4 初めてのスキル
ある日、一真は夜に目が覚めた。別に特に理由があった訳じゃないが、水が飲みたくなっただけだった。一真はベッドから出て、水を飲みに外にある訓練場の井戸まで向かった。一真がわざわざ外まで行ったのは、水が汲める場所をそれ以外に知らないからだ。食事の時は、後ろでメイドが控えていて、水が無くなると直ぐに注いでくれる。部屋にいるときは、廊下を歩いているメイドに頼んでいる。ところが今は夜中、探せばメイドもどこかにいるだろう。メイドを探しに行くより、訓練場にある井戸の水を飲みにいった方が早いと考えての行動だ。
外は半袖なら少し肌寒いぐらいの気温だった。こちらの世界のシャツとズボンの薄着だったので眠気が飛んだ。寝ていて温まった体を冷やしてくれる。井戸は訓練場の隅っこに設置されている。そこに近づくにつれ何か物音が聞こえる。井戸まで来るとそれが一心不乱に剣を振っている音だと気づいた。井戸が見える場所に来ると闇に剣を振るシルエットが見える。
一真が井戸に手が届く距離まで行くと剣を振っている人間と目が合う。
「「あっ」」
近くまで来て、一真はそいつが優吾だと認識出来た。優吾は昼間の訓練している時間だと真人たちに邪魔をされるからここで夜な夜な剣の訓練をしていた。優吾はせめて剣の技能を少なくても1欲しかったからだ。
二人は気まずさに動きを止めてしまう。そして止めた動きを再開することが出来なくて更に気まずさが増す。
(……気まずい)
一真は水を飲むのを諦めて、早足で井戸から離れようと井戸に背を向けた。
「か、一真君」
その時、優吾が声をかける。
「なんだ?」
一真は無視するのも決まりが悪かったので返事をしたが、一刻も早く会話を終わらせたかった。
「いつも、ありがとう。助けてくれて」
優吾の言葉が理由は分からないけど、一真の勘に触った。
(ありがとうだと?!こいつ何言ってるんだ?俺がどんな考えで、お前を助けているか、分かっているのか?)
俺は自己保身のために優吾を助けていた。感謝されるのは俺の狙い通りだ。そう狙い通りだ。これでいいはずだ、良いはずなんだ!なのになんでー
(ーこんなに胸糞悪いんだよ!)
一真はどうしようもない、イライラに襲われていた。
一真は地面に落ちていた木刀を拾う。誰かが片付け忘れたのだろう。一真はそのイライラをぶつける様に、強く木刀を握り締める。
「勇吾、構えろ」
「え?」
「木刀を構えろ」
「う、うん」
夜の訓練場の隅っこに、剣を構える2つのシルエットが月の光で地面に浮かび上がる。一真と勇吾二人の実力は、そこまで変わらない。二人とも現在使える戦闘スキルは無いのだ。魔力がある一真が少し有利だが、剣だけの戦闘を左右するほどではない。
一真、勇吾が剣を構えてから、数秒経つ。先に動いたのは、一真だった。全速力で走りながら、上段斬りを繰り出す。剣術スキルを持たない行動は素早さも鋭さも無かった。素人ほぼ丸出しの剣だった。勇吾はその剣を、横切りで受け止める。二人はそのまま鍔迫り合いになる。鍔迫り合いになって、勝ったのは優吾だった。優吾の方が体と体重があるので、段々と一真が押されていく。
(くっ、この!)
一真は渾身の力で押し込んでいた木刀から一気に力を抜いた。一真はこのまま鍔迫り合いをしていても、一真自身が不利になるだけど判断しての行動だった。一真が力を抜いたので、勇吾は体勢を崩した。一真は体を回転させて、勇吾の体があるはずの場所に回転斬りを入れた。
スカッ
そんな音がするように、優吾を狙った一真の木刀は空を切った。優吾は体勢を崩して、しゃがんでいたのだ。空を斬った木刀を持っている手を、勇吾はしゃがんだまま木刀で斬った。
「痛っ」
微かに一真の口から声が漏れ、木刀を取り落とす。その状況が信じられないような事を見ている優吾に、一真は落とした木刀を拾って、一言。
「もう一度行くぞ」
「う、うん」
優吾から距離を取り、優吾が木刀を構えるのを見ると、一真も木刀を構える。
二人の木刀のぶつかり合いは、ふらふらになり全身に打撲紺をいくつも作るまで続けていた。
「ハアハア、これでラストにするぞ」
「うん、ハアハア」
お互い息が荒い状態を無理やり押さえつけると、木刀を構える。これでラストだと分かると残っている力を全て出し切ろうとする。
数秒の沈黙。二人にはそれが長い時間に感じたられた。そして一真、勇吾は同時に動き出した。
お互い体力の限界で、木刀を後一振りするのもやっとのはずだった。だがこの二人の戦いの中で最速の一歩だ。しかし、二人はそれに気づかない。それくらい集中していたのだ。お互いに剣が届く距離。一真、勇吾は同時に木刀を降り始め、鏡のように同じような軌道で木刀を振る。二人の真ん中で木刀が交差し、ぶつかり合いー
砕け飛んだ。今までの二人のぶつかり合いに木刀が、遂に耐えきれなくなって砕けたのだ。お互いに木刀を振り抜いて、残心。
「「ハアハア」」
二人は同時に残心を解けて、膝を付くと背中から地面に倒れこむ。
「今の一体何だろう?」
「ステータス見てみろ」
優吾の質問に一真は答える。お互いに今までと動きが違ったことに気がついていた。一真はその理由が分かっていた。
剣技1
スキルの習得。
二人はこの戦いで初めて使えるスキルを手にしたのだった。