量の魔物か下の階層に落とされたりするのがあるが、こんな浅い階層あるとは思えなかった。
40層の主は殺されてなかったようで、41層の入口の前で一真たちを注意深く見つめている。ここのダンジョン主、スカルスネークだ。骨だけで動いている魔物だ。大きさはかなりのもので、人一人ぐらいなら丸呑みにしてもおかしくない大きさだ。まあ、飲み込まれた所で、消化はされないだろうが。スカルスネークは入口の前にとぐろを巻いて待機している。
「どうします?」
アルサートがそう言って馬車の中にいる人間に声を掛ける。正直アルサートでは手に余る魔物だ。スカル系統の魔物は物理も魔法も効きにくいのだ。骨の体には斬撃が効きにくい、打撃で骨を砕くのが有効な攻撃であるとされている。魔法は炎、水、風、雷魔法は聞きにくい、効く魔法は光魔法だった。氷魔法、土魔法で動きを停めて、打撃で倒すのが一般的だ。剣で戦うと刃こぼれすることが多いし、得られる物を少ないので人気がある魔物では無かった。
「俺がやろう」
優吾が馬車から飛び出す。腰から剣を抜くとスカルスネークと向かい合う。アルサートは馬車が壊されないように、馬車を下がらせる。優吾が剣を抜いた所を見て、スカルスネークが戦闘態勢を取る。骨をカラカラと鳴らして、ゆっくりと動き出す。お互いにそのままにらみ合う膠着状態が出来上がった。その膠着状態も直ぐに終わった。優吾が先に動いた。優吾が動くと同時にスカルスネークも動いた。
「スラッシュ」
だが優吾の小さい呟きと共に戦闘が終わった。同時に動いたが、優吾の方が圧倒的に動くスピードが早かった。速さに任せた剣が、スカルスネークの首を吹っ飛ばした。そしてその剣は刃こぼれしていなかった。
「倒したぞ」
優吾は何でもないように言うが、見ていた奴隷とアルサートは信じられない物を見せられたので、何度も瞬きをすることになった。剣を抜いた瞬間も切った瞬間も見えなったのだ。
「倒したのは良いですけど通れませんよ」
アルサートは放心状態から何とか戻ると、そう言って頬をかいた。スカルスネークの胴体が41層の入口を塞ぐようになっていたのだ。これでは馬車が通れない。
「我がどかそう」
ゼノンがそう言うと、スカルスネークの尻尾を掴み、馬車の向こうへと放り投げた。スカルスネークの体は馬車を飛び越えて、カラカラと音を立てて地面に落ちる。
「ハアッ?!」
奴隷もアルサートもその光景にさっきと同じように放心してしまう。優吾は何事も無いように馬車の中に戻る。ゼノンも優吾に続いて馬車の中に戻る。血も肉も無いとは言え、骨だけでもかなりの重さのはずだが、何度も無いかのように投げた。
「おーい、馬車を出してくれ」
アルサートも奴隷も続けて信じられないような、光景を続けざまに見せられ、思考停止状態になっていた。そんな二人を戻すように優吾が声をかけたのだった。アルサートはすぐに現実に戻って馬車を走らせた。
「それにしても弱いな、ここの魔物は。ここの階層が低いと言うこともあるかもしれないが」
「単純にユウゴが強いからじゃないかな?」
アンナは優吾の頭を撫でながら、そう言う。正直自慢のようだ。急に下り坂になる。階段を下りているのだった。正直退屈だったから、あの戦闘は良い退屈しのぎにはなったが、一瞬で終わってしまって、すぐに退屈を感じて、眠りに入ってしまう。優吾が寝るとアンナもそれに続いて、アンナも優吾を膝枕したまま眠りに入ってしまう。それに続いてゼノンも寝に入ってしまう。一真も優吾が寝ると一緒に寝てしまう。
「おい、昼だ」
優吾がゼノンの体を揺すって起こす。ゼノンは言葉と同時に目を覚ましていた。そして体を揺すられたことで、一真が目を覚ました。
「今はどこだ?」
「49層だ、食事だから起こした」
ゼノンが体を起こすと既にアルサートと奴隷も馬車の中に入っていた。優吾は既に干し肉とパンを口に含んでいた。ゼノンが寝ているうちにどうやらまだ誰も到達していない階層にたどり着いたのだった。この階層に来た初めての人間となったが、寝ていたためなのか、何の感動も得られなかった。もっとも起きていたとしても、そのようなことで感動するゼノンと一真でも無かったが。
「我の荷物を」
優吾がゼノンに向かって荷物を放り投げる。ゼノンはそれをキャッチすると、買ってあった干し肉とパンと水を取り出す。
「奴隷、お前の分だ」
ゼノンは奴隷に向かって水と干し肉、そしてパンとナイフを投げる。奴隷は慌てて受け取る。途中ナイフは流石に空中ではキャッチせず、手を引っ込めて落ちてから拾う。ゼノンも干し肉を口に入れる。本来なら、ナイフで削り取ったりしなければいけないのだが、ゼノンはそのまま口に入れる。ゼノンは干し肉を切る必要は無かった。その強靭な歯ですべてを食いちぎる事が出来る。ナイフなどなくても干し肉を食べることが出来る。干し肉を食べてる口にパンを放り込む。ゼノン以外の人間は干し肉をナイフで切って、干し肉を食べている。
「階層の主はどうした?」
ゼノンが聞くと優吾は口の中にあった物を胃に流し込んで、口を開く。
「俺が全部倒した。暇つぶしにもならなかった」
優吾はつまらなそうに言うと、そのつまらなさを紛らわすように、口に干し肉を運んで噛み締める。優吾にとってもっと深い階層から来たのだ。ここら辺の階層の魔物は瞬殺で出来るのだ。ゼノンもそれは同じなのだが、その上で一真のスキルのよって魔物が襲ってこないのだ。暇で仕方ないのだ。早々に食事を終えた奴隷とアルサートは直ぐに御者席に戻ると、ゼノン達が食事をしている中でも馬車を走らせる。これは今までの道すがら魔物に襲われなかったことが理由だった。
「この階層が終わったら帰ろう。ここが折り返し地点」
アルサートはそう言うと地図を書きながら言う。今日の日が出ているうちに帰るなら、この時間から帰らなければならない。帰りは疲労などを考えて息より時間が掛かることを考えるのだが、今回は馬も人も疲れてはいない。だがそれでも階段を上がるので、帰りは時間が掛かるのは間違いなかった。
アルサートの言葉に誰も反論はせず、そのままは次の階層に向けての階段までの地図を書き上げた。この階層の主はワイバーンだった。アルサートはそれを確認してマッピングすると、そのまま馬車を方向転換して帰ろうとすると、アンナがそこで声を上げる。
「あ、そのまま少し止まって」
そう言うと行きと同じように、馬車を踏み台にして天井に魔法陣を書き込むと、そこから飛び降りて地面にも魔法陣を書き始める。優吾は特に興味が無いようで、馬車の中にいたが、ゼノンは興味深そうに馬車から身を乗り出して、アンナが書いている魔法陣を注意深く見ている。
書き終わると、アンナは馬車を魔法陣に移動するように言う。移動するとアンナも馬車に乗り込んで呪文を唱えた。
「テレポート」
その言葉と同時に魔法陣が光だし、気がついたら一真達はダンジョンの入口の天井に書かれた魔法陣の下に立っていた。




