13 新しい技
あ、危なかった~と健太は心の中でため息を着いていた。
もう一回避けろって言われても今のは避けられないぞ。
健太は一真が降参してくれたことに感謝をしていた。
一方一真は負けたわりに、それほど危機感を覚えていなかった。初めての黒星と言うこともあったが、ある程度余裕がある負け方だったからだ。その余裕が一真を焦らせなかった。負けた一真はゆっくりと闘技場から出て行った。
「おつかれ~ 一真」
「残念だったな」
「ドンマイだな」
真人たちが負けたのを慰めてくれる。一真が失敗をした時には慰めるのがいつもの事だ。それからの一真の戦いはほぼ楽勝だった。最初の一撃を決まれば一真の勝利は確実だ。一真がこれだけ勝利を続けられたのは、他の人間は実力差がかなりない限り戦闘が一撃で決まることが無いからだ。そしてもう一つの要因は精神的疲労だ。肉体的疲労は闘技場を出れば蓄積されないが、精神的疲労は別だ。闘技場から出ても精神的疲労は無くならない。一真は負けるにしても勝つにしても短時間で済む。それ即ち他の人間より精神的疲労が少なく済むという事だ。ちなみに一真が警戒していた秀一の妹には呆気なく勝てた。秀一の妹が使っている弓の弦が引いてる途中で切れたのだ。次の矢を番える前には攻撃を与えることが出来れば一真が勝てるのだから、一真は最初から矢に射抜かれることを覚悟して攻撃をしたのだが、呆気に取られていたが、一真は簡単に勝負がついた事に喜んでいた。
しかし、一真も上位陣には勝てなかった。真人、達也、美由紀、秀一、美羽、幸助、優香には完敗していた。真人は一真の攻撃を水で防いだ。やり方は簡単だ。真人は自分の目に前に水の壁を作った。一真はそのまま水の中に体が入った。水によって勢いを殺され、水中で身動きが取れなくなった。それで勝負がついたので、一真は降参した。達也には真正面から一真の攻撃を真正面から受けて、耐えたのだった。その後は簡単だった。一真のその後達也の二本の剣を叩きつけるような攻撃に倒された。美由紀は真人と同じ戦法を取られて呆気なく負けた。秀一には剣筋を見抜かれてしまい、一真の剣は止められた。これは秀一が剣道を習っていて、剣筋を見抜くことに慣れているからだ。美羽は開幕速攻に光魔法で目を潰されて背後を取られて負けた。幸助には簡単によけられてしまった。天性の運動神経だろう。よけられたら一真の攻撃は終わりだった。優香には動きをまるまるコピーしたからだろうか?クロスカウンターを決められて、気を失ってしまった。だが一真は落ち込んではいなかった。なぜなら一真の思惑通りそれなりの順位に付けた。これなら真人達と一緒にいても浮くことは無いだろう。ちなみに優吾はこの戦いで、一勝しか出来なかった。この一勝も優吾が勝ち取ったものではなく、木村 ちはると言う秀一の妹の学校の先生が戦うことなく、全ての戦いを降参しているのだ。先生と言う職業柄生徒とは戦えなかったのだ。正直ちはるのスキルは支援魔法がメインになっているから、戦闘では余り期待はされていなだろう。
そして俺達に国から装備が支給される。騎士団団長が言った通り、あの戦闘結果で強い人から装備とアイテムが渡されていく。国は俺達の戦い方なども見て渡す武器の参考にしているようだった。俺に渡されたものは、大剣と鎧だった。流石に日本刀のような形の刀をすぐに作ることは出来なかったようだ。だが大剣と言ってもただの大剣では無くて、魔法の杖が同居しているものだった。俺が魔法剣士と言うことを考えて渡したのだろう。正直かなりいい武器のようだ。大剣の柄の最後の部分が曲がっていて、虎のような動物が赤くて丸いクリスタルを咥えている。木刀より重くて扱うには少し練習が必要だった。防具は鎧だ。鎧は明るいライトグーリンで魔法によって重さが軽減されている。鎧の下には楔帷子その下には、革の服。俺の体に革と楔帷子の重みがずっしりとのしかかる。正直鎧の中は蒸し暑くて堪らなかったが命には変えられないので我慢するしかなかった。そしてアイテムなのだが、ゲームで言うHP回復のポーションの上級ポーションが一本、中級が五本、下級が十本。それとMPポーション中級が一本と下級が五本だった。正直中級ポーションはいらないから下級のMPポーションが欲しかった。俺の魔力量だと下級ポーションで丁度回復出来るくらいだからだ。
一真が装備を整えると真人たちと集まる。装備を見せ合うことになっていた。真人の装備は一真の装備に比べて、軽いものだった。下級のドラゴンの鱗で出来た装備だ。下級と言えどドラゴンの装備中々良い物だった。腕には籠手と魔法の杖が一体化した装備だ。手の甲の所に丸い玉が埋め込んである。格闘技術と魔法が使える真人にはぴったりの装備と言っても良いだろう。それと太めの剣だ、こちらには特に特殊な能力は無かった。次は達也の装備だ。達也の装備は鎧と刀身が細めの二本の剣だ。達也の鎧には魔法のダメージ軽減で動きやすさを重視した金属の鎧だ。剣には重さを軽減する魔法と達也の使える魔法に合わせて炎と雷の属性が付与されていた。美由紀の装備はいかにも魔法使いと言う装備だ。紺色のローブと50センチほどの長さで金色の杖だ。美由紀のローブはそこらへんの鎧よりも非常に防御力があるということだった。蜘蛛型モンスターの糸で縫い合わせ、魔法で防御力高めたらしい。見た目からは想像できなかった。魔法の杖は魔法の威力を上げて魔力の消費を抑えてくれると言うことだった。
一真に渡された武器では魔法の剣技が出来ないので、別の剣技を編み出す必要があった。一真は新しく剣技を編み出すためにいつもの場所で練習をしようとしたが先客がいた。秀一の妹の楓だ。人に模した丸太に向かって、剣を振っているがダメダメであった。剣に体が振り回されている。まずは木刀を振ってしっかりと力を付けるべきだ。一真は正直そんな事はどうでもいい事だった。秀一の妹が一真にとって邪魔だという事だ。一真は自分が持っている技を秘匿しておきたいのだ。特に魔力を豊富に持っている楓のような人間に。
仕方がない、今日は普通の練習だけして、また今度練習することにしよう。
一真はそう考えると足早にその場から立ち去った。次の日にもそして次の日にも楓はいた。来週にはこの城を出て、ダンジョンに向かうのだ。一真は非常に焦った。このままでは新しい技が出来ない。一真は仕方がなく、楓に接触して楓の目的を早々に遂げてもらうと思って楓の前に姿を現した。
「誰?」
背後に一真の気配を感じた楓が勢いよく振り返った。一真は楓の気配察知能力に驚きながら、それを顔に表さないようにしていた。楓は一真の姿を確認するとゆっくりと名前を呟く。
「高坂……一真さんですよね?」
「どうして俺の名前を?」
一真は自分の名前を呼ばれると驚いて、思わず後ずさってしまった。一真は人の印象に残るような人物ではないことを自覚しているから余計にだ。
「いえ、たまたま覚えていただけです」
楓はそう言って笑顔を向けてくる。だが一真にとってその笑みは空虚な笑だった。愛想笑いと言うのが見え見えだ。しかし、一真と楓の間には何の関わりも無かったはずだ。このような気まずさになるのか一真は不思議に思っていたが、それ以上は考えなかった。
「ここ最近君は何をやっているんだ?」
俺は早速目的を単刀直入に聞いた。楓は突然の質問に驚いたような顔をするが、少し声の調子に棘があったが答えてくれた。ここ数日自分のことを見られていると察したからだろうか?
「剣技のスキルを習得しようしているんです」
楓は剣を振るうが、やはり剣に体を振り回されてまともに振るえていない。
「何で剣技なんだ?」
「え?」
楓は俺の質問の意図が理解できなくて剣を降る手を停める。
「どうして剣技のスキルを習得しようとしているんだ?」
「どうしてってそれは………弓が使えなくった時のことを考えて、弓以外の武器を使えるようにしたいと考えたからですけど」
俺はそこで畳み掛けるように質問をする。
「なんで剣技なんだ?」
「なんでってそれは……」
「別段剣技のスキルをじゃなくてもいいと思うんだが?」
俺の発言に鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をする。正直楓には剣を振るうには色々なものが足りていなかった。剣技を習得するには時間が掛かることは明白だ。
「弓以外の攻撃手段が欲しかったんなら、別段剣でなくてもいいと思うんだけど?」
「………その通りですけど……」
「なら魔法にしろ、そっちのほうがあってる」
俺はそう断言した。しかし、楓の反応が余り芳しくなかった。
「だけど私、魔法は余り得意じゃないんですけど……」
俺は少しの間に沈黙して考えた。
こいつの魔力は有り余っているんだ、足りないのは想像力だろう。たぶん今までずっと弓に頼った戦いをしてきたんだ。ほかの人間より魔法の使い方に対する鍛錬が足りないだけだろう。
俺はそこまで想像が付くと、俺はおもむろに先程まで楓が使っていた丸太の真正面に立つと、腰だめに手刀を作って構える。抜刀の構えと似せて。俺はその体勢で1分近く固まる。俺は出来るだけ使う魔力を減らそうと集中していることと、初めて使う魔法なので時間が掛かっているのだ。
「疾風手刀斬り!」
一真はそれと同時に抜刀するように手刀を繰り出す。手刀は風を切り裂いて、丸太にナイフで引っ掻いたような浅い傷が出来る。技名は適当に考えてしまった。正直戦隊ヒーローだって、もうちょっとマシな名前を付けるだろうと後悔していた。その途端俺は攻撃を放った後フラフラと足元がおぼつかなくなる。魔力が空っぽになりかけていたのだ。一分間も集中して放った技だが丸太に浅い傷を付けただけだった。これでは鎖帷子を着ただけで無傷で済んでしまう。普通の人間にとっても切り傷程度で済んでしまう。
「よ、弱いですね」
楓は拍子抜けのような表情をする。あれだけの時間を掛けながら対してあの攻撃魔法をだからだ。だが俺はその反応に気を悪くした様子を見せないようにした。
「俺が使ったからからだ。君がしっかりと魔法をイメージして、やればかなりの威力になるはずだ。魔力も俺よりあるから」
一真はそう言うと闘技場での大会の後に支給されたMPポーション口に含むと先ほどと同じように抜刀の構えを手刀で取る。
「今からまた同じ技をする。それを頭にしっかりと叩き込んでイメージの元にしろ。そう日に何回も出来ないからな」
俺が使う魔法の剣技は体を動かすだけの魔力だけで済むが、この疾風手刀斬りは普通の魔法並みに魔力を使う。しかも何の手本もない魔法だ。それなりに魔力を持っていかれる風の切る音と同時にまた丸太に傷が突く。俺はさっきと違い倒れることは無かった。二回目の攻撃なので、イメージが固まり使う魔力が減ったのだった。
「ほら、次は君の番だ。やってみろ」
俺がぶっきらぼうに言うと、楓は素直に俺の言葉を聞き入れて、先程の俺と同じように手刀を構える。楓は30秒ぐらいで手刀を振り抜く。風を斬る音が聞こえたが、丸太に傷を作ることは無かった。楓は振り返って、俺の顔を不満そうに見るが、俺は顎でまだ続けるように促した。
十回すると丸太に傷が出来るようになる。楓は嬉しそうに俺の顔を見てくる。俺はそんな表情されても適当に愛想笑いを浮かべたが、正直俺はさっさと楓に退いて欲しかったが、ここで楓を無下に扱うと、色々な人間に反感を買うかもしれないからだ。女子と言う生き物は恐ろしい物で、一人に嫌われるとそのグループメンバー全員に嫌われるのだ。そいつ自身が嫌いでなくても、そのグループに所属している以上嫌わなければいけない。そうでなければ俺は楓を追い出していただろう。
楓は一通り上達すると、満足して練習をやめた。俺はこれでやっと自分の練習が出来ると思って、安心していた。
「一真先輩思っていた人と違いますね」
楓が笑顔で話しかけてくる。俺は楓の雰囲気で話が長くなることが何となく分かってしまった。内心不機嫌きわまり無かったが、不機嫌を顔に出さないようにして楓の笑顔に答えることしか出来なかった。
「そうか……」
「はい!最初戦った時弓が壊れたのを見ても攻撃を躊躇わなかったので、もう少し冷たい人かと思っていました」
確かにこいつと戦った時に、俺はそれを好機と見て攻撃の手を止めなかった。それで冷たい人とか……安直な考え方だな。
俺は余りにも楓の考え方に半ば呆れていた。だが俺にとってこれはいい知らせでもある。俺がこのままいい人間を演じていれば、楓にはいい人間として認識されるからだ。だがその認識を維持するには俺が楓の話に付き合わなければならないことを意味していた。
楓は長々と一真とくだらない会話をする。一真は適当に相槌を打つわけにも行かないので、話を聞くしかなかった。
「質問があるんですけど……」
「なんだ?」
流石にこのまま話し続けるなら、どこから話を打ち切ることも考え始めた所に質問が飛んできた。一真はまたくだらない事だと思い、質問を促した。
「どうして一真先輩は真人先輩みたいな一緒にいるんですか?」
一真はその質問をされて思考が止まってしまう。そんな質問をされるとは思わなかったのだ一真は。
「私は一真先輩が他人を虐めるような人間だとは思いません。なんで付き合っているんですか?」
一真はその途端言い知れぬ感情に支配された。決して良いものではない、ドロドロとした感情だ。
「お前、群れから外れた野生動物がどうなるか知っているか?」
一真の楓の呼び方が君からお前に変わった。一真の素が出ているのだろう。精神的に取り繕う余裕が無かったのだ
「それは……死んじゃう?」
「その通りだ。それは人間の社会でも同じことだ」
一真の言葉に大げさだと言うような顔をする。
「大げさだと思うか?」
「他の群れに入ればいいじゃない?野生動物だと強かったら他の群れに入ることが出来るよ。人間なら他の群れに入るのは容易いんじゃない?」
楓の言葉に一真は鼻で笑った。
「逆だよ、逆。野生動物は強かったら、群れに入れるかもしれないけど。力があったとしても、群れには入れないよ。それにクラスには派閥もあるだろう。派閥を抜けて、別の派閥に入ることは中々難しいだろう、元々入っていた派閥との関係がある。そして群れを離れたら孤立無援で友達も減るだろう。少なくてもそいつとは積極的に関わろうとは思わないだろう。そしてそれはいじめのターゲットになりやすくなる事を意味する」
「そ、そんなことはないです!」
「ならなんで現に横寺はいじめられている?誰も助けてくれない?それは簡単なことだ、群れに所属してないからだ。俺はそんな状態になりたくはない。それだけだ」
「……それは……」
「質問はこれで終わりだな?」
「うん」
一真はそれを確認すると、大剣を振って剣術の練習を始めた。全てを拒絶するように力一杯に振る。一真が大剣を降り始めると同時に楓はその場から立ち去った。一真は少し後悔していたが、もう全部どうでも良くなっていた。楓が完全に立ち去ったのを確認すると剣を上段に構える。
「燕返し!」
一真は振り下ろした大剣をすぐに上に上げる。これも勿論魔法による剣技だ。
「まだ遅い」
しかし燕返しと壮大な名前がついている割には速さも力強さも無かった。
「俺の単純な筋力不足だな。これじゃ二回目の攻撃の時に一撃を入れられる」
一真は肩を回して呟く。
今から俺が筋トレしても、ダンジョンには間に合いだろうか?正直数日の筋トレでこの技が完成するとは思わない。この技はいつか完成させるとしよう。ダンジョンは特に俺たちの強さを見るわけではないし、それに全員で行くのだし、命の危険は無いだろう。俺はそう結論づけると、目先のダンジョンより、未来のことを考えて筋トレを始めた。別に特別なことはしない。燕返しの反復練習と大剣の素振りだ。