42 ダンジョンとコウモリとバックレ屋
「そこ右で、三つ目の角を左」
タンッ、タ、タ。
一真の足音が静かにダンジョンに響く。それは獣が走る音だ。
「それで次の階層でクエスト魔物が」
「帰りに回収する、それまではもっと奥まで行って、できるだけ地図を書けるようにして」
「分かった、どれくらいの階層までの地図があるんだ?」
「大体30層までの地図なら出来てる」
「じゃあそこまで急ぐぞ」
一真はさらにスピードを上げてダンジョンは駆け抜ける。アルサートも慣れて、掴まったまま地図を見ることができるようになっていた。
「ここが30層なのか、なあ、一つ聞いて良いか?」
「何です?」
「地図とか売らないのか?」
「もうすでにここのダンジョンは45層まで攻略されてるから」
「そうなのか」
「次の階から地図が無いから、書きながら行かなきゃいけない。だからスピード落としてくれ」
「分かった」
俺はそう言うと次に層から普通に歩く程度にスピードを落とした。そのスピードは普通に歩いているようは早いくらいの速度だ。
「取り敢えず、次に階層の階段が見つかればいいから、攻略はしなくて良いからな」
一真はそう言うと、鼻で魔物の多いところに向かっていく。今まではうまい具合に匂いで魔物を避けていたんだけど、今回は魔物が多いところに行けばダンジョンの次の階段を見つけることができる。
「おい、魔物が!」
このダンジョン初めての魔物だ。アルサートは武器を構えて、俺の背中から降りよとする。魔物はムカデの形をしていて、一メートルぐらいの大きさだった。
「攻撃するな、攻撃しなきゃ攻撃されないから」
「ほ、本当か?」
アルサートは半信半疑の声を上げるが、魔物から出来るだけ体を離す。ここまで近づいても攻撃してこないのだから、そこまでビビらなくてもいいのに。
(そう言うが高坂だって、我にビビっていただろう)
ゼノンに指摘されて、俺は思い出してみると。確かにゼノンにビビっていたことがあった。
(でも色々違うだろう)
(そうか)
そんなことを言っているうちに、次に階層の階段と共にダンジョンの主を見つける。5メートルほどのムカデだ。
「こいつは戦う必要はないのか?」
「いや、流石に次の階層に行こうとすれば、戦闘になる」
俺がそう言うとアルサートが、俺の背中から降りる。
「俺はやる」
俺がそう言うと、ムカデの頭に向かって噛み付いた。ムカデはもちろん暴れるが、すぐに動かなくなる。牙から、毒を流し込んだのだ。この毒はなんか即効性の神経系の毒らしい。らしいと言うのも、この毒はゼノンが作ったものなのだ。ゼノンの内臓器官に毒を生成するものがあるのだが、毒に関して全然分からないので、ゼノンに任せきりなのだ。ムカデは力なく地面に倒れる。
「行くぞ」
「………その顔……何だよ」
俺のハイウルフマンの顔を見て驚いている。そう言えばずっとさっきから、背中に乗っていたから、俺の姿を見ていなかったのだろう。
「スキルかな?」
「スキル? 獣人とかそう言うのじゃないのか?」
「一応違う」
俺は適当にあしらう様に言うと、次の階層に上がった。
「一応言っておくが、この事はあまり言いふらすなよ」
「分かってる」
さっきと同じようにアルサートを背中に乗せて歩く。アルサートは恐る恐る背中に乗ってきた。さっきの光景で少しビビっているのだろう。
今度会った魔物は大きなトカゲだった。口から舌をチロチロと見せて、こちらを一瞬見ると、興味無さそうにどっかに行ってしまった。
「な、なあ」
「ん?」
「なんで魔物が襲ってこないんだ」
「俺が幸運だから」
「そうなのか……」
アルサートは何とも言えないような顔をしている。俺の発言が嘘か本当か見極めているようだ。正直こいつに何でもかんでも教えるのは危ないと思う。弱みになり得るかも知れないからだ。融合・分離に関しては誤魔化しようがないので、スキルだと教えたが、誤魔化せるんだったら、出来るだけ誤魔化していきたい。
正直ダンジョンはダンジョンの主を倒す戦闘しかないので、体力の消費もすくない。この感じなら今日中に50層までは行けるだろうと俺は考えていた。
「それにしてもスムーズに進むな」
アルサートがそう言って、子供を褒めるような感じで俺の背中をポンポンと叩く。
「そうなのか?」
「そうだぞ、魔物の一匹と戦っている内に、他の魔物も来るから、ダンジョンは基本即効で魔物を倒していかないと、魔物に囲まれて逃げ出すことが出来なくて死ぬことだってある。だから基本ダンジョンでは複数人で挑むのが鉄則、自分は一人だからかなり慎重に戦って、中々進むことが出来なかった」
「ふ~ん」
曲がり角からトカゲの魔物が顔を出して、俺たちを覗き見る。何が来たのか見に来たのだろう。来たものを確認するとすぐに元の道に戻っていった。
「本当に魔物襲ってこないんだな」
「そういう物だ、さっさと次の階層の課題が見つかればいいんだが……」
一応魔物の匂いが集中しているところには来ているのだが、中々見つかならない。
「地図は大丈夫なのか?」
同じ道を何度も通っているようなので、アルサートに地図の様子を聞く。
「大丈夫だ、次の角を右に曲がってみて」
アルサートに言われた通り、右に曲がると見覚えのある道にでる。ここはさっきも通った道だ。
「あそこの角右に曲がって、そのまま直進」
アルサートに言われた通り、曲がると見たことない道にでる。
「ここは知らないな」
俺はその道をまっすぐ進むとダンジョンの主が出てくる。やはり大型でトカゲはチロチロと舌を出して様子を伺ってくる。
「さっきと同じように俺がやるから、降りてくれ」
「あ、ああ」
アルサートを下ろすと、後ろ足に入れて、前足でトカゲの頭をぶん殴る。力が強すぎて、トカゲの頭が宙を飛んでいく。正直そんなスプラッタシーンを演出する気はなかったんだけど。
「力加減間違ったな」
俺のそんな言葉と同時にトカゲの胴体から血が吹き出す。アルサートはそんな光景に若干引いていたが、俺は気にせず、上の階層に登った。
バタバタ!
「うおっと!」
俺の頭の上を何かが横切ったので、驚きの声が出る。
「これは……」
「コウモリ型の魔物ですね」
後からきたアルサートが言う。コウモリと言っても人の頭ぐらいある胴体に、翼は半メートルありそうだ。そんなコウモリがバタバタと上空を飛んでいる。
「と言うかさっきからうるさいぞ」
俺はあまりのうるささに耳を押さえる。さっきからコウモリから高い音が聞こえて仕方ない。
「え?」
アルサートは俺のことを不思議そうに見てくる。そしてアルサートも耳を澄ますが何も聞こえないと言った顔をする。
「取り敢えず、さっさとここを出るぞ!」
俺は諦めて耳を押さえていた手を外して、アルサートを背中に乗せて、次の階層の階段を探し回った。次の階層の階段近くまで来ることはすぐに出来た。なんて言ったって、高音の音は響き渡って五月蝿いのが目印だ。ただその分俺の耳にダメージが蓄積する。いや、ダメージと言うより苛立っている。さっきから救急車のサイレンのように高い音がガンガンと聞こえてきて仕方ない。
「大丈夫か?」
アルサートは心配そうに聞いてくる。正直この五月蝿いなかで、アルサートの声を聞くのは困難かと思っていたが、音域が違うせいか、すんなり聞こえる。
「大丈夫だ」
俺はそう言うとしかめっ面で、この五月蝿い中を耐えていた。そしてついにダンジョンの主を見つける。やはりコウモリ、しかもかなりの大きさだ。
「さっさと倒すぞ」
俺はそう言うとコウモリに襲いかかった。コウモリは紙一重でかわす。俺は壁を蹴って、コウモリに追いつこうとした。その時
キィィィィィィィン!!
俺の耳を高音が襲って、平衡感覚を失って俺の攻撃は外れる。コウモリは空中で浮いている俺を足で掴むと地面に叩きつけた。
「ぐっ!」
床に叩きつけられたダメージは大したことは無かったが、超音波攻撃が激しさを増す。
「くっそ!」
俺は腕を振り回して、足の拘束を逃れるが、頭蓋骨が割れそうな痛みに襲われて、まともに動けなくなる。このコウモリ、俺に超音波攻撃の方が有効だって、わかったらそっちに全力を注いできやがる。
「くそが!」
俺は悪態をついて、無理やり立とうとするが、グラグラと景色が揺れて壁に寄りかかってしまう。
ズシャッ
そんな音共に超音波は止む。アルサートがコウモリの腹を突き刺して、超音波が止まったのだ。アルサートはコウモリが大暴れしたことで、剣が抜けて地面に倒れる。コウモリはアルサートを、さっきの俺と同じように足で拘束して、喉元に噛み付こうとした。
だがアルサートの鮮血が飛び散ることは無かった。
「よう、さっきは良くもやってくれたな」
俺がコウモリの頭を掴んで止めたのだ。コウモリがさっきと同じように超音波は出そうとしたが、俺はコウモリの頭を壁に叩きつけて止める。俺はさらに壁にコウモリの頭を叩きつけた。今度が壁に赤い染みがつく。もう一回壁に叩きつけると手が赤くなる。俺は気にせず、ここに来てからの鬱憤を晴らすようにコウモリの頭を壁に叩きつけた。鬱憤が晴れた時には、コウモリの顔は顔として判別出来ないくらいにぐしゃぐしゃだった。
「すっきりした」
俺はそう言うとコウモリの頭を投げ捨てた。ダンジョンの壁は一部赤く染まり、俺の手はコウモリの血で毛が濡れていた。
「た、助かったよ」
アルサートは俺の所業にビビりながらも、礼を言ってくる。
「こちらこそ」
俺は気にするなと言う感じで言うと、次の階層に上がった。
次の階層はとても静かだった。いや、先ほどの音が五月蝿すぎたせいだろう。だが、そんな静かな所にも足音が聞こえる。
「おい、この階層人がいるみたいだぞ」
「……本当なのか? ここまで来るような強さなら緊急クエストに駆り出されてもおかしくないぞ」
アルサートそう言ってあたりをキョロキョロして、人影を探す。
「ここから見える距離にはいない。人数は三人から四人と言った所だ」
「たぶんそれは、バックレ屋じゃないか?」
「バックレ屋?」
アルサートは俺の背中に乗るとバックレ屋について説明を始めてくれる。
「バックレ屋ってのは、緊急クエストなどの受けなければ受けないクエストを不正逃げること。例えば緊急クエストが出てから、または知ってからダンジョンや街の外に出て、緊急クエストを避ける奴らのことを言う。意図的か偶然かが判断出来ないから処罰もしにくいんだ」
「ふ~ん」
「だけど他の冒険者に見つかって、緊急クエストのことを伝えられたら、流石に逃げることは出来ないけどな」
アルサートが得意満面言うので、俺は嫌な予感がした。
「おい、まさか!」
「そのまさか伝えに行こう」
「なんでそんな面倒なことー」
「緊急クエストが出ている間にギルドに報告すれば、ギルドからお礼金が出るけど」
「やるぞ」
金が出るなら別だ、俺は意気揚々に足を速めた。
「地図を書きながら行くから、もう少し遅く、大丈夫俺たち以外にダンジョンには誰もいないはずだから」
「ちっ、早くしろよ」
「わ、分かってるよ」
歩みを遅くしたが、気分的に疾風の如くそいつらのところに向かいたかった。お礼金……どれくらい出るか楽しみだ。
少し歩くと俺はあることに気づいて、歩みを止めた。
「おい、アルサート」
「何だよ、地図を書くスピードはこれが限界だよ」
「一人増えた」
「はぁ?」
アルサートが素っ頓狂な声を上げるが、俺は気にせず話を進めた。
「ダンジョンに俺たち外にバックレ屋と後二人いる」
「バックレ屋の仲間?」
「いや、違うと思う。仲間にしては距離がありすぎる。どう思うアルサート?」
「同じバックレ屋かそれとも……ただ単に緊急クエストのことを知らないのか……」
「どっちにしろー」
「これはー」
「「お礼金が二倍のチャンス!!」」
(二人共金のことしか、頭にないのか)
ゼノンが呆れたようにため息をつくが、そんなこと知ったこっちゃない。
(と言うかゼノンいままで何してた?)
俺がじろりと睨むと、ゼノンが目を逸らして、背後に何かを隠す。
(また、漫画を読んでたな!)
(暇だからな)
ゼノンは開き直って漫画を読み始める。
(心配するな、ピンチになったら力を貸す)
(全く)
俺は呆れながら、ゼノンが漫画を読んでるのを容認した。




