19 裁判
「では訴えを聞こうか秀一殿」
秀一は今回の兵の損失は俺が逃げたことで起きたと主張していた。俺があそこで逃げなければ全員が生きて帰ってきたという事だった。正直言っていることは無茶苦茶だ。あそこで俺が逃げなくて、戦っていたとしていたら、たぶん俺は死んでいただろうな。
さて、どうやったらこれから逃げることが出来るだろうか?こうやって裁判になったからには、誰かが責任を取らなければいけない。だけど出来るだけ恨まれないようにしたい。
俺はそこまで考えると、誰に責任を取らせるか決めた。そもそも俺が責任を取る義務なんてない。
「それでは一真殿の主張を聞こうか」
俺は深呼吸をしてゆっくりと口を開く。足が震える。当たり前だ、この国の王様とクラスメートに納得出来させなければいけない。でなければ俺に未来は無いだろう。
「確かに自分は逃げ出しました。ただ残った所で戦っても無意味だと判断しました」
「根拠は?」
「最初の相沢の攻撃です。相沢の強力な攻撃を見て自分では敵わないと判断しました。相沢の攻撃で傷つかないから、自分の攻撃で傷つく訳が無い」
「それは事実か?騎士団副団長」
ローゼウスの問に何も言わずに騎士団副団長が黙って頷く。見覚えのある顔だった。ダンジョンで一緒の隊にいた騎士団の一人だ。
「それでもみんなと協力すれば勝てたはずだ!何で一真お前は逃げたんだ?お前が逃げたせいで……死んだ人間が!」
秀一が怒りに満ちた声で叫ぶ。それだけでクラスメートの空気が俺を非難する空気に変わったことが分かる。さっきまでは困惑や戸惑いの空気だったのに。
「静粛に頼む!それで逃走することを決断したのか?」
「いいや、そこで逃走は決断していませんでした」
俺は首を振って否定した。
「おい、まさか逃げてないなんて言う訳じゃないよな!」
秀一が興奮したように叫ぶ。
「逃走するように誰かが叫んだから、自分はそこで逃げることを決断した。そのためにあの魔物の足元を崩し、壁まで作って足止めをしてくれたんだ。……そこで俺は逃げた」
”逃げる”この三文字を言うだけで、寿命が三年縮みそうだった。周りの空気は特に変化が無かった。俺は心の中でため息をついた。本当はその前から逃げることを決めていたのだが、それを言ったら俺は絶対に咎められるだろう。あの時、誰かが俺が少しずつ後ろに下がっているのを見ていないことを祈るしかなかない。
「それは本当か?」
騎士団副団長にローゼウスが確認するように問いかける。
「……はい」
騎士団副団が何か躊躇いながら返事をした。
「それは誰だ」
「……今回亡くなった勇者の一人、横寺 優吾です」
あの戦闘に参加した全員の空気が重くなる。当たり前だ。優吾は自分の命を捨てて、今生きている人間を救ったのだ。その恩人が咎められそうになっているのだ。いい気はしないだろう。
「そうだ、あいつが悪いんだよ。勝手に逃げるように指示をだして、場を混乱させただぜ」
達也がここで援護してくれる。それで場の少し流れが変わる。優吾の対して非難するような空気が出来る。
「待って優吾君は、命を捨てて私たちを助けたのよ!!」
美羽が達也の援護に対抗するように優吾の援護をする。それでもやっぱり場の流れが変わる。最終的に優吾擁護派と非難派に分かれる。こうなったら後ろの方が騒がしくなる。お互いにお互いの意見を述べて、ヒートアップしてくる。
「静かにしろ!」
貴族の一人が大声で場が静かになっていく。
「王の御前だぞ!勇者と言えど、目を瞑るのにも限界がある」
「す、すいません」
その貴族の剣幕のあまり全員が謝罪する。正直、結構無礼なことをしてるからな。王様の話を遮ったりとか色々と。
ここまで行けば優吾に原因を押し付ければ、これで終わるだろう。死人の口無しだ。だけど俺はここで優吾を悪者にするつもりは無い。
「ですが自分は優吾の行動が悪いとは思いません!」
俺は思い切ったことを言う。周りがザワザワと騒がしくなる。混乱しているのだろう。
「では誰が悪いと」
ローゼウスが興味深そうに前かがみになって聞いてくる。
「今回の隊を率いた騎士団団長が悪いと考えております」
俺は優吾を悪者にする気はなかった。それをしたら風当たりはかなり強くなるだろう。それは避けたい。それに優吾は自分の命を落として、全員を救ったんだ。そう言う人間を貶めるようなことをすれば、クラスメートだけじゃなく、他の人間からも睨まれるだろう。と言う事で騎士団団長に出てきて貰ったのだ。騎士団団長は死んでいるが、特に何かをした覚えがない。それにあそこで逃げるか戦うか判断するのは、騎士団団長の仕事だ。これを咎めても誰にも怒られないだろう。
「続けろ」
別の貴族が話を促す。
「本来なら戦闘をするかどうか、判断するのは騎士団団長の責任です。その判断の結果も騎士団団長が負うべきだと思います」
「……道理は通っている」
ローゼウスのその言葉で騎士団団長に責任を背負わせることで進むだろう。王が認めたんだ、この裁判で俺が責任を背負う必要は無いだろう。
「特に異議のあるものはいるか?」
ローゼウスがそう聞くが特に意義を唱える人間はいなかった。貴族は王様が同意したんだ、態々反論する人間いないだろう。クラスメートは特に騎士団団長にたいして特に擁護する理由は無いだろう。
「後はこちらで判決を出す。裁判は一時閉廷」
「判決が出るまでここ居てくれ」
一真は一応別の部屋で待機することになっていた。まあ、判決が出るまでの部屋だ。罪人が逃げ出さないように見張りの兵士までいる。と言っても特に酷い部屋になるようなことはない。本来この部屋は貴族が犯罪を犯して判決が出るまで入れられる部屋だ。普通の部屋よりも豪華で当然なのだ。裁判が終わったら夜だったので、一真は部屋のベッドにダイブした。正直神経が参っていたのだ。人前に立つことにも、あのように話すことにも慣れていないから。一時間ぐらいするとメイドが晩ご飯を運んでくる。食事はいつもと特に変わらなかった。
「良かったわね、一真様は咎めを受けないみたいよ」
突然メイドが馴れ馴れしく話しかけてきた。一真は食べている手を停めてメイドの顔を見た。
「ティファナか?」
「はい」
一真はこの前会った時と全然雰囲気や髪型が違ったので、ティファナだと気付かなかった。
「髪型変えたんだ」
ティファナの髪型はこの前と違ってポニーテイルだった。前とは違って快活な女性に見える。
「似合いますか?」
ティファナは嬉しそうに髪を触って、嬉しそうに微笑む。これは半ば演技なのだが、嬉しいのは事実だ。一真はその仕草には気付かなかった。一真はティファナの発言に興味が向いていた。
「咎めってどう言うこと?」
「あの裁判です。一真様は特に咎めは受けることは内容ですよ」
ティファナは俺にお茶を注ぎながら、一真に話してくれる。一真は聞きたいことが聞けたので、半ばティファナの話を半ば聞き流して、食事に集中していた。だらか聞き逃してしまった。
『この件で騎士団が責任を取って、解体されるの気をつけてね』
と言うティファナの言葉を。