17 逃走
一真たちは9層まで順調に進むことが出来たが、流石に交代で戦闘をしていても、初めての実戦なのだ。一真たちには疲労が精神的にも肉体的にも溜まってきていた。だが真人や秀一のようなチートチームの7隊と8隊はそこまで疲れていることは無かったらしく、運が良いか悪いか、7隊が9層の主魔物を倒したことで、次は8隊が担当するのだが、団長たちは迷っていた。目標まであと一層だが、帰りの疲労なども考えてここで切り上げるべきか。チートチームはイケイケ状態だった。一真は正直余裕を持って帰るべきだと団長に進言しようとした時。
「みんなあと一息だ、頑張ろう!!」
みんなに活を入れるように、秀が叫んだ。
「そうだな、あと一息だし……」
「そうだね、秀一たちがいるんだし何とかなるよね」
「そうですね」
全員が秀一の自信一杯な発言で気合を入れる。一真はそれによって発言する機会を逃してしまう。一真意外にもこれに危機を覚えている人間がいた。それは優吾だった。優吾は数々RPGゲームをプレイした知識と天性の才能を活かして、今までの戦闘で隊に指示を出していた。そして実戦を経て、その才能は開花しつつあった。そして優吾の頭の中には帰り際の目安まで初めから考えていたのだ。
「団長待ってください!」
優吾が焦ったように言う。
「どうした?」
団長が後ろの方にいる優吾を見ながら、聞き返す。
「ここは一旦引くべきだと思います。全員初めての戦闘で自分が思った以上に疲労が溜まっているはずです」
「なんだぁ?!まともに戦ってないのに、なに偉そうなこと言ってんじゃよ、お前~」
達也が侮蔑を露にして、優吾に食ってかかるが優吾はそれを気にせず、団長の返事を待っている。一真はここで迷っていた。ここで優吾の意見を後押しするのが正解だろう。だけどこれからの自分の立ち位置が微妙になるのは避けられないだろう。一真が迷っている間に団長が決断する。
「多数決を取ろう。ここで帰還するか、戦闘を続行するか」
団長がとった手段は最もやってはいけない手段を取ったのだ。ここでの多数決は確実に、溝を生む。一真は優吾の意見を後押ししなくて良かったと、心の中でため息をついた。
多数決を取った結果、戦闘を続行すること意見が多数を占めた。帰還で手を上げたのが、優吾と1隊と2隊の数名だった。だが、この空気で帰還する方に手を上げなければいけないほど、疲労が溜まっているということだ。帰りは休憩を多く挟むことになるだろう。
そのまま戦闘を続けていたが、面白いように戦闘が終わる。基本的に魔法の一撃か秀一のなぎ払いで敵は絶命する。そしてついに9層の主までたどり着いた。主は幸助より1・5倍ぐらい大きさの狼が唸っていた。
「幸助壁になって、あいつの動きを止めてくれ!」
「分かった!」
幸助はそう言うと狼の前に大きな盾を構える。秀一は魔物が狼の姿をしているのを見て、魔法を当てるのが困難だと考え接近戦をメインに戦うことに切り替えたのだ。
「松山さん以外は俺と一緒に幸助が動きを止めたところに攻撃を入れてくれ!」
「分かりました」
秀一の隊は前衛が秀一と幸助と優香と岩尾 健太と平野 司と騎士二人、後衛は松山 愛菜一人だ。なぜこの隊は前衛が多いのかと言うと、前衛後衛と両方できる人間が多いからだ。岩尾 健太は一真が闘技場の大会で初めて負けた相手だ。平野 司は剣術と魔法を使える魔法剣士だ。レベルは消して高くはないが、器用に魔法を使い、相手を翻弄する戦いが得意、使える魔法は光と闇魔法だ。一真との戦いでは魔法を使う前に倒されて、一真の戦闘で記憶には残らなかったが、一真が覚えているのはクラスメートだからだ。
狼の鼻っ面に幸助が盾をぶつける。狼は怯んで、動きを止めた所に秀一たちが一気に攻撃を仕掛ける。だが狼だって、黙って攻撃されてるだけでなく、前足を振るって攻撃をしてくる。しかし、愛菜がすぐに回復魔法を唱えるので、問題は無く戦闘を続けられる。それを続けていると狼は傷だらけになって、すぐに戦闘続行をすることが出来なくなることは明白だった。
ガアアアアァァ!!
ダンジョンに狼の咆哮が響き渡る。その咆哮で全員の動きが止まる。狼の最後っ屁と言うやつで、聞いた人間は体が硬直して動けなくなるようだ。狼は敵が動きを止めている間に逃げ出そうと飛び上がった。
ザシュ!!
狼を後ろから貫く鋭い槍。狼の大きな体が串刺し状態だ。一真たちは全員咆哮のせいで動けないでいた。槍が縮んでいく。その先には全身銀色の鋼で覆われたダンゴムシのような魔物だ。狼と比べて倍ぐらいの大きさだ。槍はダンゴムシの銀色の鋼鉄から伸びていた。それが鋼の中に沈んでいく。狼の魔物が鋼鉄ダンゴムシの目の前に落ちると、鋼鉄ダンゴムシが狼をむしゃむしゃと食べ始める。
バリ!ゴリ!ボリ!バリ!
骨まで食べているようで、狼の魔物の骨が折れる音がここまで聞こえる。全員とっくに狼の咆哮の効果が消えても動けないでいた。目の前で見せられれている光景が信じられなかった、ダンジョンの主を餌として鋼鉄ダンゴムシに食べられている光景に。
勝てない、格が違いすぎる。
誰もがそう思った。
「四元素よ、集約して解き放て!!エレメントショット!!」
鋼鉄ダンゴムシに向かって魔法が放たれる。爆音と衝撃波が俺を襲う。俺はそれで体が動くようになる。周りも同じようだ。
「諦めるな!!みんなで戦えばあれくらい勝てる!!」
そう叫んだのは秀一だった。先ほどの魔法も秀一だろう。
「そうだな、協力すれば勝てるはずだ」
「相沢の言う通りだ!!」
秀一の派手な魔法と激励で全員が勝機を見出すが、俺はゆっくりと後ろに下がって、逃げる準備をしていた。なぜならー
「おいおい、君たち傷一つ付けられていないのに勝つつもりなのかい?このビャクグンに」
鋼鉄ダンゴムシから少年の声がする。しかも鋼鉄ダンゴムシの言う通り、傷一つどこか鋼鉄は曇ってさえいなかった。あれだけの破壊力のあった魔法なのに。俺はそこで完全に勝機は無いと判断していた。あとは逃げるタイミングだ。
「ダンゴムシが喋ってる?!」
「ダンゴムシ?これはビャクグンと言う名だぞ。それと喋ってるのはビャクグンでは無いよ。魔王軍幹部のアガレスだ」
魔王軍幹部で全員の顔が強張る。特に団長の顔だ。ここで魔王軍に会うとは思っていなかったのだろう。
「全く餌が来ないから、上まで探しに来たけど、団体さんがいるじゃないか」
今日はダンジョンを貸し切りにしている。そのため他の人間はいない。それが原因だろう。だがそんなことは一真にとってどうでも良かった。このままではこのビャクグンと言う魔物の食事になってしまう。
「逃げるよ、みんな!!」
優吾がそう叫ぶ。全員が何を言っているんだ?みたいな顔をしているが俺はいち早く後ろに走り出した。ここで優吾の言葉に乗らない手はない。俺は背後を見ながら走る。後ろに徐々に移動していたこともあって、前に人がいないからスムーズに移動することが出来た。
「逃すと思うか」
突然ビャクガンの体が傾く。足元を見るとレンガではなく砂漠のような砂になっている。体がそれで沈んでいるのだった。
「今だ!」
「ロックウォール!!」
俺達とビャクガンの間に岩の壁が出現する。タイミングを考えて、優吾が全部仕掛けていたのだろう。俺がそこまで考えた時には既に10メートルほど、みんなから離れていた。
「優吾何を勝手なことを……」
「そんなことを言っている場合じゃ…」
秀一と優吾が言い争っているのが少し聞こえたが、距離を取るに連れて聞こえなくなってくる。俺は全力で走っていたからだ。何人かは俺が走っているのも見て、自分も逃げようとしていたが、秀一が残って戦うと言っているので、どうするか迷っているようだった。
俺は10層を全力で走った。9層の入口を探して。
以外に早く9層の入口を見つけることが出来た。記憶に残っていた道を適当に走ったのだが、運良くたどり着くことが出来た。その時には疲れてしまって歩くことになった。俺は階段を見つけた安心で少し息を整えるために、立ち止まって息を整えた。
その時悲鳴と何かが激しく崩れる音が聞こえる。俺は後ろをびっくりして振り返った。心臓が激しく鼓動を打つ。
「落ち着け、落ち着け。悲鳴はまだ遠い」
俺は口に出して自分を落ち着かせた。全力で走ったこともあるだろうが、中々心臓の鼓動は収まらなかった。だが次の思考が俺の心臓はさらに激しく鼓動した。
だが悲鳴が聞こえたということは、ビャクガンは壁を壊して出てきたのではないか?
俺はその時ここでのんびり休憩している場合では無いと思った。ビャクガンは階層を上がったからといって、追いかけてこないと限らない。俺はすぐに階段を登って9層に上がった。9層に上がると10層で聞いた悲鳴などが嘘のように静かだ。俺は駆け足で移動した。魔物にあってもすぐに戦闘を出来るように、体勢を取れるようにだ。
ズルズル
団長が言っていた通り、次の層の入口に近ければ近いほど、魔物は出やすかった。五分もしないうちに魔物が出てくる。大蛇の魔物だ。大きな体と同じように大きな瞳で俺を見ている。俺はカウンターを決められるように腰にある大剣を抜いた。しかし、大蛇の魔物は特に俺に敵意を見せることなく、俺の横をすり抜けていく。
「はぁーー脅かしやがって」
俺は思いっきりため息をついた。初めて魔物との一対一だった。仲間がいないことがこんなに不安を感じるとは思わなかった。何かがあっても援護が受けられないのと考えると慎重にならざるを得ない。
俺は魔物に多々会うことになるが、殆どの魔物はこちらの様子を興味深げに見るだけで去っていく。俺は呆気に取られて大剣を鞘に収めて、走ることに専念した。
「はぁはぁはぁ」
俺は息堰を切って走っていた。既に三層まで降りていた。段々と層にいる時間が長くなっている。いままで記憶を頼りに帰ってきていたのだが、記憶が曖昧で迷う時間が長くなってきているからだ。そしたら突然横から飛び出したゴブリンにぶつかる。俺は青ざめてゴブリンから離れるけど、ゴブリンが牙見せ怒っていた。ゴブリンは錆び付いた斧を振り下ろしてくる。俺は体を転がして避けた。
フゥッーフゥッー
ゴブリンの激しい息遣いが聞こえる。俺はあとずさって逃げるか戦うか迷う、迷って。逃げる事を選択した。俺はゴブリンに背中を見せて全力で走った。ゴブリンを振り切れないことを考えて、戦闘を出来るだけの体力を残すように計算して逃げる。正直ここまで走ったことで体力は無くなるよりも足が言う事を聞かなくなってきていた。俺は足をもつれさせて、体を地面にこする。
かん! ガガガガ!
金属が擦れる音がダンジョンに響く。俺が振り返るとゴブリンが斧を振りかぶっていた。俺は咄嗟に腕を斧の前に差し出した。
ガンッ!!
斧が腕の鎧部分に弾かれて、飛んでいく。ゴブリンは斧を取りに行くことをせず拳で殴りかかってきた。コブリンの拳が俺の頭に何度もヒットする。その中で綺麗に顎に入った。目の前の景色が歪んで、まともに抵抗出来なくなる。ゴブリンは殴るのをやめて、首を絞めてくる。俺は空気を求めて、ゴブリンの手を首から剥がそうと必死になる。だけどゴブリンの手が剥がれることはない。俺はサイドにあるポーチから何かを掴んで、ゴブリンの顔面に叩きつけた。
ガシャーン!キエェェェェェッッッ!!!
ガラスが割れる音とゴブリンの悲鳴が聞こえる。ゴブリンの手が俺の首から手が離れる。俺はゴブリンを蹴り飛ばした。
「ゴホゴホ」
俺は首を撫でながらゴブリンを見る。ゴブリンが赤く見えるのは、俺の頭から流れる血が目に掛かったからだろう。ゴブリンは目の辺りを抑えてうずくまっている。ゴブリンの指の隙間から血がぽたぽたと血が落ちている。俺は自分の手に持っている物を見た。ポーションのガラス容器だった。ガラスはゴブリンを殴って砕けていて、持っていた飲み口しか残っていなかった。上手くゴブリンの顔に当てて、ガラスの破片が刺さったのだろう。俺はゴブリンがさっきまで使っていいた斧を掴み、渾身の力を込めて振り下ろした。
ギャ?
それがゴブリンの最後の言葉になった。斧はゴブリンの頭をかち割り、絶命させた。俺は戦闘の疲労でその場に座り込んでしまう。
「はあはあ、し、死ぬ」
俺は握り締めていた、ポーションの容器を投げ捨てて、ポーチから別のHPポーションを出して口に含んだ。乾いた口の中に液体が染み渡るのに喜びを覚えながら、ポーションの苦さに顔をしかめた。良薬口に苦し、とは言ったもので、額の傷はすぐに治って、血が止まる。それを確認すると震える足を無理やり立たせて歩き始めた。
その時爆発音と足音が聞こえる。あいつらがここまで来たのだ、しかもビャクガンを連れて。