14 優吾と美雨
「一真くん」
「何だ?」
俺が筋トレをしていると優吾が話しかけてきたのだ。
「あの大会で一真くんがやった技を教えて欲しいだけど?」
俺はその時こいつが何を言っているのか分からなかった。
「あの剣術を教えて欲しいだけど」
俺はそれでようやく何を教えて欲しいのか理解した。そして理解したと同時に俺は怒鳴りそうになっていた。
こいつ俺が必死に考え出した命綱の技を教えろと言っているか?俺に取ってこの技がどれだけ重要か分かっていないからだろけど、それでも腹が立って仕方ない。この技は俺の唯一の武器だと言うのに。
「嫌だ」
「え?」
「教えたくない」
優吾は断れるとは思っていなかったようで、驚いたような顔をしている。そんな優吾を放置して、俺は大剣を振って、体を鍛え始めた。
「分かった」
優吾はすごく不満そうな顔をしているのにさらに苛々させられた。なんでこいつは易易と教えてもらえと思っているんだろう?
俺はそんなことを思いながら大剣を振り続けた。すると優吾はその場を立ち去らずに、俺のそばで剣を降り始めた。俺の同じように剣を振っている。それは真似をすれば何か分かるかも知れないと考えたのかもしれない。それで分かる訳が無いのだが、それでも鬱陶しくて仕方なかった。だけどその内諦めてどっかに行くだろうと思っていたので、そのまま放置した。数時間お昼を食べ終わった後も俺に引っ付いて剣を振っている。その次の日もその次の日もだ。鬱陶しくて仕方が無かった。ついに深夜の稽古まで付いてくるようになっていたのだ。俺は頭を抱えてしまった。どうにも稽古に集中出来ないのだ。これでダンジョンに行った後まで稽古していると付いてくる事になる、それは御免だ。
そしてダンジョンに行く前日、俺は優吾にヒントを教えることにした。流石に仕組みを全部押せるのは癪だったからだ。深夜の稽古の時にも顔を見せるのでその時ヒントを教えようと決め、いつも通り深夜に大剣を振っていた。
しかし、優吾はいつまで経っても現れなかった。
「くっそ、こんな時に限って来ないなんて」
それからいくら待っても来ないので、大剣は鞘に収めて、優吾の部屋へと向かって歩き始めた。優吾の部屋の近くまで来ると、話し声が聞こえる。俺は咄嗟に壁に背をつけて気配を殺して隠れた。
「天海さん、どうしてここに?」
優吾の驚きに満ちた声だ。
天海?優吾に一体何の用だ?
「うん、ちょっとね。明日の話を。ねえ、優吾君明日のダンジョン探索だけど。私たちと一緒にパーティー組まない?」
「?」
一真の所にまで優吾が驚いた気配が伝わる。
「優吾君を守りたいの。学校でもこのお城でも真人君達から守れなかったから」
優吾が沈黙している。このまま暗闇の中に溶けてしまいそうだと一真は感じるほど沈黙が続いている。一真は本当に優吾がいるか確認しようと立ち上がろうとした。
「邪魔しちゃダメです」
突然背後から俺の行動を静止する声がする。一真は驚いて後ろを振り向く。
「楓………さん?」
「楓で良いですよ、一真先輩」
一真が驚いて素で呼び捨てになりかけたことに、楓は笑いながら呼び捨てを許可した。
「……楓なんでここにいる?」
その笑いに一真は自分のことを見透かされているような感じがして次に出てくる言葉が乱暴になった。一真の乱暴な言葉に楓は気を悪くしたような様子は無く、面白そうに笑みを浮かべる。
「ふふふ、一真先輩それが素なんですか?」
「誤魔化すな、なんでここにいるんだ?」
「いえ、別に一真先輩が一緒に横寺先輩が剣の稽古していることなんて知りませんよ」
「……全部分かった」
一真に楓の発言でずっと見られていたことが伝わった。
「そして一真先輩がいつも来るはずの横寺先輩が来ないのを心配して様子見に来たのも知っていますよ」
「ちが……」
「そう言うのツンデレって言うんですよね、知ってます」
楓のその発言で一真は否定の言葉を途中で言うのをやめた。正直大声で否定したかったが、『ツンデレ』と言う言葉で全て片付けられそうだったからだ、やめた。
いや、このまま勘違いをさせといた方が俺には都合良いかもしれない。楓の心象も良くなるだろう。
一真は楓の勘違いに呆れながらも、その認識を放置した。
「ねえ、一度聞きたかったんだけど」
「何?」
二人の会話が再開されて、一真と楓は二人の話に聞き耳を立てた。
「どうしてそんなに僕を庇ってくれるの?」
それは学校での七不思議に上げられるほどの不思議だった。一真は気になり美羽の言葉に神経を集中する。優吾の質問に嬉しそうに笑って、美羽が答える。
「私ね、小学校時代に事故で顔に大きな傷を負ったの。今は後も消えて元通り綺麗な顔に戻ったんだけどね」
「うん」
「その時にね、男子にからかわれたの。イジメと呼ぶほど酷いものではなかったけどね」
何か愛しい物を撫でるような感じの声を出す。この思い出は美雨にとって大切な物なのだ。
「そうなんですか?」
背後から小声で楓が聞いてくる。一真は耳元で囁かれ、すごくくすぐったくて、自分の耳を触った。
「知らないよ、たぶんクラスが違った」
一真はそう答えると、二人の話に耳を傾けた。
「そんな男子から守ってくれたのが、優吾君。君なんだよ」
美羽の言葉に一真は驚いていた。まさか美羽と優吾の間にそんな事があったなんて思いもよらなかった。それ以前にその前から知り合いだったことさえ知らなかった。
「本当なんですか?」
楓がいつの間にか一真の背中に体をくっつけて、耳元で聞いてくる。楓は二人の話に夢中になって聞いているせいか、前のめりの姿勢になっていたのだった。この寒い廊下ではカイロ代はりなって暖かったので、一真は何も言わずに楓とくっついていた。
「知らないよ」
一真は小声で囁くと、楓に静かにするようにと唇に人差し指を当ててジェスチャーをした。
「私はね、その…そのね、恩返しをしたかったの」
そう言っている美雨の頬は少し赤らんでいて、特別な感情を抱いているのは丸分かりだった。それは顔は見えない一真に美雨の口調だけでも伝わってきた。
「ほおほお」
と話に相槌を打つたびに一真の方に傾いてくる。流石に一真もこれ以上体重をかけられると倒れてしまうので、小声で文句を言う。
「おい、もう少し下がれ。このままじゃ倒れる」
「う、うん」
一真の言葉で楓は一真にどれだけ密着していたに気づいて、体を離す。その時に楓の頬がほんのり赤くなっていたのに一真は気づいたが、何も見なかったことにした。それ以上に優吾と美雨の会話の方が興味深かった。
「優吾君は覚えてないかもしれないけどね」
「……分かったけど、でもダンジョンに入るときのパーティーメンバーは強さで決まってるじゃないの?」
「大丈夫、団長には私が言うから」
「うん、分かったよ。でも天海さんがそこまで心配しなくても大丈夫だと思うよ。何かあったら、一真君にも助けを求めるよ」
その言葉で一真の目が点なった。
「何でそこで一真君の名前が出るの?!一真君も優吾君のことを真人君達と一緒にいじめてるのに?」
「表向きはね。でも影で僕のことを助けてくれるだ、いつも」
「おお、やるね。一真先輩」
優吾の言葉を効いて楓が肩で突っついてくる。
「うるさい」
「でも優吾君を真人君と一緒にいじめているのは変わらないよ」
「違うよ!全然違うよ」
美羽の言葉を全力で優吾が否定する。一
「うまく言えないけど全然違う」
「そうなの?」
「うん」
「分かった。でも気をつけてね。これプレゼント」
「これは?」
「私の回復ポーション、これ一本で死にそうな傷でも治るんだって」
どうやら美羽は優吾に闘技場の戦闘結果で配られるアイテムを渡したらしい。聞く限りかなり高位のポーションなのだろう。
話が終わると美羽が部屋から離れていくことが足音で一真たちに分かる。その後扉が閉まって、優吾が部屋に戻った事が分かる。
「行ったね」
「行ったな」
一真は楓を置いて立ち上がると優吾の扉の前につくと軽くノックする。
「誰?」
「俺だ、開けろ」
一真の命令形の言葉でも優吾は特に気分を害した様子は無く、すぐに扉を開けてくれる。
「お前のヒントを与えに来た」
「ヒント?」
優吾は首を掲げているが、一真はそんなことは気にしないで、一真はポッケとから瓶を渡す。
「これは?」
「MPポーション、それがヒントだ。じゃあな」
一真はそう言うと優吾に背を向けて立ち去る。優吾は一真から渡されたMPポーションを大事そうに両手でもって、少しの間部屋のドアの前で立ち尽くしていた。