26 ゼノンと一真と団長
「ゼノン!ゼノン!」
一真はゼノンの頭で近づくと名前を呼んだ。一真の瞳からは涙が流れていた。それはゼノンに対する涙か腕を斬られた痛みに対する涙かは、一真には分からなかった。
「タカサカ、タカサカ」
微かにゼノンの口から一真の名前を呼ぶ声が漏れる。それは微かで近くにいかねれば聞こえないだろう。ゼノンはまだ生きてはいた。一真は体を引きずってゼノンの顔に体を乗っける。
「ゴホ、我の話をよく聞け……我の亡骸はこのままでは、装備として加工されるだろう。どこの誰とも知らないような人間に、我の亡骸を使われるのは、っゲホ」
咳の度に口から血が噴き出す。
「喋るな、それ以上喋ったら!」
「なんだ?我の命は尽きかけている。これは動かしようのない事実だ。ハァハァ、だが亡骸まで好きにされるのは御免こうむる。ハァハァ、だからタカサカお前が、我の亡骸を使ってくれ」
「おい、ふざけんな。俺はー」
「恩人の頼みだと思って聞いてくれ」
「そんな頼みは嫌だ、蜂蜜菓子を沢山買ってきたんだ!だからー」
一真のその言葉はそこで止まった。なぜならもうゼノンは答えてくれないことが分ったからだ。
「っそ、ぅっそ、くっそ!ああ、分かったよ」
一真はそう言うとゼノンの体を吸収した。一真の体にゼノンの筋肉、内蔵、血が流れ込む。ウルフマンやソリッドタートルの甲羅を吸収した時より、体全体に馴染んで力が漲るようだ。これが一真にとって初めて魔物の体を全部吸収したのだった。俺は人の腕と足に戻す。それと同時に足を縛っていた縄が緩んだ。一真は立ち上がると体の調子を確かめる。試しにソリッドタートルの甲羅を出してみる。
ドンッ!
いつものように地面に大きな音を立てて、腕ごと落下する。一真は腕をドラゴンの腕に変えた。腕は元の腕より一回りほど大きくなり、鱗に覆われた腕が出てくる。腕は一応ドラゴンサイズでは無く、人間サイズになるようだ。甲羅は軽々と持ち上げることが出来た。ドラゴンの腕力だ。
「団長、奥にお宝が!」
「そうか、それは俺たちのにするか」
「やったぜ!流石団長」
「これで当分楽出来るぜ!」
それはゼノンの物だ!!
一真の中で先程と似たような衝動に襲われる。
「おい!ここにあったドラゴンの死体が無くなっているぞ!」
騎士の一人が大声で味方に知らせる。その声が一真の勘に触った。
「おい、獣人の腕を切ったはずだよな。なんであいつー」
そこから先の騎士の言葉は無かった。一真の腕の先がゼノンの顔になり、腕から伸びて騎士の首を丸ごと齧りとる。騎士は首から血を噴き出しながら後ろに倒れる。手首から先がドラゴンの首と顔になっている。
「こいつ、何なんだ?!」
「そんなことはどうだって良い、陣形を組め、盾を前に突き出せ」
騎士達が盾を前一列に綺麗に並べる。
「そんなもの」
だけど今の一真には特に意味が無かった。一真はゼノン顔から尻尾に変えて、思いっきり、騎士が構えている盾に叩きつける。そこにいた騎士は尻尾に盾ごと押しつぶされ、地面を真っ赤に染めた。
「よ、避けろ!当たったら死ぬぞ」
流石騎士と言うべきだろう。この状況に思考が止まることは無く、指示を出す人間がいる。騎士は盾を構えるのをやめて散らばる。何も言わないで、一真を囲うように五人の騎士が散らばる。
「はぁっ!」
一人が気合を入れて、突っ込んでくる。一真は尻尾からゼノンの腕に変えて受け止める。ドラゴンの鱗だ、そこら辺の剣で傷つけるどころか、かすり傷さえ付かない。だが受け止めたことで一真の動きを一瞬止まる。それを狙ったように騎士の二人が氷系統の魔法を使って、一真の足を凍らせる。一真の足を刺すような
痛みが走るが、一真はそれを冷静に受け止めて、次の攻撃に備える。即ち剣を突き刺そうと全速力で走ってくる騎士二人だ。騎士は最初の仲間の攻撃を見て、斬るのは無理だと判断して突き刺すのに変えたのだ。一真は空いている片腕をゼノンの腕にしてソリッドタートルの甲羅を装備して弾いた。剣の攻撃が失敗したことが分かると、魔法攻撃をした二人が今度は炎と風で威力を高めた攻撃をしてくる。その時にはすでに俺の周りに騎士の人間がいない。これは騎士団の日頃の訓練の賜物だろう。一真の体を炎が包む。
「やったか?!」
「いや、まだだ!」
燃え盛る炎中から一真が現れる。一真の人間の生身の部分は来ていたローブが守ってくれたのだ。この炎によって、足の氷少し溶けたので、一真は無理矢理足を動かして氷から抜け出した。一真の足は紫色で痣のようになっていた、足の感覚が無くなっていたことに気がついた一真はすぐにゼノンの足と入れ替えた。一真はさらに魔法で攻撃しようとする二人に向かって走り寄る。三人の騎士は一真の動きに付いてこれずに、あっさりと一真の拳が騎士二人の命を奪った。
「この!」
一真に向かって逆上した騎士の一人が斬りかかって来る。一真はそいつを返り討ちしようしたが、背後から強烈な悪寒がしたので、屈んで後ろに転がった。背後には俺の両腕を切り落とした団長がいた。
「ほお、避けるか?先程と違いすばしっこいな」
面白そうに団長笑って、舌なめずりする。
「おい、こいつは俺に任せて逃げてろ」
「わ、分かりました」
「団長気をつけて」
団長は背後にいる騎士たちにそう言って、団長が一真に向き直る。団長の背後で騎士達が洞窟の出口に向かって、走って行くのが見える。
「逃がすか、ファイヤボール」
一真の手の平から洞窟の天井に向けて放った。あの闘技場で放った炎玉より遥かに大きかった。理由は分からなかったが、魔力の量が増えたようだ。天井が崩れて、騎士の人間の上に落ちていく。騎士の殆どが天井から落ちた瓦礫に潰されて命を落としただろう。そうでない騎士も時間が経てば死ぬだろう。
「貴様!?」
団長が憎々しげに睨んでくる。流石に部下が死ぬことには怒りを感じるようだ。だが一真はそんなことはどうでも良かった。一真の目は団長が持っている剣に注がれていた。最初に会った時にはそこまで悪寒はしなかったが、今は悪寒を超えて嫌悪感を凄まじく感じる。
「それはドラゴンスレイヤーか?」
一真は確信を持って呟く。いや、一真は知っているのだ、あの武器がドラゴンスレイヤーだと言う事を。
「ああ、この武器はアスカロンと言う名前だ。ドラゴンを討伐するために特別に王宮から貸し出されたものだ。そしてー」
ザシュッ!
「お前を殺す武器だ」
団長は一真との距離を一気に距離を詰めて、一真に剣を突き出した。一真は先程違い団長の素早い動きに避けるのが遅れて、手の甲を切りつけられる。
「んっーーーーーーー!」
手の甲から体全体に電気のように痛みが走る。その痛みを感じるのは手足だけだが、声さえ出ない痛みだ。一真は斬られた手を抑えながら思いっきり後ろに飛んで距離を取った。この痛みに耐えながら戦うのは、無理だと判断したからだ。一真は一旦引っ込め、また出したが、傷が治ることは無かった。一真は仕方なしに自分のゼノンの腕から自分自身の腕に変えた。斬られた腕を変えると、他の手足に走っていた痛みも引いた。だけどゼノンの四肢を使っても勝てるか分からない。一真は他の騎士達のようには、倒せないだろう。一真は地面に落ちている剣を取り構える。
「ほう、剣を取るか」
先程と同じように剣で攻めてくる一真はそれを拾った剣で防ぐが、剣術のレベルは遥かに団長の方が上だ。
ピキッ
「ほらほら、剣が削れてくぞ!」
「くっ」
一真が使っている剣がどんどん削れていく。装備の差が凄まじく、剣をぶつけ合っていたらすぐに使い物にならなくなるだろう。一真は剣を変えて、後ろに下がる。このまま戦い続けても、勝てないことは誰が見ても分かるだろう。だから一真は一撃に掛ける事にした。




