36 暇と甘い話と恋愛好物竜
「なあ、街が見学したい」
「ダメに決まっているでしょう! 何を言い出すかと思えば全く……」
「だって暇なんだぜ~」
一真はベッドにゴロゴロと転がりながら、リーアに言ってくる。すでにここに来て三日が経っている。魔王の方は俺と会話をするために時間を作ろうと必死らしいが、色々仕事が立て込んでいるらしく、中々時間が作れないらしい。魔王も忙しいようだ、ふんぞり返って、あの玉座に座っているのが仕事じゃ無かったんだな。一真は感心していた。
「一真が何か魔王様に失礼なことを考えているのは、見なかったことにしてあげる。と言うかあなた一応ここはあなたにとって敵陣なのよ。なのになんでそんなにのんびりしてるの?」
リーアが呆れたようにそう言うが、一真もこの部屋でずっといるので、退屈で死にそうになっていた。何か事件があるわけでもないし、もし何かあったとしてもゼノンがいるからどうにかなると考えている。聞いたところ、魔王以外の魔族なら軽く倒せるということだった。
「でもな」
「ダメです、リーア様も忙しくんですよ。あなたの面倒ばかり見ているわけには行かないんですよ」
一真にそう言って嗜めるメイドがいる。このメイドは初日に一真を食堂まで案内したメイドだが、そのまま一真の面倒を見続けている。最近は一真と会話するまでには慣れてきている。普通ならメイドは客人と喋らないものだが、見習いメイドと言う事もあり、一真と普通に会話をしている。
「俺は逆に暇すぎる」
「諦めてください」
メイド笑顔での無慈悲な言葉が、俺をベッドにダイブさせる。
「本を持ってきますから、それでも読んでください」
「俺は異世界から来たからこっちの世界の文字はー」
(我がいる、大抵の言語は読める。安心しろ)
「あー、じゃあ、適当に本を持ってきてくれ」
一真はメイドに本を持ってくるように頼んだ。一真はお茶をメイドに用意してもらい読書を楽しむことにした。
「……何これ?」
一真は一冊の本を読み終わると思わず呟いた。正直内容はハチミツに砂糖をまぶして、その上でレモンを掛けたような味だった。
「今流行りの恋愛小説です」
「甘いな、甘ったるいな。今度の紅茶砂糖抜きにして」
「分かりました」
あまりの物語の甘さに一真の舌まで甘くなってしまっている。一真の肉体まで影響するほどの話だった。
(素敵な話だが、吾はもう少し捻りが欲しい)
ゼノンはこの甘さには慣れているようで、まだこの物語にひねりを求めるよだ。一真は正直これでお腹いっぱいなのだが。
(次の本をー)
(やめてくれ。お茶の一杯ぐらい飲んで一息つかせろ。この恋愛好物竜)
(う、うむ)
俺はメイドが入れてくれた紅茶に手を伸ばす。紅茶は砂糖が無くて丁度ぐらいだった。
「なんか恋愛小説以外の本はないか?」
「初心者の拷問・尋問なら」
「なんでそんな本持ってきたんだよ!」
「恋愛本と一緒の場所にあって、間違えて持ってきました」
「なんでそんな所に」
一真はそう言いながら拷問本をパラパラと捲った。イラスト付きで詳しく書かれている。これなら初心者でも上手くできるだろう。と言うかこの本片手に敵を拷問する魔族を、想像するとなんか笑ってしまった。
「そう言えば、肌黒くするのやめたな。敵に見られるのは恥じゃ無かったのか?」
「別に一真様は敵ではありませんので…」
「ふ~ん」
一真はその答えに適当に返事をすると、紅茶を飲み干してまた本を読み始める。やっぱりする事がないので、本を読むしかなかった。一真は魔法や技術系の本を読んでみたかったが、流石に技術漏洩になりかねないので、それを止められてしまったのだ。
「お昼の方はどうなさいます?」
「そうだな~、美味しいもの食べたい」
「お昼は厨房に任せますね」
「頼む」
一真はメイドにそう言うと、本を読み始める。正直一真はすでに字を目で追うだけで、内容は頭に入ってこなくなっている。
「いいや、もう俺は読むの止める。寝るよ」
ベッドでゴロゴロと一真が転がるとそのまま眠ってしまった。
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「カズマ、起きなさい!」
寝ている一真をリーアが叩き起こされる。突然起こされた一真は寝ぼけたままで、頭がふわふわしていて、良く分かってないまま、リーアに馬車まで引きずられた。
「な、なんだよ?アーク」
「急いで急いで、魔王さまがあなたのことを呼んでるいの! しっかりして」
リーアは鬼気迫る雰囲気で一真の頬を叩く。
「わ、分かったから叩くのはやめてくれ」
一真はリーアの手を掴んで無理やり抑える。
「起きた?起きたよね」
リーアは何度も確認する。魔王に謁見させるので、リーアも必死なのだ。寝ぼけ眼でリーアも魔王に会わせる訳にも行かないのだ。
「良い、これから魔王様から重要な話があるからちゃんとしてよ」
「分かったから、そう興奮するな」
一真はそう言って、リーアは落ち着かせる。そんなことをしている間に一真たちは魔王城にたどり着いた。
「ほらシャッキとして」
「分かったよ」
この前と同じ場所で魔王と一真は対面する。
「やっと来たか」
魔王は不機嫌そうに呟く。その顔には隈が出来ていて、寝不足のようだった。
「お疲れのようだな」
「貴様と会うために仕事を夜遅くまでやってたんだ、話を始めるぞ」
魔王はだるそうな姿勢を直すと話を始める。
「まず、貴様の世界に帰るにはダンジョンの最下層にある石版を集める必要がある」
「ダンジョンって言ってもいくつもあるだろう、それに石版って……」
一真が不思議そうに呟くが、魔王は呆れたように一真にそう言って落ち着かせた。
「心配するな、ダンジョンの場所も、そして石版についても説明をしてやる。ダンジョンは後で渡す地図で確認してくれ。そして石版には元の世界に帰れる魔法陣が書き込まれている。それをここに持ち帰ってくれれば、魔力を流し込むことで異世界に帰れる」
「じゃあ、一枚持って帰ってくればいいんだな!」
嬉しそうな声をあげる一真を潰すような真実が降りかかってくる。
「いや、全て集めなければい帰れない。魔法陣が刻まれた石版をパズルのように組み合わせて、魔法陣が完成する」
「なんでそんな面倒なことを?!」
「そんな簡単に異世界行かれては困るからだろう。たまたま見つけた冒険者がいては困る」
魔王は至極当然のことを言っているのだが、一真にとってそれは最悪の言葉でしかなかった。
「まあ、俺はそれを集めてくればいいんだな?」
「そうだ、必要なものは用意してやるから心配はいらん」
魔王の背後からメイドが何かを持って出てくる。いつの前にか背後から出てくる。正直ただのメイドでは無いのだろうと一真とゼノンは考えた。
「貴様が持っていた剣とその他諸々ある。何があるかはあとで確認しろ。話は終わりだ……いや、待て手を出せ」
魔王がそう言うと早足で近づいてくる。一真が言われた通り手を出すと、魔王が一真の手首に指先で何かを書くと、一真に手首を返した。
「何をしたんだ?」
「神から見えにくくした。派手なことをしなければ神の目にはつかないだろう」
魔王はそう言って自分の席に戻る。
「人間の街まで送ってやろう、どこがいい?」
「そ、それなら……最初の街、確か……エターニャ国の城下町で頼む。確かあそこにダンジョンがあったはずだ」
「そこに石版があるぞ、それじゃあ行ってこい」
「へぇ!?」
一真は間抜けな声を残して、魔王の前から消えた。




